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第1章「火星へ」
密航者(4)
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軌道エレベータの実用化とタイミングを合わせたように、地球の人口が100億人を超えた。
さすがにオーバーキャパも甚だしく、地球の静止軌道上にスペースコロニーや火星にドーム都市を造って移住がされた。
衛星都市や火星都市の建設を先導したのは国家だが、そもそも自国の人口を送り出すのだから程なく国力は衰退し、大企業が主導権を取って代わった。
その結果として大企業と中小企業は二極化され、庶民も含めて貧富の格差は絶望的なほどに広がった。
生活破綻者も後を絶たなかったが、彼らの多くは一攫千金を夢見て宇宙に出て……ほとんどが戻らなかった。
死刑制度を廃止してしまった国家群にとっても、彼らは犯罪予備軍の認識があり、国家群は見てみないふりをした。
そのなれの果てが盗掘者で、彼らのおかげと言うべきか「トレイン」が生まれ、俺は飯が食えている。
あるいは……奴隷か。
惑星ドームやコロニーはまだしも、宇宙空間には「スラム」がない。
生きるための選択肢として自ら「奴隷」を選ぶものは少なくなかった。
そういう風潮に便乗して、子供を掠って「奴隷」として売る「奴隷商人」が復活した。
中には奴隷商人に売ることを前提に子供を作るのを「生業」にしているカスすら生まれた。
とすれば……このガキは奴隷として最も高値の付く状態だ。
木星出身で力があり、年齢も十分若い。
幼なすぎれば養育に手間もかかるが、すぐに即戦力として「仕事」に回せる。
しかもメスガキの場合、鉱山奴隷以上に実入りのいい「仕事」もある。
俺の感覚ではさすがに幼なすぎるようにも見えるが、特殊な趣味を持つ連中にとってはむしろプレミア物かもしれない。
鉱床岩石塊を牽引する傍ら奴隷売買に一口乗ることも一瞬頭をよぎったが、すぐにかぶりを振った。
奴隷売買は麻薬だ。
はじめは、こんな風に飛び込んできたのを運ぶだけだが、やがてエスカレートして「調達」を考えるようになる。
規模の歯止めもいつしか失い、どんどん手を広げたあげく「同業者」に消されるか、警察に捕まって宇宙の彼方に飛ばされる。
後ろ盾の用意もなく成り行きで手をつければ、そのあとは破滅しかない。
「おっちゃん、手が止まってるで! やっぱイヤらしいこと考えてるんやろ!」
言われて俺ははっとして我に返り、ガキの頭を1発殴って言い捨てた。
「臭いが取れるまでは、この気密室から出るな!
あ。トイレだけは……専用のライトスーツが使いたいか、それとも扉の向こうのを使いたいか、参考までにリクエストを聞いてやる」
ガキは、ヘルメットで守られて、身体で唯一赤青のアザがなかった顔を真っ赤にして
「アホ!」
と、アッパーで顎を狙ってきた。
それを躱しつつ、ガキの身体のどこにも刻印のないことを確認した。
「奴隷」ではなく「労務者」の方か。
ガキと距離を取りつつ告げた。
「前は自分で塗れるだろう。
そのムースがペーストになってごわごわしてきたら、自分で剥がせ。それで臭いは薄くなる。
剥がしたのは、まとめて握っていろ。あとでゴミ箱に捨てる。
あ。トイレはここを出たら扉が2つあって、『開く方』だ。
こことトイレ以外には、絶対に行くな!
あと、間違ってもトイレに『皮』を捨てるな! マジで死ぬぞ!」
ムースがゾル状になるのに30分が目安。それを剥がすのに、不慣れを見越して1時間。
俺は航海士席に腰を下ろし、船内モニターで扉の開閉と時計を見ながらかすかにスラスターを噴かした。
本船は、案の定微妙に進路がずれていたが、その前に姿勢制御だ。
真横どころか、むしろ進行方向と逆に船首を向けていた。
牽引ワイヤーの位置も勘案しつつ、ゆっくりと回頭する。
姿勢が安定するまでは、航路を修正しようとしてもスラスター剤の無駄にしかならない。
大まかな姿勢制御に1日、さらに微修正と安定に1日。
航路の修正は、早くて3日後か。
それだけずれたら、航路修正に使われるだろうスラスター剤の量をイメージして
「儲けはほとんど残らないな」
俺は一人愚痴た。
ともあれ、あのガキが先だな。
DD51型はは慣性航行が基本で、Gは基本的にかからない。
今回のように、姿勢制御や航路修正の時にかすかにかかる程度……というか、それを小さくするのが航海士の腕だ。
Gがかかる時とはスラスターを噴いている時で、それを短く細く弱く!
