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繋がる世界

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ジャネットが消えた場所。何も無かった森の中には大きな木が待ち構えていた。小さい頃よく見た精霊樹は絵本の中とは比べ物にならぬほど美しかった。金色に輝く木の葉はまるでジャネットの髪のよう…
「ルイ、何ぼーっとしてんの」
いつの間にか俺の後ろにいたノアに背中をつままれる。横にはアルフォンスも立っていた。
「良かった。君も戻ってこれたんだね。どうやら3人揃わないとここから出られないらしいから来てくれてよかったよ。でも少し遅かったんじゃない?」
彼は俺を嘲笑うように言った。
なんでこんな人がお嬢の婚約者になれるんだ。いや、お嬢は断ったんだった…こんな男、断って正解だ。
「何ブツブツ言ってるんですか?聞こえてますよ」
どうやら口に出ていたらしい声はしっかり本人の耳に入ってしまっていた。でも本心である。仕方ない。
「2人とも喧嘩するなよ。早く助けに行かないとなのにこんなところで油を売っててどうすんの?」
そうだ、こんなところで時間を使っている場合ではない。早く行かなければ。
「じゃあ皆さん、精霊樹に触れてください。そしてジャネットのことを強く考えて…」
お嬢は自分を救ってくれた。だから今度は俺が救う番だ。
彼女が消えた時と同じ強さの光が一瞬にして辺りを包む。反射的に目を閉じるとそこにはもう精霊樹はなく、現実の元の場所に戻っていた。
「戻ってこれたのか」
「いや、違うよ、ここは僕たちのいた世界じゃない…」
すぐに口を挟んだのはノアだった。
そのまま ぽつぽつと歩き出す。
「光が見える」
俺にはなんにも見えない。隣を見るとアルフォンスもぽかんとしている様子であった。見えているのは彼だけということだ。
仕方なく俺たちは黙々と進み続けるノアを追いかけることにした。

しばらく歩いたあと急にのあは立ち止まった。
「ここから先は行けない。でも姉さんはこの先にいる。」
姉弟の感というやつなのか彼の目は確信していた。
「困りましたね…行く方法がないと僕たち何も出来ないですよね…」
数秒の沈黙が訪れる。せっかく幻想の世界から抜け出せたというのに今度はまた別世界にとらわれなくてはならないのか。
そう頭によぎった時、空から大きな毛玉が降ってきた。
「「「ポチ!?」」」
木々のあいだをギリギリ入れるくらいの大きさのポチは地面に華麗に着地したあとことんとお尻と腰を下ろす。
首をクイッと動かし乗れと合図しているようだ。
全員わかったようで同時にポチの上に乗る。
徐々に上昇していくとスピードを上げ、ポチは開けたところまで飛び出していく。
随分高い所へきたが誰一人怖がるよ者はいなかった。


