37 / 72
〈番外編〉皇太子殿下の苦悩
2.動揺
しおりを挟む
辺境伯に助言を受けつつ慎重に調べ上げた結果、ジェラルドは半年ほどで首謀者へと行きついた。
「まさか、そんな筈はない!」
ジェラルドが思わず大きな声を出すと執務室に報告書を届けにきていた近衛騎士が怯えたように固まってしまった。報告書にある首謀者の名前はそれほどジェラルドにとって信じられないものだったのだ。
「どうしたの、ジェラルド? 大きな声出してさ」
ミカエルが心配そうに近づいて来たのでジェラルドは投げるようにして報告書を渡す。ミカエルは驚きながらも受け取ってパラパラとめくった。
「武器を密輸入してたのって皇弟殿下だったの?」
「叔父上がそんな事するはずない!」
ジェラルドは八つ当たりだとわかっていてミカエルを睨みつける。
「僕の事を睨まないでよ」
ミカエルは子犬のように潤んだ瞳でジェラルドを見ると報告書を返して自分の席に戻っていった。
ジェラルドの叔父である皇弟ノーマンはジェラルドを小さいときからとても可愛がってくれていた。皇太子教育で行き詰まったときやアメリアとの関係についても相談にのってくれた。ジェラルドにとっては兄のような存在だ。
皇太子の仕事が忙しくなってからはあまり会えていなかったが……
あの穏やかで謙虚な皇弟がまさか皇帝の座を狙っているというのだろうか? 少し目尻の下がった優しい黄金色の瞳を思い出すと、ジェラルドはとても信じられなかった。
「増員して構わない。今回の情報に間違いがないか、いろいろな方面から徹底的に調べさせろ」
報告に来ていた近衛騎士はジェラルドの指示を聞くと執務室を出ていった。
「そんな指示を出したのですか? 皇弟殿下が関わっているなら慎重に事を運ばなくてはなりません。皇弟殿下が一人で動かれているとは思えませんから、どこに敵の眼があるかわからないのですよ」
席を外していたヴィクトルが珍しくジェラルドに苦言を呈した。ジェラルドも理解している。こちらの人数が増えれば相手にも気づかれやすい。
それが分かっていてもジェラルドに命令を撤回する気持ちなど起きなかった。
ジェラルドの味方だと思っていた皇弟の裏切りに動揺していたのだ。いや、それもただの言い訳か。何度このときに戻ったとしても同じ事を繰り返してしまいそうだと解決した後もジェラルドは苦い思いで当時の決断を振り返ることになる。
それでも、事件の全体像が見えてきたことだけは救いだった。同時に皇弟の関与も決定的になってしまったが……
ジェラルドの捜査拡大で上がってきた報告書にはサモエド侯爵が関わっている可能性について示唆されていた。
サモエド侯爵とはジェラルドが皇太子に決まる直前までジェラルドの立太子に反対し、皇弟を皇太子へと推していた人物だ。ほとんどの者がジェラルドを皇太子にしようとしていたので、当時子供だったジェラルドでさえ、よく覚えている。その事もあり能力と身分はあるのに侯爵は国の重要ポストに付いていない。
不満に思って謀反を企てたとしてもおかしくない人物なのだ。そして、盤石な現在のシャルト王国において謀反を考えそうな人物は他にいないと言っても過言ではない。皇弟が関わっていることを考えるとジェラルドが信頼している者が他にも関わっているのではと密かに心配していたので、この事は逆にジェラルドを安心させてくれさえした。
しかし、証拠と呼べるような物は何もなかった。ただ、薄ぼんやりと侯爵に近い人間が皇弟に近づいているという噂程度の小さな手がかり。
その程度の事でジェラルドがサモエド侯爵の関わりを確信したのは、この時を境に何も情報が入ってこなくなったからだ。今までたどっていた細い糸の先もプツンと切られてしまった。
別の角度から捜査をしていた辺境伯も武器の流入がとまり情報が消えたという報告とともにジェラルドの元へ押し掛けてきた。
「皇太子殿下のおっしゃるとおり、皇弟殿下とサモエド侯爵が組んでいるとみて間違いないでしょうな。皇弟殿下にこんな事を考える能力はありませんから侯爵が首謀者でしょう。ただ、どうする事もできませんがね」
辺境伯がアメリアと同じ紫色の瞳をジェラルドに向けている。まったく感情のこもらないジェラルドへの興味を失ったかのような瞳。それは言葉以上にジェラルドの心に突き刺さった。
今回は完全にジェラルドのミスだ。返す言葉もない。
辺境伯の話ではジェラルドが生まれる前からサモエド侯爵は皇弟にすり寄っていたようだ。一時期は侯爵の娘を皇弟の妻にと考えていた。しかし、今も独身の皇弟が興味を示さなかったため実現にはいたっていない。
「しばらくは静観ですな。これ以上動くのは悪手でしょう」
辺境伯は淡々と言ってジェラルドの執務室を出ていった。
「まさか、そんな筈はない!」
ジェラルドが思わず大きな声を出すと執務室に報告書を届けにきていた近衛騎士が怯えたように固まってしまった。報告書にある首謀者の名前はそれほどジェラルドにとって信じられないものだったのだ。
「どうしたの、ジェラルド? 大きな声出してさ」
ミカエルが心配そうに近づいて来たのでジェラルドは投げるようにして報告書を渡す。ミカエルは驚きながらも受け取ってパラパラとめくった。
「武器を密輸入してたのって皇弟殿下だったの?」
「叔父上がそんな事するはずない!」
ジェラルドは八つ当たりだとわかっていてミカエルを睨みつける。
「僕の事を睨まないでよ」
ミカエルは子犬のように潤んだ瞳でジェラルドを見ると報告書を返して自分の席に戻っていった。
ジェラルドの叔父である皇弟ノーマンはジェラルドを小さいときからとても可愛がってくれていた。皇太子教育で行き詰まったときやアメリアとの関係についても相談にのってくれた。ジェラルドにとっては兄のような存在だ。
皇太子の仕事が忙しくなってからはあまり会えていなかったが……
あの穏やかで謙虚な皇弟がまさか皇帝の座を狙っているというのだろうか? 少し目尻の下がった優しい黄金色の瞳を思い出すと、ジェラルドはとても信じられなかった。
「増員して構わない。今回の情報に間違いがないか、いろいろな方面から徹底的に調べさせろ」
報告に来ていた近衛騎士はジェラルドの指示を聞くと執務室を出ていった。
