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第3章
消えた令嬢の行方
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「きゃあああぁあ!!」
月が雲に隠れ、闇が不気味ににじり寄ってくる。鎮まり返った校舎に、衣を割くような少女の声が響き渡った。
悲鳴。助けを求めるその声は、ヴィクトリアのもので、皆の心に驚きと緊張が走る。
一心不乱に駆け出す。
あの悲鳴を耳にし、辺りに気を配る余裕はない。ーヴィクトリアに何かあった。それが皆に焦りを抱かせた。
「巫山戯るな! どういう事だ!」
向かった先。魔科学室で、何かが崩れる音と怒号が響く。怒りと焦りを伴ったそれ、その激しい罵声はハンスの物だった。
いつも穏やかで、柔らかな笑みを讃えているハンス。声を荒らげる事などない彼が、グレイの胸ぐらを掴み壁に押し付けている。その手は、傷つき血が滴り落ちていた。
割れた試験管。散乱する魔草。魔物のものらしき骨格標本は、バラバラと床に散乱し、無残にもその原型を留めていない。
「……だから……ヴィクトリアが……消えた」
そう告げるグレイの右頬は、赤く腫れ上がっていた。殴られた際に唇を切ったようで、口の端に血が滲んでいる。そのグレイの言葉に、皆が息を呑んだ。
「消えた。じゃないだろ! 巫山戯るな! 今すぐお嬢様を出せ! お前が……お前が傍に居たんだろ! お嬢様を今すぐ此処に連れてこい!」
フーフーと肩で息を吐きながら、ハンスはグレイの胸元を締め上げる。押し付けられる度に、鈍い音が室内に響く。片手を離し、その口元に向け振り下ろそうとしたハンスを「やめろ」っとオズワルドが制した。
「頭を冷やせ、ハンス。グレイを殴ったところで、ヴィクトリアが見つかるわけじゃない。今は状況を確認する事が先決だろ。……グレイ。何があった」
顔を顰め尋ねるオズワルド。
「目の前で消えた。空間に穴が空いて……手を伸ばしたけれど、まにあわなかった。ごめん」
グレイは、苦悶の顔を浮かべたそう告げた。ハンスに無言のまま解放され、ゲホゲホとその場で咳き込む。
「お嬢……まさか、攫われたのか?」
そう呟くレオニダス。その言葉に、ハンスの肩がピクリと動く。
「わからない。突然の事で何も対処できなかった……」
「嘘……ヴィーが? 誘拐? だって、学校でしょ? 何かの間違いよね?」
信じられない……と口にするルビアナ。フィロスの腕を掴むその手は、カタカタと小さく震えている。
「でも、何処にも居ないんだろ!? それに、グレイの前で消えたんなら、何かに巻き込まれたか連れ去られたかトラップか……声を聞いて駆けつけたのに……姿がないっておかしいにも程があんだろ!」
狼狽えるレオニダスとルビアナ。フィロスはというと、顔を青ざめただ呆然としているだけである。
「ごめん……僕がついてたのに……」
「御託はいい、反省や後悔は後でいくらでも聞いてやる! 今重要なのは、ヴィクトリアの安否だ」
オズワルドの一喝で皆がハッとする。片手を掲げ、パチンと指を鳴らす。その音と共に、教室の明かりが一斉に灯った。
「教師に見つかる云々は、この際後回しだ。俺が全て責任を持つ。兎に角なんでもいい。探せ、何らかの魔法の痕跡がある筈だ」
「あっああ。わかった。でも魔法の痕跡って、なんか匂いでもあんのか? それとも見てわかるのか? んなことよりも学校ん中探した方がいいんじゃ……」
「馬鹿か? 闇雲に探してどうなる? 転移魔法の類いなら、そう遠くには移動していない。穴が開いたんだな? グレイ。なら、この近くにそこに通じる何かがある筈だ」
灯りの点いた教室で、冷静に指示を出すオズワルド。レオニダスは戸惑いながらも、素直に従い床に這いつくばる。目を皿のようにして必死にみるが、床の上には壊れた魔道具が散乱しているだけで、それらしきモノは見当たらない。
「グレイ、何か思い当たる事はないか? 例えば何かの音とか」
棚や机を調べているグレイに、オズワルドが声をかけた。
「音……そういや……金属が……」
「たしか、チャリチャリという金属が擦れる音が聞こえた。……それにヴィクトリアが落ちる瞬間に広がったあの光……何処かで目にした気がする……」
手を止め、口元に手をやるグレイ。目を細め、懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。
全ての責任は自分にある。危険は排除したつもりだった。学園に何かある。それに薄々気付いてはいたが、ヴィクトリアが狙われるとは思ってもいなかった。そう、狙われるとしたら、それはもっと別の人物で……それは皇子であるオズワルドかもしくは……
そう考えを巡らせながら、グレイは顔をあげる。そして、その視線は教室の入り口付近で血の気を無くし、呆然と佇む彼女に目を向ける。
「……フィロス・インカ嬢。……君に聞きたい事があるんだけど、いいかな」
その言葉に、皆の視線が一斉にフィロスに集まる。
「もう、泳がせる余裕がないから……単刀直入にきくね」
駆け引きも捨て、グレイはそう告げた。
「ねぇ。……ヴィクトリアを何処にやったの?」
逃げ出す事も誤魔化す事も許さない。
