スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

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第1章「火星へ」

DD51(1)

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「なんだこのクソガキは!」
 俺は直径・奥行き2.4mあまりの円柱状の部屋に仁王立ちになって鼻をつまみ、へたりこんでいるドブネズミ色の坊主頭を睨みつけた。汚物を見るような目で。
「ガキじゃねえ! 俺は……リっ……リンドバーグと呼べ!」
 リンドバーグ家とは、木星の衛星エウロパを実質私有する、人類で最も裕福な一族の1つだ。
 人類でもっとも有名な一族と言い換えてもいい。言うに事欠いて吹いたもんだ。
 妙にツボに入って、俺は声を上げて笑った。鼻をつまんでいる分、呼吸がキツイ。
 笑い死ぬというのはこういうことか。

 俺の船は、DD51型惑星間輸送船[カージマー18(じゅうはち)]と登録してある。
 DD51型というのは船の型式で、16年間に649隻が造られた、惑星間宇宙船としてはベストセラーの1つだ。
 ピストルの弾丸のような形をしていて、弾頭部分がライフエリア、分厚い隔壁を経た後ろ半分が制御エリアとなっている。
 船全体の長さは30メートルほどしかないが、後端にそれぞれ45メートル近いスラスターポールが付いていて、それを4本のばして船体後部に巻きつけたリングにX字に固定している。
 このリングをリボルバー拳銃のシリンダーのように回転させて、スラスターポジションの微調整をするため、一般に「スラスターリング」と呼称されている。
 また、「ポール」というと細く感じるかもしれないが、実際には長さ7.6m・幅2.5mもの、宇宙コロニーの構造材にも使われる、やたら丈夫な堅い合金製フレーム素材製だ。
 先端に「スラスター」と呼ばれる推進器がある。
 スラスターの中身は、生産地によって様々だ。
 ドラム缶サイズのカートリッジにまとめられた液体窒素だったり二酸化炭素だったりアンモニアだったり。
 これまた化学工場で合成された特殊成分のようだが、俺たちが使うのはモグリの業者が地球や火星や木星の大気を集めて圧縮した廉価版だ。
 もちろんこんな物では速度は出ないが、そもそも初期加速は与えられていて、スラスターは微妙な方向調整にしか使わない。

「はいはいリンドバーグ様。粗末なあばら屋では釣り合いがとれませんので、お外にお帰りになりますか?」
「気にせんでもえーよ。俺って寛大やから……」
 ガキが言い終わるよりも早く、俺はガキの頭を殴った。
 
   ◇     ◇     ◇

 航海士席のディスプレイに問題集を表示したまま、いつの間にかまどろんでいた俺は、船内に響き渡った『ピピピ!』というアラートにたたき起こされ、目をこすりながらシートに座りなおした。
 モニタを見ると、コンピュータによって可視化された黄色の「雲」が前方をふさいでいる。
 アラートレベルはオレンジ、数値は『71』だ。
「ボケがぁ!」
 吐き捨てる俺にコンピュータは定型文で質問をしてきた。
『回避可能な問題です。回避しますか?』
「バカヤロウ! 確認が先だ!」
 最近白いものが混じり始めたが、刈り揃えられた黒髪をわしゃっと掻き上げて、思わず毒づいた。

 この船は、木星から火星へと慣性航海を続けている。
 この航海の荷主様もそうだが、巨大資本と技術を持つ企業は、比重が大きい、つまりは重金属を含有する可能性の高い小惑星を発見する確率が、個人のトレジャーハンターや中小企業と比べ相対的にではあるが高い。
 いつだってカネってヤツは仲間の多い方に集まり、大企業は巨大企業に発展した。
 ただし、鉱床を含む岩石塊を見つけても、それを嗅ぎつけた連中が盗掘するのを防ぐためにガードマンを常駐させるのも、掘削設備を現場まで運ぶのも建設するのもナンセンスだ。
 それくらいなら、小惑星そのものを目が届く作業可能エリアに持ってくる方が安上がりなのは自明で、初期加速さえ与えれば、無重力下なら移動させることは容易い。
 これもごく初期は、初期加速だけ与えて目的地まで飛ばすという方法がとられたそうだが、精度の問題もあれば飛んでくる岩石塊を止めるすべもなく、万が一にでも既存のコロニーにぶつけてしまえば、いくら大企業でも破産する。

 そこで、鉱床含む岩石塊をワイヤーで繋いで牽引するという仕事が生まれた。
 いくつものそんな岩石塊を繋いで引っ張る様子から、いつしかそれは「トレイン」(列車)と呼ばれるようになった。
 この航海では岩石塊を数珠繋ぎにして、のべ20kmもの鉱床を含む岩塊群を引っ張っている。
 俺は、そんなトレイン[カージマー18]の航海士であり、唯一の乗組員でもあるクワジマだ。

 木星から火星となると、片道でも半年はかかる航海で、その途中雑務やアクシデントを全部を一人でこなすワンマンオペレーション、いわゆるワンオペとなるとブラック企業のようだが、しかし俺が船主、つまり社長様だ。
 人の目や外聞を気にして気苦労を重ねるより、一人でいる方が楽な俺にはもってこいな仕事と言える。
 何かあればコンピューターが警告を出して教えてくれるから、俺は無精髭にTシャツとトランクスで、気が向いたときに起きて気が向いたときに寝てるだけでいい。
 危険を告げるアラートさえ鳴らなければ。

