上 下
3 / 6

リジイア ボルドーの最期とシャルダンの後悔

しおりを挟む
❇︎✴︎❇︎✴︎ リジイア視点 ✴︎❇︎✴︎❇︎


「リジイア ボルドー公爵令嬢。今日を持って貴様との婚約を破棄し、我が隣にいるアマリリス コーラル男爵令嬢を新たな婚約者として迎え入れる」

学生最後の夜会で、一体、何が起きたのか理解する迄に一瞬、時間を要した…

婚約者である、シャルダン カベネル王太子殿下とアマリリス コーラル男爵令嬢が身を寄せ合い、想いが通じ合っている様を。 

しかも私との婚約を破棄して、コーラル男爵令嬢を正妃に迎えると…貴方達の行動で、後ろ盾がなくなることさえ分からない2人に私は頭が痛くなる。

「然様でございますか…シャルダン殿下。私達の婚姻は将来的に殿下の為だと私は心得てましたが、どうやら違ったようですね」

これだけ騒がしくしているんだ。も見せられない。
〝絶対に気取られてはいけない〟幼きころより叩き込まれた王太子妃教育で培ったものを、で無駄にしたくない。
私は眉一つ動かさず、淑女らしく振る舞う。

「私は、心休まる場が欲しいのだ。リジイアお前より、アマリリスと居る方が私の心が休まる。それに、貴様は私とアマリリスの仲に嫉妬し数々の嫌がらせ、仮にも王太子妃候補で公爵令嬢であるのに、恥ずかしいと思わぬのか‼︎」

〝心休まる?〟まぁ、確かに私達の間には、など一切、無かったし、これからも無いと分かっていなかったのかしら?
私は〝愛妾〟を迎えることすら反対してないと言ったのですが…
コーラル男爵令嬢が〝愛妾〟が嫌だったのかしら?
それに、私はコーラル男爵令嬢とは、他の令嬢達との諍い以外、接触してないんですけど、何かの間違いでしょう…

「お言葉を返す様ですが、私は一切、コーラル男爵令嬢に危害を加えた覚えはございません‼︎」

「この後に於いて、まだ言い訳するか‼︎見苦しいぞ‼︎リジイア‼︎」

いずれ国の王として収める立場に立つのに一方向しか見ないなんて…
そう考えていると、いきなり、シャルダン殿下の側近のソアーベと近衛騎士団団長子息のメルロウが私の体を押さえつける。
私はあまりの無体な対応に声を張ってしまう。

「放しなさい‼︎私の身体に気安く触れないで‼︎」

メルロウ ブラン伯爵子息の力が強く抑えつけた為、あまりの痛さに身を捩ると、彼は逃さまいと私の背中に手を入れドレスを掴む。
きぬが引き裂け咄嗟なのか、更に彼はコルセットに手を掛け私の胸が露わになった…

「キャァァァ‼︎」

私は羞恥と恐怖で蹲り震えた…

「ぼ ボルドー公爵令嬢、済まない」

自分のマントを脱ぎ私の体を覆うが私は恐怖のあまりに意識を手放した。

ーーーーーーーー

「いゃぁぁあ‼︎来ないで‼︎来ないで…」

目を瞑れば、あの日の記憶が甦り、眠れず恐怖に震え叫ばずにいられない…

〝リジイア様…お可哀想に…〟

一人、部屋に閉じ籠ることさえ怖く、いつも見慣れた家族や使用人達さえも怖い。
彼等は私が屋敷内を歩き回る姿を身を潜め、見守る。

2回目の夜が来て、ふらふらと屋敷を歩き回ると祖父が愛用していた書庫に目を向け、足を運ぶと、古い書物が目に入る。

その書物は古語で書かれており、表装も重厚なものだった…私は迷い無く目を通す。
それは禁忌の魔法書だった。

昔は、この国も魔法で栄えた時代もあったが、今は、魔力、魔法が有るものは国が管理しており、平民は、おろか貴族さえ、使える者は稀。

そして、これは、王族、両親さえ、誰も知らない事。

私は魔法が使えた。

王太子妃としての教育、それ以上の事が出来たのだ。

〝輪廻の鎖?〟身が果て新しい人生を歩んでも、術者が望む人生を繰り返し歩み逃れる事ができない呪術…

綺麗事で恨んで無いと言いたいけど、私はアマリリス コーラル男爵令嬢を始めシャルダン殿下、その取り巻き達を決して許してない。

私は、その呪術の発動の仕方を一眼で頭に叩き込む。

本来、呪術を発動させるセオリーに則れば、紙や床に陣を描き、生贄になる物を中央に備え呪文を唱え発動したら願いを載せる。

しかし私は紙や床に書かず、術式を計算して呪術陣を痛みに耐えながら刺繍用の針で自分の身体に傷を付け刻んだ。

〝生贄は私自身〟

呪術陣が完成し、私は扉越しに声を掛ける。

「ねぇ。誰かいる?」

「はい。お嬢様、如何なされましたか?」

「湯浴みをしたいの準備できる?」

「畏まりました。直ちに準備致します」

ーーーーーーーー

「お嬢様、準備ができました。ご案内はいかが致しましょうか?」

「一人で行くわ。だからお願いよ」

「畏まりました。お着替えも置いておきます」

「ありがとう」

私は浴室に誰一人入れず、静かに浴槽に浸かる。

チリチリと身体に刻んだ呪術陣の傷が滲みる。

「っ!」

手を組み古語で呪文を唱えた。

浴槽の中の湯は渦巻き、身体に刻んだ呪術陣から光が溢れる。

術式は間違ってなかったんだと確信した私は、シャルダンを始めとする取り巻きとコーラル男爵令嬢の輪廻の鎖を縛る事を願い、特に彼女には、現在同様、容姿で異性を誑かし、その行為を断罪され、無残な最期を送る事を願った。

