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Period 1 ならまちを知りましょう。
第31話 思い出せ 前編
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この街で希咲と初めて会ったのは、なんてとこのない日のJR奈良駅だった。私はその日は家族三人で大阪へ出かけるために駅を訪れた。近鉄は梅田に行くには少々面倒で、それなら気分的にも歩いて一本で行った方がいいじゃないということでJRになった。
改札があるのは二階で、二階へは駅の外に付いている階段(エスカレーターもあるけど)から直接上がれる。しかし、電車で食べるちょっとした飴やグミを買っていこうということで、一階のスーパーに立ち寄ったのだ。そのスーパーの中にも二階に通ずるエスカレーターがある。買い物を終えて、そのエスカレーターを使って二階へ上がろうとしているその時。私は見覚えのある少女を見つけた。それは向こうもタイミング的に同じようだった。目を丸くして、驚きを隠せないといった表情で私を見つめる。きっと私も同じ顔をしているだろう。
「希咲!」
「春夏ちゃん!」
二階のパン屋の前で私たちは感動の再会を果たした。しかし、何やら違和感がある。その違和感の正体は、希咲の、私の呼び方だった。私の記憶の中では希咲は私を「春夏」と呼び捨てにしていたはずだった。
「その呼び方は?」
「へへ、私ねちゃんとしようって思って。みんなに優しく出来るようなそんな人になりたくて──」
希咲はそんなことを言ってたっけ。
たった一人で、JR奈良駅の中を回りながら回想に耽る。希咲との思い出を辿るため、私はならまちをただ闇雲に散歩していた。そこで、何かを感じられるかと思って。
ここではない、と見切りをつけて初めてみんなで行った中谷堂を訪れる。パフォーマンスの時間帯ではなかった。ただ150円を払って餅を一つ食べた。結局四人とも熱い、熱いと言って笑いながら食べたっけ。
すぐ側にある叶恋のカフェにも訪れた。叶恋は友達とダンスの練習をしているらしい。紗穂ちゃんもそこにいるのだろうか。叶恋のお父さんに、
「あすかルビーのスペシャルショートケーキを頂けますか?」
と言うと、お父さんはそんなものはないよと諭すように教えてくれた。あれはきっと、叶恋が罪滅ぼしのつもりで自分で作ったものなのだろう。そういえば叶恋は、元々の希咲と対等に話せるようになっていたな。叶恋の中には確かに恐怖はあるのだろうが、そんなことよりもただ単純に希咲と話せることの方が嬉しいのだろう。
「頑張って作ってみるね」
「あっ、悪いですよ」
「いいんだ。笑顔になって欲しいんだよ、僕は」
叶恋のお父さんは、そう言って柔く微笑んだ。私は、今まで気持ちが軽くなっていたつもりだったのに、どこかで隣で笑っている希咲がいないことに寂しさを感じていたのかもしれない。
希咲と食べたものを思い出しても、今隣に希咲がいないことに虚無感を感じる。けど、なんとなく分かった。私がそのものを見て過去を思い出したように、きっと希咲も思いだしてくれるはずだ。だから、お弁当の中身はデタラメでもいい。希咲との思い出をたくさん詰め込むんだ。待ち時間に、叶恋と紗穂にメッセージで連絡を入れる。中身に悩む必要なんてない。バランスも考えなくていい。栄養が偏ろうが、その分は私たちの愛情だ。
「お待たせ。コーヒーは付けとくね」
ソーサーに乗ったコーヒーカップには、闇でも混ぜたかのように深い黒が広がっていた。私は、自分の嫌な部分も全て流し込むようにそれを一気に飲み干した。いじらしい客だと思われないだろうか。口の中が火傷しそうになったが、平気だった。
改札があるのは二階で、二階へは駅の外に付いている階段(エスカレーターもあるけど)から直接上がれる。しかし、電車で食べるちょっとした飴やグミを買っていこうということで、一階のスーパーに立ち寄ったのだ。そのスーパーの中にも二階に通ずるエスカレーターがある。買い物を終えて、そのエスカレーターを使って二階へ上がろうとしているその時。私は見覚えのある少女を見つけた。それは向こうもタイミング的に同じようだった。目を丸くして、驚きを隠せないといった表情で私を見つめる。きっと私も同じ顔をしているだろう。
「希咲!」
「春夏ちゃん!」
二階のパン屋の前で私たちは感動の再会を果たした。しかし、何やら違和感がある。その違和感の正体は、希咲の、私の呼び方だった。私の記憶の中では希咲は私を「春夏」と呼び捨てにしていたはずだった。
「その呼び方は?」
「へへ、私ねちゃんとしようって思って。みんなに優しく出来るようなそんな人になりたくて──」
希咲はそんなことを言ってたっけ。
たった一人で、JR奈良駅の中を回りながら回想に耽る。希咲との思い出を辿るため、私はならまちをただ闇雲に散歩していた。そこで、何かを感じられるかと思って。
ここではない、と見切りをつけて初めてみんなで行った中谷堂を訪れる。パフォーマンスの時間帯ではなかった。ただ150円を払って餅を一つ食べた。結局四人とも熱い、熱いと言って笑いながら食べたっけ。
すぐ側にある叶恋のカフェにも訪れた。叶恋は友達とダンスの練習をしているらしい。紗穂ちゃんもそこにいるのだろうか。叶恋のお父さんに、
「あすかルビーのスペシャルショートケーキを頂けますか?」
と言うと、お父さんはそんなものはないよと諭すように教えてくれた。あれはきっと、叶恋が罪滅ぼしのつもりで自分で作ったものなのだろう。そういえば叶恋は、元々の希咲と対等に話せるようになっていたな。叶恋の中には確かに恐怖はあるのだろうが、そんなことよりもただ単純に希咲と話せることの方が嬉しいのだろう。
「頑張って作ってみるね」
「あっ、悪いですよ」
「いいんだ。笑顔になって欲しいんだよ、僕は」
叶恋のお父さんは、そう言って柔く微笑んだ。私は、今まで気持ちが軽くなっていたつもりだったのに、どこかで隣で笑っている希咲がいないことに寂しさを感じていたのかもしれない。
希咲と食べたものを思い出しても、今隣に希咲がいないことに虚無感を感じる。けど、なんとなく分かった。私がそのものを見て過去を思い出したように、きっと希咲も思いだしてくれるはずだ。だから、お弁当の中身はデタラメでもいい。希咲との思い出をたくさん詰め込むんだ。待ち時間に、叶恋と紗穂にメッセージで連絡を入れる。中身に悩む必要なんてない。バランスも考えなくていい。栄養が偏ろうが、その分は私たちの愛情だ。
「お待たせ。コーヒーは付けとくね」
ソーサーに乗ったコーヒーカップには、闇でも混ぜたかのように深い黒が広がっていた。私は、自分の嫌な部分も全て流し込むようにそれを一気に飲み干した。いじらしい客だと思われないだろうか。口の中が火傷しそうになったが、平気だった。
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