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おまけ
幸せな悩み
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ジョゼフィーヌには悩みがあった。
「ジョゼフィーヌ、契約書に書いてあることだし、お茶会でもするか?」
「ジョゼフィーヌ、どこかに出かけないか? 契約書通りにするのも悪くないだろう?」
フェルディナンから誘いを受けるのは嫌ではないし、もちろん喜んで頷く。ジョゼフィーヌが悩んでいるのは、誘ってくれるときに、必ずと言っていいほど、あの日の契約書を持ち出されることだ。
ジョゼフィーヌは、まさか、自分の事だと思っていなかったので、喜々として署名してしまった。『フェルディナンの愛する女性』が実際に何をするのかなんて、ちゃんと読んでいなかったのだ。悲しくなるので把握したくなかったのもある。
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンに愛する女性が膝枕をすることに必ず同意する
良識あることばかりが並んでいる契約だが、似たような文の中に隠すように書かれたこの項目が気になってしょうがない。いつ、フェルディナンが求めてくるのか分からないので、ジョゼフィーヌは常にドキドキさせられているのだ。
(そういえば、契約書に書かれたことを拒否した場合、わたくしはどうなるのかしら?)
ジョゼフィーヌは、やるべきことばかりに気を取られて、契約不履行が起きた場合について確認していなかった。
ジョゼフィーヌは部屋の中で一人になって契約書を開く。
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンとフェルディナンの愛する女性が結婚することに同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンの愛する女性が皇太子妃になることに同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンと愛する女性が一緒に暮らすことに同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンと愛する女性が2人で外出することに必ず同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンに愛する女性が膝枕をすることに必ず同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンと愛する女性が2人でお茶会をすることに必ず同意する
1、……
ページの最後にはジョゼフィーヌのものと並んで、フェルディナンの美しいサインが書かれている。ジョゼフィーヌは暫くその文字をうっとりと見つめた。
(とっても素敵……って、そうではなかったわ)
ジョゼフィーヌは少しページを遡って探してみるが、ジョゼフィーヌのやるべきこと以外は何も書かれていない。
(あれ? おかしいわね……守らなくても大丈夫ってこと?)
ジョゼフィーヌは契約に詳しくない。
これが国同士の契約なら、どちらかが破れば関係が悪化し、契約を守らない国として国際社会の中で孤立し危険視されるのだろう。
その状況をジョゼフィーヌとフェルディナンの間に置き換えると、どうなるのだろう?
(……)
たぶん、どんなにジョゼフィーヌが契約を破ったとしても、フェルディナンは笑顔で許してくれるだろう。フェルディナンが怒る姿など想像もできない。
だが、ジョゼフィーヌはフェルディナンにお願いされたことを拒否できるだろうか?
(無理かも……)
フェルディナンが悲しむことなんて、ジョゼフィーヌはしたくない。きっと、契約書に書かれていないことを頼まれても、喜んで実行してしまうだろう。
(……)
ジョゼフィーヌは契約書を読み込んでも意味がないことを悟って、そっと閉じる。
そもそも、フェルディナンの行動がいつも突然だから、ドキドキしてしまうのだ。この前も口づけする前に予告すると言ったそばから、不意打ちの口づけをされてしまった。
ジョゼフィーヌは思い出してしまって顔を赤くする。
なんとなく、フェルディナンは、ジョゼフィーヌが驚く姿も楽しんでいるような気がする。フェルディナンだって、腕に抱きついたら驚くのに、なんだか納得がいかない。
(……そうだわ。わたくしからお願いすれば、不意打ちにはならないわよね)
たまにはジョゼフィーヌがフェルディナンをドキドキさせてみたい。ジョゼフィーヌは、状況を想定し何度も練習してから、フェルディナンとのお茶会に臨んだ。
「殿下、お仕事お疲れさまでした」
「ああ」
この日のお茶会は、フェルディナンが会議を終えた夕方に行われた。王宮庭園の東屋で行うはずだったお茶会は、クレマンの協力で皇太子宮の一室に変えてある。人払いされていても、ジョゼフィーヌには外で膝枕なんて恥ずかしくてできない。