「そんな指示を出したのですか? 皇弟殿下が関わっているなら慎重に事を運ばなくてはなりません。皇弟殿下が一人で動かれているとは思えませんから、どこに敵の眼があるかわからないのですよ」
席を外していたヴィクトルが珍しくジェラルドに苦言を呈した。ジェラルドも理解している。こちらの人数が増えれば相手にも気づかれやすい。
それが分かっていてもジェラルドに命令を撤回する気持ちなど起きなかった。
ジェラルドの味方だと思っていた皇弟の裏切りに動揺していたのだ。いや、それもただの言い訳か。何度このときに戻ったとしても同じ事を繰り返してしまいそうだと解決した後もジェラルドは苦い思いで当時の決断を振り返ることになる。
それでも、事件の全体像が見えてきたことだけは救いだった。同時に皇弟の関与も決定的になってしまったが……
ジェラルドの捜査拡大で上がってきた報告書にはサモエド侯爵が関わっている可能性について示唆されていた。
サモエド侯爵とはジェラルドが皇太子に決まる直前までジェラルドの立太子に反対し、皇弟を皇太子へと推していた人物だ。ほとんどの者がジェラルドを皇太子にしようとしていたので、当時子供だったジェラルドでさえ、よく覚えている。その事もあり能力と身分はあるのに侯爵は国の重要ポストに付いていない。
不満に思って謀反を企てたとしてもおかしくない人物なのだ。そして、盤石な現在のシャルト王国において謀反を考えそうな人物は他にいないと言っても過言ではない。皇弟が関わっていることを考えるとジェラルドが信頼している者が他にも関わっているのではと密かに心配していたので、この事は逆にジェラルドを安心させてくれさえした。
しかし、証拠と呼べるような物は何もなかった。ただ、薄ぼんやりと侯爵に近い人間が皇弟に近づいているという噂程度の小さな手がかり。
その程度の事でジェラルドがサモエド侯爵の関わりを確信したのは、この時を境に何も情報が入ってこなくなったからだ。今までたどっていた細い糸の先もプツンと切られてしまった。
別の角度から捜査をしていた辺境伯も武器の流入がとまり情報が消えたという報告とともにジェラルドの元へ押し掛けてきた。
「皇太子殿下のおっしゃるとおり、皇弟殿下とサモエド侯爵が組んでいるとみて間違いないでしょうな。皇弟殿下にこんな事を考える能力はありませんから侯爵が首謀者でしょう。ただ、どうする事もできませんがね」
辺境伯がアメリアと同じ紫色の瞳をジェラルドに向けている。まったく感情のこもらないジェラルドへの興味を失ったかのような瞳。それは言葉以上にジェラルドの心に突き刺さった。
今回は完全にジェラルドのミスだ。返す言葉もない。
辺境伯の話ではジェラルドが生まれる前からサモエド侯爵は皇弟にすり寄っていたようだ。一時期は侯爵の娘を皇弟の妻にと考えていた。しかし、今も独身の皇弟が興味を示さなかったため実現にはいたっていない。
「しばらくは静観ですな。これ以上動くのは悪手でしょう」
辺境伯は淡々と言ってジェラルドの執務室を出ていった。
268
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります
恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」
「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」
十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。
再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、
その瞬間に決意した。
「ええ、喜んで差し上げますわ」
将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。
跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、
王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。
「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」
聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。
けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。
「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。
ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。
そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。
学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。
けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。
暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。
※10万文字超えそうなので長編に変更します。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。
木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。
「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」
シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。
妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。
でも、それなら側妃でいいのではありませんか?
どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる