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おまけ
理想の男性【クレマン】〈前〉
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フェルディナンの執務室には、穏やかな空気が流れていた。ジョゼフィーヌとの和解までのピリついた雰囲気が嘘のようだ。
クレマンは、フェルディナンが急ぎの仕事を終えたのを確認してお茶の準備を始める。フェルディナンは困った顔をしながら、自分で持ち込んだお茶菓子をもて遊んでいた。
「殿下、無理して食べる必要はないのですよ」
「医者は、このくらい食べないと太らないと言っている。実際に、ほとんど増えてないんだ」
フェルディナンはジョゼフィーヌに『マルク』の正体を伝えて以来、間食を増やして太ろうと努力していた。しかし、騎士に混ざって鍛錬を続けているフェルディナンは食べてもあまり太らない。むしろ、婚約破棄されそうになったストレスで痩せてしまっていたため、やっと元の体型に戻った程度だ。
「そもそも、ジョゼフィーヌ様は、本当に殿下が太られることを望んでいらっしゃるのでしょうか? もう一度、確認なさった方が宜しいのではありませんか?」
「もし聞いたら、ジョゼフィーヌは優しいから、痩せていても構わないと言うはずだ。それで他の男に見惚れられでもしたら、今度こそ立ち直れない」
フェルディナンが寂しそうに笑うので、クレマンは何も言えなくなる。クレマンから見てもジョゼフィーヌの態度は、フェルディナンと『マルク』とでは違っていた。
ただ、それは体型以前に、完璧な皇太子であるフェルディナンへの緊張からくるものだとクレマンは思っている。それを見てフェルディナンも緊張し、さらに緊張したフェルディナンを見てジョゼフィーヌが……という負の連鎖。
(伝えても落ち込ませてしまうだけだな)
まだ、太るだけで解決する方がマシな気がする。フェルディナンは分かっていて、見た目に逃げている可能性もある。
(どうするのが最善だろうか?)
クレマンは悩んでしまう。いつも冷静なフェルディナンもジョゼフィーヌのことになると行動が論理的でなくなる。しかも、見事に拗れた過去を思い出すと、下手な助言もできなかった。
やっと、停滞し続けてきた2人の関係が進み始めたのだ。水を指すような事はしたくない。
(お二人で解決して頂くしかないのかもしれないな)
クレマンは小さく息を吐き出す。問題を棚上げして、一緒に働く仲間たちにもお茶を配り始めた。
「クレマン様。心配する必要はありませんよ」
ディディエの前にお茶を置くと意味深な笑顔を向けてくる。
ディディエの助言は的確な事も多いが、同じだけヒヤリとさせられる。クレマンは、その笑顔を見ても安心することができなかった。
数日後、ダミアンが必死になってフェルディナンを足止めしている姿をクレマンは目撃する。ヤマイモ亭に行く予定になっていたはずなので、フェルディナンの機嫌は最悪だ。
「ただいま戻りました」
「休憩ありがとうございます」
少しして姿の見えなかったディディエとエルネストが執務室に入ってきた。
「俺はしばらく部屋を開けるから何かあったら頼むな」
フェルディナンはやっと開放されて、足早に執務室を出ていく。3人がフェルディナンに隠れて何かをしていたことは明白だ。
「クレマン様、そんな怖い顔で睨まないで下さい。俺たちは殿下の不利益になるような事はしてませんよ」
怖いと言いながらディディエがヘラリと笑う。
「ジョゼフィーヌ様に何を話したんですか? ヤマイモ亭に行ってきたんでしょう?」
「内緒ですよ。クレマン様もお二人の次のお茶会の場にいるんでしょ? 知っていると不自然な反応になるので教えられません」
「いや、知っていた方が何かあったときに、対応できると思うが……」
「とにかく、次のお二人のお茶会、楽しみにしていて下さい。きっと、クレマン様も俺達のこと褒めてくれるはずです」
ディディエの言葉にエルネストも頷いている。エルネストが賛同しているだけで、安心して様子を見ようと思えるから不思議だ。
