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第一部
1章-3
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カテリアーナの教育は全てクローディアが担っている。
本来、王族の子女には家庭教師がつくのだが、なり手がいなかったからだ。おそらく国王が圧力をかけているのだろう。
それならば孫娘の教育は自分でしようと自ら家庭教師を務めることにしたクローディアだ。
クローディアは摂政として国政に携わっていた時期があった。前国王であった夫が若くして亡くなったので、まだ幼かった息子の代わりに政務を執っていたのだ。
息子が成人したと同時に国政を退き、離宮でのんびり余生を過ごしていた。おかげで時間だけはたっぷりある。
カテリアーナは覚えが早く、教えがいのある優秀な生徒だ。だが、一つだけ困ったことがある。
それは食事のマナーだ。
「カティ、なぜ肉や魚を食べないのじゃ? これでは食事のマナーを教えられぬ」
「ごめんなさい、おばあさま。どうしても食べられないの」
カテリアーナは肉や魚、動物の油を好まない。いつも口にするのは穀類や豆類、野菜や果物だけだ。ただ、食べる量が桁違いに多い。
食べ物の好き嫌いが多いという国王の言葉はあながち嘘ではない。王宮にいた頃、カテリアーナに提供されていた粗末なスープでさえ、肉が少しでも入っていれば手をつけなかった。
マナー以前に栄養が偏ることを心配したクローディアは料理長に相談をすることにした。
「偏食はよくない。何とか工夫をしてほしい」
「しかし、陛下。菜食を好む者もいます。王女殿下もそうなのではないでしょうか?」
「今は良い。子供だから多少の好き嫌いは許されるかもしれぬ。だが、成人した後、公の場であの娘が恥をかかないようにしっかりマナーを教えたいのじゃ」
「分かりました」
その夜、晩餐の料理の中に、一見そうとは分からないように肉を使った野菜料理が提供された。カテリアーナはそうとは知らず、いつもどおり料理を完食したのだが……。
直後、カテリアーナの体に異変が起きた。
突然、嘔吐したかと思うと、痙攣を起こし、体中に赤い発疹が出始めたのである。
急いで宮廷医が呼ばれカテリアーナの診察が行われた。診察が終わった医師はクローディアに問いかける。
「命に別状はございません。食あたりと思われます。本日の食事で珍しい貝や魚など初めて口にした物がございましたかな?」
クローディアは安心すると同時に医師の質問に思い当たることがあり、はっとする。カテリアーナは今日初めて肉を食べたのだ。そのことを医師に告げると医師は思案した後、口を開く。
「おそらく、王女殿下は動物の油を受けつけない体質なのかもしれません。無理に食べさせないほうがよろしいかと。代わりに豆類で栄養を補うとよいでしょう。特に大豆は『畑の肉』とも言われておりますから」
ベッドの上でうなされているカテリアーナの髪を撫でながら、クローディアはそっとため息を吐いた。
「せめて所作だけはそれらしく振る舞えるようにするしかないか」
次の日から離宮では動物の油を含む料理は提供されなくなった。
◇◇◇
十歳になったカテリアーナは薬学に興味を持つようになった。
今日も護衛騎士を引っ張って離宮裏の森に薬草を探しに来ている。
「これはニガヨモギね。湿布薬の材料になるわ」
薬草辞典を見ながら、薬になる材料を採取するのが最近の日課だ。採取した薬草は騎士が持ってくれているかごに入れる。
「カテリアーナ姫、そろそろ日が暮れますよ。早く帰らないと王太后陛下に叱られます」
「そうね。そろそろ引き上げましょうか」
腰を上げかけた時に、にゃあという鳴き声が聞こえた。
鳴き声は離宮の方向とは逆方向から響いている。助けを求めるようににゃあにゃあと鳴いていた。
カテリアーナは声の方向へ駆け出す。
「姫! どちらへ行かれるのですか!? お待ちください!」
