ならまち、食べ尽くそうや!

おろしちみ

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Period 1 ならまちを知りましょう。

第34話 前夜祭

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 前夜祭は午後四時くらいから始まり、グラウンドで主に行われている。まるで音楽フェスかのようにステージが用意されて、そこで有志バンドなどが演奏をして盛り上がっている。私と叶恋かなこ紗穂さほちゃんは三人で希咲きさきを探していた。準備のない人は来なくてもいい行事だが、希咲は明日の舞台発表の衣装の最終調整のために来ている。悠里ゆうりからその連絡もさっきあった。
 グラウンドから離れ、三人で教室に行く。実に数週間ぶりに希咲と面と向かって話す。緊張が手汗として出てくる。弁当箱を入れた手提げ袋に汗が滲む。
「行くよ」
 そう言って、三組のドアを引いた。中には希咲と悠里がいた。衣装合わせはもう終わっていたみたいだが、私たちのために引き留めておいてくれたみたいだ。悠里が空気を読んで教室を出る。
「明日の発表に、良い影響が出ることを期待してる」
 そんなことを去り際に耳元で言うもんだから、責任は重大だ。今日、今ここで失敗したら明日の空気は最悪だ。明日は体育館で全学年全クラスが舞台発表をする。演劇だけでなく、ダンスをするクラスもある。一組がその例だ。明日で躓けば、明後日の模擬店でも結構支障をきたす。クラスの雰囲気をなんとか壊さないようにしなければ。
「希咲」
 私は、震えた声でそう言う。つい数週間前までは普通に話していたのに、なんで緊張なんかしているんだろう。
「何?」
 希咲は不満そうな表情で言った。
「渡したいものがあるの。これ、三人で作った」
 私は、手提げ袋ごとお弁当を渡す。希咲はそれを受け取って、「なに、これ」と言った。
「お弁当だよ。晩ご飯食べてないでしょ? 今食べて欲しい」
 希咲だけがお弁当を食べて、三人がそれを眺めるという構図は滑稽だけど、希咲の感想が聞きたい。
「受け取れないよ」
 希咲は、手提げ袋を渡しに突き返した。
「なんで」
「私にそんな資格、ないから。私はそんな三人に色々してもらえるほど、良い人じゃないから」
「違う」
「違わない。今だって、『あぁ三人で楽しそうに作ってたんだろうな』って思っちゃってる。最低だよ、私は。私は嫌な奴なの。強欲でどうしようもない、ただの『妃』だ」
「そんなことないから」
「そうだって言ってんのっ!」
 あの時、希咲の家で聞いたのと同じ声色だった。思わず私たちは体を震わせた。希咲の目には涙が浮かんでいる。辛かったことぐらい、その目を見れば分かる。この数週間辛かったのは私たちだけじゃない。希咲だってずっと一人で辛かったのに。
「紗穂ちゃんも、叶恋もあとから来たのに、春夏はるかちゃんと二人っきりで寄り道して! 私の方が春夏ちゃんをよく知ってるのに、なんで……。春夏ちゃんは私のことなんかもうどうでもよくなったんでしょ! みんな嫌いっ、もう出てってっ! 紗穂ちゃんも、叶恋もシンデレラだよ。私から、春夏ちゃんを奪ったんだ」
 希咲は、息を切らしながら言った。涙が溢れてしゃくりあげている。私たちに希咲を見放すつもりは一切ない。だから、何か言葉をかけてあげないとと思っていた。なのに言葉が浮かんでこない。その時、叶恋が希咲の元へ近寄った。
「おい希咲。よく聞け。希咲がどれだけ私たちを蔑もうが、私たちが希咲を放っておくつもりはない。何を言っても、どれだけ喚こうが私たちに暴力を振るおうが、絶対にだ。春夏、言ってやんな」
 叶恋が私にバトンを渡す。私は、時雨先生の真似ごとをした。それはもちろん意識して。あの時私が味わった感触を、希咲にも味わって欲しかったからだ。私が希咲に言ってあげられる言葉はただ一つ。
「希咲、私は希咲がどうでもいいなんて思ったことは一度もない」
「嘘だよ、そんなのっ……」
 希咲は私の胸の中でジタバタともがく。しかし、二十センチ弱の身長差があるから、簡単に封じ込めることが出来る。無理やりではあるけど、ギュッと希咲を抱きしめる。
「なら、なんでお弁当なんか作ってんの? 希咲にまた笑顔になって欲しいからだよ。この数週間、みんな希咲のことを考えてた。それは嘘じゃなく本当」
「だから私はもう春夏ちゃんのことも嫌いに──」
「食べてって言ってるのがまだ分からない?」
 少々言い方がキツいけど、はやる気持ちが抑えきれずに言ってしまった。希咲は「ひぃっ」と情けない声を漏らして、弁当箱を開封した。
「これっ、紗穂ちゃんが春夏ちゃんに作ってもらってたおかず……」
「バレバレなんだよ。ほら、早く食べて」
 希咲は怯えながらも黙々とお弁当を食べていった。それはそれは美味しそうに食べるので、私も紗穂ちゃんも叶恋もみんなが笑顔になった。
「美味しい……。なんで私なんかにこんな……」
 箸の手が止まる。さっきとは違う意味の涙を希咲は流す。その意味が違うことに、私は嬉しかった。笑顔にはなってくれなかったけど、今の希咲はこれまでの希咲と一緒だ。私の大好きな希咲だ。
「みんな、希咲が大好きだからだよ。みんなが希咲のことを思って作ってるから、こんなに美味しいものが出来た。その意味は、もう分かるでしょ?」
 私は、希咲の言葉が聞きたかったのに、口を開いたのは叶恋だった。
「私は不服なんですけどー。希咲からすれば私は邪魔者だったってことでしょ? なんかモヤモヤするから希咲、私と紗穂に謝れっ」
「ちょっと叶恋、それはだから──」
「春夏、そんなのみんな分かってるよ。叶恋はきっと、これまでの関係を取り戻したいんだと思うよ。希咲を屈服させるチャンスだしね」
 紗穂ちゃんが、言いかけた私の言葉を遮った。叶恋は希咲に唯一強く当たれる存在だった。弱みを握った叶恋は今は水を得た魚。
「ほれほれ、謝ってみー?」
「す、すみませんでした……。私が悪かったです。本当に心配と迷惑かけてごめんね」
「はい、じゃあもうこの話終わりっ! これで仲直りできたでしょ? それでいいじゃん!」
 珍しく叶恋にしてはいいことを言う。そうだ、もうこれで終わりでいいじゃないか。これからやいのやいのと言わなくてもいい。これで充分だ。希咲も笑えるようになったし、これで一件落着だ。
「明日、頑張ろうね希咲」
「うんっ! 王子様は私のものだけどね!」
 なんだそれ。私は最初から負け確ヒロインってか。でも、そうだな。
 いつもの希咲で、可愛いからいっか。
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