「ちょっと待った!!」
上から白い獣に乗った3人が空から降りてくる。
結婚式の最中、急に聞こえた声はどこか懐かしさと愛しさを感じた。だがその感覚は一瞬で消えた。
「いやああああ!!頭が…!」
急に頭痛がして、何も考えられなくなる。
「姉さん!?」
誰か分からないが嫌な感じがする。
「こっちに来ないで!!」
私は寄ってきた男の子を突き飛ばし、エディスの体に身を寄せる。
「あの人たち、いやだ…」
彼らに近づくと酷い頭痛がする。
思い出さなきゃならない、私はあの人たちのことを知っている。
「あなた達は一体誰なの!!!」
私は思いっきり叫んだ。この痛みの正体は、なんなのか。彼らのことを思い出したらわかる気がした。
彼らが口を開こうとしたその時、エディスが耳元で囁く。
「ジャネット、落ち着いてくれ。一応、彼らにはここにいてもらう。精霊っぽくないからな。思い出せるならその間に思い出せるだろう。それでいいか?」
私を落ち着かせるように言ったその声は少し震え、なにかに脅えているようであった。
私はエディスの言葉に頷き、息を整える。
傭兵に捕らえられた彼らは何かを叫んでいたが遠すぎて聞き取ることは出来なかった。
思い出さなければ行けないのだろうか。あんな頭痛に見舞われるくらいなら思い出さなくてもいいんじゃないか。そうも思ったとき、足元にふわふわした感触を感じた。黒い犬。精霊だろう。だがほかの精霊よりも安心する。
エディスはパーティーの混乱を抑えるためどこかへ行ってしまったため、私はこの精霊と共に待つことにした。
待っているあいだずっとこの子は私に体当りをしてくる。何をしているんだろうと疑問にこの子に問いかけてみる。
「僕は…君のために…みんなのために…取り戻さなきゃ行けないんだ…もう一度一緒にいたいんだ」
潤んだ声で必死さを感じる声は自分の胸を痛みつけた。
すると、ずっと体当していた精霊がそのまま自分の中に入り姿を消した。
何が起こったか分からなかった私は呆然としてしまう。
ストレートになった髪。私はこの精霊を知っている。
「ポチ…?」
ああ、なんて大事なことを忘れていたんだろう。ここは私の居場所じゃない。帰らなきゃ。
私はそう決意し体の向きをエディスに変えた。
「ごめんなさい、エディス。私は現実に帰らなきゃ行けないの。私を待ってる人たちがいるから。」
彼の顔色はどんどん悪くなりすぐにでも倒れそうだった。「すぐに殺しておけば…」そんな声が聞こえた時には私の手はエディスの頬を叩いていた。
「私は思い出したの。私が何者なのか。もうあなたの魔法にはかからない。」
1呼吸する。
「でも、あなたとの時間はとても楽しかった。ありがとう、エディス」
彼の顔色は少し良くなっている
「そうか…もう決心しているんだね…ここで引き止めてもしょうがないか…ジャネット今までありがとう。僕を楽しませてくれて、僕に笑顔をくれて」
彼らを解放してあげてくれと傭兵に命令したエディスはどこか晴れやかな顔をしていた。
なぜだ、さっきの顔はどこへ行ったんだ。
そんな疑問を抱えたことなど露知らず、エディスは口を開いた。
「そういえばその精霊、色々やってくれたみたいだね。どう処分しようか。」
ポチを見る目は恐ろしく冷たかった。
「だめっ、ポチは…」
「嘘だよ、この子はご主人様への服従心が強いね。服従心だけなのかは分からないけど。そばに置いておいた方が君のためだよね。ルミナス、彼女を僕から守ってくれてありがとう。」
さっきまで冷たかった瞳は温かみを帯びている。
「そうだ、僕のせいなんだし返してあげないと」
思い出したようにそういうと彼はぶつぶつと何かを唱え始めた。
「人間の方がジャネットを守るのに都合がいいでしょ?」
ポチを見てみると美しい人間の姿になっていた。
「ありがとうございます、精霊王様…」
こぼれ落ちた涙は光となってどこかへ消えてゆく。
「じゃあそろそろ帰ろっか。君の騎士様たちも戻ってきたことだし。」
そこには3人がいた。
「ごめんなさい、みんな…勝手に走って言ったりして」
怒られると思った。
だが次の瞬間、彼らは走り出し私の方に近くに来て泣きそうな顔で私を見た。
「お嬢が悪いわけじゃないですよ…僕らも守ることが出来なくてすいません…」
守ってくれようとしてくれた人がいることに私は無性に嬉しくなった。
帰る準備は出来た?と遠くの方でエディスの声がする。どうやら広場にある噴水が出口らしい。
「じゃあみんな僕の周りに来て。」
まぶしい光。目を開けるとそこはもう現実世界だった。
来た時はなかった精霊樹が凛と佇んでいる。
周りを見ると5人とも私を見ているようだった。
あれ、5人?
なんで精霊王のエディスがこっちにいるのだろう。
怪訝な顔でエディスを見ると悟ったように話し出した。
「ん?あぁ、精霊界のことは心配いらないよ。分身を置いてきたから。これから一緒に暮らそうね、ジャネット。」
あの時の晴れやかな表情、そういうことだったのか。
これから波乱な日常になりそうだ。
ゲームスタートまであと5ヶ月。攻略対象との関係も良好だし、このままいけばクリアも容易いだろう。
いや、これはフラグか。もしかしたら何か起こるかもしれないから気は引き締めておいて損は無い。
私は少しばかり高ぶっていた気持ちを落ち着かせ、冷静になる。
そんな私を見ていたのかみんなは微笑み出した。
「やっぱり私はあなたのそのコロコロ変わる表情が好きです。」
アルフォンスの言った言葉にみんな頷く。
こんな直球に好きだと言われてしまうと少し照れてしまう。
赤くなっているだろう頬を隠し、私は小さく「ありがとう」と呟いた。
みんなとなら乗り越えられる。がんばってクリアをめざしてやる!

翌日、私はエディスと庭でお茶をしていた。
「良かったわ。精霊界と人間界の時間軸がズレてて。ノアの誕生日祝えないかと思ったじゃない。」
私が精霊界で何日間もすごしたあいだ、人間界では1時間もすぎていなかった。
そのため、誰にも心配されなかったわけだ。
いや、そもそも帰らなくても心配する人がいなかった…そんなことは置いといて、本来の目的であるノアの誕生日に間に合うよう、精霊の力が欲しかった。エディスとルミナスがいれば簡単だろう。
「エディス、ちょっと手伝ってもらうけどいい?あなたの力で会場の空間を広げたいんだけど。」
「僕は別に構わないけど、いちいち指示するのも大変じゃない?僕のできる力分けることもできるけど、どうする?分ける?」
そんなのイエスに決まってる。
だって、空間魔法、時空魔法その他もろもろ使えなかった力が全部手に入るということなのだろう。そんなのもう最強以外言うことがないじゃないか。
私は大きく首を振った。
少し微笑んだあと、彼は顔を近づけ唇を重ねる。
「ごめんね、渡すにはこの方法しかないから。」
彼はごめんなど全く思っていないような満面の笑みで言った。
体全体があつくなって魔力が入ってくるのがわかる。
「姉さん!?」「お嬢!!」
駆け寄る音が聞こえる。もう一度エディスは唇を寄せた。
どれくらい時間が経っただろうか。意識を保つ限界だった私はくたりとエディスに体をあずけ、意識を手放した。
「僕の力を渡すんだもん。これくらいしてくれないと。」

目が覚めると自室のベッドだった。
横にはエディスがいる。
「ごめんね、これが一番かなって思ったんだ。」
彼いわく、体液を混ぜ合わせると渡すことができるらしい。血液などでもできるらしいが私が痛いのを嫌っているためキスという方法で行ったようだ。
それなら仕方ない。そう思い私は体を起こした。
「それじゃあ、湖に行きましょうか。」
ジャネットは知る由もなかった。
血液なら1滴ずつ混ぜるだけで行えること。精霊王なら血を出す時の痛みを消すことなど造作でもないことを。
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