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1.鏡の前には
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優花はアルバイトから帰宅すると真っ先に寝室に向かった。寝室に置かれた鏡の前には、朝出かけるときには無かった大きな紙包みが置かれている。
「良かった。久しぶりに届いてる」
一人暮らしなのに、つい弾んだ声が出てしまう。最近の優花は、この紙包みだけを楽しみに暮らしていると言っても過言ではない。
着ていたジャケットをベッドの上に脱ぎ捨てて、紙包みを台所に運び慎重に開く。中から出てきたのは、赤い鱗のついた大きな肉の塊だった。
「これって何だろう?」
まな板に乗り切らないくらい大きく辞書より分厚いが、金目鯛の切り身が優花の知る食べ物の中では一番近い。ただ、鱗一枚の大きさが五百円玉より大きいので金目鯛ではないと思う。たぶん……
優花は結局分からなくて、一緒に添えられていた巻紙の手紙を広げた。筆で書かれた文字はいつも通りとても美しい。
【紅色ドラゴンの胸肉だよ。鱗に毒があるから、食べるときには慎重にね。調理法が分からなければ、こっちに食べにおいで。もちろん、帰りは責任を持って送り届けるよ。 ハヤテ】
「『こっちに食べにおいで』って簡単に言わないでよ」
優花はそう言いながらも、アルバイトの予定を頭の中で思い浮かべていた。
『紅色ドラゴン』
日本には存在しない生き物の名からも想像できるかもしれないが、これは異世界からの贈り物だ。ではなぜ、このような物が届くようになったのか? それは優花の身に起こった奇妙な出来事がきっかけだった。
二年前、優花は唯一の肉親だった祖母を亡くしてぼんやりと過ごしていた。就職して数年、やっと仕事にも慣れて祖母孝行を始めた矢先だったから尚更だ。
「私、一人ぼっちだ……」
鏡に手をおいて自分の冴えない顔を見ながら呟いたのは覚えている。たったそれだけのことで、優花は気がつくと知らない部屋に飛ばされていた。
「君はどうやって、ここに来たの?」
声をかけられて振り返ると、若い男性が驚いた顔で優花を見ていた。その男性こそが不思議な贈り物の送り主でもあるハヤテだ。
「どうやってって言われても……」
「異世界人なんでしょう? 文献に鏡から現れるとは書いてあったけど、まさかこんなに突然やって来るとは思ってなかったよ。その様子だと君の意思で来たわけではないのかな?」
長身のハヤテは見下ろすように優花を観察していたが、突然人が現れたにしては冷静で友好的だったように思う。
「異世界人?」
優花は異世界という言葉がはじめは信じられなかった。ハヤテは整った顔をしていたが、黒髪で日本に溶け込む容貌だった。部屋を見回しても、木造のちょっと古風な部屋だというだけで異世界の要素はまったくない。それに……
「なんで、日本語を話してるの?」
「異世界の知識が全くない世界から来たのか……それじゃあ、お茶でも飲みながらゆっくり説明するよ」
ハヤテはおっとりと笑って、緑茶を入れてくれた。
魔導師だと名乗ったハヤテによると、共通点が多い世界としか鏡で繋がることはないらしい。彼らの世界には魔法が存在するが、彼も日本語を母国語としている。
「じゃあ、どうして私が異世界人だって思ったの?」
「君が現れる直前に、鏡の周囲の魔力が歪んだんだ。僕の屋敷の護りを破って魔法を使える人間なんて、この世界に存在しないからね。それに……」
「それに?」
優花が何気なく聞き返すと、ハヤテは寂しそうに笑う。
「僕と目が合って、怯えない人間もこの世界にはいないんだよ」