「お疲れのようですね」
ジョゼフィーヌは、さり気ない雰囲気を心がけて、フェルディナンに声をかけた。
「ああ、会議で少し揉めたんだ。もちろん、解決したから心配するな」
「す、少しお休みになってはいかがですか?」
ジョゼフィーヌはそう言って、自分の膝を軽く叩く。何度も練習した台詞なのに、うまく言葉が出てこなかった。ジョゼフィーヌは、挽回しなければと、にっこり笑って萌木色の瞳を見上げる。
「契約書に書いてありますもの。どうぞ、お使い下さいませ」
ジョゼフィーヌはドキドキと大きく脈打つ鼓動を無視して、フェルディナンを観察した。フェルディナンは無表情だが、視線がジョゼフィーヌの顔と膝を何度も行ったり来たりしている。驚いているのは確実だろう。
ジョゼフィーヌは顔に熱が集まってきているのを感じたが、ここで引き下がって気まずくなるのだけは避けたい。
「駄目ですか?」
ジョゼフィーヌが祈るように萌木色の瞳を見つめると、フェルディナンは珍しく顔を赤くして視線を反らした。
「で、では、少しだけ……」
フェルディナンは、ぎこちない動作でジョゼフィーヌの膝に頭をのせる。気を使っているのか、器用に膝から頭を浮かせていた。
ジョゼフィーヌが勇気を出して金色の髪を撫でると、フェルディナンは諦めたように力を抜く。
「これで契約書に書かれていたことは、すべて実行できたでしょうか?」
「違うんだ。あの項目は、ディディエが言い出して……」
フェルディナンはジョゼフィーヌの膝の上でワタワタしている。
「殿下はお嫌だったのですか?」
「そんなことはない。むしろ……いや、不意打ちだったから驚いただけだ」
フェルディナンは耳まで赤くしたまま、ムスッとして言った。ジョゼフィーヌはフェルディナンが可愛く見えて、サラサラの髪を何度も撫でる。
「では、今度から早めに予告いたしますわね」
「そういう意味ではない」
いつかの言葉が逆転して、2人で同時にクスリと笑う。二人は、クレマンが呼びに来るまで、のんびりとした時間を過ごした。
おまけ4 終
「ジョゼフィーヌ、契約書に書いてあることだし、お茶会でもするか?」
「ジョゼフィーヌ、どこかに出かけないか? 契約書通りにするのも悪くないだろう?」
フェルディナンから誘いを受けるのは嫌ではないし、もちろん喜んで頷く。ジョゼフィーヌが悩んでいるのは、誘ってくれるときに、必ずと言っていいほど、あの日の契約書を持ち出されることだ。
ジョゼフィーヌは、まさか、自分の事だと思っていなかったので、喜々として署名してしまった。『フェルディナンの愛する女性』が実際に何をするのかなんて、ちゃんと読んでいなかったのだ。悲しくなるので把握したくなかったのもある。
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンに愛する女性が膝枕をすることに必ず同意する
良識あることばかりが並んでいる契約だが、似たような文の中に隠すように書かれたこの項目が気になってしょうがない。いつ、フェルディナンが求めてくるのか分からないので、ジョゼフィーヌは常にドキドキさせられているのだ。
(そういえば、契約書に書かれたことを拒否した場合、わたくしはどうなるのかしら?)
ジョゼフィーヌは、やるべきことばかりに気を取られて、契約不履行が起きた場合について確認していなかった。
ジョゼフィーヌは部屋の中で一人になって契約書を開く。
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンとフェルディナンの愛する女性が結婚することに同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンの愛する女性が皇太子妃になることに同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンと愛する女性が一緒に暮らすことに同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンと愛する女性が2人で外出することに必ず同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンに愛する女性が膝枕をすることに必ず同意する
1、ジョゼフィーヌはフェルディナンと愛する女性が2人でお茶会をすることに必ず同意する
1、……
ページの最後にはジョゼフィーヌのものと並んで、フェルディナンの美しいサインが書かれている。ジョゼフィーヌは暫くその文字をうっとりと見つめた。
(とっても素敵……って、そうではなかったわ)
ジョゼフィーヌは少しページを遡って探してみるが、ジョゼフィーヌのやるべきこと以外は何も書かれていない。
(あれ? おかしいわね……守らなくても大丈夫ってこと?)