もちろんコンピュータ任せでもできるが、コンピュータには経済観念がない。
最短で手早くしようとして、そのために信じられないほどのスラスター剤を放出する。
コンピュータの進化した現代でも有人船が主流なのは、主にこのことに起因する。
かすかに船の頭を振ってカウンターを当てるまで、たっぷり8時間はかかる。
俺はガキの様子を見に行った。
気密室とトイレのドアは、どちらも4回開いて4回閉じた。
別に頻尿というわけではない。トイレが使われたのは、2回だ。
ドアは開けたらすぐ閉じる。その躾はできているようだ。
気密室に入ると、やはりガキは扉に背中を向けて膝を抱えて、ちんまりうずくまっていた。
この姿勢がこのガキの癖というか、基本ポジションなのだろうか?
とすれば……一度は否定したが、やはり虐待の可能性が再浮上する。
この形は暴力から身を守るための基本姿勢だ。
どう声をかけるか逡巡していると、ガキの方が先に口を開いた。
「服……ないん?」
あ!
コイツはガキはガキでもメスガキで、この船に入ってからは、ほとんど全裸のままだ。
今更気がついた俺だが、もちろん予備の子供服を用意しているはずもない。
無駄なほど余っているライトスーツを提案したが、かたくなに拒否した。
数時間前までは虚勢もあっただろうが、実際には糞尿の詰まったライトスーツの中にいたことが、確実にトラウマになっている。
着替えと言えば俺の下着しか積んでいないが、予備のTシャツを着せたとしても丈が危ない。
メスガキは全裸の時よりも、むしろ若干服を着たときの方が、往々にして色気が出てくる。
俺がコイツをかたくなに「ガキ」だの「メスガキ」だのと念じているのも、万が一にでも「女」と見てしまえば、間違いを起こすリスクが否定しきれないからだ。
法律だの倫理だの、警察だの入管だのの話ではない。
航行中の航海士が色に狂ったら、事故リスクは飛躍的に高まる。
50の大台に指をかけた俺だが、枯れるにはまだ早い。
こういうときは、色即是空とやらの呪文を唱えるんだったか?
かといって全裸で今後何ヶ月も放置するのも、それは間違いなく虐待だ。
Tシャツ丈が危ないんだったら……俺はトランクスの予備を渡した。
新品ではないが、クリーニング済みの未使用品だ。
ガキはクンクンとトランクスの臭いをかいで、さらに俺を睨みつけてきた。
「おっちゃん。変な病気とかもってひんやろな?」
「クソの中よりは、雑菌は少ないわ!」
ガキは大きく息を吐くと立ち上がり、背中を向けてトランクスを履いた。
ガキのウエストと俺の腰回りではサイズが少なくとも30cm以上違うので、フロントからウエストゴムを引っ張り出して、ぎゅーっとボクサーのように前で縛る。
次いでTシャツ。
やはり丈のサイズが危なく、股下10cmほどのミニになるが、トランクスが誤認を防いでくれる……ハズだった。
トランクスは無重力で裾がふわりと広がり、絞ったウエストも手伝って、キュロットスカートのように見える。
Tシャツの首元も大きく開き、真っ平らな胸にありもしない「谷間」を想像させる。
俺の理性が危ないので、開くのは胸元ではなくサイドにさせた。右肩が出てしまうが、それでも幾分マシだ。
Tシャツの柄は、20世紀に地球にいた革命軍司令官の顔だというが、詳しくは知らない。
出港する直前、なぜかこのTシャツが木星で流行していたので買っただけだ。
「おっちゃん。意外にええ人なんやな」
ほざくガキに、俺は強く言い含めた。
「オマエがリンドバーグ様なら俺も『おっちゃん』じゃねえ! 俺はクワジマだ!」
「クワ? ……カァ? ……カージマ?」
ガキの頭を1発殴った。
「二度とその名前で俺を呼ぶな!
オマエがリンドバーグ様なら俺はクワジマ、おれがおっちゃんならオマエはガキだ!」
本来この船は俺の名前、ロック=クワジマから[クワジマ]としていた。
それが宇宙港の舌っ足らずな管制官が聞き取りも発音もできず、ちょっとしたトラブルになりかけたので[カージマー]で妥協した。
そうしたら今度は管制コンピュータに「該当船なし」としてスクランブルをかけられ、危うく撃墜されそうになったので、入港後管制塔に怒鳴り込んで、その場で船の登録名を[カージマー]にした。
最後の[18]は、こんな意味のない名前をつけているバカが先に17人もいたから、「18番目」というだけだ。
時々俺を「ヘイ、カージマー」と呼ぶ知り合いもいるが、断固として返事をしない!
