スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

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第4章 「木星」

木星スイングバイ

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 トレインが蛇のようにうねる。
「スラスター同調! バランスを出せ! 3器ぜんぶ噴く。弱くていい」
「限界まで絞ったら勝手に噴いて! その後でバランスを取ったほうが間違いない!」
「ジャイロと『しっぽ』見てろ! と。今更だが、遠心力のGが来るぞ。カージマーを回す!」
 スラスターを噴いているときにリングを回すと、推進力によってスラスターが相対固定になり、船体の方が回る。
 船体をライフリング回転させることによって、より強い直進力を得ようというわけだ。
「らじゃ! 曲率は170からでええな? カウントは10秒? 30秒?」
「見栄張りたいが、今は余裕がない。オマエの息が続くんなら、60秒か90秒でたのむ!」
「こっちは見栄を張る! 90秒前から読み上げる!」
 そう言うと、ガキは大きく息を吸い込んだ。

 ガキがカウントを始めるまでに、少しは余裕があるだろうと視線をあげた。
 壁と天井に周辺宇宙を映していた液晶は消え、警告灯やスイッチが直接見える。
 警告灯の黄色が、どんどん赤に変わっていく。
 グリーンは元々少なかったし、パラスから放り出された直後に、すでに緊急用予備回線だ。
 液晶をガキが消したのでなければ、メインモニターまで死んだか。
 俺は外を知りたくて、一縷の望みをかけて中央の3Dディスプレイを見た。
 息をのんだ。
 カージマーは木星の輪の内側というか、ガス惑星というのを勘案すると、木星の中を突っ切るように飛んでいる。
 木星の重力だけでなく、惑星のガスも抵抗として利用し、より減速を確実とするために。
 さらに次の角度調整で薄い「主環」を突き抜け、そしてエララを目指そうというのだ。
 軌道計算を全部ガキに丸投げした俺の落ち度もあるが、こんなルートを航海士試験で提出したら、無得点どころか「適格性なし」として問答無用で失格になる。
 俺と船を信じてくれているのか、それとも経験がないため怖い物もないのかはわからないが、無茶にもほどがある。
 俺なら絶対に別のコースを探すが……ガキが俺を信じてくれたのなら、俺もガキを信じる!

 ほどなくカウントが始まり、終わった。
 トレインの曲率は180で、一直線になっている。
「木星脱出速度、およそ16sn。イオでカーゴをパージしたら3時スラスターを噴いて。
 時間は読み上げる。それでエララに行ける……はず!」
 そうすると、カーゴは直進するがカージマーは曲がる。
 カーゴの追突を避けつつ、身軽になってエララへの方向とタイミングを正確に微調整する腹だな。
 16snという速度は、惑星圏内を飛ぶには速すぎるが、ここは木星で、惑星圏内というよりは地球と金星の惑星間移動と大差ない航海になる。
 惑星間航海として考えるなら、決して早すぎるとまでは言えない。
 カーゴをパージしたあとは、この船も一応「クルーザー」準拠だ。

「準拠」というのは、惑星間宇宙船「シップ」のうち、カーゴなどを引っ張っていれば「トレイン」、単独なら「クルーザー」というのが一般的だが、もともとDD51型はトレイン専用の設計で、減速や細かな方向転換のための逆噴射などの設備が一切ないから。
 加速にしても、自力では惑星間航行速度も出せない。
 惑星系内連絡船「ボート」を思いっきり頑丈にして、1年以上の航海が可能な生命維持システムと航海測量機器を搭載しているだけだ。
 構造がシンプルで、多少のトラブルならクルーによる修繕も可能というのがウリでベストセラーになったが、第三者的には船の形状もあって、徹甲弾が飛んでいるのと大差ない。