ジョゼフィーヌは契約に詳しくない。
これが国同士の契約なら、どちらかが破れば関係が悪化し、契約を守らない国として国際社会の中で孤立し危険視されるのだろう。
その状況をジョゼフィーヌとフェルディナンの間に置き換えると、どうなるのだろう?
(……)
たぶん、どんなにジョゼフィーヌが契約を破ったとしても、フェルディナンは笑顔で許してくれるだろう。フェルディナンが怒る姿など想像もできない。
だが、ジョゼフィーヌはフェルディナンにお願いされたことを拒否できるだろうか?
(無理かも……)
フェルディナンが悲しむことなんて、ジョゼフィーヌはしたくない。きっと、契約書に書かれていないことを頼まれても、喜んで実行してしまうだろう。
(……)
ジョゼフィーヌは契約書を読み込んでも意味がないことを悟って、そっと閉じる。
そもそも、フェルディナンの行動がいつも突然だから、ドキドキしてしまうのだ。この前も口づけする前に予告すると言ったそばから、不意打ちの口づけをされてしまった。
ジョゼフィーヌは思い出してしまって顔を赤くする。
なんとなく、フェルディナンは、ジョゼフィーヌが驚く姿も楽しんでいるような気がする。フェルディナンだって、腕に抱きついたら驚くのに、なんだか納得がいかない。
(……そうだわ。わたくしからお願いすれば、不意打ちにはならないわよね)
たまにはジョゼフィーヌがフェルディナンをドキドキさせてみたい。ジョゼフィーヌは、状況を想定し何度も練習してから、フェルディナンとのお茶会に臨んだ。
「殿下、お仕事お疲れさまでした」
「ああ」
この日のお茶会は、フェルディナンが会議を終えた夕方に行われた。王宮庭園の東屋で行うはずだったお茶会は、クレマンの協力で皇太子宮の一室に変えてある。人払いされていても、ジョゼフィーヌには外で膝枕なんて恥ずかしくてできない。
「お疲れのようですね」
ジョゼフィーヌは、さり気ない雰囲気を心がけて、フェルディナンに声をかけた。
「ああ、会議で少し揉めたんだ。もちろん、解決したから心配するな」
「す、少しお休みになってはいかがですか?」
ジョゼフィーヌはそう言って、自分の膝を軽く叩く。何度も練習した台詞なのに、うまく言葉が出てこなかった。ジョゼフィーヌは、挽回しなければと、にっこり笑って萌木色の瞳を見上げる。
「契約書に書いてありますもの。どうぞ、お使い下さいませ」
ジョゼフィーヌはドキドキと大きく脈打つ鼓動を無視して、フェルディナンを観察した。フェルディナンは無表情だが、視線がジョゼフィーヌの顔と膝を何度も行ったり来たりしている。驚いているのは確実だろう。
ジョゼフィーヌは顔に熱が集まってきているのを感じたが、ここで引き下がって気まずくなるのだけは避けたい。
「駄目ですか?」
ジョゼフィーヌが祈るように萌木色の瞳を見つめると、フェルディナンは珍しく顔を赤くして視線を反らした。
「で、では、少しだけ……」
フェルディナンは、ぎこちない動作でジョゼフィーヌの膝に頭をのせる。気を使っているのか、器用に膝から頭を浮かせていた。
ジョゼフィーヌが勇気を出して金色の髪を撫でると、フェルディナンは諦めたように力を抜く。
「これで契約書に書かれていたことは、すべて実行できたでしょうか?」
「違うんだ。あの項目は、ディディエが言い出して……」
フェルディナンはジョゼフィーヌの膝の上でワタワタしている。
「殿下はお嫌だったのですか?」
「そんなことはない。むしろ……いや、不意打ちだったから驚いただけだ」
フェルディナンは耳まで赤くしたまま、ムスッとして言った。ジョゼフィーヌはフェルディナンが可愛く見えて、サラサラの髪を何度も撫でる。
「では、今度から早めに予告いたしますわね」
「そういう意味ではない」
いつかの言葉が逆転して、2人で同時にクスリと笑う。二人は、クレマンが呼びに来るまで、のんびりとした時間を過ごした。
おまけ4 終
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