身が焼き切れる痛みに歯を食いしばり私の身体は弾け飛んだ。

10年間、未来の王太子妃として己の全てを捨て捧げたんだから、最期ぐらい迷惑をかけても良いわよね?

後、何回、輪廻するか分からないけど、彼女がに気付いたら、呪術が解ける様に付け加えた。
「最期まで、やっぱり非情になれないわね。だから〝甘い〟って言われるのね」

自分の性格に私は呆れ苦笑いした。

         ◇
         ◇
         ◇


〝ドンッ〟

聞き慣れない破裂音が広い公爵家の湯殿から聞こえ「リジイアー!」「リジイア様‼︎」使用人達と公爵家一家が中に入ると、白で統一されている湯殿が壁や床、天井まで赤く染まり、所々に肉片がいくつか飛び散っていた。
彼女が肌身離さず持っていたネックレスだけが赤い湯船に沈んでいた。

姿は無いが彼女が命を絶った事を悟る。

その後、リジイア浴室での自死に携わった使用人達全員に厳しい緘口令が出された。

決してを、誰も話してはならないと。

         ◇
         ◇
         ◇

リジイアが世を去り、元平民の下位貴族アマリリスとシャルダン王太子のシンデレラストーリーの様な結婚が執り行われた1年後、この国は崩壊する。

ーーーーーーーー

結婚して3ヶ月が経ち、今までリジイアが代わりにしていた仕事が本来するべきシャルダンに戻ってきた訳だ。

〝シャルダン殿下、この問題はいかが致しましょうか?〟
〝シャルダン殿下、この地区の整備はいつにしますか?〟

〝シャルダン殿下〟〝シャルダン殿下〟〝シャルダン殿下〟〝シャルダン殿下〟〝シャルダン殿下〟〝シャルダン殿下〟〝シャルダン殿下〟
        
「うるさーい‼︎‼︎私が居なくとも、今までやっていたでは無いか‼︎」

「恐れながら、シャルダン殿下に申し上げます…」

アマリリスに熱を上げ政務を放ったらかしにしていたシャルダンに代わり、リジイアは王太子妃教育の傍ら全ての政務までこなしており、政務に合わせ直ぐ対策できるものは半年先まで。天候対策は2年先まで。国同士の交流は3年先までと見据え政務をしていた事で、滞り無く国が回っていた事をこの時シャルダンは知る事になる。

「リジイア…」

〝ガチャ〟
ノックも無しに扉が開き、執務室にアマリリスが入って来た。

「シャールっ♪○×国の王妃が身につけていたネックレス、素敵だったわ☆私も欲しいぃ。」

「アマリリス…君、今は確か、王妃主催のお茶会じゃなかったか?」

「んもぅ‼︎あんな、お茶会つ.ま.ん.な.いっ!だから帰って来たの」

「「帰って来た?」」

「何よぉ。私は王太子妃よ!いけなかった?」

「いけないも何も…殿下…」

「あ…あぁ…いいかい?アマリリス。君にとって〝つまんない〟お茶会だったとしても、君はであり、この国の〝顔〟になるんだ。各国の妃と関係を強くする為に必要なんだよ」

「シャルまで私に無理を強いるの?あんまりよっ!」

ウルウルと見つめアマリリスはシャルダンに詰め寄るのを見て

〝リジイア様が居れば、こんな事にならなかったのに〟

〝リジイア様なら、もっと早く対応してくださるのに〟
〝リジイア様なら…〟

今は亡きリジイアの賞賛が聞こえる。

「ひっどぉい!私だって努力してるのよ!何よ何よ〝リジイア様リジイア様〟って死んでしまった人の名を呼んでも仕方ないじゃ無い‼︎」

フンっとそっぽを向き「もういい部屋に帰る」と言ってアマリリスは出て行く。

〝シャルダン殿下。私達の婚姻は将来的に殿下の為だと私は心得てましたが、どうやら違ったようですね〟

リジイアに婚約破棄をした夜会で彼女の言葉が頭に過る…

彼女リジイアじゃないといけなかったんだ」

〝後悔先に立たず〟遠い遠い東の世界の言葉。

アマリリスは改心する事なく自身のワガママを押し通し、それが原因で、各国と亀裂が入ってしまう。
さらに天災で飢饉が見回り〝革命〟と銘打って国民が暴動を起こし、長年安寧だった我が国は幕を閉じた。
ジャルダンは〝悪妻を娶り国を潰した愚王〟として歴史に残るのだった。




しおりを挟む

処理中です...