スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

文字の大きさ
16 / 53
第2章「私掠船」

私掠船(中編)

しおりを挟む
「乗り込んでくるぞ! 念のためライトスーツを着ておけ!」
 ガキにそう言うと俺もライトスーツを着込み、ついでに航海士席の引き出しを開いた。黒光りする鉄の塊がある。
 かつて地球にカウボーイがいた時代のレプリカらしいが、信頼性に限れば今でもこれに勝るものはなく、ほぼ宇宙船の備品扱いの拳銃だ。
 もっとも……意味はないか。自分の船の中で銃撃戦なんてまっぴらだ。
 そのまま引き出しを閉めて、ついでにロックをかけた。

 ライトスーツとは、バイクライダーのツナギのようなデザインをした簡易宇宙服だ。
 軍ではインナーウエアに使われるほど手軽なため、船乗りは部屋着にも外着にも日頃から常用している者も少なくない。
 というと万能のようだが、衝撃吸収能力は皆無だし、これから予想される荒事にも向かない。

 ただ、おかしな趣味のヤツがいてガキの生足に欲情されても面倒だし、今着ているTシャツの上から着るのだから、最低限マイナスにはならない。
 「会談」が万一こじれてドッキングポートを引きちぎるような事態になったとして、それで船内の空気と一緒に宇宙に放り出されても、最悪ライトスーツとヘルメットさえしておけば宇宙を泳いで船に戻れる。

 150mクラスの真っ黒なクルーザーが俺の船の横に落ち着いた。
「不審船? 相対停止。距離300。ドッキングチューブを伸ばしてきています。チューブまで距離240……」
「バカヤロウ! そんなカウントなんざいらねえ!」

 教科書通りにドッキングのタイミングを読み上げるガキを一喝した。
 それでも、無駄に船をまさぐられるのは気持ちのいいものじゃない。ハッチの所在地を示すランプをオンにすると、ハッチそのものが薄赤く灯った。
 もっとも、そこまでだ。わざわざハッチを向けるために船を回す義理はない。

 この船が朱色に近い赤を基調としているのに対し、クルーザーの真っ黒な船体は明らかに危ない連中の船に見える。
 そのクルーザーの真ん中あたりの横腹が開き、2人が直径2~3mほどの長い蛇腹ホースのような物を持って宇宙を泳いでくる。
 そしてホースの先端を、明かりの灯ったハッチに合わせた。

 コクピットの電光パネルでは、今まで消灯していたランプが赤点滅を始めた。
 そのランプを押してグリーンにする。
 豪華貨客船や軍の戦艦はともかく……むしろ「~であっても」と繋ぐべきか、非常用ハッチは規格化されている。
 DD51型に限らず中小の船は、そのハッチをメインハッチに流用している。
 もちろん、規格が合ったからといってもロックをかければ開かなくすることもできるが、今は意味がない。

 ハッチを開けて、黒ずくめの一団がどやどやと気密室に乗り込んできた。
 本来DD51型のは気密室にモニターはないが、このガキが起こした小さな事件のため、俺が後付けした。
 それが今、しっかり活用されている。
 何が幸いするかわからないものだ。

「ホンモンみたいや……」
 気密室のモニターを見ていた俺の前を、ふわふわと漂ってきたヘルメットがふさいで呟いた。
 今、この船は与圧はしているが、人工重力は起こしていない。
 俺はそのヘルメットを手で押してどかして、モニターを注視した。

「ホンモノか……」
 ライトスーツは誰が決めたというわけでもないだろうが、一般的に薄水色をしている。
 が、乗り込んできた連中は、黒で統一されていた。
 あちこちがいびつに盛り上がっているのは、装甲プレートか何かを埋め込んでいるのだろう。
 ヘルメットも黒で、定番のスカルマークをプリントしてある。
 それで手に自動小銃を持ち、腰に手斧を下げていれば、どこから見ても立派な海賊だ。

「オマエはこのまま、船長席でふんぞり返っていろ。俺は迎えに行ってくる」
 ガキにそう告げて気密室に向かった。
 内部隔壁を開ける前に、気密室内のデータを見る。
 気圧は0.8気圧で、今も加圧中。有毒物質は検知されていない。
 昔は有害ガスを入れる手口が流行ったそうだが、最近は迎える側もライトスーツを着用しているので、意味がなくなった。

