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異世界編

教会にて

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 目が開いた。私はベッドの上に仰向けに横たわっているようだ。外からは太陽の光が入ってきている。朝か昼のようだ。

 とても長い間、目を閉じていた気がする。

 ここはどこだろう。ユーゴがまた床で布団も敷かずに寝ている。まったく、だらしないなあ。布団をかけてあげないと風邪を引いてしまうかもしれない。私は起きて、ユーゴに布団を掛ける。
それにしてもここはどこだろう。私たちの小屋ではない。ベッドのシーツは綺麗で、清潔だ。部屋もきれいに掃除されている。個室のようだが、ベッドと机、本棚があるくらいで他の家具はない。誰かの部屋なのだろうか。私は部屋の外に出てみる。

 部屋を出ると長い廊下があり、私の居た部屋は廊下の隅っこだった。廊下には大きな扉がいくつかある。私は、手前の扉を開けてみた。扉を開けると、大きな空間に出た。部屋にはステンドグラスから光が指し、光源が保たれていた。とても静謐な空間だった。私は部屋の中を歩いて見回し、教会にいる事が分かった。さっき居たのは生活スペースなのだろう。教会には木造の長椅子がいくつか置かれて、部屋の奥には祭壇があった。祭壇側の壁には、翼の生えた豊満な女性の像が部屋を見下ろすようにあった。どうやら教会のようだ。

「光の女神、フレアの像です。
 我々人族の信奉する神を模して作られました」

 司祭様がいつの間にか、後ろに立っていた。  ちょっとびっくりしたが、いつものように、ニコニコして安心感を与える雰囲気をしている。

「驚かせてしまいましたね。
 身体の具合はもういいですか?」

 また司祭様のお世話になったみたいだ。何度も申し訳なく思う。私はギルドで青年と戦った後から記憶がない。意識を失っていたみたいだ。

「はい、身体は元気です。
 またお世話になったみたいで、ご迷惑をお掛けします」
司祭様は笑って頷いた。

「あなたの怪我は、ユーゴがほとんど治してい ました。私は他に異常がないか見ただけですよ。傷も残っていません、安心してください。
 昨日の事なので、あまり無理はしないように」

「ご心配をお掛けします」

 あの時は死ぬかと思ったが、人は案外丈夫に出来ているものだ。服の隙間から自分の胸元を覗いて見るが、確かに傷はない。というか見られたのだろうか。ちょっと恥ずかしい。見られたのも恥ずかしいのだが、胸の中心には元々紋章のような痣があった。傷ではないので、消えてはいない。

「ところで、あなたは女神を信じていますか?」

 急にどうしたのだろうか。私はもちろん信じている。それが良いものとは限らないが、私は実際に、フレアにも会っているのだから。

「私には、分かりません」

 私は前世でも宗教は信じていなかった。だから、知ったかぶりをするのはやめておく。まあよく分かる宗教があるかは分からないが。現に、フレアの像も実物とは異なる。翼は生えてないし、もっとスレンダーだ。

「そうですよね。
 あなたはそれでいいと思います」

「それは、どういう意味ですか?」

「深い意味はありません。
 女神はただ見ているだけです。
 あなたの事もこの瞬間も見ていることでしょう。
 ですが人族の女神フレアは規律や集団を、魔 族の女神ルナは自由と個人を重んじた。
 私の妻は魔族でした。ただ種族や考えが違え ば人は簡単に他人を排斥します。
 だから私は思うんです。結局自分の思いを通 すには、女神にすがってはならない。自分の力で切り開かなければならないとね」

 司祭様は、珍しくわずかに感情を顕にしていた。司祭様の奥さんは魔族だった。私と同じだ。この世界では人族と魔族が全面的に対立していると、勝手に思い込んでいた。フレアとルナが主な原因だとは思う。けど実際に生きている人たちは、額面通りに対立するのではなく、様々な考えを持った人がいるみたいだ。ただまるで、司祭様はフレアよりもルナを信じているように聞こえる。

