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第1章
5101回目のプロポーズ
しおりを挟む白薔薇が咲き誇る、隠し庭園。
其処で優雅に紅茶を啜る、うら若き金髪の美少女と、その側に佇む1人の青年。
逢瀬というには、色気が足りない雰囲気の中。
其処で愛が囁かれる。
「ハンス。私と結婚なさい」
「謹んで、辞退させていただきます。お嬢様」
私は通算 5101回目の求愛を、執事のハンスにぶつける。
6歳の頃から、繰り返し告げてきた愛の告白。毎日欠かさぬ挨拶のように、溢れる想いを捧げているというのに……当のハンスはまったく靡いてくれない。靡いてくれないどころか、最近では、返答もバリエーションがなくなり、自動返答器が如く、先ほどの台詞が繰り返されていますわ。
こんなにも、美しく可憐な少女からの求愛だというのに……歯牙にもかけない。・・・・納得いかないわ。少しは、狼狽えたり、頬を染めてくれてもいいのでわなくて?
「貴方は、私の何処が不満なのかしら?」
溜息を混ぜ、恨めし気にハンスを見つめる。
茶色の癖っ毛。人当たりの良い優しい顔立ち。琥珀色の瞳は、甘さと強さを孕み、うっとりと私の心を酔わせる。好きだわ。ハンス。結婚して。
「お嬢様。お戯れはお辞め下さい。貴女はもう13歳。誰彼と愛を囁くのは、淑女のなさる事ではありませんよ?」
少し垂れ目がちな目を、柔らかく緩め、宥めるように私に微笑むハンス。
「誰彼と囁いてなどいないわ。私が愛を囁くのは貴方だけよ。ハンス」
そうよ。未来の夫(候補)に愛を囁いて、何が悪いというのよ。
「それが一番の問題なのです。これまでは、幼い少女の戯言と流されてきましたが……貴女にはもう婚約者様がいらっしゃいます」
「……婚約者候補よ。私はまだ、婚約者なんて決まっていないわ」
「だからこそです」
ハンスは、困ったように眉尻を下げ溜息を溢す。
「皇子の何がご不満なのですか?見目も家柄も、全てにおいて世のお嬢様達の憧れの的ですよ?」
オズワルド第1皇子。
赤い燃えるような髪に、緋色の瞳。私より1つ上のその方は、14歳という年齢でありながら、既に王者の風格を持ち、数年後に開花させるであろうカリスマ性を、その尊大な態度と美しい容姿から醸し出している。
「俺様な所が嫌いだわ」
思わず顔をしかめ、溢してしまう。
俺様、何様、オズワルド様!
それがオズワルド第一皇子の代名詞。
私は、あの俺様皇子が嫌いなのですわ。絶対に好きになどなりたくない。とある事情からそう心に誓っていますの。
あら?皇子が嫌いって不敬罪?此処にはハンスと私しかいないわ。こんな時くらい、本音を吐き出させて欲しいわね。
「お嬢様。好き嫌いで、王族と婚姻は結べないのですよ?」
「あら?何を言ってるの?ハンス。大丈夫よ。昔ならいざ知らず、今は王族も貴族も恋愛結婚が主流よ?候補というのも、とりあえず早めにお相手をピックアップして、できればその中で想い会う相手を・・・・というお優しい現王様のお心遣いからよ」
そうでなければ惹かれ合うヒロインと皇子が、婚約者の悪役令嬢を断罪して結婚できないでしょう?王族や貴族が恋愛結婚重視だなんて馬鹿げた話、普通は有り得ないわ。
_そう普通なら有り得ない。でも、それがまかり通るのは、この世界が普通ではないから……。
この世界は乙女ゲーム。小難しい貴族とか王族とかの慣わしや、政治的駆け引き、政略結婚なんて必要ないの。必要なのは中世ヨーロッパ風のそれっぽい世界観とイケメンと悪役の令嬢。
その事に気付いているのは、この私だけ。
えぇ……私は、ヒロインの恋愛のスパイスになる為に存在する悪役令嬢。
皇子はいつか可憐で愛らしいヒロインの手をとり幸せになるの。
私の死と引き換えに。
