執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華

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零れた名前

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 吹き荒れるブリザード。カタカタと怯える私。

「ナ・ニ・をなさるおつもりで?」

 クラウスの甘く痺れるようないい声が、首筋をなぞるように落ちてきた。


「く……クラウス……御機嫌よう。ちょっと喉が乾いたから、キッチンへいこうかと……」

 いざゆかん夜這いの旅路へ!っと決意を胸に扉をあけた瞬間、仁王立ちする美形が待ち構えているなんて……。なんてこった。優秀なクラウスは、何かを感じ取り私の行動を監視していたらしい。
 彼から放たれるどす黒い怒りのオーラに身震いし、おほほほと私は慌てて取り繕う。

 ──ヤバイ。
 なんか、すっごい怒ってる。
 般若顔のスタンドが見えるわ!
 ゴゴゴゴゴゴゴとかいう効果音の幻聴まで!視覚の暴力に今すぐにでも目を逸らしたい!

「……このような時間に、そのような格好で?」

 そう言って、翡翠の瞳で私の姿を下から上へとじろりと見遣る。

 痛い痛い!
 刺すような視線が物凄く痛い!
 いや、これ刺さってる!この人視線で私を殺す気だ!

「その手に持つモノはなんですか?」
「あっ、いや、これはその。なんでも……(見つかったら一貫の終りだわ)」
「貸して下さい」
「あっ!」

 左手で隠し持っていた合鍵を、クラウスに奪われる。その合鍵そんざいに気づき、クラウスの銀縁のモノクルが鈍く光った。……終わった。色んな意味で私終わった。

「お嬢様……コレは?」
「あっあはははははははー。えっとそのあの、偶偶庭で拾ったのよ。返してあげないとほら、その困るかなぁっと思って届けようかと……」

 我ながら苦しい言い訳だ。お願いクラウス!騙されて!

「鍵ですね。それも複製……合鍵ですか?」

 ──ギクッ。

「それにその不自然な格好……そのガウンの下は、淑女にあるまじきお姿なのでは?」

 ──ビクッ。

「……よもや、夜這いなど軽率低脳極まりない行為になど……淑女の鏡である貴女が、致すありませんよね?セリーナお嬢様」

 ──ビビクゥッ!

「……」
「……」
「…………」
「…………」

 しんと静まりかえった屋敷。沈黙が重く重くのしかかる。
やだ。お部屋にカエリタイ……

 クラウスの視線が、絶対零度突破したぁあああ!!
 いやぁああ!怖いっ!怖いよぉ!
 凍てつく波動で、私の精神がガリガリと削られてくぅぅう!待って、これには理由があるの!夜這いしなきゃならない切実な理由が!!

「だっ……だって仕方ないじゃない!こうでもしないと、私、卒業パーティで」

 断罪され、この家に入れなくなるのよ!?

「会えなくなるなんて……辛いわ」

 貴方に二度と会えなくなる。そんなのいや。
 ここが例え乙女ゲームの世界だとしても、私が恋したのは貴方。その柔らかなアイスブルーの髪に、翡翠の瞳。一見冷たく無関心に見えて、木漏れ日に揺れる若葉のような優しい色を宿す瞳。きつい言葉や態度を取るけれど、そのどれもが私を案ずる気持ちや暖かさを感じる。

 ……恋するが故の盲目的勘違いかもしれないけれど。

「ガゼボで聞いたわ。皇子とお義兄様の会話を……私、この家から離れたくない。此処に居たいの。処女でなくなれば、婚約者候補から外れるわ。王族に嫁ぐのでない限り、そこに拘る家は少ないもの……処女でさえなくなれば……。私は、皇子の婚約者になりたくないとずっと言ってきたもの……だから」
「だから、夜這いなどという愚かな真似を?」

 ──ズキン

 胸に鈍い痛みが走る。クラウスから発せられた言葉の冷たさに、これまでにない棘と怒りと侮蔑を感じ、目尻にじわりと涙がたまる。

「……」

 言葉が見つからない。馬鹿だ。馬鹿だ私。こんな風に見つめられるくらいなら、大人しく断罪され、離れればよかった。嫌われるくらいなら、こんな目で見つめられるくらいなら、夜這いなんてしなきゃ良かった。

「そこまで……好きなのですか?」

 吐き出すように、クラウスが呟いた。

「そうよ。ずっと、ずっと好きだったの!初恋なのよ!?初めてを貰って欲しいと思ったの、ねぇ、それが悪い事?この家から離れたくない!」

 貴方と離れたくないの!だから、お願い。

「一夜限りでいいの……抱いて……欲しい」

 クラウスの袖を掴み、しまい込んでいた想いを吐露する。ねぇ、男の人って愛が無くても抱けるんでしょう?

「お願いよ。クラウス……」

 懇願し見上げると、クラウスの翡翠の瞳とかち合った。それは今まで見た事もない色を湛えていて、その目を見るだけで、胸が締め付けられ、息が上手くできなくて

「……お嬢様。そこまでレイズ様の事を?」

 クラウスの口から苦しげに零れた名前。



 は?
 なんだって?

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