国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0553話 生活反応

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うん……海鮮ダイニングの料理人だね。

「うちで家族が集まる時に予約したんだけど、その店員は辞めちゃったんだよ」

「私もそうだった。

後から知ったら、そこで働いていた人が全員変わっていたみたいだし」

「私も同じく、あれだけ人が変わるなら、他の店舗より離職率が高いね」

「えっ……江遠が最近戻ってきたって話だけど、この事件は解決したのか?」

「もうすぐだよ。

ポンキチオが何人か連れて来て調べてるみたいだ」

刑事たちが事務室で楽しそうに談笑している。

警察署の未解決重大事件については全員が詳しく知っているわけではないが、少なくともその存在は聞いたことがある。

なぜなら、未解決重大事件が「病急乱投医」状態になるからこそ、多くの刑事課が動かされるためだ。

すると当然ながら関連情報を得ることになる。

さらに、未解決重大事件自体がそもそも少ない中でより少ないのである。

最近数年分の未解決重大事件は警察署員も多少なりとも知っているものだ。

そのような事件が解決されると必ず話題になる。

実際、全国の警察署を見渡しても、部委や省公安廳が組織する「行動」以外では、自らの未解決重大事件を解決できるのは特殊な偶然性がある場合が多い。

最も一般的なのは、容疑者が他の事件に関与したため逮捕されたケースだ。

もう少し派手な例としては、ある刑事がずっと特定の事件に取り組み続けた結果、やっと証拠が見つかったというもの。

「行動」を通じて未解決重大事件を解決する場合、一部は情報共有による成果で、一部はより多くの資源を投入したからだ。

自らの未解決重大事件を再調査して解決するケースは極めて少ない。

逆に江遠のような他署の同行が、何らかの理由でその場所に関わった結果、解決に至るケースはある。

無論、どの視点から見ても、江遠の捜査能力は通常の範疇を遥かに超えているため、普段の刑事たちの会話では特に感情的になることもない。

「行こうぜ」事務室に戻ってきた某警部補が手を振ると、部下全員が立ち上がった。

「海鮮ダイニングの料理人事件?」

刑事たちは事前にその噂話を尽くしていたため、一目で察した。

警部補はうなずきながら言った。

「人員を倍増させた。

我々に20人近く配分された。

徐局長は前回逃亡を許したが今回は咎めないと言っている。

今度誰かが逃がしたら、皮を剥ぎ骨を砕いて眼の前に粉々に撒くぞ」

「了解です」刑事たちの心は動かない。

脅し程度のことだ。

ただし過去の調査で問題があった場合は、今回は注意深くなる必要がある。

「捜査方向は変わらないのか? 江遠も知人犯行と見ているのか?」

「そうだね」

「我々も既に知人犯行として二度調べたが、漏れ出す可能性は低い」

「だから徐局長も前科者を咎めないと言っている。

意図的でなければ逃亡は許されるが、今回は頑張ってもらいたい」

「本当に腕利きだね?」



大队长は鼻を鳴らしながら言った。

「相手が血跡分析法で現場を再現し、各幹部に演じて見せたんだ。

俺も見てるし、問題ない。

信用できる。

最も可能性が高いのは、知人による犯行だ」

数名の刑事たちの眉根も険しくなった。

捜査中に抜け穴が生まれること自体は珍しいことではない。

白銀事件の殺人鬼は警察が極度に重視しているにもかかわらず何度も漏れ出していたのだ。

しかし、その抜け穴には理由があるはずだ。

つまり犯人は何かしらの技術を掌握していると示唆しており、それだけでも考慮すべき点だった。

葬儀屋。

江遠と洛晋市の法医は、死体を氷棺から引き出した。

解剖をするつもりはないため、法医に事前に凍結を解除させるよう求めてもいなかった。

主に外見の検査が目的だ。

被害者の死因は明確で、初回の解剖時に異常なしと判明していたため、江遠が再び解剖する必要もなかった。

解剖は破壊的な検査であり、多く行うほど良いわけではない。

例えば黄姓女子の四度目の解剖では、最終的に法医が目にしたのは半分腐敗した死体で、当然ながら何の結果も得られなかったのだ。

江遠は特に傷口に重点を置いて測定し、初回の解剖と照合しながら言った。

「犯人は男性で、力強く、身長170cmから180cm程度だ」

これは劈きの角度から判断した。

一般的には他人を劈くなどという行為は稀であり、わざわざ蹲踞して劈くこともないため、角度から身長を推測することができる。

しかし凶器が未回収のため、その長さも推定値に過ぎず、結果として身長の幅が広がってしまう。

江遠の提示した推定は比較的明確だった。

ただ犯人の身長が不協和なのは、170cmから180cmという男性の範囲では、人間を絞り込む効果がないためだ。

洛晋市の法医は一歩離れて黙って立っていた。

江遠の冗談めいた判断に対して軽蔑する様子も見せなかった。

法医学植物学と呼ばれるこの分野は、本格的な法医学者がほとんどやらない。

つまり人間がここまで極限まで行くなら、法医学界にも南の壁があるのか? 江遠の頭をぶつけてその壁を粉砕してしまうのではないか?

