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学校編

転校生

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 これは少し前の話になる。 

 9月の新学期が始まって突如として、1-A組窓側最後尾の私の席の後ろに、一組の椅子と机が設置された。

 なので、遂に転校生が来ると噂されていた。

 普通は新学期と同時に転校してくるものだと思っていたが、転校生はなかなか来なかった。朝のホームルームで教師から件の転校生の話があった。

「えー、今日は転校生を紹介する。
 挨拶しなさい」

 そう言って教室に入って来たのは日本ではあまり見ない金髪で、碧眼の女の子だった。あまりにも日本人離れしており、ついつい珍しく思いジロジロと見てしまう。
 男女問わず皆、小声で「かわいい」「結婚したい」など聞こえてくる。

「佐藤ルナです。親の仕事の都合で転校してきました。よろしくお願いします」

 見た目に反して、苗字は日本のものだった。なかなか流暢な日本語で自己紹介をした。帰国子女なのかもしれない。

「佐藤は後ろの空いてる席に座ってくれ。北風 何か分からない事があったら教えてやってくれ」

「はい、分かりました」

 1年も2学期になれば、何かと任される事が増える。先生からの雑用もなるべく断らずにしていたら、何故かクラスへの伝達やプリント類のコピーなどをする便利屋みたいなポジションになっていた。

 佐藤さんがややゆったりとしたペースで自分の席に着いた。

「佐藤さんよろしくね。
 私は北風芽衣。何か分からない事があったら、何でも聞いてね」

「は、はい。よろしくお願いします」

 その後、ホームルームが終わり、佐藤さんは授業まで質問攻めにあっていた。あたふたしているみたいだった。

 午前の授業も終わり、昼休みになった。

 佐藤さんも一人みたいだったので、声を掛けた。

「ねえ、佐藤さん。お昼はどうする?
 私はお弁当持ってきてるけど。
 良ければ一緒に食べよう」

 佐藤さんを誘ってみた。

「あの、私お弁当持ってきてなくて、学食に行こうかと」

「そうなんだ。じゃあさ、案内するよ。と言っても、私も場所くらいしか分からないけど」

 私は普段お弁当を作って持ってきている為、食堂では食べた事がなかった。

「よ、よろしくお願いします」
 佐藤さんはお辞儀しながら言っていた。

「芽衣、学食行くの?私達も行ってもいい」

 クラスメイトで友達の日下伊織と数名の女子生徒も一緒に学食に行くことになった。伊織は小学生の頃からの付き合いで、高校も同じだった。

「いいよ。一緒に行こう」
と私は言った。




 学食は校舎から見て、北側の棟の1階にあった。1年生の教室からは真向かいにあった。

 学食に着くと、昼食時の為か、さすがに人が多かった。

 私たちは佐藤さんを連れて、券売機の前に来た。

「これは何でしょう?」

 学食の券売機の前で佐藤さんがフリーズしていた。券売機を使ったことがないのだろうか。

「これはお金を入れて、ボタンを押して券を食堂の人に渡したら作ってくれるよ」

 私も使ったことはないが、大体分かるものだと思うが。佐藤さんは券売機を珍しそうに眺めていた。佐藤さんは券売機が無い国から来たのかもしれない。

「へぇー、私の住んでた所にはこんなのなかったから、不思議です。あ、私これにします」

 佐藤さんはそう言って、誰も頼まない事で有名な白羽高校スペシャルを頼んだ。

「あっ、佐藤さんそれ……」

 私は止めようとしたが、佐藤さんは素早く券売機のボタンを押していた。

「ま、まあ食べたら意外と美味しいかもしれないし。ほら、2年のジーザスはいっつも頼んでるみたいだし」

 伊織はそう言って、フォローしていた。

「これ頼んじゃまずかったですか?」

「そんな事ないよ。でも佐藤さん、食べれなかったら無理しないでね」
と一応言っておいた。
 白羽高校スペシャルを食べた者は、午後からの授業に参加出来なくなるという噂があった。

 私たちは席を確保した。食堂は多人数が座れるテーブルや、2人席などがあった。

「ほら、あれジーザスが食べてるやつが、白羽スペシャルだよ」

 2人席に座るジーザスの方を向いて、伊織は言った。
 今日は、一際目立つ燃えるような赤髪の女性と相席していた。スタイルの良い美人だった。日本人離れしたスタイルと容姿で、もし女神様がいるならきっと彼女のような姿だろうと思わせた。ジーザスの彼女だろうか。

 ジーザスとは何なのか意味が分からないが、彼は何かの宗教を信仰しているらしい。ジーザスは筋骨隆々で、身長は190cmを超える丸眼鏡の男だった。その上、生徒会の副会長であり、校内でも有名人の1人だ。見た目も少しかっこいい。他の生徒がからかって、ジーザスというあだ名を付けた事で、さらに認知されることになった。

