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お嬢様の今日の下着の色は純白!

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「アクヤ・クレイジョーよ、今日で成人を迎える其方にはこの国での役割を与えねばならん。そこでじゃ、其方、悪役令嬢っぽい名前じゃから、それっぽい立ち位置になって類は友を呼ぶ法則ですり寄ってくるこの国の蛆をなんかいい感じにしてくれんかのぅ」

「お任せください! 王様!」

 元気に返事をしてんじゃねえよ馬鹿お嬢様。どう考えてもツッコミどころしかないじゃねえか、なんだよ悪役令嬢っぽい名前だからって、なんだよいい感じって。

 まるで意味がわからん。
 落ち着け、俺。今日はお嬢様、アクヤ・クレイジョー侯爵令嬢の成人の儀で城に来て、王様と面会をして、これからこの国のために尽くしてくれという内容の定型文を言われて平和な……いや、平和ではなかったが、まだお嬢様を制御できていたドタバタ具合だった日常に戻るはずだったのだが。
 この王様、いらない設定を付けくわえてくれやがりました。許すまじ。

「この、私の執事兼ボディーガードのシュー・ジンコー共々、この国のために尽力させていただきます!」

「うむ、期待しておるぞ」

 貴族でない俺は王様の許しが無い限り、この場で発言する権利がないのがもどかしい。その権利さえあればこの頭のおかしな王様を一発ぶん殴ってやるものの……。
 仕方がないので、礼だけ済ませ、アクヤお嬢様と共に退場し、屋敷に向かう帰りの馬車へ乗り込む。

「ねぇシュー! これからすっごく楽しくなりそうね!」

「お前だけな! これから俺は絶対大変だよコンチクショウ!!」

「主人の命令に逆らったらあなたの家族がどうなるか、わかるわよね……?」

「くそっ、ちょっと悪役令嬢っぽいのがなんか悔しい! そして俺に家族はいねえ!」

 こうしてアクヤお嬢様と俺はクレイジョー家へと帰った。

 
「帰ってきたわね!」

「おかえり」

「ただいま。シューもおかえりなさい」

「あぁ、ただいま……」

 広い屋敷に二人っきりの俺たちは互いにおかえりと挨拶をする。アクヤお嬢様の両親、クレイジョー家の当主夫妻が突然姿を消してからの二人だけの日課だった。

「お父様とお母さま、ズルいわよね、二人で僻地まで温泉に浸かりに行くなんて!他のメイドや執事も連れていっちゃうし!」

「本当にな、おかげでこの広い屋敷を一人で掃除する羽目になっている訳だが……。勿論この広さを一人で毎日掃除をするなんて無理だから、夫妻の部屋付近は仕返しとしてほこりを被ったまま放置している」

「うわっ、仕返しがせこっ!」

「うるせ」

 普通の貴族の屋敷でこんなことをしたらよくてクビ、最悪で打ち首だろうが、ここは天下のクレイジョー家。ノリで生きて侯爵にまで成り上がった頭のおかしな家だからまぁ、問題はない。ハズ。問題ないよね? 大丈夫だよね? 今から掃除した方がいいかな?

「なに不安そうな顔になってるのよ、シュー。酷くて減給くらいよ」

「ちょっと掃除してくるわっ!」

「ちょっと、待ちなさいよ!!」

 今はお嬢様の呼びかけよりも給料の方が大事なのだ。待つわけがない。


「ふうっ!」

「なに一人でやり切った顔してるのよ! こっちは何時間待たされたと思ってるの!」

 数時間後、アクヤお嬢様の自室に呼び出された俺は正座をさせられ、見事に叱られていた?

「これはこれは、長い間お待ちいただき、本当にありがとうございました……」

「こちらこそどうもご丁寧に……。じゃなくて!」

「はい」

「主人が待てと言っているのに、私を置いて勝手に掃除に行くなんてどういうつもり!?」

「これには深い訳がありまして」

「深い訳」

「はい」

「続けて」

 なぜだか全くわからないが、お嬢様はお怒りだ……ここは慎重に返答しないと……。

「そうですね……。俺とお嬢様が満足に主従関係を結べているのは金銭を対価とした契約があるからでして、万が一ここを減給になってしまうと、減給額にもよりますが、俺にも生活があるのでどうしても転職という選択肢を選ばざるを得ない可能性が出てきてしまう訳ですよ。しかし! そう、しかし俺は! これからもずっとお嬢様の執事としてお仕えしたかった! だからこそ心を鬼にしてお嬢様の呼びかけよりもお嬢様のご両親のお部屋周りの掃除を優先せざるを得なかった訳です……! すべてはお嬢様とこれからも一緒にいる為に!」

 完璧だ。我ながら完璧だ。しかしそれを顔に出さないようにして静かにお嬢様の方を見ると……。

「グスンっ……! シューがそんなにも私のことを想ってくれていたなんて……! ありがとう! 許すっ! 私はシューを全力で許すわっ!」

 ちょろいわ、この女。

「ありがとうございます! ところでお嬢様のご用件は……? 遅くはなりましたが、この執事シュー、全力でお嬢様のご要望にお応えする所存っ……!」

 そこまで言った俺は再度お嬢様の顔を見上げ……
 俺の顔面にお嬢様の足の裏が突き刺さった。

「アクヤお嬢様、さすがにこれはご説明を」

「ちょっと足の裏で喋らないでよ、くすぐったい! 王様から悪役令嬢役を任されたでしょ? その練習よ、練習!」

 なるほど。

 ……なるほど?

 わかるような、わからないような。アクヤお嬢様の中では悪役令嬢=他人を踏んでいるイメージなのか。
 
 しかしいくらアクヤお嬢様が美少女だからと顔面に足の裏をめり込まされて黙っている俺ではない。
 アクヤお嬢様といえど、踏まれて黙っている俺ではない。


 ぺろっ


「ひゃああああああああああああああああ」

 どうやらいつも我儘ばかりで俺を振り回すアクヤお嬢様も足の裏は弱かったらしい。悲鳴を上げて足を思いきり上に逃がしたあと……

 思いっきり振り下ろしてきた。

 間近に迫るアクヤお嬢様のかかとを見上げながら俺は心に刻み込む。

 純白の下着は、たとえアクヤお嬢様の物でも良いものだ……と。


 俺は意識を失った。
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