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最終章 灰色の魔女
最終話 「バカヤロウども」
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「おっちゃん」ことロック=クワジマは、先代カージマー18の船主で、航海士だった。
木星でのどさくさに紛れてこの船を火星に持ち帰ったあと、病気で倒れた。
この船を売れば治療費は出せるし、それなりの蓄えもあったから延命も可能だったと思う。
が、ある朝、妙に晴れやかな顔をして私に言った。
「オマエにこの船をやる。
当面のクルーはリストアップしているから、あとはオマエがやれ。
足りないのもオマエが揃えろ」
そうしてつづけた。
「俺はこれから土星に行って、適当なのがいないか探してくる」
それからその日のうちに、先代の船で出港していた。
私は宇宙港から、カタパルトポートに向けて小さくなっていく船に向かって、声を限りに叫んだ。
「バカヤロウ!」
土星までは、片道5年はかかる。往復なら10年だ。
戻りのスラスターが入手できるアテもないだろうし、カタパルトやレンタルブースターが使えるかもわからない。
つまりは…………。
けれども、死亡確認はされていない。
だから、副長には悪いけど、この船の正航海士は空席にしておく。
いつでも、おっちゃんが戻れるように。
先代[カージマー18]は、火星の重力圏を離れると同時に、船籍抹消の手続きがされるようになっていた。
私はおっちゃんにもらった船をライトグレイから朱色がかった赤色に塗り替え、その名を継がせた。
ついでに自分の名を「カトリーナ=クワジマ」にあらためた。
拒否権を持つおっちゃんからからの反対はなかったから、書類はあっさり受理された。
私はおっちゃんの養女になった。
ゴツン!
少し身体が浮き上がるようなショックがあったが、マグネット床と対になった金属板入りのブーツがそれを制した。
ガン、ガン、ガン! という軽い振動が続く。
巨大岩石に船を固定するために打ち込んだアンカーを巻き取っている。
それが落ち着くのを待って、白色信号弾を打ち出す。
この巨大岩石は、ワイヤーで火星連合軍の軍艦に繋がり、軍艦が引っ張って初期加速を出すが、その軍艦からこの船は死角になっていて、発光信号では見えない。
そのため、信号弾を射出して合図を送る。
もちろん、小さなコローニー国家が持つ軍艦だけでは、こんな巨大岩石を引っ張ることはできないが、「連合艦隊」ならできる。
火星にあった1000に近いコロニー国家やドーム国家は有志を募って「連合軍」を結成した。
遠くない将来、連合軍をベースに連合国や連邦が成立するだろう。
「国家」は統合され、覚えられる程度の数にまとまるんじゃないかな。
知ったことじゃないけど。
機関長と船務長が同時に声をあげた。
「船長。コンタクト完了。誤差は無視できるレベル!」
「嬢ちゃん。軍艦が動き出した。ショック来るぜ!」
私は船内放送で短く告げた。
「出港! 総員シートに着座。5分間は黙ってて!」
「舌を噛むから!」と言ってて自分が噛んだら、ずうっと笑われ続ける。
だからそれは心の中に留めた。
ほどなく、シートに押しつけられるようなGをあびた。
「船長、大丈夫ですか?」
機関長の問いに私は笑顔すら浮かべて答えた。
「パラスの3分の1くらいかな? しゃべれる程度には大丈夫」
「ガハハハハ! アンタ一生言われるぜ、そのネタ!」
船務長がまた笑い声を上げた。
赤面して目をそらした機関長が、レーダーを見て話題を変えた。
「連合艦隊、散開。レーダーに出ます」
つまり、巨大岩石の陰から出るということで、牽引が終わったということ。
初期加速とそれに伴うGも、ぷつりと消えた。
「速力25sn。通信回復します……と、通信来ます!」
次席航海士の声に、私は応えた。
「出して!」
だが映像は出ず、音声通信のみで『航海の無事を祈念します』との定型文だけが流れた。
私はマイクのスイッチを船外通信に切り替えた。
『行ってきまーす!』
公然の秘密というか秘密ですらないが、火星と木星は、厳密にはまだ「戦争」になっていない。
軍の関与は「ない」ことになっている。
だから「民間船」であるカージマーにも出番があるし、通信もそのへんはあえてぼやかす。
船が落ち着いたところで私は航海長代理とハイタッチして、席を譲った。
そうして、船長席へ。
そこには縫いぐるみが置かれていたが、それをむんずと掴んで宙に浮かせ、顔面にパンチを浴びせる。
「バカヤロウ!」
吹っ飛んだ縫いぐるみは壁に当たり、バウンドしてきたのを機関長がシートベルトを外して立ち上がり、ノーステップでさらに殴る。
「バカヤロウ!」
さらに弾んだのを航海長代理が、さらには次席航海士が「バカヤロウ!」とパンチを浴びせる。
最後に船務長がむんずと掴んで、私の前に持ってきた。
ひげ面が笑っている。
「嬢ちゃん、行けるぜ!」
差し出された縫いぐるみは、船務長の顔に劣らず傷だらけで、ほつれていたり繕いあとが目立つ。
出港のたびにこのセレモニーをしているのだから、当然と言えば当然か。
けど、セレモニーをやめるつもりも、縫いぐるみを交換する気もない。
