ある魔王兄弟の話し

子々々

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歴史小説

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「次は歴史ものに挑戦しようと思ってるんだ」

明るい陽射しの下、美しい庭でフィドゥとシア。そして四侯の一人、ベルドナーの三人で優雅な茶会を楽しんでた時、ふとベルドナーがそう口にした。
四侯とは、初代魔王が魔族領や国を創り上げた際に四人の腹心がそれぞれの領地を治めた事からそう呼ばれるようになった。
ベルドナー・フォン・グランツはその子孫の一人で現在は領主を務めてる。そしてシアとフィドゥの幼馴染みでもあった。
彼は領主の傍ら、趣味として物書きも嗜んでいた。

「歴史か……。誰を主人公にするのかもう決めているのか?」
「グラディウス将軍の話しを書こうかと」
「バッドエンド確定の人物を書くのかい?」
「バッドエンド確定とか言うな」
「まぁ、ネタバレ知ってるから要らんとか言われそうだけど……」
「歴史書をネタバレとか言う奴、初めて聞いたな」

グラディウス将軍というのは、歴史的に一番有名で人気のあるアルディーナ王子の敵役として有名な人物だ。

「なんでまたアルディーナ王子じゃなくてグラディウス将軍なんだ?あいつの資料結構少ない気がするんだが……」
「知り合いのエルフがそいつの元で働いていたから色々聞いたんだ」
「長命種の良いとこだよな」
「グラディウス将軍とアルディーナ王子が実は妖精のイタズラで入れ替わられた事は有名だよな?」
「ああ、アルディーナ王子は本当は平民の子だったって話しだよな」
「実は平民の子じゃなくて、奴隷の子だったらしいんだ」
「ほぉ……」
「グラディウス将軍は十年間奴隷として働かされていたけど、アルディーナ王子の敵国の人間に本物の王子だと気づいたから、見せしめとして本物の王子によって国を滅ぼさせよう作戦を決行しようとしたんだ」
「その作戦名だけで頭悪く感じるからやめろ」

だがかなり興味深いのは間違いない。このまま聞き続ければ今まで信じられてきた歴史が大きくひっくり返るのではと、フィドゥは僅かに期待した。

「グラディウスの本当の父親が賢王と呼ばれるだけあって、グラディウス本人もかなりキレ者だったはずだよね」
「あぁ。父王の才能は間違いなく受け継がれていたんだ。それを敵国に利用されたのと、アルディーナ王子が天に愛されたせいで敗北を喫して僅か三十でこの世を去ってしまったがな」
「調べれば調べるほど、主人公補正ばりに運だけで多くの逆光を乗り越えてきたとんでもない逸材だからなアルディーナ王子……」
「目からビームを出したり、お祈りだけで天変地異を引き起こしたりね!」
「それは後世でガッツリ盛られた設定だシア」

それを抜きにしても、アルディーナ王子の数々のエピソードは、一人の人間が持ち得るものにしてはあまりにも大きすぎる。

「軽く聞いただけでもグラディウス将軍、かなり悲劇的な人間だな……」

王族の血と才能を持ち得ながら妖精のイタズラで奴隷と入れ替わられた挙句、敵国に利用され、本当の両親を殺し、最後に奴隷の血を引く人間に殺される。
これを悲劇と言わずなんといえよう。

「そんな悲劇の彼が現代に転生して売れないオペラの歌姫を売れっ子歌姫にしようと奮闘するんだ!」
「ちょっと待て。最初の歴史ものを書きたい話はどこ行った?」

急に話しの流れが変わった。

「いやすまん。最近転生ものが流行ってるから、グラディウスの話しをしていくうちにそっちの欲が出てきてしまってな……」
「知将としても有名な彼が、売れない歌姫の歌声に惚れ込んで彼女を一気にスターに押し上げる為に知略を遺憾なく発揮させる…悪くないね」
「妙に解像度高いな?」
「ふ…分かってくれるかシア」
「歴史で彼が行なってきた知略を現代に置き換えていくのはどうかな」
「それ、ナイスアイデアだ!」

あれ?なんか盛り上がってきたぞ? と、フィドゥはツッコミを放棄して、二人の話しを聞く事にした。
グラディウス将軍の悲劇的な生い立ちから、売れない歌姫を売れっ子にするという発想の転換……悔しいが興味は湧いてきた。

「よし!タイトルは『パリピ将軍』で決定だ!!」
「どういう流れでそういうタイトルになった!?というかオペラにパリピ要素ねぇだろ!!」
「む…確かにそうだな。……ハッ!?歌姫を陰ながら支えるから『オペラ座の将軍』ならどうだ!」
「タイトルがいまいちしっくり来ないのが残念だ!」
「あぁ、話していくうちにどんどん創作意欲が湧いてきたぞ!悪い、早速戻って書き上げてくるわ!」

お茶会を早々にお開きにしてベルドナーは自らの領地へ戻って行ったのだった。
後日、完成したという本を渡されたので読んでみたが、想像以上の面白さだった。
やがてその本は瞬く間にヒットし、演劇やミュージカルなど幾度も公演されるようになり、人々から愛される作品となったのであった。
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