トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

文字の大きさ
55 / 122

第55話 治療結果

しおりを挟む
「……うん。これで、当分は大丈夫だろう。」

 レイナは手袋を外すと、額の汗を軽く拭った。
 台の上に寝かされたシロは、静かに寝息を立てている。見た目こそ連れてきた当初と変わらないが、呼吸は深く安定しており、その寝顔はずっと安らかに見える。

 ロルフも深く息を吐いて、近くの椅子に腰掛けた。

「助かったよ、レイナ。お前じゃなきゃ、こうは行かなかった。」
「ふふ、それはこっちのセリフというものだよ。本命の処置は、ほとんどキミの仕事だったしね。」

 レイナは治療道具を片づけ始めながら、ひらひらと片手を振った。

「はは。だが……、謎は深まるばかり、か……」

 ロルフは誰に向けるでもなくそう呟いて、眠っているシロに目を落とした。


 今回シロに施した治療というのは、ざっくり言うと、魔導回路の修復だ。
 レイナが魔法で生体の魔力を安定化させている間に、回路を読み取り、欠損している部分を修正したのだ。
 不安定になった回路の影響で、体内を巡る魔力量が安定せず、それが風邪のような症状として現れていたのだろう。

 魔導回路の生体への適用は、こういった身体への悪影響と、また倫理的な問題のため、一種の禁忌として扱われている。
 当然、本来なら、回路自体を取り除きたいところなのだが――。


「一、被検体には、魔導回路が付与されている。」

 突然のレイナの言葉に、はっと顔を上げる。

「二、更に被検体には、何らかの異物が埋め込まれており――三、一の魔導回路は、二の異物を定着させるためのものと推測される。」

 背を向けたまま、レイナはまるで報告書でも読み上げるかのように、それらの言葉を並べた。

「原因不明の体調不良から、これだけのことが判明したわけだ。謎が深まって見えるのは、解明が進んでいる証拠というものさ。」

 それだけ言うと、レイナは顔だけをこちらに向け、「違うかい?」と微笑んだ。
 やや分かりにくいが、あいつなりに励ましてくれているのだろう。

「……ああ、そうだな。その通りだ。」

 軽く笑って、そう返す。
 しかし、その表情の苦々しさは消しきれない。


 シロの体に埋め込まれている、『何か』。
 ロルフとレイナの技術をもってしても、その正体までは分からなかった。

 切開して調べようにも、表皮に施されている魔導回路を避けるのは困難な上、回路が破損すると何が起こるかわからないのだ。

 正直、手詰まりといった感が否めない。


 そのロルフの様子を見て、レイナも小さく溜息をついた。

「ま、気持ちは分からなくもないがね。あまり期待はできないが、戻ってきたらマイアにも診てもらってみよう。あの子の目なら、何か分かるかも知れない。」
「マイア……。さっきの、ハーフエルフの子か。」

 ロルフの脳裏に、少し前の記憶が蘇る。
 偶然にも、エトの知り合いで、今は一緒に治療のための素材を――。

「……ん?」

 ふと、疑問が浮かぶ。

「なあレイナ、そういえばさっき治療中、マナの花の蜜を使ってたよな。なくなったんじゃなかったのか?」

 そう、それを取ってくるために、皆は森へ向かったはずなのだ。
 その言葉にレイナは手を止め、何かを考えるかのように、視線を斜め上に向けた。

「んー? ……ああ。あれは嘘だな。」
「は?」

 ロルフは思わず、口をぽかんと開けた。

「いや、実はそのマイアなんだが、治癒魔法が使えなくなってしまったらしくてね。」
「んん??」

 混乱したロルフは、ちょっと待てと手を突き出したが、レイナは構わずに続けた。

「まあ、体には異常がないから、原因は恐らく精神的なものだ。だが……あいにく私は、心理学は専門外だろう? そこにちょうどキミが知り合いを連れてきたもんだから、ちょっと相談にでも乗ってもらおうと思って、一緒に送り出したというわけさ。」
「…………」

 先ほど掲げた片手が、宙で震える。

 生体の治療に関してはあれほど繊細な作業ができるというのに、心の問題への対処は大雑把がすぎる。
 レイナなりに思いやってのことだとは思うが、何の前情報もなくその状況を押し付けられたエトの事を考えると、あまりに気が重い。

 思わずその手で目を覆い、ロルフは大きく溜息をついた。

「まったく……じゃあ、怪我の治療は期待できないんだな。」
「その通りだが、そこはキミのことだ。護衛対象を戦力に含めなければならないような、やわな鍛え方はしてないだろう?」
「……まあ、それはそうだが。」

 マナの森は魔力が濃いとは言え、それはあくまで王都周辺での話だ。
 出てくる魔物も高くてBランクと言ったところだし、森の中でのエトは極めて強い。今のパーティーであれば、負傷することはまず無いだろう。

 もし、治癒術師が必要な状況があるとしたら――

『――なんでも、黒くて大きな魔物で、魔法を使うとか。』

 ふと、馬車で聞いた言葉が脳裏をよぎる。
 一瞬、心がざわつく。

 まさかな――と、その考えを振り払いつつ、ロルフは窓の向こうへ目を向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。

シトラス=ライス
ファンタジー
 万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。  十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。 そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。  おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。  夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。 彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、 「獲物、来ましたね……?」  下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】  アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。  *前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。 また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。 しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。 絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。 一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。 これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

処理中です...