どうせ航海中はヒマなんだ。繕う時間はいくらでもある。
「ありがと」
縫いぐるみを受け取ると船長席の足元に入れて、こっそりラストの蹴りを入れた。
その様子に、船務長がボソリと呟いた。
「大将もエライモン遺して行きやがったなー」
「うん。おっちゃんと地球に行ったとき、買うてもろてん」
「エライモンは、その縫いぐるみじゃねえよ。縫いぐるみはむしろ被害者だ」
そう言うと、船務長はまた「ガハハ」と笑って自分の席に戻っていった。
ああ。この船か。
そういえば、「危険な船」のランキングとやらで、海賊船や軍艦を押さえて、トップ10に入っているらしい。
というのも、この船は書類上は火星の「クワジマ商会」所属の民間船となっているが、もっぱら軍の仕事を請け負っているのもあって……というか、ほぼ同型のDDH22は立派な軍艦で、それをさらに改良したのがこの船だ。
ついでというのもおかしな話だが、軍の試作兵器や極秘兵器の実践実験もオプション契約でやっているし、それらの軍機を守るために、こちらは無償で自衛武器の提供も受けている。
積んでいる試作兵器にもよるが、ヘタな戦艦よりも火力は高かったりする。
船務長はシートに座ると、思い出したかのように言った。
「あー。危ないのは船じゃねえぞ!
もっとも、昔の仲間に聞いたら、この船が1光秒以内に入ったら全力で逃げろ! が、合い言葉らしいがな」
そういうと、また笑った。
つられて艦橋がまた笑いに満たされる。
だったら……おっちゃんが遺していった「エライモン」とは何だろう?
まぁ、いずれ船務長を問い詰めて白状させればいいか。
ともあれ、有能なクルーに船に安定した顧客と、航海は順風満帆。
足りないのは……「バカヤロウ!」という怒声だけだが、私の気持ちをどう判断したのか、それで始まったのが出港時のセレモニーだ。
私は本当にクルーに恵まれた。
だから悩む。
おっちゃんが帰ってきたとき、どちらの言葉を先に言うべきか。
「お帰り、父ちゃん」
「お帰り、バカヤロウ」
その答えを出すための時間は、きっとたっぷりある。
……バカヤロウ…………。
◇ ◇ ◇ ◇
●DDH24[カージマー18]
全長248m/全幅38m。平甲板を持つ貨客船。火星船籍。
民間船ではあるが、キルスコアは未確認ばかりで軍艦撃沈7、コロニー爆散3、コロニーおよび軍艦の損傷300以上。
(未確認なのは「ついうっかり」による「事故」ばかりで、こちらから攻撃したことはないという建前から。本当の「未確認」を含めると、キルスコアは数倍になるとも言われている)。
私掠船や海賊船はもちろん、軍艦すら航路を譲ったという。
廃船後は火星連合政府のメモリアルシップとして引き取られ、火星の静止衛星軌道上に今も浮かび続けている。
●カトリーナ=クワジマ
[カージマー18(2代目)]の初代船長。
通り名は「グレイ・ウイッチ」。
本人はアッシュグレイの髪が由来だと言い張っていたが、法律の隙間を巧みにつく「グレイゾーンの魔女」という意味。
木星紛争後、木星と火星の両政府から叙勲のオファーを受けるが「おっちゃんと相談してくる」と言い残し、わざわざ中古のDD51を買って乗り込み、土星に向かったあと消息不明。
●衛星エウロパ
リンドバーグ家の跡目相続争いに端を発した内紛はエウロパの紛争に、さらに木星全体規模での内戦を経て、最終的には火星も巻き込み人類初の惑星間戦争に発展した。
戦争終結後は、戦争中の「同盟」をベースに国家の統合が進み、連合会議と統一通貨を持つ「太陽系連盟」が成立する。
リンドバーグ家は宇宙における権益の総てを失い、エウロパの地表に若干のドーム都市を持つ「地方領主」程度に没落する。
エウロパをテラフォーミングして歴史の表舞台に復帰するのは、まだ未来の話となる。
木星でのどさくさに紛れてこの船を火星に持ち帰ったあと、病気で倒れた。
この船を売れば治療費は出せるし、それなりの蓄えもあったから延命も可能だったと思う。
が、ある朝、妙に晴れやかな顔をして私に言った。
「オマエにこの船をやる。
当面のクルーはリストアップしているから、あとはオマエがやれ。
足りないのもオマエが揃えろ」
そうしてつづけた。
「俺はこれから土星に行って、適当なのがいないか探してくる」
それからその日のうちに、先代の船で出港していた。
私は宇宙港から、カタパルトポートに向けて小さくなっていく船に向かって、声を限りに叫んだ。
「バカヤロウ!」
土星までは、片道5年はかかる。往復なら10年だ。
戻りのスラスターが入手できるアテもないだろうし、カタパルトやレンタルブースターが使えるかもわからない。
つまりは…………。
けれども、死亡確認はされていない。
だから、副長には悪いけど、この船の正航海士は空席にしておく。
いつでも、おっちゃんが戻れるように。
先代[カージマー18]は、火星の重力圏を離れると同時に、船籍抹消の手続きがされるようになっていた。
私はおっちゃんにもらった船をライトグレイから朱色がかった赤色に塗り替え、その名を継がせた。
ついでに自分の名を「カトリーナ=クワジマ」にあらためた。
拒否権を持つおっちゃんからからの反対はなかったから、書類はあっさり受理された。
私はおっちゃんの養女になった。
ゴツン!
