探偵はじめました。

砂糖有機

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ヘビを使った殺人は可能か?

捜査開始(酒井)

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さて、物語を再開する前にひとつ伝えたいことがある。
今まで酒井と英二が別行動を開始してから、それぞれの視点で交互に書いてきた。だが、この二人を合流させる前に酒井の物語を進めなければ合流させられないため、酒井の物語を進めようと思う。
そこで読者の皆様にはひとつお願いがある。
英二のこと、忘れるべからず。では、進めよう。



あれから、岡橋警部が応援を呼び、捜査が始められた。刑事たちがコレなのだから、当然鑑識、監察医のほとんどが様々なリアクションをしていた。
おう吐してしまう人、驚いて腰を抜かしてしまう人など。
やはり現場には半信半疑で訪れたヤツがほとんどで、見た目はスプラッターではないものの、「人の死」をすぐに受け入れられないのが普通だったのだろう。
それほど、この奥山市竹見町では、平和であった反面、全く「人の死」に慣れておらず、多くの人にとって衝撃的なことであった。
そう、先程まで平気な顔をしていた酒井も例外ではない。
「う、うう、死臭っていうのかなコレ・・・ウッ!」
「こら!こ、ここで吐くな!吐くならトイレへ行け!」
「ちょっと!ウチのホテルで吐かないで下さいッ!他のお客さまにご迷惑ですので!」
吐き気がこみ上げてきた酒井を必死で止める岡橋警部に、女性従業員は、要するに、はた迷惑はゴメンだ、と言っている。
警部の方はもう、慣れたらしいが・・・
「オイ駒木ィ!そんなとこで吐くんじゃなーい!」
「そんなこと言ったって警部ゥ・・・ボオェッ!」
現場の部屋の外だったからよかったものの、駒木刑事はダイナミックに吐いてしまった。
「あーッ!なんてことしてくれるんですかこのヒトデナシッ!」
正義の警察官が女性従業員という市民に、ヒトデナシ扱いされてしまった。もうカタナシである。

現場には、よくドラマで見かけるようなあんな多人数では無く、目で数えられるくらいの少人数しかいない。
別に奥山市警は手を抜いている訳ではない。これが奥山市警の限界なのだ。
普段、対処することといったら万引きや盗難など、しかも年に1回有るか無いかのレベルだ。
なので、腕の良い者は都会へと、出張してしまうのだ(しかも全然帰ってこないパターン)。
奥山市の平和ボケはここまでくるとある意味すごい。

駒木刑事が徹底的に廊下掃除をやらされているところで、現場の保存が終わったらしい。
「現場の保存、終わりました。ってアレ?駒木刑事は?」
鑑識が怪訝な顔をする。
「ホラ、アレ見てみろ」
岡橋警部は腕を組みながら親指でアレを指差した。
その先にはファブ○ーズ片手に床掃除している駒木刑事が。
「・・・はぁ、なんか理解できませんが、了解しました」
「矛盾してるぞソレ、まぁアイツのことはどーでもいいから、現場の方はどうなっている?」
「はい、あまり荒れた形跡はありません。むしろかなりキレイです」
「ほうほう」
岡橋警部が頷く。
「ふむふむ」
酒井が頷く。
「部屋の中の指紋は権藤源氏のものがほとんどで、あとはあの女性従業員の指紋でした。女性従業員の話によると、今日を含む毎日午後12時に部屋の掃除をしているそうです」
「なるほど、今日の午後12時以降、現場には権藤源氏とあの女性従業員がいたわけだ」
岡橋警部が頷く。
「なるほどぉ~、今日の午後12時よりあと、少なくとも現場には権藤と、あの女性従業員はいたわけだ」
酒井が頷く。
「・・・ちょっと待て。何故貴様がここにいる?」
「えー、別にいいじゃないですか警部さん」
自分の言うことなすことオウム返しされてはイライラする。特にこの探偵には。
「よくない!第一貴様は一般人だろう、さあ、出てってもらおうか」
「えー、なんでですかー、ここは現場じゃないですよー、廊下ですよねー、僕の他にも一般人いるじゃないですかー」
・・・この男、めんどくさいッ!
「あーもー、勝手にしろッ!」
「ええ、いいんですか警部?」
鑑識が怪訝な顔をする。
「ああ、どうせ後で説明せにゃならんのだからな」
「・・・誰に?」
「奥山市民に」
「・・・まぁいいでしょう。あ、現場には今までのことよりも珍しいというか、かわったものがいました」
この言葉を聞いて岡橋警部は首をかしげる。
「珍しい?奥山市で人が死ぬこと以上に珍しいものってなんだ」
「ヘビがいたんです。ケースなどは見あたらず、襖に隠れてました」
「ヘビ!?」
そりゃびっくりするだろう。この日本全土でも、人が死んだ部屋にヘビが隠れていたなんて、かなり珍しい。
「ああ、あのヘビか」
どうやらこの探偵は知っていたらしい。
「お前、知っているのか?」
「この部屋に駆けつけた時にね」
「そうか。・・・うーむ、事故か他殺か分かるまでは、この宿泊施設からの出入りを制限したいのだが・・・」
「その件は心配ないと思います。どうやら今日、そして明日ここを出ていく人も、泊まりに来る人もいないらしいですからね」
「おっ、ラッキー」
岡橋警部はなんとも似合わない指パッチンをした。
「あ、おい駒木、一応、許可をもらって制限はしておいてくれ」 
「は、ハイ警部・・・イタタタ」 
ずっと腰を曲げて床掃除をしていたものだからまるで駒木刑事はおっさんのように見えなくもない。
「状況からみて、事故である可能性が高いが、断定できん。司法解剖すると、どのくらいかかる?」 
「司法解剖ですか?」
「ああ、まだ他殺である可能性があるからな。で、時間は?」
「そうですね・・・あと3、4時間くらいですね」
「・・・分かった。よろしく頼む」
あと3、4時間。現在4時くらい。その頃にはもう日は沈んでいるだろう。