「最初の一撃で即死だったはずだ」江遠は傷口に再び目を向けた。

空中に手を振って続けた。

「この角度での劈き、血が身体に飛び散らなかったのは、斧の使い手であることを示している」

もし犯人が血に汚れたなら、壁に飛び散った血痕も不完全になるはずだ。

洛晋市の法医は頷いた。

「その場合、最初の一撃と二撃の間には一定の時間差がある。

犯人の感情が特に昂ぶっていたとは考えられない」江遠は傷口を凝視しながら、本日の最も価値のある判断を下した。

その根拠の一部は血痕分析にあった。

洛晋市の法医はその分野の知識を持たなかったため、黙って聞き入るしかなかった。



「壁に最初の斧で飛び散った血痕だけがある。

二番目の位置は多少ズレるかもしれないと思っていたが、問題ないようだ」と江遠が言うと、洛晋市の法医はすぐに理解した。

江遠がポンキチオに三国時代の斬首事件を語ったように、噴き出す血があるということは被殺者は斧が降りた時点で生きていたことを示す。

法医学用語で言えば「生存反応」というものだ。

二番目の斧が降りたときには生存反応はなかった。

その理由は二つある。

一つは斬首位置に大動脈などが含まれていない、もう一つは時間経過で心臓や内臓が停止したためという。

江遠の判断は後者だった。

そうすると殺人犯は最初の一撃を放った後に短い間隔を置いて二番目を、そして三つ目を連続して振り下ろしたということになる。

激情殺人の犯人は普通はそんなことはしない。

街でナイフを振り回す狂気の男のように一斉に乱打するはずだ。

通常の人間が冷静な状態では他人を殺せないから、完全に理性を失った時だけのことだ。

しかし今回のケースでは殺人犯は最初の一撃と二番目の間に生存反応消失までの時間を置いてから振り下ろした。

つまり被殺者が完全に死んだ後で初めて次の斧を振るったということになる。

その間の時間、殺人犯は何をしていたのか?

観察しているか、会話をしていた可能性がある。

一撃を放ちスマホを取り出して電話するなどは考えられない。

「被害者と加害者の間に恨みや利害関係があった?」

法医もその点を考え始める。

江遠が頷く。

洛晋市の法医が眉をひそめ、「しかし、二度調べた知人だ。

もし恨みや利害関係があれば見つかるはず」と言った。

江遠は首を横に振った。

客観的証拠のない推測には興味がないのだ。

「よし。

遺体を冷凍庫に戻せ」江遠が言うと、被殺者が自分に恩恵を与えないならそのままにしておくしかないからだ。

牧志洋が車で帰路につき、洛晋市刑捜の駐車場は静かだった。

ほとんどの刑事たちは外出して聞き込みに行っているのだ。

一年以上前の事件なので、リスト上の多くの人は元の住所にいない。

転居したり実家に戻ったりしている人もいる。

連絡が困難なだけでなく、直接会って尋問するのも難しい状況だ。

小規模案件なら電話で済むが、このように長期化した殺人事件では出張して聞き込みに行くしかない。

その日は刑捜のオフィスも空いていた。

休暇中の企業のように閑散としている。

しかし江遠は特に心配そうにはなかった。

仮設事務所に戻るとポンキチオを呼び、再び新たな案件に取り組む態勢を作り始めた。

「ポン大隊長、聞き込みは聞き込みだが、待機時間を利用して別の事件でもやろうか」

「次はシェフの事件?」

ポンキチオが江遠の意図を推測する。

江遠が笑う。

「必ずしもシェフとは限らない。

この案件はまだ終わっていないからだ。

新たな案件ならまずは法医植物学のケースを探そう」

ポンキチオは胃が締め付けられるような感覚に陥った。

「本当に聞き込み結果を気にしないんですか?今この時間を利用して捜査方針を考えない方がいいですか」

「もう見回したのは知人だ。

どうしても見つからない場合はいずれ専門家を紹介する」江遠の頭の中には徐泰寧の名が浮かんだが、すぐに消し去った。

洛晋市警に反対されないようにするためだった。



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