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一章 田舎育ちの令嬢
1.学院の異変
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ディランは談話室の窓から登校してくる生徒たちを眺めていた。ピンクブロンドの髪の小柄な女子生徒、エミリー・カランセ伯爵令嬢が、多勢の男子生徒を従えて歩いている。この学院で毎朝起こっている異様な光景だ。
エミリーは困ったような微笑みを浮かべているが、あれも男子生徒たちを虜にする演技なのだろうか。
ディランが通うシクノチェス学院は、シクノチェス王国の王都にある唯一の国立学校だ。この国の中心となる有力貴族の子女が通う名門校でもある。15~18才の子女が3年間通う学院は、平等を原則としているが、実際は貴族社会を色濃く現している。将来の事を考えると、悪目立ちするような派手な動きをする者は少ない。
特に現在のシクノチェス学院には、王族が多数所属している。警備も厳しくなっているし、ディランが入学してからの1年間は、大きな事件もなく平和に過ごす事ができていた。
(今年も平和に過ごせると思っていたのにな)
ディランは学院の平和を壊しつつある、一見大人しそうな少女を見下ろしてため息をついた。
「ディラン、お前もエミリー嬢が気になるのか?」
ディランは背後から聞こえてきた声に反応して振りかえる。声の主、チャーリー・シクノチェスは、美しい金髪を風で揺らしながらニヤニヤと笑っていた。
「兄上、いらしてたんですか」
この国の王太子の長男であるチャーリーは、長身で金髪、碧眼。物語の中の王子様を、そのまま現実に持ってきたような見た目をしている。その美しい容姿は、学院のみならず、シクノチェス王国中の女性たちの憧れの的だ。
チャーリーは自分の容貌を様々な場面で利用しているため、普段は皆のイメージを壊すようなことは決してしない。しかし、ここは学院内でも王族しか入れない談話室なので例外だ。ディランにとっては見慣れた、真っ黒な腹の中が透けて見えるような表情をしている。とても、夢見る女性たちには見せられない。
「エミリー嬢の取り巻き、増えましたよね」
「そうだな。お前も彼女の標的になるかもしれないぞ。気をつけろよ」
チャーリーは『気をつけろよ』と言いながら楽しそうだ。女性に免疫のないディランを揶揄いたいだけで、唯一の異母弟を心配するような気持ちは少しも感じられない。
「狙われるなら、僕じゃなくて兄上ですよ?」
ディランはため息まじりに返事をする。チャーリーに小さい頃から振り回されすぎて、この程度のことではチャーリーの期待するような反応は返せない。
「お前を王太子に育てようとするかもしれないぞ」
「それこそ、関わりたくない」
チャーリーとディランは共に王位継承権を持っていて、公には継承順位は同列だ。この国では国王が、即位とともに継承権を持つ者の中から自分の後継者を選んで王太子に指名する。
来年には2人の祖父が引退し父が国王となるため、そのときにどちらが王太子になるかが決まるのだ。そういう意味では、ディランが王太子になる可能性もなくはない。
しかし、今回に限って言えば、チャーリーが立太子することは既定路線だ。国王の引退も学院の最終学年に在席するチャーリーの卒業に合わせて1年後に行われるし、何年も前から、チャーリーは王太子としての仕事の引き継ぎをすでに始めている。
もともと、歴史的にも長子が継承することが多いし、ディランの母は身分の低い側室で後ろ盾がないのに対し、チャーリーは隣国の王女だった王太子妃を母に持つ。
そして、見た目も能力も性格的にもチャーリーの方が国王に向いている。ディランは茶色の髪に茶色の瞳で背の高さも平均的。その外見と同様に周囲に溶け込んでいる方が落ち着く性格をしている。能力的にも勝っているのは魔力くらいだ。
ディランは、チャーリーを押しのけて王太子になるつもりなどないし、学院卒業後は王籍を離れて臣下に下るつもりでいる。