「3時スラスター準備して! 使うかも! あと9時、カウンタースラスターも!」
「さっきから『はず』とか『かも』って何だ! そんな半端な指示が一番危ないんだ! バカヤロウ!」
「うー」。ガキが唸って、言い直した。
「9時方向にボートがいてる。アホみたいな避け方しぃひんかったら無視して大丈夫やけど、相手がアホやったら避けなあかん」
 それで「かも」か。
 確かに他の言い方はとっさに思いつかないが、不確定要素は消すに限る。
「3時方向スラスターウインカー出せ! 避ける!」
 こちらの動きがわかれば、相手は無駄な動きはしない。
 ほんのわずかだけ、ウインカーを出した手前、形ばかりの方向転換をして、元のコースに戻る。

 それを何度か繰り返すうち、エララの手前でスラスター剤が1器、また尽きた。
 方向ではなくスラスターの元々のナンバーで言うなら、2番が尽きていて、いま1番が尽きたことになる。
 カウンタースラスターが遅れる。
「他のスラスター残量は?」
 俺の問いにガキは即答した。
「3番が残り10%以下。4番だけ34%以上残ってる」
「4番を中心に使う。スラスターを振り回すから、乗り心地は我慢しろ。
 それと、できるだけ早めに指示を出せ! フライングでもかまわない!」
「じゃぁ……6時スラスター用意。南極側からエララに入って、270度まわって0時。そのあとすぐ3時!」
 上出来だ。

 エララでのスイングバイは、あっけないほどあっさり終わった。
 木星と比べるまでもなく小さな衛星で重力が弱かったのと、エララがほぼ真球型の衛星で、軌道計算に余計な手間が省けたのが大きい。
 そこまで読んでエララを選んだのだとしたら、たいしたモンだ。
 スイングバイを利用して、推進力のほとんどを遠心力に変えてエララに逃がし、減速と方向転換に成功した。
 3時方向のスラスターを噴いて9時方向にカウンターをあてたところで、3番スラスターが尽きた。
 速度は6snほどに落ちている。

 この速度なら、ガニメデまで一息つける。
 俺は途中ではぐらかされた質問を繰り返した。
「で。木星は大丈夫なのか? オマエ」
 言われてガキは右手人差し指を唇の下にあてて少し考え「たぶん」と応えた。
「バカヤロウ! 『たぶん』や『かも』は使うなって言っただろう!」
「やーって、多分としか言いようがないんやもん!」
「……聞いてやる」

「木星でな、ちょっと鉱山でバイトしててん。
 で、ばっくれたんやけど……退職届出してないから、鉱山長が意地になってたらアウト。
 けど、な。
 私の歳で航海士と通信技師持ってる人間を、鉱山で岩堀させるアホはおらんと思うんよ。
 もっと上の人が、もっとええ条件で……要交渉かな?」
 そうか。
 コイツは、企業が欲しがる「若年者で経験者で、なおかつ資格持ち」だ。
 それも、航海士だけではなく通信技師まであれば、クルーザーを任せることも出来る。
 そんな人材は、有象無象でもつとまる鉱山労働者ではなく、船のブリッジクルーにしたいだろう。
 コイツが無駄とも思えるほど資格をとったのは、俺のためではなく自分を守るため。
 ……うぬぼれか。バカヤロウ。

「それよりおっちゃん。惑星の重力圏内で3段スイングバイとか、とんでもないアイデア思いついたな」
 ガキにどんな顔をしていたのか、鏡がないのでわからないが、俺も応えてやった。
「何年か前にな。バカヤロウが出したアイデアを覚えていたんだ」
「ホンマモンのアホやな、そいつ。非常識にも限度があるわ」
「ああ。俺が知っている中でも、ぶっちぎりのバカヤロウだ」

『ビー! ビー! ビー!』
 突然船内に響いた警報音に、俺は我に返った。
「ロックオンレーダーの照射あびた! 後方……真後ろに船!
 真後ろでまっすぐこっち向いてるからサイズはわからひん!」
 ロックオンレーダーを積んでいるということは、つまり武装しているということだ。
 惑星の星系内で武装していて、しかもそれを隠さなくていいとなれば軍艦だな。
 さぁて……鬼が出るか蛇が出るか。
 ここからは、出たとこ勝負だ!
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