ハヤテに真剣な表情で言われて、優花は無意識に彼の瞳を見てしまう。ぱっちりとした焦げ茶色の瞳は綺麗だけど特に変わった様子はない。優花がよく分からなくてまじまじと見つめていると、ハヤテは焦げ茶色の瞳を細めて楽しそうに笑った。
「良かった。久しぶりに届いてる」
一人暮らしなのに、つい弾んだ声が出てしまう。最近の優花は、この紙包みだけを楽しみに暮らしていると言っても過言ではない。
着ていたジャケットをベッドの上に脱ぎ捨てて、紙包みを台所に運び慎重に開く。中から出てきたのは、赤い鱗のついた大きな肉の塊だった。
「これって何だろう?」
まな板に乗り切らないくらい大きく辞書より分厚いが、金目鯛の切り身が優花の知る食べ物の中では一番近い。ただ、鱗一枚の大きさが五百円玉より大きいので金目鯛ではないと思う。たぶん……
優花は結局分からなくて、一緒に添えられていた巻紙の手紙を広げた。筆で書かれた文字はいつも通りとても美しい。
【紅色ドラゴンの胸肉だよ。鱗に毒があるから、食べるときには慎重にね。調理法が分からなければ、こっちに食べにおいで。もちろん、帰りは責任を持って送り届けるよ。 ハヤテ】
「『こっちに食べにおいで』って簡単に言わないでよ」
優花はそう言いながらも、アルバイトの予定を頭の中で思い浮かべていた。
『紅色ドラゴン』
日本には存在しない生き物の名からも想像できるかもしれないが、これは異世界からの贈り物だ。ではなぜ、このような物が届くようになったのか? それは優花の身に起こった奇妙な出来事がきっかけだった。
二年前、優花は唯一の肉親だった祖母を亡くしてぼんやりと過ごしていた。就職して数年、やっと仕事にも慣れて祖母孝行を始めた矢先だったから尚更だ。
「私、一人ぼっちだ……」
鏡に手をおいて自分の冴えない顔を見ながら呟いたのは覚えている。たったそれだけのことで、優花は気がつくと知らない部屋に飛ばされていた。
「君はどうやって、ここに来たの?」
声をかけられて振り返ると、若い男性が驚いた顔で優花を見ていた。その男性こそが不思議な贈り物の送り主でもあるハヤテだ。
「どうやってって言われても……」
「異世界人なんでしょう? 文献に鏡から現れるとは書いてあったけど、まさかこんなに突然やって来るとは思ってなかったよ。その様子だと君の意思で来たわけではないのかな?」
長身のハヤテは見下ろすように優花を観察していたが、突然人が現れたにしては冷静で友好的だったように思う。
「異世界人?」
優花は異世界という言葉がはじめは信じられなかった。ハヤテは整った顔をしていたが、黒髪で日本に溶け込む容貌だった。部屋を見回しても、木造のちょっと古風な部屋だというだけで異世界の要素はまったくない。それに……
「なんで、日本語を話してるの?」
「異世界の知識が全くない世界から来たのか……それじゃあ、お茶でも飲みながらゆっくり説明するよ」
ハヤテはおっとりと笑って、緑茶を入れてくれた。
魔導師だと名乗ったハヤテによると、共通点が多い世界としか鏡で繋がることはないらしい。彼らの世界には魔法が存在するが、彼も日本語を母国語としている。
「じゃあ、どうして私が異世界人だって思ったの?」
「君が現れる直前に、鏡の周囲の魔力が歪んだんだ。僕の屋敷の護りを破って魔法を使える人間なんて、この世界に存在しないからね。それに……」
「それに?」
優花が何気なく聞き返すと、ハヤテは寂しそうに笑う。
「僕と目が合って、怯えない人間もこの世界にはいないんだよ」
ハヤテに真剣な表情で言われて、優花は無意識に彼の瞳を見てしまう。ぱっちりとした焦げ茶色の瞳は綺麗だけど特に変わった様子はない。優花がよく分からなくてまじまじと見つめていると、ハヤテは焦げ茶色の瞳を細めて楽しそうに笑った。
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