ディラン派と呼ばれ、ディランを担ぎあげようとする者もいるらしいが、諦めが悪いと言う以外にない。きっと、容赦ない性格のチャーリーに痛い腹を探られたくないのだろう。チャーリーの性格を理解しているなら優秀だが、ディランなら何とか誤魔化せると思っているのなら失礼極まりない。
「上昇志向のないやつだな」
チャーリーは王太子を譲る気もないくせに、時々煽るような事を口にする。ディランが王太子になるために動いた方が不穏分子を捕まえやすいとでも考えているのだろう。チャーリーは弟を餌として使うことに躊躇するような優しい性格ではない。
(こんな恐ろしい兄を敵に回すわけないでしょ)
ディランは、残念そうな顔をするチャーリーを呆れながら見上げた。
「そんなことより、あの2人の動きについて、僕にも教えて頂けませんか? どうせ、後から僕のことも巻き込むつもりなんですよね?」
「あの2人? なんのことだ?」
「とぼけないで下さいよ……」
ディランは再び視線を窓の外に向ける。エミリーは先程より増えた取り巻きに囲まれて立ち往生していた。取り巻きには宰相の息子ハリソン・オンシジュームと騎士団長の息子トーマス・ゴンゴラを筆頭に、侯爵家や伯爵家の者もいて、身分だけで言うならば錚々たる面々が集まっている。しかし、チャーリーが率いる次世代に必要な人材は、ハリソンとトーマスだけで、後は親の爵位が高いわりには使えない者ばかりだ。
ディランから見ると、チャーリーの信頼するハリソンとトーマスが、あの中に混ざっているのは、不自然すぎる。チャーリーの指示で近づいていると考えて間違いないだろう。
「何を調べさせているんですか?」
「お前の言いたいことがさっぱり分からん。ハリソンとトーマスが虜になるほどエミリー嬢は魅力的なんだろう。私も気をつけなくてはいけないな」
「何を言うんですか……」
「私はお前の忠告を真摯に受け止めているんだよ」
チャーリーはそう言って、ディランに背を向ける。質問に答えたくないから適当な事を言ったのだろう。
「待って下さい、兄上!」
一応呼び止めてはみたものの、チャーリーはディランを無視してヒラヒラと手を振りながら部屋を出ていってしまった。なぜ説明を拒むのかは分からないが嫌な予感がする。
「面倒なことにならないといいけど……」
ディランはチャーリーの出ていった扉を見つめながら力なく呟いた。
エミリーは困ったような微笑みを浮かべているが、あれも男子生徒たちを虜にする演技なのだろうか。
ディランが通うシクノチェス学院は、シクノチェス王国の王都にある唯一の国立学校だ。この国の中心となる有力貴族の子女が通う名門校でもある。15~18才の子女が3年間通う学院は、平等を原則としているが、実際は貴族社会を色濃く現している。将来の事を考えると、悪目立ちするような派手な動きをする者は少ない。
特に現在のシクノチェス学院には、王族が多数所属している。警備も厳しくなっているし、ディランが入学してからの1年間は、大きな事件もなく平和に過ごす事ができていた。
(今年も平和に過ごせると思っていたのにな)
ディランは学院の平和を壊しつつある、一見大人しそうな少女を見下ろしてため息をついた。
「ディラン、お前もエミリー嬢が気になるのか?」
ディランは背後から聞こえてきた声に反応して振りかえる。声の主、チャーリー・シクノチェスは、美しい金髪を風で揺らしながらニヤニヤと笑っていた。
「兄上、いらしてたんですか」
この国の王太子の長男であるチャーリーは、長身で金髪、碧眼。物語の中の王子様を、そのまま現実に持ってきたような見た目をしている。その美しい容姿は、学院のみならず、シクノチェス王国中の女性たちの憧れの的だ。
チャーリーは自分の容貌を様々な場面で利用しているため、普段は皆のイメージを壊すようなことは決してしない。しかし、ここは学院内でも王族しか入れない談話室なので例外だ。ディランにとっては見慣れた、真っ黒な腹の中が透けて見えるような表情をしている。とても、夢見る女性たちには見せられない。
「エミリー嬢の取り巻き、増えましたよね」
「そうだな。お前も彼女の標的になるかもしれないぞ。気をつけろよ」