紫色の瞳に強い意思を宿しながら、グレイはフィロスにそう尋ねた。
月が雲に隠れ、闇が不気味ににじり寄ってくる。鎮まり返った校舎に、衣を割くような少女の声が響き渡った。
悲鳴。助けを求めるその声は、ヴィクトリアのもので、皆の心に驚きと緊張が走る。
一心不乱に駆け出す。
あの悲鳴を耳にし、辺りに気を配る余裕はない。ーヴィクトリアに何かあった。それが皆に焦りを抱かせた。
「巫山戯るな! どういう事だ!」
向かった先。魔科学室で、何かが崩れる音と怒号が響く。怒りと焦りを伴ったそれ、その激しい罵声はハンスの物だった。
いつも穏やかで、柔らかな笑みを讃えているハンス。声を荒らげる事などない彼が、グレイの胸ぐらを掴み壁に押し付けている。その手は、傷つき血が滴り落ちていた。
割れた試験管。散乱する魔草。魔物のものらしき骨格標本は、バラバラと床に散乱し、無残にもその原型を留めていない。
「……だから……ヴィクトリアが……消えた」
そう告げるグレイの右頬は、赤く腫れ上がっていた。殴られた際に唇を切ったようで、口の端に血が滲んでいる。そのグレイの言葉に、皆が息を呑んだ。
「消えた。じゃないだろ! 巫山戯るな! 今すぐお嬢様を出せ! お前が……お前が傍に居たんだろ! お嬢様を今すぐ此処に連れてこい!」
フーフーと肩で息を吐きながら、ハンスはグレイの胸元を締め上げる。押し付けられる度に、鈍い音が室内に響く。片手を離し、その口元に向け振り下ろそうとしたハンスを「やめろ」っとオズワルドが制した。
「頭を冷やせ、ハンス。グレイを殴ったところで、ヴィクトリアが見つかるわけじゃない。今は状況を確認する事が先決だろ。……グレイ。何があった」
顔を顰め尋ねるオズワルド。
「目の前で消えた。空間に穴が空いて……手を伸ばしたけれど、まにあわなかった。ごめん」
グレイは、苦悶の顔を浮かべたそう告げた。ハンスに無言のまま解放され、ゲホゲホとその場で咳き込む。
「お嬢……まさか、攫われたのか?」
そう呟くレオニダス。その言葉に、ハンスの肩がピクリと動く。
「わからない。突然の事で何も対処できなかった……」
「嘘……ヴィーが? 誘拐? だって、学校でしょ? 何かの間違いよね?」
信じられない……と口にするルビアナ。フィロスの腕を掴むその手は、カタカタと小さく震えている。
「でも、何処にも居ないんだろ!? それに、グレイの前で消えたんなら、何かに巻き込まれたか連れ去られたかトラップか……声を聞いて駆けつけたのに……姿がないっておかしいにも程があんだろ!」
狼狽えるレオニダスとルビアナ。フィロスはというと、顔を青ざめただ呆然としているだけである。
「ごめん……僕がついてたのに……」
「御託はいい、反省や後悔は後でいくらでも聞いてやる! 今重要なのは、ヴィクトリアの安否だ」
オズワルドの一喝で皆がハッとする。片手を掲げ、パチンと指を鳴らす。その音と共に、教室の明かりが一斉に灯った。
「教師に見つかる云々は、この際後回しだ。俺が全て責任を持つ。兎に角なんでもいい。探せ、何らかの魔法の痕跡がある筈だ」
「あっああ。わかった。でも魔法の痕跡って、なんか匂いでもあんのか? それとも見てわかるのか? んなことよりも学校ん中探した方がいいんじゃ……」
「馬鹿か? 闇雲に探してどうなる? 転移魔法の類いなら、そう遠くには移動していない。穴が開いたんだな? グレイ。なら、この近くにそこに通じる何かがある筈だ」
灯りの点いた教室で、冷静に指示を出すオズワルド。レオニダスは戸惑いながらも、素直に従い床に這いつくばる。目を皿のようにして必死にみるが、床の上には壊れた魔道具が散乱しているだけで、それらしきモノは見当たらない。
「グレイ、何か思い当たる事はないか? 例えば何かの音とか」
棚や机を調べているグレイに、オズワルドが声をかけた。
「音……そういや……金属が……」
「たしか、チャリチャリという金属が擦れる音が聞こえた。……それにヴィクトリアが落ちる瞬間に広がったあの光……何処かで目にした気がする……」
手を止め、口元に手をやるグレイ。目を細め、懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。
全ての責任は自分にある。危険は排除したつもりだった。学園に何かある。それに薄々気付いてはいたが、ヴィクトリアが狙われるとは思ってもいなかった。そう、狙われるとしたら、それはもっと別の人物で……それは皇子であるオズワルドかもしくは……
そう考えを巡らせながら、グレイは顔をあげる。そして、その視線は教室の入り口付近で血の気を無くし、呆然と佇む彼女に目を向ける。
「……フィロス・インカ嬢。……君に聞きたい事があるんだけど、いいかな」
その言葉に、皆の視線が一斉にフィロスに集まる。
「もう、泳がせる余裕がないから……単刀直入にきくね」
駆け引きも捨て、グレイはそう告げた。
「ねぇ。……ヴィクトリアを何処にやったの?」
逃げ出す事も誤魔化す事も許さない。
紫色の瞳に強い意思を宿しながら、グレイはフィロスにそう尋ねた。
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