ガキは俺が何を怒っているのかすらわからないようだが、大切なことだ。
それでもとりあえず一段落付いた。メシにしよう。
とは言っても、日替わり定食よろしくコンピュータにインプットされた物で、運が良くて一汁三菜だ。
さすがに大昔のようなチューブフードではない。一応ではあるが、皿に載せられた「食事」だ。
汁物だけは、フラスコ状の容器に入った物に口をつけて吸い込むしかないが。
今回は急だったので1人分だけしかないが、次からは2人分をセットするようにしよう。
食事はやはり気密室で食べる。
何もこのガキにアテコスリしているのではなく、無重力下での汁物や食事作法をこのガキが知っているか不安だったからと、2人で飯が食えるスペースがここしかないから。
もちろん管制室には定員の3人が腰をかけられるだけのシートと空間があるが、素人が食べ物をこぼして万が一にでも管制機器の裏にでも入ったら、腐食が起きて、最悪の場合は船そのものが死ぬ。
そんな両極端に振らなくてもプライベートスペースくらいあるだろうって?
そんなものはない!
DD51型はピストルの弾丸型で、船本体の全長は約30メートル、直径は13メートル弱あるが、ライフスペースは弾丸で言うところの弾頭部のみで、それも頑丈な防盾ともいうべき堅い合金の塊の中心に長さ7メートル、直径6メートルの穴を掘っただけに過ぎない。
さらに、コクピットをのぞくエリアはセンターチューブが貫通し、チューブ以外の空間のほぼすべてを生命維持装置と食料庫が占めていて、あとはトイレがあるだけだ。
法律は法律として、現実には1人しか乗らないのが暗黙の了解という設計なので、同型船の乗組員の多くはセンターチューブで寝ている。
「気密室」はセンターチューブの後端に、外殻を貫通する穴を強引に開けた物だ。
外側に60cmと、内側に30cmの隔壁が2枚あるが、それでもこの船の弾頭部では最も装甲が脆弱だ。
そのため普段はすべての隔壁を閉じて、さらに基本与圧すらしていない。
今のこの状態ですら、大盤振る舞いのスペシャルサービスだといえよう。
さすがにオーバーキャパも甚だしく、地球の静止軌道上にスペースコロニーや火星にドーム都市を造って移住がされた。
衛星都市や火星都市の建設を先導したのは国家だが、そもそも自国の人口を送り出すのだから程なく国力は衰退し、大企業が主導権を取って代わった。
その結果として大企業と中小企業は二極化され、庶民も含めて貧富の格差は絶望的なほどに広がった。
生活破綻者も後を絶たなかったが、彼らの多くは一攫千金を夢見て宇宙に出て……ほとんどが戻らなかった。
死刑制度を廃止してしまった国家群にとっても、彼らは犯罪予備軍の認識があり、国家群は見てみないふりをした。
そのなれの果てが盗掘者で、彼らのおかげと言うべきか「トレイン」が生まれ、俺は飯が食えている。
あるいは……奴隷か。
惑星ドームやコロニーはまだしも、宇宙空間には「スラム」がない。
生きるための選択肢として自ら「奴隷」を選ぶものは少なくなかった。
そういう風潮に便乗して、子供を掠って「奴隷」として売る「奴隷商人」が復活した。
中には奴隷商人に売ることを前提に子供を作るのを「生業」にしているカスすら生まれた。
とすれば……このガキは奴隷として最も高値の付く状態だ。
木星出身で力があり、年齢も十分若い。
幼なすぎれば養育に手間もかかるが、すぐに即戦力として「仕事」に回せる。
しかもメスガキの場合、鉱山奴隷以上に実入りのいい「仕事」もある。
俺の感覚ではさすがに幼なすぎるようにも見えるが、特殊な趣味を持つ連中にとってはむしろプレミア物かもしれない。
鉱床岩石塊を牽引する傍ら奴隷売買に一口乗ることも一瞬頭をよぎったが、すぐにかぶりを振った。
奴隷売買は麻薬だ。
はじめは、こんな風に飛び込んできたのを運ぶだけだが、やがてエスカレートして「調達」を考えるようになる。
規模の歯止めもいつしか失い、どんどん手を広げたあげく「同業者」に消されるか、警察に捕まって宇宙の彼方に飛ばされる。
後ろ盾の用意もなく成り行きで手をつければ、そのあとは破滅しかない。
「おっちゃん、手が止まってるで! やっぱイヤらしいこと考えてるんやろ!」
言われて俺ははっとして我に返り、ガキの頭を1発殴って言い捨てた。
「臭いが取れるまでは、この気密室から出るな!