 そのアラートが鳴った。
 天井全体を占めるメインモニターから見える「雲」は、コンピュータによって黄色く可視化されている。
 本来は無色透明だろう。濃度はそれほどでもなさそうだが、分布範囲が広い。さて、どうしたものか。

 かつて宇宙空間は、大昔の人が予見したとおり、基本的に真空だった。
 ただ……俺の船にも付いているスラスターが放出するガスが、ニュートンが唱えた万有引力の呪いによって無限拡散せずに、むしろ集まり「雲」を作る。
 多くの船が「航路」を守って行き来するため、スラスターの排出するガスも集中し、この「雲」が、航路にはいくつもある。
 問題は、何の雲かだ。

 正規の工場で作られるものは別にして、俗に言う廉価版なら、原産地によって主成分が分かれる。
 化学合成ではなく、惑星大気を圧縮して詰めるためだ。
 火星産なら二酸化炭素かドライアイスで、マイクロデブリはあるだろうが、無視していい。
 弾丸型のDD51型は弾頭部分には窓1つなく、分厚い防盾になっていて、ドライアイスのマイクロデブリくらいで壊れることはまずない。
 木星産ならヘリウムが主成分になり、脅威は皆無と言っていい。
 問題なのは地球産だ。
 窒素そのものは安定していてむしろ最も安全な部類だが、モグリの業者が地球の大気を圧縮した物は酸素を含有する。
 酸素があれば時には鉄も燃える。ヘタをすれば爆発する。
 その場合、船の表面温度は1000度に及ぶ。
 俺はまだ燻製になりたくはないし、船も爆散のリスクは避けたい。
 なら、初めから地球産など使わなければ良さそうなものだが、「地球産」はブランドであり、ちゃんとしたメーカーの作った「窒素99.99%」は、スラスター剤としては最高級品だ。
 安定性ではヘリウムに劣るが、比重の大きさによる効率性を含めて総合的に比較するなら優劣評価は逆転する。
 俺みたいな個人事業主ではなく大企業の豪華貨客船はこれしか使わない。
 問題は、そのブランドイメージに便乗してパチモンも作られ、「闇流し、90%OFF」の謳い文句に騙されるヤツがあとをたたないことだ。
 その原因もわかっている。
 酸素爆発の当事者は誰も生き残っていないため、文句を言わない。

 手元のデジタル表示に目を落とした。
『リスク=71』
 一般に、60以下なら無視していいレベルで、それ以下ではアラートが鳴らないように俺は設定している。
 逆に90を越えるとはっきり危険で、逡巡の余地はない。
 71というのは、コンピュータが判断を丸投げしてきたときに出る数字だ。
「このポンコツコンピュータ。火星に着いたらメモリーもろとも粉々にしてやる!」
『警告。航海メモリーの意図的破損は法律により懲役30年以下の実刑になります』
「バカヤロウ!」
 船のリスクは読めないくせに、自分の危険はわかるらしい。
 もっとも空気が読めないため、かえって危険に陥っていることはわからないようだ。
 外の空気か中の空気、せめてどちらかが読めれば、俺もこんなにイライラせずにすむのに。

 もっと近くによればアクティブスキャンで精密な成分分析も可能だが、それが可能なほど接近してから危険となれば、より大量のスラスター剤を使って急激な方向転換が必要になる。
 貧乏くさい話だが、カージマーのスラスター剤は、スラスター1つあたりドラム缶3つが4セットで12個。
 それはこの航海にかかるコストの半分を占める。
 スラスター剤の消費をいかに抑えるかが、航海士の腕と言っていい。

 コンピュータに指示して電子処理した「雲」を消し、光学観測による目視確認に切り替えた。
 ……?
 虹が見える。とすれば……ドライアイスがプリズムのような働きをして、虹を見せることがあるという。
 酸素や窒素では起こらない現象だ。
 俺はドライアイスと判断して、それでも万一に備えて航海士席に座り、漫然とモニターを見ていた。

 船がが「雲」に突入する。
 かすかにザザーという雨音のような音を感じつつ、時折雹のようなバラバラと荒い音がするのもご愛敬だ。
 俺は、自分の読みと経験の確かさに、つい慢心していた。
 しかし、いきなりガン! ガン! と、船全体を揺さぶられるような衝撃が響いた。
 マイクロデブリと油断していたが、ドライアイスの中には人頭大の塊があることも珍しくない。それが直撃したか?
 と。ひときわ大きな振動があって再び船内にアラートが響き、赤文字で「破損:ハッチオープン」と出た。
 俺は思わず航海士席から立ち上がろうとして、自分で締めたシートベルトに引っ張られ、腰から落ちた。
 ベルトのバックルを外すための動作がもたつく。落ち着け、俺!

 深呼吸がてら、破損箇所を確認した。
 開いたハッチは、後部の制御室。ライフエリアとは分厚い隔壁で仕切られ、すぐさま生存に問題はない。
 そもそもDD51型は乗組員の生存を最優先に設計されており、爆発リスクのあるスラスターが船体から45mも先にあるのだって、そのためでもある。
 船本体には姿勢制御用のバーニアすらないし、可燃燃料は搭載していない。
 本体の姿勢制御が必要なときは、モーターでスラスターを繋ぐスラスターポールの基部を回して、それで微調整をする。
 空気や水の循環や洗浄などのライフエリアも、すべて弾頭部にまとめられている。
 隔壁の強さは先端部の防盾に匹敵する。
 なにせ……ライフエリアである弾頭部から後方の制御室に行くための穴もゲートもない!
「設計したヤツ、バカだろう!」
 俺は毒づいた。
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