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第1章「火星へ」
旅立ち(第1章・完)
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◇ ◇ ◇
火星で俺は、航海士資格の更新後は、ともかくヒマだった。
木星の公転周期は12年もある。
もちろん火星も公転しているからバカ正直にそれほど待つ必要はないが、7ヶ月は太陽の向こう側にいて船を出すだけムダになる。
木星を追いかける航路を取ると最低4年はかかる。
木星位置がそこをずれれば、金星軌道をかすめる「内回り」コースをとっても、金星の重力カタパルトで3年あればつく。
今回の航海のように最短コースを取れば半年だ。
スラスター剤のコストを考えれば、時間も金もワリが合わない。
もっとも、自分で望んだ「一人」だ。
以前の俺だったら、時間のつぶせるその旅をあえて選んだかもしれないが、そんな気分でもなかった。
ただ……俺の商売敵は、もう生まれただろうか。
ふいに思っては、すぐに打ち消す。
あの齢だ。俺たちの年齢よりも、はるかに1年の密度が濃い。
わざわざ宇宙で半年1年捨てるより、火星で青春を謳歌していた方が楽しいに決まっている。
火星では、衛星ダイモスのさらに外側に、より大きな質量を持つ人工天体を作って重力カタパルトのベースを作るという、壮大なプランが進められていた。
それも、火星周辺を漂う重金属を採掘したあとのデブリを集めるだけで作れ、火星周辺をクリアにできるという一石二鳥の計画だ。
数百年後に完成するという気の長い話だが、逆に言えば数百年は食うに困らない。
それで日銭を稼ぎつつ、無為に時間をつぶした。
ただ、仕事上がりに酒場でママと話していても、ついガキの話がこぼれる。
ママが営業スマイルを浮かべて、適当に相づちを打つ。
「子供は育つのは早いからねえ。
お客さんの坊ちゃんも、お父さんの後を継いで船乗りになったのかい?」
俺は返事もせずにコインをおいて店を出た。
話が盛り上がらないから、自然と足が遠のいた。
やがて木星が「陰」から出た。
宇宙港から待ってましたとばかり、毎日15分と間をあけず次々と船が飛び立った。
2週間も順番待ちをしていた俺の出航も間もなくだ。
俺は両肩にバッグを提げて、宇宙港にドッキングされているカージマーに乗り込んだ。
いつもは左肩に1つだけだが、右肩のバッグを見て「未練……か」と呟いた。
年を取ると独り言が増えるというのは本当らしい。
すでに船内与圧は終了し照明もついている。
俺はハッチを開けて、管制室に飛び込んだ。
「遅刻! 次からは減給な!」
いきなりかけられた声に思わず怒鳴り返した。
「バカヤロウ、俺の船だ! てめえはクビだ、おりろ!」
どうせデリバリーから送られてきたワンタイム船長だろうが、こんな高飛車な女はチェンジだ。
……女?
キャプテンシートを見ると、サイズの合ってないぶかぶかの船長服を着た、アッシュグレイの髪の女が深く腰掛けていた。
顔と詰め襟の隙間からのぞく細い首に、黒いベルトが見える。
肩にかすかに髪がかかり、ブラウンの瞳は俺を睨む。
睨んではいるが、その奥にはわずかに不安も読み取れる。
俺は小さくかぶりを振った。
「ああ、クビだ。とっととそんなものは脱げ!」
「と、それから」
間をいっぱいためて、右肩に掲げたバッグを投げた。
「こっちのバッグに、サイズを合わせた船長服が入っている。
オマエがバカみたいに食って太ってなかったら、の話だが」
女は無言で無重力に浮かぶバッグを手にとって、ハッチも閉めずに管制室をあとにした。
そして、カージマーの管制室とセンターチューブからの声が重なった。
「「バカヤロウ!」」
---第1章・完---
火星で俺は、航海士資格の更新後は、ともかくヒマだった。
木星の公転周期は12年もある。
もちろん火星も公転しているからバカ正直にそれほど待つ必要はないが、7ヶ月は太陽の向こう側にいて船を出すだけムダになる。
木星を追いかける航路を取ると最低4年はかかる。
木星位置がそこをずれれば、金星軌道をかすめる「内回り」コースをとっても、金星の重力カタパルトで3年あればつく。
今回の航海のように最短コースを取れば半年だ。
スラスター剤のコストを考えれば、時間も金もワリが合わない。
もっとも、自分で望んだ「一人」だ。
以前の俺だったら、時間のつぶせるその旅をあえて選んだかもしれないが、そんな気分でもなかった。
ただ……俺の商売敵は、もう生まれただろうか。
ふいに思っては、すぐに打ち消す。
あの齢だ。俺たちの年齢よりも、はるかに1年の密度が濃い。
わざわざ宇宙で半年1年捨てるより、火星で青春を謳歌していた方が楽しいに決まっている。
火星では、衛星ダイモスのさらに外側に、より大きな質量を持つ人工天体を作って重力カタパルトのベースを作るという、壮大なプランが進められていた。
それも、火星周辺を漂う重金属を採掘したあとのデブリを集めるだけで作れ、火星周辺をクリアにできるという一石二鳥の計画だ。
数百年後に完成するという気の長い話だが、逆に言えば数百年は食うに困らない。
それで日銭を稼ぎつつ、無為に時間をつぶした。
ただ、仕事上がりに酒場でママと話していても、ついガキの話がこぼれる。
ママが営業スマイルを浮かべて、適当に相づちを打つ。
「子供は育つのは早いからねえ。
お客さんの坊ちゃんも、お父さんの後を継いで船乗りになったのかい?」
俺は返事もせずにコインをおいて店を出た。
話が盛り上がらないから、自然と足が遠のいた。
やがて木星が「陰」から出た。
宇宙港から待ってましたとばかり、毎日15分と間をあけず次々と船が飛び立った。
2週間も順番待ちをしていた俺の出航も間もなくだ。
俺は両肩にバッグを提げて、宇宙港にドッキングされているカージマーに乗り込んだ。
いつもは左肩に1つだけだが、右肩のバッグを見て「未練……か」と呟いた。
年を取ると独り言が増えるというのは本当らしい。
すでに船内与圧は終了し照明もついている。
俺はハッチを開けて、管制室に飛び込んだ。
「遅刻! 次からは減給な!」
いきなりかけられた声に思わず怒鳴り返した。
「バカヤロウ、俺の船だ! てめえはクビだ、おりろ!」
どうせデリバリーから送られてきたワンタイム船長だろうが、こんな高飛車な女はチェンジだ。
……女?
キャプテンシートを見ると、サイズの合ってないぶかぶかの船長服を着た、アッシュグレイの髪の女が深く腰掛けていた。
顔と詰め襟の隙間からのぞく細い首に、黒いベルトが見える。
肩にかすかに髪がかかり、ブラウンの瞳は俺を睨む。
睨んではいるが、その奥にはわずかに不安も読み取れる。
俺は小さくかぶりを振った。
「ああ、クビだ。とっととそんなものは脱げ!」
「と、それから」
間をいっぱいためて、右肩に掲げたバッグを投げた。
「こっちのバッグに、サイズを合わせた船長服が入っている。
オマエがバカみたいに食って太ってなかったら、の話だが」
女は無言で無重力に浮かぶバッグを手にとって、ハッチも閉めずに管制室をあとにした。
そして、カージマーの管制室とセンターチューブからの声が重なった。
「「バカヤロウ!」」
---第1章・完---
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