声の主は木の根元にいた。黒い猫だ。
これがカテリアーナとノワールの出会いだった。
本来、王族の子女には家庭教師がつくのだが、なり手がいなかったからだ。おそらく国王が圧力をかけているのだろう。
それならば孫娘の教育は自分でしようと自ら家庭教師を務めることにしたクローディアだ。
クローディアは摂政として国政に携わっていた時期があった。前国王であった夫が若くして亡くなったので、まだ幼かった息子の代わりに政務を執っていたのだ。
息子が成人したと同時に国政を退き、離宮でのんびり余生を過ごしていた。おかげで時間だけはたっぷりある。
カテリアーナは覚えが早く、教えがいのある優秀な生徒だ。だが、一つだけ困ったことがある。
それは食事のマナーだ。
「カティ、なぜ肉や魚を食べないのじゃ? これでは食事のマナーを教えられぬ」
「ごめんなさい、おばあさま。どうしても食べられないの」
カテリアーナは肉や魚、動物の油を好まない。いつも口にするのは穀類や豆類、野菜や果物だけだ。ただ、食べる量が桁違いに多い。
食べ物の好き嫌いが多いという国王の言葉はあながち嘘ではない。王宮にいた頃、カテリアーナに提供されていた粗末なスープでさえ、肉が少しでも入っていれば手をつけなかった。
マナー以前に栄養が偏ることを心配したクローディアは料理長に相談をすることにした。
「偏食はよくない。何とか工夫をしてほしい」
「しかし、陛下。菜食を好む者もいます。王女殿下もそうなのではないでしょうか?」
「今は良い。子供だから多少の好き嫌いは許されるかもしれぬ。だが、成人した後、公の場であの娘が恥をかかないようにしっかりマナーを教えたいのじゃ」
「分かりました」
その夜、晩餐の料理の中に、一見そうとは分からないように肉を使った野菜料理が提供された。カテリアーナはそうとは知らず、いつもどおり料理を完食したのだが……。
直後、カテリアーナの体に異変が起きた。
突然、嘔吐したかと思うと、痙攣を起こし、体中に赤い発疹が出始めたのである。
急いで宮廷医が呼ばれカテリアーナの診察が行われた。診察が終わった医師はクローディアに問いかける。
「命に別状はございません。食あたりと思われます。本日の食事で珍しい貝や魚など初めて口にした物がございましたかな?」
クローディアは安心すると同時に医師の質問に思い当たることがあり、はっとする。カテリアーナは今日初めて肉を食べたのだ。そのことを医師に告げると医師は思案した後、口を開く。
「おそらく、王女殿下は動物の油を受けつけない体質なのかもしれません。無理に食べさせないほうがよろしいかと。代わりに豆類で栄養を補うとよいでしょう。特に大豆は『畑の肉』とも言われておりますから」
ベッドの上でうなされているカテリアーナの髪を撫でながら、クローディアはそっとため息を吐いた。
「せめて所作だけはそれらしく振る舞えるようにするしかないか」
次の日から離宮では動物の油を含む料理は提供されなくなった。
◇◇◇
十歳になったカテリアーナは薬学に興味を持つようになった。
今日も護衛騎士を引っ張って離宮裏の森に薬草を探しに来ている。
「これはニガヨモギね。湿布薬の材料になるわ」
薬草辞典を見ながら、薬になる材料を採取するのが最近の日課だ。採取した薬草は騎士が持ってくれているかごに入れる。
「カテリアーナ姫、そろそろ日が暮れますよ。早く帰らないと王太后陛下に叱られます」
「そうね。そろそろ引き上げましょうか」
腰を上げかけた時に、にゃあという鳴き声が聞こえた。
鳴き声は離宮の方向とは逆方向から響いている。助けを求めるようににゃあにゃあと鳴いていた。
カテリアーナは声の方向へ駆け出す。
「姫! どちらへ行かれるのですか!? お待ちください!」
声の主は木の根元にいた。黒い猫だ。
これがカテリアーナとノワールの出会いだった。
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