あ。トイレだけは……専用のライトスーツが使いたいか、それとも扉の向こうのを使いたいか、参考までにリクエストを聞いてやる」
ガキは、ヘルメットで守られて、身体で唯一赤青のアザがなかった顔を真っ赤にして
「アホ!」
と、アッパーで顎を狙ってきた。
それを躱しつつ、ガキの身体のどこにも刻印のないことを確認した。
「奴隷」ではなく「労務者」の方か。
ガキと距離を取りつつ告げた。
「前は自分で塗れるだろう。
そのムースがペーストになってごわごわしてきたら、自分で剥がせ。それで臭いは薄くなる。
剥がしたのは、まとめて握っていろ。あとでゴミ箱に捨てる。
あ。トイレはここを出たら扉が2つあって、『開く方』だ。
こことトイレ以外には、絶対に行くな!
あと、間違ってもトイレに『皮』を捨てるな! マジで死ぬぞ!」
ムースがゾル状になるのに30分が目安。それを剥がすのに、不慣れを見越して1時間。
俺は航海士席に腰を下ろし、船内モニターで扉の開閉と時計を見ながらかすかにスラスターを噴かした。
本船は、案の定微妙に進路がずれていたが、その前に姿勢制御だ。
真横どころか、むしろ進行方向と逆に船首を向けていた。
牽引ワイヤーの位置も勘案しつつ、ゆっくりと回頭する。
姿勢が安定するまでは、航路を修正しようとしてもスラスター剤の無駄にしかならない。
大まかな姿勢制御に1日、さらに微修正と安定に1日。
航路の修正は、早くて3日後か。
それだけずれたら、航路修正に使われるだろうスラスター剤の量をイメージして
「儲けはほとんど残らないな」
俺は一人愚痴た。
ともあれ、あのガキが先だな。
DD51型はは慣性航行が基本で、Gは基本的にかからない。
今回のように、姿勢制御や航路修正の時にかすかにかかる程度……というか、それを小さくするのが航海士の腕だ。
Gがかかる時とはスラスターを噴いている時で、それを短く細く弱く!
もちろんコンピュータ任せでもできるが、コンピュータには経済観念がない。
最短で手早くしようとして、そのために信じられないほどのスラスター剤を放出する。
コンピュータの進化した現代でも有人船が主流なのは、主にこのことに起因する。
かすかに船の頭を振ってカウンターを当てるまで、たっぷり8時間はかかる。
俺はガキの様子を見に行った。
気密室とトイレのドアは、どちらも4回開いて4回閉じた。
別に頻尿というわけではない。トイレが使われたのは、2回だ。
ドアは開けたらすぐ閉じる。その躾はできているようだ。
気密室に入ると、やはりガキは扉に背中を向けて膝を抱えて、ちんまりうずくまっていた。
この姿勢がこのガキの癖というか、基本ポジションなのだろうか?
とすれば……一度は否定したが、やはり虐待の可能性が再浮上する。
この形は暴力から身を守るための基本姿勢だ。
どう声をかけるか逡巡していると、ガキの方が先に口を開いた。
「服……ないん?」
あ!
コイツはガキはガキでもメスガキで、この船に入ってからは、ほとんど全裸のままだ。
今更気がついた俺だが、もちろん予備の子供服を用意しているはずもない。
無駄なほど余っているライトスーツを提案したが、かたくなに拒否した。
数時間前までは虚勢もあっただろうが、実際には糞尿の詰まったライトスーツの中にいたことが、確実にトラウマになっている。
着替えと言えば俺の下着しか積んでいないが、予備のTシャツを着せたとしても丈が危ない。
メスガキは全裸の時よりも、むしろ若干服を着たときの方が、往々にして色気が出てくる。
俺がコイツをかたくなに「ガキ」だの「メスガキ」だのと念じているのも、万が一にでも「女」と見てしまえば、間違いを起こすリスクが否定しきれないからだ。
法律だの倫理だの、警察だの入管だのの話ではない。
航行中の航海士が色に狂ったら、事故リスクは飛躍的に高まる。
50の大台に指をかけた俺だが、枯れるにはまだ早い。
こういうときは、色即是空とやらの呪文を唱えるんだったか?