「司祭様はルナの考えの方が正しいと思ってい るんですか?」

 司祭様は女神フレアを信奉している教会の司祭であったはずだ。

「あなたを助けた事で、私は考えが変わりました。
 私の妻はなくなる前に、苦しんでいた。私に 何度も殺してくれるように頼んだ。その時に私は気づいたのです。光魔術では、真の意味で苦しむ人を助けることはできないとね。私はせめて楽にしてあげようと、彼女の首に手を当てた時、妻は私に礼を言った。彼女は最初こそ苦しい表情をしていましたが、最後には安らかな表情をしていました。
 その時に、何かの力に目覚めた感覚を覚えま した。あなたを助けられたのは、この力のおかげです」

 司祭様の奥さんは何か病を患っていたのだろう。そして、彼は妻を不幸から助ける事が出来なかった。死を望むほど、苦しんだ末に死ぬことで解放されたのだ。私を助けた力は、司祭様の考えを変えたのだ。

「つまらない話をしましたね
 さあ、そろそろ朝食の時間ですね。
 手伝ってもらえますか、ロゼ」
と言って、司祭様は私が入ってきた扉へ入っていった。私も少しの思案の後、付き添った。







 私は、朝食の準備を手伝った。いつもは2人分だけだが、鍋には大量に入ったスープを火の魔術で温めている。火や土属性の魔術は攻撃には使えないが、生活内で使う分には使用する事はできる。しかしこんなに大量にどうするのだろうか。司祭様も大量にパンを一人分に切り分けている。スープの具材は、私たちの食卓と比べて豪勢だった。ご飯も寝具のレベルでも負けていた。まあ、競ってるわけではないからいいのだけど。

「司祭様、こんなに作ってどうするんですか?」
 私は気になって聞いてみた。誰かお客さんが来るのだろうか。

「いいえ、これはここの子どもたちの食事で  す。どこの村でもそうですが、親を無くした 子どもたちがいますからね」

 司祭様は、分かっていた事だがどこまでも本当に良い人だった。この村でも魔物の襲撃などで亡くなる人もいる。

「司祭様、私にもたまにお仕事手伝わせてください」

 私はこう見えて、前世では清掃活動のボランティアを行っていたのだ。私にも何かできることがあるはずだ。何か少しでも恩返ししたい。

「あなたは、これから冒険者になるんです。
 次からは、忙しければ依頼として頼みますよ」
司祭様はいつものように笑って言った。
朝の朝食の支度が終わった。

「ロゼ、皆を起こしてきてください。
 あとユーゴも。
 廊下を出て、すぐの大部屋が寝室です。
 一緒に朝食を食べましょう」

 私でもいいのだろうか。初対面の子どもたちなので、緊張する。私は、食堂を出て、大部屋の扉を開けた。部屋には子どもたちがまだ寝ている。

「お、おはよー!」

 私は、遠慮がちに声をかけてみた。誰も反応しない。1人1人声をかけていくしかないか。私は、一番近くのベッドの子の肩を揺らして声をかけた。

「ほら、起きて。朝ごはんだよ」

「もうちょっとだけ」
と男の子は言って、布団をかぶる。まったく、これじゃあユーゴだ。司祭様はいつもどうやって起こしてるんだろう。ちょっと荒いけど、私なりの方法で起こしてみよう。中級水属性魔術、アイシクルフィールドを威力低めで使い、部屋の中を冷気が包む。皆が寒くなって、飛び起きる。

「寒っ、父さんめ。
 今日は違う手をうってきたな。てか、ロゼッタちゃん!何でここに?」
と司祭様の息子さんが言った。

「司祭様に言われて。皆んなを起こすようにっ て」

 皆んなガタガタして寒そうなので、私は魔術を解除する。

「そうなんだ。ありがとう。
 本当はいつもは自分で起きるんだけど、昨日 はちょっと夜更ししちゃって」

 何故か言い訳をするみたいに、司祭様の息子さんは言った。少し顔が赤くなってる。まだ寒いのだろうか。

「ああ、ルカ兄の顔が真。ありがとう。本当はいつもは自分で起きるんだけど、昨日はちょっと夜更ししちゃって」

 何故か言い訳をするみたいに、司祭様の息子さんは言った。少し顔が赤くなってる。まだ寒いのだろうか。

「ああ、ルカ兄の顔が真っ赤になってるー」

 私たちより少し年下の子が言った。

「赤くなってなんかない。
 寒いんだ」

 赤くなってると周りの子どもたちにも言われて、ルカはさらに顔が赤くなっていた。ちょっと可哀想だった。
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