青色の夏

志季彩夜

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青色の夏

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 中学二年生の七月、転校生がやってきた。そいつを初めて見たときの僕の印象は「外国人だ」だった。

 髪が黒くない、金色。
 目が黒くない、青色。

 その整った顔立ちは僕が今まで会ったことのある人達とあまりにかけ離れていたので、そんなつまらない感想しか思い浮かばなかった。
 会ったことのある人と言っても、わずか四十人ほどの全校生徒と、近所のおじちゃんおばちゃん (あと家族)くらい。
 そんな小さい田舎町になぜ「外国人」が来たのか気になったが、実際に声をかけることはしなかった。
 みんながその転校生の周りに集まっていて話しかけるような隙がなかったのもそうだが、珍しいからと群がって騒ぎ立てるなんて恥ずかしい。
 人と同じことをするのが、流されるのがなんだか嫌だった。 
 でもやっぱり気にはなる。

 転校生が来てから一週間とちょっと。
 どこぞの国からやって来たというそいつは見た目だけのやつではないらしく、もうすっかり学校に馴染んでいた。
 みんなと楽しそうにしているのを見ると、正直羨ましいと思ってしまった。
 ひねくれてるなぁ、なんて。

「ひねくれているの?」

 心臓が音をたてた。
 後ろから思いがけず声が聞こえてきたからだけでは無い。
 高くて、少し低くて、弾むような声が僕のイメージ通りのそいつの声だったから。
 七割の驚きと三割の緊張を隠しながら僕は後ろを振り返った。

「聞こえてた?」

「うん」

「別に君のことを言ったわけじゃ」

「うん。キミのことでしょ」

 確かに自分でそう言ったが、堂々と人から言われると腹が立つものだ。結構あからさまに眉間にしわを寄せた僕の気持ちは無視され、そいつは輝く笑顔で話しかけてきた。

「キミはひねくれているんだね」

「ひねくれてないし」

 反射的に噛みつくように言い返してしまった。
 ちょっと後悔し、こんな言い方しかできない自分にもまた腹が立ってきた。
 胸の辺りからもやもやと暗い色が零れそうになったとき、そいつは言った。

「ひねくれてるって、なんてイミなの?」


 これが僕とレイが出会った時のこと。
 あれからよく僕に話しかけてきて、そのたびに「ひねくれくん」と呼ぶものだから仕方なく名前を教えた。

「ひねくれくんって呼ぶな、僕は光宗だ」

「そうなんだ!ミツムネ、ボクはレイだよ」

 聞いてないのに教えられた。
 レイは学校にいるときは皆に誘われて遊んでいたけれど、放課後は僕といるようになった。
 田舎特有の無駄に広い校庭で。
 誰もいない教室で。
 高いフェンスの向こうの裏山で。
 レイといると、毎日があっという間に過ぎていった。例えるならジェットコースターに乗っている感じ。……スリルもあったから。
 僕は普段、学校にこっそりお菓子なんて持ってこないし(レイが日本のダガシを食べてみたいって言うから)、フェンスをよじ登っていたら先生に見つかって尻もちつくなんてしない(そもそもよじ登らない)。
 こんなことが起きるたびに僕はハラハラして、あげく拗ねていたのに、レイはいつも楽しそうに笑っていた。

 そうしていつの間にか夏休みがやってきた。
 学校に行かないのだからレイと会うこともない。
 五日ほどで宿題を終わらせてしまった僕は手持ちぶさたで、ただ居間で仰向けになっているのだった。
 少し寒く感じるのはクーラーが効きすぎているせいだと納得して、外に出て駄菓子屋にアイスでも買いに行こうと玄関に向かう。
 立て付けの悪い引き戸が音をたてて開いた時、セミの鳴き声と太陽の日差しと一緒に僕に突き刺さってきたのは、知っている青い瞳だった。金色の髪に目が眩む。

「なんでここにいるの」

「クラスの子に聞いたんだ」

 この狭い田舎ではプライバシーは存在しないのだった。
 しかし、まさか家まで来るとは思わなかった。
 レイの行動力に呆れ感嘆する一方で、口元が緩んで笑ってしまいそうなった。
 平静な顔に戻そうと必死な僕を気にも留めず、レイがバックから取り出したのはつぶれたビニール。それが浮き輪だとわかるのに五秒かかった。

