スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

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第3章「小惑星パラス」

パラスへ

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 それからどれほど待っただろうか。
 ガキが帰ってこない。
 俺も昔は女房がいたから女のトイレが長いのは知っているが、それにしても長すぎる。
 トイレの中で寝てるんじゃないのか?
 ドアに蹴りでも入れてやろうかと、俺も穴に身を投げてセンターチューブに出ると……そこに頭があった。
 とりあえず1発殴った。
 さらに怒鳴りつけてやろうかとガキの顔を見ると、目の周りに涙を浮かべている。
 無重力のため涙は流れず、表面張力を越えた涙が水滴になってセンターチューブを漂っている。

 何事だ!
 思わずガキを揺すぶりかけたが、かろうじて思いとどまって話を聞くことにした。

「……おっちゃん。ゴメン」

     ◇     ◇     ◇

 泣きじゃくるガキに事情を聞いた。
「オレ……私? もうアカンねん」
「だから具体的に話せ!」

「たぶんやけどな。腹の中が腐ってるんや。
 すごく重い何かができてて……身体も頭も動かんくて。
 さっきトイレ行ったらな……血が出てきて……それも赤いんやなくて茶色なんや。
 ねばねばしてて膿みたいのもあって……ねばねばしてるのに、ぜんぜん乾かんねん……」

 ……あ。
 俺は改めてガキの全身を見直した。
 航海士資格の登録では22才になっているが、そんな自己申告のハッタリを抜きにして素直に見た目だけで判断するなら、半分程度だろう。
 とすれば「アレ」がきてもおかしくない。
 このガキが見た目通りの年齢で、年齢相応に学校に行っていたら、同い年の友人や教師がいれば自然と教わることだが、こいつはその機会を持たなかった。
 かといって俺に気がつけと言うのは無理な相談だ。
 俺には息子しかいなかったし、女房と会ったときには、相手はとっくに済ませていたのだから。

 俺はガキの額を手のひらでペシッ! となでるように叩いて、あえて怒鳴りつけた。
「バカヤロウ! それはオマエが正常に成長してるって証拠だ! 健康体だ!」
「???……でも、変な血が出てるんやで?」
「コンピュータで『初潮』を調べろ!」

 言われてガキはもぞもぞと身体を動かしてセンターチューブを抜け、自分の席について管制室のコンピュータに問い合わせた。
 もっとも、何がなんだかわかっていないので、音声検索しやがって、聞いているこっちが恥ずかしくなる。
 バカヤロウが!

 ほどなくガキが俺に聞いてきた。
「よーわからん。もったいつけてんと、おっちゃん知ってるんなら教えて!」
「バカヤロウ! 俺だって知らねえ!
 ただ……そうだな。オムツして3日くらいしたら勝手に止まるんじゃないか?」
 船外活動にオムツは必需品で、この船にも当然常備している。
 というのも、作業位置に行くのにヘタをすれば2時間かかる事も少なくない。往復なら4時間だ。
 無重力空間では頻尿気味になり、オムツがなければ1時間作業するたびに帰らなければならなくなる。
 そのためのオムツは常備してあるし、俺の乏しい知識では、たぶん生理用品と大差ない気がする。
 とはいえ、専用のアイテムがあるくらいだから、それなりの特徴はあるのだろう。

「パラス。スイングバイだけで済ませるつもりだったが、コロニーに寄って買い物するか。
 念のため医者に診せた方がいいかもしれないしな」
「心配してくれるん?」
「パラス寄港で無駄な出費がかさんだ分は、おまえの給料からさっ引くからな!」

 ガキの初潮は俺の予想を超えて2週間ほども続いた。
 内心焦ったが、調べると初めはそんなものらしい。
 だんだん短くなっていって、身体が完成した頃に2~3日になるんだとか。
 別に一生知らなくても困らないクソ知識だ! バカヤロウ!

 3週間ほどもたって、ようやくガキも生気を取り戻してきた。
「おっちゃん、な?」
 六角形の中華テーブルのようなコンソールデスクを囲むように腰を下ろし、斜向かいにある船長席からガキが尋ねてきた。
 ガキを「船長」にしたのは敬意でもフェミニズムでもなく、消去法で。
 舵や速度を調整する航海士は俺がいるし、それらの設備系制御装置のある機関士席に座らせるのはリスキーに過ぎる。
 その点、船長席には通信機くらいしかない。
 ガキは火星にいる間に、何を血迷ったのか単なる勢いか、2級通信技師の資格を取ってしまったので、ちょうど具合が良かった。
 もともと「船長」は荷主や船主が就くことも少なくない。つまり資格は必要ない。
 素人でもつとまるポジションだ。資格持ちなら確かに好都合だが、それ以上でもそれ以下でもない。
 なお、六角形のデスクの中央は穴が開くようになっていて、そこからセンターチューブに抜ける。
 今は蓋を閉めているので丸い穴のラインが見えるが、港に入るときなどには3Dディスプレイが投影される。