チャーリーは『気をつけろよ』と言いながら楽しそうだ。女性に免疫のないディランを揶揄いたいだけで、唯一の異母弟を心配するような気持ちは少しも感じられない。
「狙われるなら、僕じゃなくて兄上ですよ?」
ディランはため息まじりに返事をする。チャーリーに小さい頃から振り回されすぎて、この程度のことではチャーリーの期待するような反応は返せない。
「お前を王太子に育てようとするかもしれないぞ」
「それこそ、関わりたくない」
チャーリーとディランは共に王位継承権を持っていて、公には継承順位は同列だ。この国では国王が、即位とともに継承権を持つ者の中から自分の後継者を選んで王太子に指名する。
来年には2人の祖父が引退し父が国王となるため、そのときにどちらが王太子になるかが決まるのだ。そういう意味では、ディランが王太子になる可能性もなくはない。
しかし、今回に限って言えば、チャーリーが立太子することは既定路線だ。国王の引退も学院の最終学年に在席するチャーリーの卒業に合わせて1年後に行われるし、何年も前から、チャーリーは王太子としての仕事の引き継ぎをすでに始めている。
もともと、歴史的にも長子が継承することが多いし、ディランの母は身分の低い側室で後ろ盾がないのに対し、チャーリーは隣国の王女だった王太子妃を母に持つ。
そして、見た目も能力も性格的にもチャーリーの方が国王に向いている。ディランは茶色の髪に茶色の瞳で背の高さも平均的。その外見と同様に周囲に溶け込んでいる方が落ち着く性格をしている。能力的にも勝っているのは魔力くらいだ。
ディランは、チャーリーを押しのけて王太子になるつもりなどないし、学院卒業後は王籍を離れて臣下に下るつもりでいる。
ディラン派と呼ばれ、ディランを担ぎあげようとする者もいるらしいが、諦めが悪いと言う以外にない。きっと、容赦ない性格のチャーリーに痛い腹を探られたくないのだろう。チャーリーの性格を理解しているなら優秀だが、ディランなら何とか誤魔化せると思っているのなら失礼極まりない。
「上昇志向のないやつだな」
チャーリーは王太子を譲る気もないくせに、時々煽るような事を口にする。ディランが王太子になるために動いた方が不穏分子を捕まえやすいとでも考えているのだろう。チャーリーは弟を餌として使うことに躊躇するような優しい性格ではない。
(こんな恐ろしい兄を敵に回すわけないでしょ)
ディランは、残念そうな顔をするチャーリーを呆れながら見上げた。
「そんなことより、あの2人の動きについて、僕にも教えて頂けませんか? どうせ、後から僕のことも巻き込むつもりなんですよね?」
「あの2人? なんのことだ?」
「とぼけないで下さいよ……」
ディランは再び視線を窓の外に向ける。エミリーは先程より増えた取り巻きに囲まれて立ち往生していた。取り巻きには宰相の息子ハリソン・オンシジュームと騎士団長の息子トーマス・ゴンゴラを筆頭に、侯爵家や伯爵家の者もいて、身分だけで言うならば錚々たる面々が集まっている。しかし、チャーリーが率いる次世代に必要な人材は、ハリソンとトーマスだけで、後は親の爵位が高いわりには使えない者ばかりだ。
ディランから見ると、チャーリーの信頼するハリソンとトーマスが、あの中に混ざっているのは、不自然すぎる。チャーリーの指示で近づいていると考えて間違いないだろう。
「何を調べさせているんですか?」
「お前の言いたいことがさっぱり分からん。ハリソンとトーマスが虜になるほどエミリー嬢は魅力的なんだろう。私も気をつけなくてはいけないな」
「何を言うんですか……」
「私はお前の忠告を真摯に受け止めているんだよ」
チャーリーはそう言って、ディランに背を向ける。質問に答えたくないから適当な事を言ったのだろう。
「待って下さい、兄上!」
一応呼び止めてはみたものの、チャーリーはディランを無視してヒラヒラと手を振りながら部屋を出ていってしまった。なぜ説明を拒むのかは分からないが嫌な予感がする。
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