「司法解剖、終わりました」
岡橋警部が聞き込みをしていたところで鑑識が呼びに来た。
やはり、日は沈んでいる夜の7時だった。
「死因は?」
「はい、死因は毒による脳出血です」
「毒?なんの毒だ?」
「毒物検査をしたところ、溶血毒というヘビ毒だそうです。腕に噛まれた跡がありました。確か・・ヤマ」
「ちょっとタンマ」
話が上手くいきかけている時に、横で聞いていた酒井が青い顔をして、話の流れを一時停止した。
口元をおさえてバタバタと廊下を走っていくのが聞こえる。
一間の沈黙。岡橋警部と鑑識はボーゼンとしていた。
しばらくすると、めちゃめちゃスッキリした顔で酒井が戻ってきた。
「やぁ待たせてすまない。で、ヘビ毒の何だ?君、話してくれたまえ」
「・・・おい、まさか、お前吐いたな?それも盛大に」
「ええ、何かが吹っ切れた気がしますねぇ。警部さんも一度吐いてみては?」
「誰が吐くか!ってか何故にそんな偉そうにするんだお前はッ!何が話してくれたまえだッ!」
話の流れを一時停止した上にリバースし、偉そうにされたのでは、岡橋警部が黙っているわけがない。
「はいはい、落ち着いて。僕のことはいいじゃないですか。そんなことより、状況の方が気になるでしょう?」
「そうだな!確かにお前なんぞのことより断然状況の方が気になるな、た・し・か・に!」
「ハイハイ。あ、話の続き、お願いしま~す」
吐いてスッキリしたからなのか、酒井は岡橋警部のあからさまな挑発に乗らなかった。
「え?あ、ハイ」
鑑識は目の前の口喧嘩に軽く驚きながらも、話し始めた。
「ヤマカガシです。ヤマカガシの毒が原因です」
「ヤマカガシ?ああ、もしかしてアレかい?」
酒井の指さす先には透明なケースの中に保護(監禁しているようにも見えるが)されているヘビが一匹。
そのヘビは、大きさはマムシよりは大きく全長65cmほど、体色は特徴的な色をしており、緑色をベースに赤と黒の斑紋が交互に入っている。可愛らしいクリクリっとした顔つきも特長のひとつだろう。
「部屋に隠れていたやつか」
「そうですね、ヤマカガシはペットとして人気が高いですし、きっと持ち込まれたのでしょう」
「そうか・・・布団でやや仰向けで横になっているところから、寝ている時に噛まれたため、抵抗できずに死んだ・・・つまり事故死か」
すると、酒井はわざとらしく手を挙げた。
「ハ~イ、それは違うと思いまぁ~す」
またしても、かなり挑発している態度だ。
「ほぅ・・・?何が違うと言うのかね?」
岡橋警部は顔をピクピクひきつらせている。しかし、気づいているのかいないのか、酒井は構わず続ける。
「彼は太っていますから、高血圧だったことはわかる。高血圧+溶血毒で脳出血が死因なのは間違いないでしょう。しかし、よぉ~く見てください、彼のいる布団を。キレイに敷かれていますね。シワ一つないくらいに。脳出血は頭痛が生じます。それはそれは、権藤さんは苦しかったでしょうね。頭を抱えてひどく暴れるか、悶絶していたでしょう。では、何故この布団はキレイなのでしょうか?それに、ヤマカガシはヘビの中でも臆病でおとなしい性格の個体が多いから、寝ている権藤に自分から噛みつく可能性は極めて低い。この二つの理由がある今、事故である可能性は無いといってもいい。と、なると?答えは簡単、つまりこれは人為的に行われたから、ですよ」
岡橋警部と鑑識は目を見開いている。
「人為的!?それはつまり・・・」
酒井はゆっくりと話した。
「そう・・・殺人です」
少しの間の沈黙。
そして、岡橋警部が切り出した。
「・・・さっきから、自信満々に語っているが、ならどんな方法で殺人が行われたのか分かるのかね?」
「いや」
確かに酒井はキッパリとこう言った。
「ゼンゼンわかりません」

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