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第一部
3章-4
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――カテリアーナが成人の儀を終えてから一ヶ月後。
その日、ラストリア王宮は朝から騒がしかった。第二王女カテリアーナがエルファーレン王国へ輿入れをするからだ。
三日前、カテリアーナは北の塔から王宮の客室へと移された。客室と言っても外国からの王族や貴族が使うような豪華な部屋ではない。こじんまりとした質素な部屋だ。
塔から王宮へ移される前に、エルファーレン王国へとつながっている石壁の道はノワールに閉じてもらった。あちらの農園はノワールの知り合いが見てくれるらしい。
鏡の中のカテリアーナは祖母の形見のドレスを身に纏っている。仕立て直しはカテリアーナが自ら行った。他の者には任せられないからだ。
「取り替え姫……失礼いたしました。カテリアーナ様、髪は結い上げますか? それとも軽くまとめるだけにいたしますか?」
侍女長が『取り替え姫』と言った途端、周りの侍女たちからクスクスと嘲るような笑いが漏れる。
「軽くまとめるだけでいいわ」
侍女が王女に対してとっていい態度ではないのだが、カテリアーナは注意する気も起きない。
それに国境の中洲までは半日の道程なのだ。エルファーレン王国との国境からはたった一人で歩いて行かなければならない。髪を結い上げたところで乱れてしまうだろう。
「かしこまりました」
そういうと侍女はカテリアーナの髪を櫛で整える。だが、梳き方が荒く痛い。カテリアーナは思わず顔を顰める。
カテリアーナは十二歳で塔に閉じ込められて以来、自分で服を着て髪を整えていたため、人に支度してもらうのは慣れていない。
ふと、用意された飾りにカテリアーナは目を留める。
「その髪飾りは?」
見慣れた花の髪飾りは、ノワールから贈られた花のティアラに使われていたものだ。ドレスや装飾品とともにアデライードに奪われた花のティアラ。ただ、ティアラの形はしていない。花だけ寄せ集めて作った飾りだ。
「これは……その……飾りが大変凝っていて美しいものですので、髪飾りとして作り替えたものです。それに元々カテリアーナ様のものですので」
「そう」
侍女長は言い淀んでいたが、カテリアーナは推測することができた。
花のティアラはカテリアーナに合わせて作られていた。つまり、アデライードに合わなかったのだ。癇癪を起したアデライードが壊したと考えるのが妥当だろう。
実際、ドレスはアデライードに合わせて仕立て直された。軽くて美しいドレスをアデライードが気に入ったからだ。ネックレスなどの装飾品は誰でも身に着けられる。ただ、ティアラだけはアデライードの頭のサイズに合わなかったのだ。
カテリアーナの心は暖かくなる。形は変わってしまったが、ノワールが贈ってくれたものを身につけられるのだ。
やがて、侍女長がカテリアーナの髪に髪飾りを挿すと、部屋中に聞こえるように声を張る。
「お支度が整いました」
玉座に座った国王にカテリアーナは頭を下げ、挨拶をする。
「今日まで育てていただきありがとうございました。これよりエルファーレン王国へ参ります」
「うむ。息災でな」
「はい。陛下もどうかお元気で」
カテリアーナを送り出す家族は国王のみである。
王太子クリフォードは国王名代としてアデライードの結婚式に参列するため、オルヴァーレン帝国へ行っている。王妃ラグネヴィアはカテリアーナを見送る気がないようだ。姿が見えない。
ラストリア王宮から高らかなファンファーレとともに四頭立ての馬車が走り出す。付き従うのはラストリア王国騎士団第一師団のみだ。
あまりにも寂しすぎる王女の輿入れであった。
◇◇◇
国王ハーディスは城壁からカテリアーナを乗せた馬車を見下ろしている。
「カテリアーナ姫は旅立ちましたね」
ハーディスの後ろから低い男の声がする。
「お前の言うとおりカテリアーナをエルファーレン王国へ嫁がせた。本当に妖精に取り替えられた真の我が娘があちらにおるのだな?」
馬車を見下ろしたまま、ハーディスは後ろの男に問いかける。