「どうした?」
 俺の返事を待って、ガキは質問を浴びせてきた。
 ぼんやりした頭で、漠然と考えていたのだろう。
「パラスやけどな。アホみたいに都合良すぎるやん?
 おっちゃん、いつも言ってたやん。うまい話には裏があるって。
 したらパラスにも、なんかあるんちゃうん?」
「わかるか? わははははは」
 つい吹きだしてしまった。
 そう。パラスには「裏」がある。
「あんまり小惑星の都合が良すぎて、あちこちが狙っている。
 連中にとっては、むしろコロニー国家の方が邪魔だ」
「あ……」
「運良くコロニーが吹っ飛んだら、列強がこぞって陣取り合戦だ。
 そこまで荒事にしなくても、息のかかった政権を作ろうと、スパイ大作戦ってか」
 ガキは大きく息を吐いた。
「政治ってようわからんけど、しんどそうやなー」
「だからオマエの用事が終わったらすぐ出るぞ。
 ま。飯くらいは喰うか。合成食料じゃなくて、運が良かったら土から採れたのが喰えるかもしれんからな」
「パラスすっとばして次に行くのは?」
「オマエが例のアレ我慢できるんなら、それでもいいぞ。イオまでならあと4回ってとこか」
 言う俺を、ガキがうなり声を上げて睨みつけるが、言葉が出ない。

 調べると、生理のタイミングをずらす薬もあるようだが、そんなものはこの船に積んでいない。
 かりに積んでいたとしても、初潮を迎えたばかりのガキの身体には負担が過ぎるだろう。
 ドラッグストアで必要な物を仕入れたら、翌日にはパラスを離れる。
 入港と選挙のタイミングが重なるなんて不運はさすがにないだろう。

 俺がパラス寄港を軽く決めたのは、もう1つ理由がある。
 パラスが自分のコロニーを守るのに観光客を「人間の盾」と利用するため、港の使用料と脱出用のレンタルブースターが格安だから。
 ただでさえ割安のパラスのスイングバイ税だが、それにほんの少し上乗せするだけですむ。
 それこそ、小惑星エウノミアを使ってスイングバイするのと、コスト的には大差ない。

 パラスまで10光秒。
 時間にして1週間になったところでパラスに通信を入れた。
 入港目的は「ショッピング」。
 トレインで「観光」なんてバカはいない。航海中のアクシデントで何かが必要になったという体裁だ。
 さすがにそれが生理用品だとは言えるはずもないが。

 頃合いを見てトレインをゆっくり回頭させる。
 それによってGが生まれるが、無重力になれてしまった身体には、むしろ都合のいいリハビリとも言える。
 コロニーは「自転」によってGを持っている。
 いきなりそんなところに放り込まれれば、俺たちは自転中央軸の延長上にある宇宙港から出ることすらできないだろうから。

 たっぷり1光秒の旋回半径を取って、まず船を30度曲げる。
 後ろに引っ張られるような感覚を待って、さらに15度曲げる。
 それを繰り返して、予定では、120度回す。
 引っ張っているカーゴは慣性で直進するから、カージマーだけが取り残される形となる。
 急ぐあまり、一気に回頭しようとすると、カーゴの慣性エネルギーに負けて、最悪「ジャックナイフ」と呼ばれる横滑りを起こして、カーゴに叩きつけられる。

 もちろん、追突を避けるため、最初のカーゴとカージマーは800mほどの距離を取って、ケーブルで繋いでいる。
 そのうち、カージマーに引っ張られるのと慣性運動のバランスがくずれ、1番カーゴが船に引かれて曲がり、それを2番カーゴが、さらに3番カーゴが……とつづく。

「トレイン曲率80……81……82……83……」
 ガキのカウントが進む。
「150を過ぎたら起こせ! 俺は少し寝る!」
 もちろん熟睡できるほど俺の根性は太くないが、目と……指先、爪先を休ませておかなければ、いざというときミスしかねない。
 休むのも仕事だ。

 曲率が170から190。180度プラスマイナス10度の誤差に収まったときにスラスターを噴かしてやると、質量と運動エネルギーの差によってカージマーの方が引っ張られ、180度、つまり一直線にならぶことができる。
 進行方向と逆に船首が向いたところでスラスターを噴かすと、それが制動効果、要は減速のためのブレーキになる。
 同時に、旋回時に発生した横向きのGにもカウンタースラスターをあててやる。
 もちろんコンピュータで自動制御もできるが、コンピュータには経済観念がないので盛大にスラスターを噴きだしてくれるから、やはり人間の感覚に一日の長がある。
 シートから浮き上がるような衝撃を受けた。
 Gが上向きになっている。
 シートベルトをしていなかったら天井パネルで頭を打つという、間抜けな光景が見られたかもしれないが、俺の船にはそんなマヌケはいない。

 スラスターをさらに噴かし、減速を続ける。
 最終的には、パラスと相対停止できるようにしなければいけない。
 ただ、その間は「上に落ちる」という宇宙船でしか起きない光景が見られる。
 きっとそのうちガキが油断して、大道芸を2度か3度は見せてくれるだろう。
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