 ムダに逆らったところで意味はない。
 1気圧になったのを確認して、俺は隔壁を開けた。
 若干の気圧差の影響で、かすかに「しゅっ」という音がした。

 乗り込んできた一団は一斉に銃を向け威嚇のポーズを取るが、ここで俺を殺したところで手間が増えるだけだ。
「案内役」は連中にも必要だ。そう判断したからこそ、無造作に扉を開いたのだが。

 乗り込んできたのは6人だった。
 コクピットのモニターでは読み取れなかったが、ヘルメットのサイドとライトスーツの肩口に[660」だの[427]だの書かれている。
 もっとも、単なる符丁だろう。いくら150m級クルーザーとはいえ、600人以上詰め込んだら難民船なみのすし詰めだ。

 黒ずくめの一人にくいっと銃口で促されて、俺は管制室に連中をエスコートした。
 が、定員3人のコクピットにこの人数はキツイ。
 管制室は円筒形をしていて、外壁にはタッチパネル式の計器板とスイッチを兼ねたものがならんでいる。
 天井には、船の進行方向をモニター表示している。
 中央に、六角形をした中華料理のテーブルのようなものがあって、さらにその真ん中を貫く形で、センターチューブと呼ばれる船の中央を走る廊下が繋がっている。
 4人が管制室に入り、2人は見張りをかねてセンターチューブで待機させるようだ。
 
 言われるままに、引っ張っている荷物のリストを見せる。
 木星の衛星やリングの鉱山で使う掘削工具と発破だが、発破の信管は別便で送られるため、今あるものだけでは爆発しない。ただの粘土ブロックだ。
 木星まで持って行けば話は変わるが、火星で売りさばくなら二束三文だ。
 そもそも、高値のつくものは初めから武装していたり、護衛を従えた船団を組むのが普通で、トレインで運ぶはずがない。
 こちらにしても、空船で木星に戻るよりは、せめてもの駄賃とばかりに受けた仕事だ。
 ……ただ1つだけ、ルートがあれば高値が付きそうなのが「いる」が。

「おい!」
 黒ずくめの1人。おそらくコイツが突入チームのリーダーだろうが、やたら態度の大きいヤツが船長席に銃口を向けた。
「メットをとれ!」

「ちっ」
 思わず舌打ちした。
 販路さえあれば、「雌奴隷」にはそこそこの値がつく。
 私掠船とはいえ、それなりのルートを持っていてもおかしくない。

 ガキは言われるまま、無言でヘルメットを脱いだ。
 ショートカットのアッシュグレイが、無重力で柔らかく広がる。
 黒ずくめを睨みつける目に気の強さが窺えるが、それすら「趣味人」には好材料かもしれない。

 先ほどの男はわざわざヘルメットを取って、ガキの顔を注視した。
 髭と無数の傷の間に、かすかに赤く肉が開く。あそこが口か。
 ヤツは赤い舌なめずりして下品な声を上げた。
「やっぱりさっきの通信はこの嬢ちゃんか。コイツはいい値がつくぜ」

「バカヤロウ!」
 思わず飛びかかろうとしたが、目の前にぬっと銃口が割り込んできて、つい動きを止めてしまった。
 横手から、別の黒ずくめに銃床でしこたま脇腹を殴りつけられ、俺はサイドパネルに叩きつけられたあげくに跳ね返り、テーブルの上に突っ伏した。
 さらに浮き上がりかけた頭を、さらに別の野郎のブーツが踏みつけやがった。
 わざわざ壁と天井に手を添えてそのポーズを決めて、「うおー!」と吠えてみせた。
 無重力で肉体的な意味はほとんどないが、俺は屈辱に握った拳を振るわせた。
 その様に、連中の嘲笑が重なる。
「ふーん」
 場違いに暢気なメゾソプラノの声が聞こえた。
「おっさんら、悪人なんや」
 その声にリーダーは怒るどころか笑みさえ浮かべてガハハハと嗤った。
「ああ。けど心配するな。嬢ちゃんのやることは、このオヤジ相手と何も変わらねえよ」
「したら……殴られるん?」
「そういうプレイか」
 ヘルメットを取ったガキの顎をリーダーが浮かせると、首元に黒いエナメルのチョーカーが見える。
 黒ずくめの連中が、さらに下品な笑い声を重ねた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...