「真にございます。わたくしめはあちらで王妃殿下にそっくりな妖精の姫様を見つけたのです」
「これで我が娘は戻ってくるのだな?」
「もちろんでございます」
男は国王の背中を見つめて、にやりと笑った。だが、ハーディスにはその歪んだ笑みが見えていない。
その日、ラストリア王宮は朝から騒がしかった。第二王女カテリアーナがエルファーレン王国へ輿入れをするからだ。
三日前、カテリアーナは北の塔から王宮の客室へと移された。客室と言っても外国からの王族や貴族が使うような豪華な部屋ではない。こじんまりとした質素な部屋だ。
塔から王宮へ移される前に、エルファーレン王国へとつながっている石壁の道はノワールに閉じてもらった。あちらの農園はノワールの知り合いが見てくれるらしい。
鏡の中のカテリアーナは祖母の形見のドレスを身に纏っている。仕立て直しはカテリアーナが自ら行った。他の者には任せられないからだ。
「取り替え姫……失礼いたしました。カテリアーナ様、髪は結い上げますか? それとも軽くまとめるだけにいたしますか?」
侍女長が『取り替え姫』と言った途端、周りの侍女たちからクスクスと嘲るような笑いが漏れる。
「軽くまとめるだけでいいわ」
侍女が王女に対してとっていい態度ではないのだが、カテリアーナは注意する気も起きない。
それに国境の中洲までは半日の道程なのだ。エルファーレン王国との国境からはたった一人で歩いて行かなければならない。髪を結い上げたところで乱れてしまうだろう。
「かしこまりました」
そういうと侍女はカテリアーナの髪を櫛で整える。だが、梳き方が荒く痛い。カテリアーナは思わず顔を顰める。
カテリアーナは十二歳で塔に閉じ込められて以来、自分で服を着て髪を整えていたため、人に支度してもらうのは慣れていない。
ふと、用意された飾りにカテリアーナは目を留める。
「その髪飾りは?」
見慣れた花の髪飾りは、ノワールから贈られた花のティアラに使われていたものだ。ドレスや装飾品とともにアデライードに奪われた花のティアラ。ただ、ティアラの形はしていない。花だけ寄せ集めて作った飾りだ。
「これは……その……飾りが大変凝っていて美しいものですので、髪飾りとして作り替えたものです。それに元々カテリアーナ様のものですので」
「そう」
侍女長は言い淀んでいたが、カテリアーナは推測することができた。
花のティアラはカテリアーナに合わせて作られていた。つまり、アデライードに合わなかったのだ。癇癪を起したアデライードが壊したと考えるのが妥当だろう。
実際、ドレスはアデライードに合わせて仕立て直された。軽くて美しいドレスをアデライードが気に入ったからだ。ネックレスなどの装飾品は誰でも身に着けられる。ただ、ティアラだけはアデライードの頭のサイズに合わなかったのだ。
カテリアーナの心は暖かくなる。形は変わってしまったが、ノワールが贈ってくれたものを身につけられるのだ。
やがて、侍女長がカテリアーナの髪に髪飾りを挿すと、部屋中に聞こえるように声を張る。
「お支度が整いました」
玉座に座った国王にカテリアーナは頭を下げ、挨拶をする。
「今日まで育てていただきありがとうございました。これよりエルファーレン王国へ参ります」
「うむ。息災でな」
「はい。陛下もどうかお元気で」
カテリアーナを送り出す家族は国王のみである。
王太子クリフォードは国王名代としてアデライードの結婚式に参列するため、オルヴァーレン帝国へ行っている。王妃ラグネヴィアはカテリアーナを見送る気がないようだ。姿が見えない。
ラストリア王宮から高らかなファンファーレとともに四頭立ての馬車が走り出す。付き従うのはラストリア王国騎士団第一師団のみだ。
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ハーディスの後ろから低い男の声がする。
「お前の言うとおりカテリアーナをエルファーレン王国へ嫁がせた。本当に妖精に取り替えられた真の我が娘があちらにおるのだな?」
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