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1.速水君

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 私は薄井望うすいのぞみ。どこにでもいる普通の高校三年生の女子。

 校則に従ってオカッパの髪型にしているのと背が低いせいで、よく小学生に間違えられてしまう。

 けれどもそんなことは全然コンプレックスになんか思ってない。

 むしろこんな幼い見た目なので、わりと他人ひとから親切にされることが多い。

 だから日常生活の中では、私はこの見た目のおかげで色々と得している。

 「あと5分あるからまだあと1個行ける!」

 隣の席にいる少しふくよかな体型で、私と同じオカッパの髪型の女の子が、ジャムとマーガリンのコッペパンの袋を開けてから中身を一口頬張った。

 「おいしい……」

 そして紙パックに入った苺牛乳をストローで勢いよく吸い上げた。

 満面の笑みのこの女の子は海老原麻世えびはらまよ。高校入学の日に隣同士の席になって以来、ずっと仲良しにしている。

 「太るよ」と後ろの方からため息。

 眼鏡を掛け長い三つ編みを2本襟足からぶら下げている女の子が、机に頬杖をつきながら麻世の席の方をジッと見つめている。

 彼女は加古川美加子かこがわみかこ。同じく入学式の日に私のすぐ後ろの席になってから、ずっと仲良しにしている女の子だ。

 私は入学して以来、ずっと窓際の一番前の席に座っている。そして麻世は私の右隣の席で、美加子は私のすぐ後ろの席。

 そう、入学してから2年ちょっとぐらい、このクラスでは一度も席替えをしたことがないのだ。

 だから3人はずっと同じ近くの席なので、嫌でも仲良くなってしまったのだった。

 「おい速水!」

 隣のクラスの男子生徒が教室の入り口に立っていた。

 「おお? どうした?」

 背が高くて綺麗な顔立ちをした男子生徒が、教室の入り口に立っている男子生徒に答えた。

 「速水君……」

 私のすぐ後ろの席に座っている美加子がうっとりした顔をしている。

 速水純はやみじゅん。言うまでもなく、同じクラスの男子生徒。

 彼は見ての通り容姿端麗。手足が長いので、制服の紺色のブレザーとグレイのスラックスをとてもスタイリッシュに着こなしている。

 運動神経が抜群で、どんなスポーツにおいても、それなりにそつなくこなす。

 ちなみに彼はバスケ部のキャプテンにしてエース。

 その上頭が良く、勉強の成績はというと、常に学年上位の位置にいる。

 余談だけど、美加子もまた頭の良い女子生徒で、彼女も速水君と同じく常に学年上位の学力の持ち主である。

 「ああ、やっぱり速水君かっこいい……好き……」

 美加子は速水君を見るといっつもこうなってしまう。

 「ええ? あんなのどこがいいの? 色白のただのひょろ長だよ? アンタって男の趣味悪い」

 美加子が速水君を見てうっとりする顔を見せると、私は決まって彼女にいつもこう言っている。

 「うるさい、ほっといて……」
 
 美加子もまた毎回顔をうっとりさせながら同じ返しをしてくる。

 私もまた美加子と同じように、速水君が男子生徒と話している姿をしばらくぼんやりと眺めた。

 どうやら話が終わったようだ。速水君は自分の席に戻り始めた。

 その時ふと、私は速水君と視線がぶつかってしまった。

 突然、心臓を射抜かれたような衝撃。そして動揺。次の瞬間、私は反射的に速水君から目を逸らしてしまった。

 激しく波打つ心臓の鼓動。私の手足は無意識に震えていた。

 「望? どうしたの? 耳赤くなってるよ?」

 麻世が不思議そうに私の顔を覗き込んできた。

 「ああ、痛い。目にゴミが入っちゃったみたい……」

 私は両手で自分の顔を隠しながら、誤魔化すようにして二人から顔を背けた。

 そう、私は美加子のことを馬鹿にできない。なぜなら私も速水君のことが好きなのだ。

 いや、私の方が美加子より速水君のことが好きだ。この想いだけは絶対に誰にも負けたくない。

 でも、このことは誰にも知られたくない。

 なぜなら速水君へのこの想いは、私にとって大切な初めての恋なのだから……。
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