【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ

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4.安らげる場所

4.皇弟

「これ、絶対あした眼が腫れ上がるぞ。」

 執務室のソファーに2人で並んで座ると、ジェラルドがアメリアの目元に触れて痛そうな顔をした。

「誰のせいだと思ってるのよ。」

 アメリアは抗議するが、ジェラルドの手つきが優しすぎて顔が熱い。

「とりあえず、冷やした方がいいな。」

 ジェラルドが廊下に待機する使用人に声をかけるため、立ち上がる。そんなジェラルドを、アメリアは服を掴んで呼び止めた。

「それより喉乾いたの。」

 つい甘えるような声が出て、アメリアは恥ずかしくなって顔をふせる。

「分かった、ちょっと待ってろ。そこを動くなよ。」

 ジェラルドはアメリアの髪を撫でると、そのまま扉の方に歩いていった。

 ジェラルドはアメリアが眼を離すと、どこかに行ってしまうような言い方をする。アメリアは、こんなことさえなければ勝手に家を飛び出すような突拍子もない事はしない。なんだかちょっと不服だ。

 入ってきた侍女は飲み物と水の入った桶を机の上に置くと、すぐに出ていってしまった。またジェラルドと2人きりだ。3年前までは、それが日常だったのにアメリアは妙に緊張してしまう。

「ほら、飲めよ。」

「ありがとう。」

 侍女が持ってきた果実水をジェラルドがグラスに注いでアメリアの前におく。

 アメリアが果実水を飲んでいる間に、ジェラルドは水の入った桶に布を浸して絞るとアメリアの目元にあてた。
 
「自分でできるわ。」

 アメリアが慌ててジェラルドから布を取り上げると、ジェラルドは不満そうな顔をした。

 ジェラルドの優しすぎる行動に、アメリアは少し戸惑う。アメリアが甘えてしまったら、どこまででも甘やかしてくれそうな雰囲気だ。

(なんか、ジェラルドがあの頃と違う。)

 そんな戸惑いを抱えながら、お互い会話もしないで過ごした。

 アメリアは目元を冷やして布が冷たくなくなると、ジェラルドが水で冷やした新しい布を絞って渡してくれる。

 なんとなく落ち着いてきた頃にジェラルドが切り出した。

「何があったのか話してもいいか?」

「うん、聞かせて。婚約破棄……どうするの?」

 アメリアの声が少し震えてしまう。さっきまで忘れてしまっていたが、肝心な事をまだ何も聞いていない。いろいろな事が起こってしまったが、元々、婚約について聞くためにアメリアは辺境伯領から出てきたのだ。

「婚約破棄はしない。来年の結婚式も、もちろん予定通り行う。俺と結婚してくれるだろ?」

 ジェラルドの言葉にアメリアは黙って頷く。

 ジェラルドはアメリアの瞳を覗き込むようにしっかり見て言ってくれた。それだけでじんわり涙がまた滲んできて、アメリアは慌てて目元を拭った。

「バカ、せっかく冷やしたのにあんまり触るな。」

 ジェラルドの言葉はあの頃と変わらず乱暴なのにあの頃と違ってとっても優しい。ジェラルドが冷えた布を優しくアメリアの目元にあててくれたので、今度は取り返さずにアメリアはその手に甘えた。



 詳細を知りたがったアメリアのため、ジェラルドは隣に座るアメリアの肩を抱き寄せながら話し始めたが、内容はそんな甘い雰囲気でするようなものではなかった。

 辺境伯は辺境伯軍のため、定期的に武器の調達を行っている。その中でシャルト王国に武器が不正に入って来ていることに気がついた。辺境伯軍でも騎士団でもない者が武器を手にしている。それだけで王国を揺るがす大事件だ。

 皇帝陛下はその事件の解決をジェラルドに託す事にした。4年前当時まだ14歳の少年に。

「皇太子として独り立ちするための試験みたいなものだな。」

 アメリアはジェラルドが一瞬だけ苦い顔をしたのを見逃さなかった。やはり、当時のジェラルドには大変な仕事だったのかもしれない。

 半年ほどかけて調べあげた結果、武器を集めている人物が判明した。しかし、ジェラルドには簡単に手が出せない人物だった。

「ジェラルドにも手を出せない人間って……」

 ジェラルドが静かに頷く。皇弟ノーマン。皇帝陛下の異母弟でジェラルドの叔父だ。

「俺がミスをしたんだ。まさかあの人が関わっているとは思えなくて深く調べすぎた。俺が調べていることを叔父上の協力者に知られてしまったんだ。本当にごめん。」

「何で謝るの?」

「3年半ほど前、アメリアの乗った馬車が襲われたのは俺のせいなんだ。俺が未熟だったからアメリアが危険な目にあった。」

 ジェラルドがとっても苦しそうに話すので、アメリアは気にしないでと言いたかったが、そもそも襲われた記憶がない。

「ジェラルド、馬車が襲われたって何の事?」

 アメリアの馬車は襲われたが、護衛が対処したので、アメリアに怪我はなかった。そう聞いたとジェラルドは話した。アメリアは知らない。

「まさか、私、記憶喪失とか?!」

「何言ってるんだよ。」

 ジェラルドが肩を揺らして笑いを堪えている。アメリアは落ち込んでいるよりはいいので、ムッとしたけど黙ってジェラルドを見つめた。

 アメリアの反応が薄いので不安になったのか、ジェラルドが心配そうにアメリアの瞳を覗き込む。

「学園入学前の冬、アメリアが珍しく約束に遅れて来たことがあっただろう? 俺が謁見を終えて探しに行ったら、アメリアは王宮の庭で男共に囲まれて嬉しそうにしてた。あの日なんだけど覚えているか?」

 ジェラルドはその日の事を思い出したのか、眉間にしわを寄せている。

「あ、ジェラルドが嫉妬して怒り出した日の事かな? 確かに馬車が中々王宮に着かなかった気がするけど、道が混んでいたのかと思ってた。」

 アメリアが見上げると、ジェラルドが苦いものを口にしたような顔をしていた。アメリアは自分の失言に気づいて、慌てて口を手で抑えた。

「ご、ごめん。でも、別に嬉しそうにしていたわけじゃないわ。」

 アメリアの声が徐々に小さくなる。異性としては意識していなかったが褒められて嬉しかったのは事実だ。それでもジェラルドに指輪を貰った事の方が比べられないくらい嬉しかった。

「アメリアの護衛は優秀すぎるな。まさか、アメリアが襲撃に気づいてなかったとは思わなかった。」

 アメリアの失言をなかった事にして、ジェラルドが立ち上がる。

 ジェラルドが執務用の机の引き出しを開けて大切そうに取り出したのはアメリアの指輪だった。

「これ、返しておくな。もう絶対に外すなよ。」 

 戻ってきたジェラルドがアメリアの手をとって指輪をはめてくれる。ジェラルドがくれたアメリアの宝物だ。

「良かった。ジェラルドが持っていてくれたのね。」

 アメリアは指輪をはめた左手を眺める。左手にこの指輪があるとしっくりする。また泣きそうになって俯くと、ジェラルドがアメリアの髪を優しく撫でた。

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