何か言いたげなハンスを横目に、私は愛らしいピンク色のマカロンをひとつ手に取る。
「私は、平穏無事な余生を過ごしたいのよ・・・・貴方と」
庭を駆ける風に、私のドリルがゆっさと揺れる。
金髪碧眼縦ドリルの完全装備の美少女令嬢。
ヴィクトリア・アクヤック。
斬首、没落、死endを持つ完全無欠の悪役令嬢。私は前世の記憶をうっすら持って生まれてきた。
私は、ハンスと結婚する事で、平穏無事な余生を勝ち取りたいと願っている。
◇◇◇
私が前世の記憶を思い出したのは、五歳の時。
流行り病にかかり、高熱にうなされ、寝込み、朦朧とする中で、唐突に思い出した前世っぽい記憶の欠片。私はゆっくりとその情報を消化し私になっていった。
記憶といっても、前世好きだったモノや嫌いだったモノ。ちょっとした知識といったモノで、強い自我があるわけでもなく……ウキペディアで誰かの人生をサラッと情報として見るのに近かいものでしたわ。
その情報のひとつに、転生チートや乙女ゲームの知識が残っていましたの。
何度真っ直ぐにとかしても、クルクルクルンと美しい放物線を描き、螺旋状に管を巻く形状記憶機能付きのドリルヘアー。
優しく笑みを讃えてみても、何故かニタリと悪巧みをしているかのような、悪党宜しくな笑顔にしかならない悪女顔。
キンキンキラキラゴージャスパッキン。
きつめつり目なぱっちりおめめ。
色白艶々艶目くお肌。
完全無欠な美少女なのに、威圧的高圧的で、近寄り難いハイスペック侯爵令嬢。
あーこれってもしかして?
っと思った私は、自身の名前を呟き確信しましたわ。
「ヴィクトリア・アクヤック」
前世プレイしたらしい、乙女ゲームのひとつ……その中にいた悪役令嬢の名前だと……。アクヤックと付くくらいですもの・・・ええ。きっと間違いありませんわ!
「悪役令嬢に転生だなんて……面倒ですわねしかも、お決まりの斬首、没落、追放、幽閉endありのご令嬢だなんて……」
攻略対象毎に、様々な不憫endを迎える……働き者で、運営に愛されし悪役令嬢。
どのルートでどのendに至るかまでは、思い出されなかった。そこが重要なのに。この残念ウキペディアめ!
ーはぁ。
熱も下がり、覚醒した五歳の私は、自室のベッドに寝転がったまま思考を巡らした。
美しい彩飾を施された、お姫様ベッドの天板を見つめ呟く。
「せめて、穏便なendを迎えて……まったりとした余生を過ごしたいのだけれども」
シナリオ破壊して、私が攻略対象を攻略?幸せ掴むわ!ヒロインざまぁ!?
いやいや。顔がいいだけで、めんどくさい攻略対象を攻略だなんてまっぴらごめんですのよ。それも私のbadendと隣合わせの危ない橋なんて、渡る気さらさらありませんの。
イケメンな皇子(俺様)、宰相候補(ドS)、魔導師(引きこもり)、騎士見習い(お馬鹿)は、ヒロインが好き自由にご攻略下さいませ。私は私で、安心安全快適な余生ライフを練って練ってねるねるねーるね!ですわ!
そう息巻き、今後の為に私はひとつの決意をする。
ひとーつ!攻略対象には、関わらない!
ひとーつ!攻略対象以外の男性と婚約を結ぶ!
怠け者な私は、働き者な悪役令嬢になんて、なってやらないんですわ!
運営ざまぁ!
オーッホッホッホッホッホ!!
気分が高揚し高笑いをしたせいで、夜中に家族を起こしてしまい、心配をかけてしまった事は、今でも深く反省しております。
◇◇◇
ーヴィクトリアちゃんの脱悪役令嬢計画ー
私の明るい未来計画の為の第一歩。それは、性格改善ですわ。
ゲーム内でのヴィクトリアは、とても高慢でプライドが高く、人を常に見下していたような嫌な性格の令嬢でしたわ。(ヒロイン目線)
まだ五歳の私は、その愛らしさと素直さから、蝶よ花よと育てられ、天使と言っても過言ではないくらい美幼女ですのよ。ええ。どこで品曲がってしまったのかしら?