(とは言え、何かあったときには、動けるようにしておこう)
クレマンは平和なお茶会になることを祈りながら、ロザリーに助力を頼むため、執務室を抜け出した。
クレマンは、フェルディナンが急ぎの仕事を終えたのを確認してお茶の準備を始める。フェルディナンは困った顔をしながら、自分で持ち込んだお茶菓子をもて遊んでいた。
「殿下、無理して食べる必要はないのですよ」
「医者は、このくらい食べないと太らないと言っている。実際に、ほとんど増えてないんだ」
フェルディナンはジョゼフィーヌに『マルク』の正体を伝えて以来、間食を増やして太ろうと努力していた。しかし、騎士に混ざって鍛錬を続けているフェルディナンは食べてもあまり太らない。むしろ、婚約破棄されそうになったストレスで痩せてしまっていたため、やっと元の体型に戻った程度だ。
「そもそも、ジョゼフィーヌ様は、本当に殿下が太られることを望んでいらっしゃるのでしょうか? もう一度、確認なさった方が宜しいのではありませんか?」
「もし聞いたら、ジョゼフィーヌは優しいから、痩せていても構わないと言うはずだ。それで他の男に見惚れられでもしたら、今度こそ立ち直れない」
フェルディナンが寂しそうに笑うので、クレマンは何も言えなくなる。クレマンから見てもジョゼフィーヌの態度は、フェルディナンと『マルク』とでは違っていた。
ただ、それは体型以前に、完璧な皇太子であるフェルディナンへの緊張からくるものだとクレマンは思っている。それを見てフェルディナンも緊張し、さらに緊張したフェルディナンを見てジョゼフィーヌが……という負の連鎖。
(伝えても落ち込ませてしまうだけだな)
まだ、太るだけで解決する方がマシな気がする。フェルディナンは分かっていて、見た目に逃げている可能性もある。
(どうするのが最善だろうか?)
クレマンは悩んでしまう。いつも冷静なフェルディナンもジョゼフィーヌのことになると行動が論理的でなくなる。しかも、見事に拗れた過去を思い出すと、下手な助言もできなかった。
やっと、停滞し続けてきた2人の関係が進み始めたのだ。水を指すような事はしたくない。
(お二人で解決して頂くしかないのかもしれないな)
クレマンは小さく息を吐き出す。問題を棚上げして、一緒に働く仲間たちにもお茶を配り始めた。
「クレマン様。心配する必要はありませんよ」
ディディエの前にお茶を置くと意味深な笑顔を向けてくる。
ディディエの助言は的確な事も多いが、同じだけヒヤリとさせられる。クレマンは、その笑顔を見ても安心することができなかった。
数日後、ダミアンが必死になってフェルディナンを足止めしている姿をクレマンは目撃する。ヤマイモ亭に行く予定になっていたはずなので、フェルディナンの機嫌は最悪だ。
「ただいま戻りました」
「休憩ありがとうございます」
少しして姿の見えなかったディディエとエルネストが執務室に入ってきた。
「俺はしばらく部屋を開けるから何かあったら頼むな」
フェルディナンはやっと開放されて、足早に執務室を出ていく。3人がフェルディナンに隠れて何かをしていたことは明白だ。
「クレマン様、そんな怖い顔で睨まないで下さい。俺たちは殿下の不利益になるような事はしてませんよ」
怖いと言いながらディディエがヘラリと笑う。
「ジョゼフィーヌ様に何を話したんですか? ヤマイモ亭に行ってきたんでしょう?」
「内緒ですよ。クレマン様もお二人の次のお茶会の場にいるんでしょ? 知っていると不自然な反応になるので教えられません」
「いや、知っていた方が何かあったときに、対応できると思うが……」
「とにかく、次のお二人のお茶会、楽しみにしていて下さい。きっと、クレマン様も俺達のこと褒めてくれるはずです」
ディディエの言葉にエルネストも頷いている。エルネストが賛同しているだけで、安心して様子を見ようと思えるから不思議だ。
(とは言え、何かあったときには、動けるようにしておこう)
クレマンは平和なお茶会になることを祈りながら、ロザリーに助力を頼むため、執務室を抜け出した。
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