少し身体が浮き上がるようなショックがあったが、マグネット床と対になった金属板入りのブーツがそれを制した。
ガン、ガン、ガン! という軽い振動が続く。
巨大岩石に船を固定するために打ち込んだアンカーを巻き取っている。
それが落ち着くのを待って、白色信号弾を打ち出す。
この巨大岩石は、ワイヤーで火星連合軍の軍艦に繋がり、軍艦が引っ張って初期加速を出すが、その軍艦からこの船は死角になっていて、発光信号では見えない。
そのため、信号弾を射出して合図を送る。
もちろん、小さなコローニー国家が持つ軍艦だけでは、こんな巨大岩石を引っ張ることはできないが、「連合艦隊」ならできる。
火星にあった1000に近いコロニー国家やドーム国家は有志を募って「連合軍」を結成した。
遠くない将来、連合軍をベースに連合国や連邦が成立するだろう。
「国家」は統合され、覚えられる程度の数にまとまるんじゃないかな。
知ったことじゃないけど。
機関長と船務長が同時に声をあげた。
「船長。コンタクト完了。誤差は無視できるレベル!」
「嬢ちゃん。軍艦が動き出した。ショック来るぜ!」
私は船内放送で短く告げた。
「出港! 総員シートに着座。5分間は黙ってて!」
「舌を噛むから!」と言ってて自分が噛んだら、ずうっと笑われ続ける。
だからそれは心の中に留めた。
ほどなく、シートに押しつけられるようなGをあびた。
「船長、大丈夫ですか?」
機関長の問いに私は笑顔すら浮かべて答えた。
「パラスの3分の1くらいかな? しゃべれる程度には大丈夫」
「ガハハハハ! アンタ一生言われるぜ、そのネタ!」
船務長がまた笑い声を上げた。
赤面して目をそらした機関長が、レーダーを見て話題を変えた。
「連合艦隊、散開。レーダーに出ます」
つまり、巨大岩石の陰から出るということで、牽引が終わったということ。
初期加速とそれに伴うGも、ぷつりと消えた。
「速力25sn。通信回復します……と、通信来ます!」
次席航海士の声に、私は応えた。
「出して!」
だが映像は出ず、音声通信のみで『航海の無事を祈念します』との定型文だけが流れた。
私はマイクのスイッチを船外通信に切り替えた。
『行ってきまーす!』
公然の秘密というか秘密ですらないが、火星と木星は、厳密にはまだ「戦争」になっていない。
軍の関与は「ない」ことになっている。
だから「民間船」であるカージマーにも出番があるし、通信もそのへんはあえてぼやかす。
船が落ち着いたところで私は航海長代理とハイタッチして、席を譲った。
そうして、船長席へ。
そこには縫いぐるみが置かれていたが、それをむんずと掴んで宙に浮かせ、顔面にパンチを浴びせる。
「バカヤロウ!」
吹っ飛んだ縫いぐるみは壁に当たり、バウンドしてきたのを機関長がシートベルトを外して立ち上がり、ノーステップでさらに殴る。
「バカヤロウ!」
さらに弾んだのを航海長代理が、さらには次席航海士が「バカヤロウ!」とパンチを浴びせる。
最後に船務長がむんずと掴んで、私の前に持ってきた。
ひげ面が笑っている。
「嬢ちゃん、行けるぜ!」
差し出された縫いぐるみは、船務長の顔に劣らず傷だらけで、ほつれていたり繕いあとが目立つ。
出港のたびにこのセレモニーをしているのだから、当然と言えば当然か。
けど、セレモニーをやめるつもりも、縫いぐるみを交換する気もない。
どうせ航海中はヒマなんだ。繕う時間はいくらでもある。
「ありがと」
縫いぐるみを受け取ると船長席の足元に入れて、こっそりラストの蹴りを入れた。
その様子に、船務長がボソリと呟いた。
「大将もエライモン遺して行きやがったなー」
「うん。おっちゃんと地球に行ったとき、買うてもろてん」
「エライモンは、その縫いぐるみじゃねえよ。縫いぐるみはむしろ被害者だ」
そう言うと、船務長はまた「ガハハ」と笑って自分の席に戻っていった。