成長過程で、素直さを落っことしてしまったに違いないわね。
【素直が一番!心に謙虚を!】
紙にでかでかと書き綴り、淡い紫色のメルヘンチックな壁にべたりと張り付ける。
残念な事に……ヒロインのように、美しく清らかな心は持てそうにもない(寧ろ持つ気もない)けど、そこそこの謙虚さを抱いておけば、余計な争い事は避けられる筈だわ。ええきっと!
高慢ちきちきなプライドなんてあっても、ライフ削れど好感度は上がりませんもの。憎まれる可能性は、極力カット!脱悪役令嬢計画の基本ですわね。私って頭がいい。おほほほほ。
ニンマリと笑う、その後ろから
「・・・・ヴィー?これは、一体何が書かれてあるんだい?」
と透き通るようなソプラノボイスが・・・・。
「不思議な記号だね。もしかして・・・・文字か何かかな?」
振り返ると、私と同じく金髪碧眼の見目麗しい美少年が、不思議そうな顔で壁に貼られた私の抱負を見つめている。
「・・・・ブルーテスお兄様。嫌ですわ。レディの部屋にノックも無しに立ち入るなんて」
ムスっと剥れながら文句を言うと、その綺麗な顔を優しく緩め
「ごめんごめん。でも、ヴィーも部屋の扉を開けっ放しにしてたじゃないか。それに僕は、何度か声をかけたんだよ?一心不乱に何かに取り掛かってたのは、ヴィーなんだけどな」
っと諭された。私と違いお父様に似て、優しい目元のブルーテスお兄様。サラサラの金糸の髪に、光溢れる天使のわっか。そのキューティクルと直毛は、私の殺意の対象ですのよ!なんですの!同じ親から産まれたというのに!!何故私は、つり目ドリルな悪役顔ですの!?
「これは、私の考えた文字ですわ」
日本語ですのよ。こちらの文字でこの抱負を貼り出すのは、恥ずかしいですもの。まるで私に素直さと謙虚さが、欠けているかのような文面ですものね。普通は、意識して持つものではありませんもの・・・・。
欠けてますのよ…意識して持たないと謙虚さが!悪かったですわね!くっ!いっそそっち方面に素直になってやろうかしら!!悪役令嬢を突き抜けるのも面白可笑しくて愉しそうですわね!!
っといけないいけない!
運営の思惑に乗ってたまりますか!
「私、素敵な淑女になりたいのですわ。だけど、その抱負を誰かに知られるのは恥ずかしくて…自分だけがわかるように、秘密に掲げてみたのです」
ほんのり熱くなる頬を誤魔化しながら、お兄様に微笑み誤魔化す。
「そっか。それは、素敵な抱負だね」
そう言って、優しく微笑み返してくれるブルーテスお兄様。
「でも、ヴィー。いいの?誰にも知られたくないのに、僕に知られちゃってるよ?」
クスクスとお兄様に笑われ、顔がカアッと熱くなるのを感じる。
「いっ・・・・いいのですわ!お兄様なら!お兄様は、私の味方ですもの!お兄様はきっと誰にも言ったりしませんわ!!」
真っ赤になって焦る私の頭に、お兄様は優しく触れる。
「そうだね。ヴィー。僕は、ヴィーの味方だ。これは、二人だけの秘密だね。うんうん。ちゃんと内緒にしといてあげるよ」
クスクスと笑い、くしゃりと髪を撫で上げると可愛らしい音を立て、私のおでこにキスを落とす。
「素敵な淑女になれるといいね。ヴィー。僕の可愛いお姫様」
親愛のキス。嬉しくてつい、お兄様の首にぎゅーっとしがみついてしまう。
「ちょっと、ヴィー。そんなに強いと苦しいよ。」
「ふふふ。私よりも3つも上ですのに、軟弱ですわね。お兄様」
「言ったな。ヴィー。こうしてやる!」
生意気を言う妹を懲らしめるように、こしょこしょと脇を擽るお兄様。
「おっお兄ひゃまっ!ごめっ・・・・ゆるひて!」
「だーめー。もっと心から反省しないと許してあげなーい」
その日、笑い過ぎたせいで筋肉痛でお腹が痛かったですわ……。
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