「ミツムネ、海に行こう!」

 唐突な誘いだった。

「なんで海」

「いいからいいから」

「やだよ。歩いたら二十分かかるんだぞ」

「じゃあジテンシャで行こうよ!」

 まるで名案みたいに言う。

「お前自転車持ってんの」

「もってない!」



「あっっつい、疲れた……」

「わーい!海!」

 結局歩いて海にたどり着いた僕たちは、いや僕は暑さと疲労で海のことはほとんどどうでもよくなっていた。

「ミツムネー、どっちがはやく泳げるかキョウソウしようよ」

 レイはどうやら体力馬鹿らしい。もうすでに水着になって海に入ろうとしていた。

「ちょ、タンマ」

「マンマ?」

「タンマ!」

 ひたすら泳いで、浮き輪を投げ合って(使い方違う)、流石にレイも疲れたらしく、そのあとは二人で浜辺に座り込んでいた。

「楽しかったね!ミツムネ」

「おー」

 だいぶ遊んだというのに太陽はまだ高いところにあって、今は夏なんだと急に感じた。

「レイはさ、夏みたいだよな」

「ナツ?」

「太陽みたいにあつくて、蝉みたいにうるさくて」

「ボクほめられてる?」

「褒めてる」

 本音だった。
 夏に現れたレイは、僕にとっては夏そのもので、太陽のごとく僕の日常を照らしてくれた。 
 でもそれは秋までは続かないとわかっていた。

「毎年夏になったらレイのこと思い出すくらい褒めてる」

 初めて、二人の間に沈黙が生まれた。

「……しってたの?ボクがまた国にもどるって」

「なんとなくだから、知ってたわけじゃないけど」

 それ以上深く聞こうとは思わなかった。
 もとの国に戻ろうが違う国に行こうが、レイがいなくなることに変わりはないのだから。
 でも、やっぱりレイは聞いていないのに教えてきた。

「ボクの国はスペインってところなんだ。海がキレイでオレンジがおいしいんだよ」

 だから今日、僕を海につれて来たのだろうか。
 ふと目を向けると、美しい青色が果てしなくどこまでも広がっていた。
 レイの瞳と同じ色。
 この先にレイの国もあるのだろうかと思うと、なんだか天国と同じくらい遠い気がした。

「今日言おうと思ってたのに先こされちゃった。みんなにはないしょにしててね」

「うん」

 レイの手を取って立ち上がる。
 そのまま二人で海を眺めながら、ゆっくり元来た道を歩いた。
 ボカディージョとかガスパチョとか、カタカナが多くていまいちわからなかったが、レイが楽しそうに話す故郷の様子を聞いて想像した。
 離れていても友達、とかそんなセリフは一言もなかったけどレイが少しだけ寂しそうに見えたから、それで充分だった。

 夏休みの終わりと同時にレイは故郷へ帰っていった。
 始業式で先生がレイの引っ越しを告げるとみんなは驚いたり、悲しんだりしていた。
 でも僕の中には嫌な感情は一つもなくて、海の水のように満ち足りていた。もう会えないかもしれないのに悲しくないなんて僕はやっぱりひねくれているなぁ、なんて。 
 心残りは、レイがなぜこんなひねくれた僕と一緒にいてくれていたのか聞きたかったこと。
 でもやっぱり気恥ずかしいからまた今度でいいや。きっと絶対会いに行くから、そのときに。



 今年もまた夏がやってくる。

「ひねくれくん!」

「……久々に会って一言目にそれはないだろ」

「出会ったときのこと思い出してたんだ。いやー、一年って短くて長いね。もっと会えたらいいんだけど」

「年に一回来れてるだけまだ良い方だ」

「早くこっちに住めばいいのにー」

「大学卒業したらな」

「え、決まったの!?聞いてない!」

「聞かれてない」

「もう、ホントひねくれてるんだから!」

 潮風に吹かれ白い街並みを歩く。
 幼かった僕があの夏感じた青は今でも色褪せることなく目の前に広がり、僕の横で輝いていた。
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