ああ。この船か。
そういえば、「危険な船」のランキングとやらで、海賊船や軍艦を押さえて、トップ10に入っているらしい。
というのも、この船は書類上は火星の「クワジマ商会」所属の民間船となっているが、もっぱら軍の仕事を請け負っているのもあって……というか、ほぼ同型のDDH22は立派な軍艦で、それをさらに改良したのがこの船だ。
ついでというのもおかしな話だが、軍の試作兵器や極秘兵器の実践実験もオプション契約でやっているし、それらの軍機を守るために、こちらは無償で自衛武器の提供も受けている。
積んでいる試作兵器にもよるが、ヘタな戦艦よりも火力は高かったりする。
船務長はシートに座ると、思い出したかのように言った。
「あー。危ないのは船じゃねえぞ!
もっとも、昔の仲間に聞いたら、この船が1光秒以内に入ったら全力で逃げろ! が、合い言葉らしいがな」
そういうと、また笑った。
つられて艦橋がまた笑いに満たされる。
だったら……おっちゃんが遺していった「エライモン」とは何だろう?
まぁ、いずれ船務長を問い詰めて白状させればいいか。
ともあれ、有能なクルーに船に安定した顧客と、航海は順風満帆。
足りないのは……「バカヤロウ!」という怒声だけだが、私の気持ちをどう判断したのか、それで始まったのが出港時のセレモニーだ。
私は本当にクルーに恵まれた。
だから悩む。
おっちゃんが帰ってきたとき、どちらの言葉を先に言うべきか。
「お帰り、父ちゃん」
「お帰り、バカヤロウ」
その答えを出すための時間は、きっとたっぷりある。
……バカヤロウ…………。
◇ ◇ ◇ ◇
●DDH24[カージマー18]
全長248m/全幅38m。平甲板を持つ貨客船。火星船籍。
民間船ではあるが、キルスコアは未確認ばかりで軍艦撃沈7、コロニー爆散3、コロニーおよび軍艦の損傷300以上。
(未確認なのは「ついうっかり」による「事故」ばかりで、こちらから攻撃したことはないという建前から。本当の「未確認」を含めると、キルスコアは数倍になるとも言われている)。
私掠船や海賊船はもちろん、軍艦すら航路を譲ったという。
廃船後は火星連合政府のメモリアルシップとして引き取られ、火星の静止衛星軌道上に今も浮かび続けている。
●カトリーナ=クワジマ
[カージマー18(2代目)]の初代船長。
通り名は「グレイ・ウイッチ」。
本人はアッシュグレイの髪が由来だと言い張っていたが、法律の隙間を巧みにつく「グレイゾーンの魔女」という意味。
木星紛争後、木星と火星の両政府から叙勲のオファーを受けるが「おっちゃんと相談してくる」と言い残し、わざわざ中古のDD51を買って乗り込み、土星に向かったあと消息不明。
●衛星エウロパ
リンドバーグ家の跡目相続争いに端を発した内紛はエウロパの紛争に、さらに木星全体規模での内戦を経て、最終的には火星も巻き込み人類初の惑星間戦争に発展した。
戦争終結後は、戦争中の「同盟」をベースに国家の統合が進み、連合会議と統一通貨を持つ「太陽系連盟」が成立する。
リンドバーグ家は宇宙における権益の総てを失い、エウロパの地表に若干のドーム都市を持つ「地方領主」程度に没落する。
エウロパをテラフォーミングして歴史の表舞台に復帰するのは、まだ未来の話となる。
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宇宙船に密航者と言ったらやはり(ネタバレ回避)ですよね。
主人公がいつそれに気が付くかとニヤニヤしながら読みました。
もちろん標準装備の基本仕様です!
てか、オッサンの一人独白だけじゃ、読者置き去りにも程があるので。
なお、そろそろ「本編」に入り(長い前振りだな)、設定説明から、ストーリーが動き始めますので、しばらくお付き合いいただけましたら幸いです。