かといって全裸で今後何ヶ月も放置するのも、それは間違いなく虐待だ。
Tシャツ丈が危ないんだったら……俺はトランクスの予備を渡した。
新品ではないが、クリーニング済みの未使用品だ。
ガキはクンクンとトランクスの臭いをかいで、さらに俺を睨みつけてきた。
「おっちゃん。変な病気とかもってひんやろな?」
「クソの中よりは、雑菌は少ないわ!」
ガキは大きく息を吐くと立ち上がり、背中を向けてトランクスを履いた。
ガキのウエストと俺の腰回りではサイズが少なくとも30cm以上違うので、フロントからウエストゴムを引っ張り出して、ぎゅーっとボクサーのように前で縛る。
次いでTシャツ。
やはり丈のサイズが危なく、股下10cmほどのミニになるが、トランクスが誤認を防いでくれる……ハズだった。
トランクスは無重力で裾がふわりと広がり、絞ったウエストも手伝って、キュロットスカートのように見える。
Tシャツの首元も大きく開き、真っ平らな胸にありもしない「谷間」を想像させる。
俺の理性が危ないので、開くのは胸元ではなくサイドにさせた。右肩が出てしまうが、それでも幾分マシだ。
Tシャツの柄は、20世紀に地球にいた革命軍司令官の顔だというが、詳しくは知らない。
出港する直前、なぜかこのTシャツが木星で流行していたので買っただけだ。
「おっちゃん。意外にええ人なんやな」
ほざくガキに、俺は強く言い含めた。
「オマエがリンドバーグ様なら俺も『おっちゃん』じゃねえ! 俺はクワジマだ!」
「クワ? ……カァ? ……カージマ?」
ガキの頭を1発殴った。
「二度とその名前で俺を呼ぶな!
オマエがリンドバーグ様なら俺はクワジマ、おれがおっちゃんならオマエはガキだ!」
本来この船は俺の名前、ロック=クワジマから[クワジマ]としていた。
それが宇宙港の舌っ足らずな管制官が聞き取りも発音もできず、ちょっとしたトラブルになりかけたので[カージマー]で妥協した。
そうしたら今度は管制コンピュータに「該当船なし」としてスクランブルをかけられ、危うく撃墜されそうになったので、入港後管制塔に怒鳴り込んで、その場で船の登録名を[カージマー]にした。
最後の[18]は、こんな意味のない名前をつけているバカが先に17人もいたから、「18番目」というだけだ。
時々俺を「ヘイ、カージマー」と呼ぶ知り合いもいるが、断固として返事をしない!
ガキは俺が何を怒っているのかすらわからないようだが、大切なことだ。
それでもとりあえず一段落付いた。メシにしよう。
とは言っても、日替わり定食よろしくコンピュータにインプットされた物で、運が良くて一汁三菜だ。
さすがに大昔のようなチューブフードではない。一応ではあるが、皿に載せられた「食事」だ。
汁物だけは、フラスコ状の容器に入った物に口をつけて吸い込むしかないが。
今回は急だったので1人分だけしかないが、次からは2人分をセットするようにしよう。
食事はやはり気密室で食べる。
何もこのガキにアテコスリしているのではなく、無重力下での汁物や食事作法をこのガキが知っているか不安だったからと、2人で飯が食えるスペースがここしかないから。
もちろん管制室には定員の3人が腰をかけられるだけのシートと空間があるが、素人が食べ物をこぼして万が一にでも管制機器の裏にでも入ったら、腐食が起きて、最悪の場合は船そのものが死ぬ。
そんな両極端に振らなくてもプライベートスペースくらいあるだろうって?
そんなものはない!
DD51型はピストルの弾丸型で、船本体の全長は約30メートル、直径は13メートル弱あるが、ライフスペースは弾丸で言うところの弾頭部のみで、それも頑丈な防盾ともいうべき堅い合金の塊の中心に長さ7メートル、直径6メートルの穴を掘っただけに過ぎない。
さらに、コクピットをのぞくエリアはセンターチューブが貫通し、チューブ以外の空間のほぼすべてを生命維持装置と食料庫が占めていて、あとはトイレがあるだけだ。
法律は法律として、現実には1人しか乗らないのが暗黙の了解という設計なので、同型船の乗組員の多くはセンターチューブで寝ている。
「気密室」はセンターチューブの後端に、外殻を貫通する穴を強引に開けた物だ。
外側に60cmと、内側に30cmの隔壁が2枚あるが、それでもこの船の弾頭部では最も装甲が脆弱だ。
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