 まあ今では、誰も頼まないことで有名な白羽スペシャルを、食べる変人として知れ渡っていた。

 佐藤さんがもらったブザーが振動し始めた。どうやら、出来上がったらしい。

「佐藤さん、取りに行かないと」

「あ、はい。ちょっと行ってきます」
と言って、佐藤さんは白羽スペシャルを受け取って戻ってきた。

「これはどうやって食べるんでしょうか?」

 私たちは、恐る恐る中を覗き込んだ。中は、汁が赤黒い、マグマのような麻婆豆腐だった。

「なーんだ。ただの麻婆豆腐じゃん」
と伊織は言った。

「ま、まあ見た目は美味しそうだね。
 佐藤さん、それはレンゲを使って食べたらいいよ、はいこれ」
 私は食堂の上に置いてある、レンゲを渡した。

「ありがとう。あ、美味しいです」
 佐藤さんは問題なく食べていた。

「本当、良かったあ。
 佐藤さんが授業に出られなくなったらどうしようかとか思った」

「北風さんもどうですか?
 はい、あーん」
 あーんって言われて、ちょっと迷った。恥ずかしい気持ちが湧いてくる。すごく距離感の近い子だった。まあ受けるのだが。

「あーん」

 確かに美味しかった。だけど後から来る辛さが、私の舌の感覚をなくしていく。伊織の視線を感じる。食べたいのかな。

「美味しいけど、辛い。
 水、水。伊織、これすっごく辛いよ」

 私は、水筒のお茶で舌がヒリヒリする感覚を飲み下した。佐藤さんは、辛さを全く感じないかのように、美味しそうに食べていた。すごい子だった。私は身体が燃えるように火照ってきてるのに。







 今日の授業が終わった。伊織は、陸上部の活動に行った。私も帰る準備をする。

「佐藤さん今日は一日お疲れ様。
 また明日もよろしくね」
と言って、教室から出ようとする。

「北風さん、待って。
 もうちょっと、学校の案内をしてほしいの。付き合って」
 魅力的な子に誘われたら、付いて行きたくなるけど、うーん。帰ってご飯の準備もしないといけない。まあ、お父さんは、まだ帰ってこないだろう。

「もう、あと少しだけだよ」
私は小さくため息をつきつつ、答えた。

「ありがとう、芽衣さん」
と言って、両手を取られる。
 いきなり名前で呼ばれた。この子本当に、いきなり距離を詰めてくるからドキドキする。

「じゃあ、どこから行く。
 校舎と特別棟は、授業で行ったから良いよね」

校舎は、1階が事務室や校長室、1年生の教室で、2階が職員室や放送室などが並んでいた。3階から4階は2年生や3年生の教室で、私たちは普段上がることはない。特別棟は1階に食堂があり、上階には音楽室や美術室、文化系の部活の部室などがあった。

「私、グラウンドとあの大きなホールが見てみたいです」

「いいよ。行ってみようか。
 今、ちょうど体育系の部活をやってるところだろうけど」

 私たちはグラウンドに出てみた。グラウンドは校舎から見て、南側にある。グラウンドでは野球やサッカー、陸上などの部活動にいそしむ生徒の声が多かった。

 懐かしい気分だった。
 中学の時は私も、陸上をやっていた。

「広いグラウンドだね。
 校舎から外まで走ったらどれくらいかかるかな?」

「どうだろう?
 でも1分くらい走れば、誰でも行けるかもね」

「そっか。それくらいだよね。
 ところで芽衣さんは部活はやってないの?」

部活に興味があるんだろうか。私ではあまり力になれそうにない。

「うん。私は帰宅部だよ。
 佐藤さん部活に興味があるの?」

「うん。少しね。
 でも芽衣さんと同じ部活がやりたかったなあ」

 帰国子女で馴染もうと、必死なのだろう。出来る限り、力になってあげたい。

「興味がある部活があったら教えて。
 私の友達で、同じ部活の人が居たら紹介するから」

「ありがとう、芽衣さん。
 でも大丈夫だよ。次はホールを案内してよ、こっちだよね」

 佐藤さんはホールの方に歩き出した。遠慮しているのだろうか。




 ホールの方に歩いていくと、ホールの壁際でC組の向井日向さんが4人の男女に囲まれているのが見えた。
 あれは黒沢清華さんたちのグループだ。穏やかではない雰囲気だ。高校生になってもまだ、いじめのような事をしているようだった。
 思わず目を細める。でも安易に人を助けようとすれば、しっぺ返しが来る事もある。今は佐藤さんもいるのだ。

「佐藤さん、ホールが見えてきたよ。
 普段は体育館で、今は部活をしててね、バスケとかバレーとか、柔道や剣道場もあるんだよ。
 剣道部は全国大会に行った人もいるくらい強いんだって。確か2年の佐々木巴さんって言う女の子だよ。すごいよね」
 わざと佐藤さんの注意をそらすように、私は話し続けた。

「芽衣さん、あれは何?」
と言って、向井さんたちを指差した。

「何か話し合ってるんだよ、たぶんね」
と私は出来るだけ目をそらしながら言った。

「ああやって1人を大勢で、やっつけようとするのを、私知ってる。あれはリンチだよね」

「私たちには何も出来ないよ」

 以前だってそうだった。私が何も考えずに助けようとして、却って事態を悪化させたのだ。そのせいで、中学の時伊織は部活を辞めさせられたのだ。あんなに走ることが好きだったのに、私のせいで彼女から笑顔を奪ってしまった。
 今回だって、きっと佐藤さんに迷惑を掛ける。複雑な問題なのだ。助けるなら、自分も周囲も傷つく覚悟が必要だ。私には、もうそれがない。

「そんな事ないよ。
 だって芽衣さんあの子の事、助けてあげたい て思ってる。行ってあげて」
と佐藤さんは言った。
 向井さんは、男子生徒に羽交い締めにされて、黒沢さんにお腹を殴られていた。

「ごめんね佐藤さん、私行ってくる」
私は覚悟を決めて、彼らの下に走り出していた。
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