―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC

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チャプター19:「〝Epic〟 Start」

19-3:「急襲」

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 町の各所で各ユニットが作戦行動を継続する、その一方。
 警備隊本部の古城より近い位置にある、住宅街の一点。路地より視線を出し、周囲を見回す一人の人影があった。
 それは淡い金髪と整った顔が特徴の一人の少女。勇者、ファニールであった。
 彼女は昨晩より、警備隊各詰め所等へ侵入を繰り返し、情報を収集。その末にようやく、相棒であるクラライナが、警備隊本部古城に監禁拘束されている事を特定。今しがたこの場まで到着し、これより警備隊本部への潜入を試みんとする所であった。

「どうなってるの……?」

 しかし、そんなファニールからはその顔を困惑に染め、そして声を零していた。
 その原因は、朝から急変した町の状況にあった。
 夜が明け、町が朝を迎えたと思った矢先――異質な轟音を立てて、正体不明の飛行物体が、町の上空へ姿を現した。そしてそれを皮切りに聞こえ始めた、何かが破裂するような音の数々。それは時間の経過に連れて激しさを増し、今も町並みの向こうより聞こえて来ている。
 対して警備隊本部よりは、次々に警備隊の箒が飛び立ち、町並みの向こうに向かって行く。
途中、箒のいくつかが落ちてゆく様子も見えた。

「何が、警備隊と戦ってるの……?」

 不明な部分が大多数を占めたが、何らかの者達が町へと侵入し、警備隊と戦っている。その事は、ファニールにも察せた。

「……やめよう。今はこっちに集中」

 しかし結局、現在の判断材料からでは、考える多くは憶測の域を出なかった。
 侵入者の正体等、色々が気になる所ではあるが、今はそれよりも相棒であるクラライナの救出を優先すべきだ。そう自分に言い聞かせるようにして、ファニールは意識を切り替える。
 そして狭い路地を駆け出した。
 ファニールは速い速度で路地を掛け、程なくして路地は終わり、開けた場所へ出る。出た先に広がったのは、それなりの幅の道と、そして左右に伸びる、壁と堀。そこはまさに、警備隊の本部である古城の目の前で会った。
 一度路地から周囲を見渡すファニール。幸運にも、周辺に見張り等の警備兵の姿は見えなかった。正体不明の侵入者への対応に、多くの人手を取られているのかもしれない。
 ファニールはそこから今度は、先に見える堀の内側側面に視線を向け、走らせる。

「……しめた」

 呟くファニール。彼女はその堀側面の一点に、人一人が屈んでやっと通れそうな程の、小さな横穴を見つけた。おそらく城内からの排水を行うための、横水路であろう。

「――よし」

 そしてファニールは、再び周囲へ視線を走らせ確認。そして、路地より飛び出した。
 堀に沿って走る道を横断し、堀の縁まで走るファニール。そして縁までたどり着いた瞬間、彼女は迷いなくそこにあった手すりを乗り越え、その向こうへと跳んだ。
 彼女はそれなりに幅のある堀を悠々と跳躍。そしてその先にある、先程確認した排水水路の開口部へ、見事な精密さで身を飛び込ませ、着地した。

「ふぅ……うまく入れた」

 侵入行動の第一段階の成功に、息と声を零すファニール。
 そして彼女は気を引き締め直し、暗く不気味で、排水の流れる音が微かに響く排水路を、奥に向けて進み始めた。



 場所は一度、作戦地域である凪美の町を離れ、隊の作戦拠点である草風の村へ――
 村内を通る道を、小千谷はパイロットヘルメットを片腕に抱えながら、速足で歩み進んでいた。
 町の警備隊の魔法現象オペレーターからの攻撃を受け、ダメージにより作戦への参加継続が危険と判断されたCH-47J。作戦を離れて帰投を命じられた機は、不幸中の幸いか帰投途中に再度の状況悪化等に見舞われる事はなく、どうにか草風の村への帰投を果たしていた。
 小千谷は、臨時ヘリポートに降ろした傷を負ったCH-47Jを、他の航空隊隊員の各位に任せ、今は調整を行うために指揮所へと向かっている所であった。
 村内は喧騒に溢れていた。
 小千谷の進む道上には、73式大型トラック始め各車輛が縦隊を成して停まっている。そしてそれ等に火器弾薬類を搭載積載する隊員の姿や、周辺を慌ただしく駆けまわる隊員の姿が見える。
 車列から少し離れた位置には、凪美の町より先んじて帰投した、87式砲側弾薬車の停まる姿が見える。砲側弾薬車は町より、不当に拘束されていた人達を運んで来た。不安と懐疑心に駆られながら移送されて来たその人達は、今は衰弱具合によっての搬送治療の区別を受けている。そして同時に、助力をかって出た村のセノイ村長に、安心を促すための言葉を掛けられ、必要な説明、質疑応答を受けていた。中には村人の知り合いもいたのだろう、再会を喜ぶ姿も見えた。
 そんな中を抜けて歩きながら、小千谷は村の一角にある空き倉庫――今は村より借り受け、指揮所として用いられているそこに辿り着いた。
 小千谷は開け放たれていた扉を潜り、内部へと踏み入る。
 内部の開けた空間内には、いくつかの長机やパイプ椅子、ホワイトボードなどが並んでいる。並ぶ机の上には、地図、無線機、ノートパソコン等と言った機材用具他が、雑多に置かれている。そしてノートパソコンを注視する算域二士や、無線に耳を傾けつつ、急かしく記録のためにタブレットのキーパッドを打つ帆櫛三曹等、指揮所要員の隊員の姿が見える。

「井神さん」

 小千谷は、そんな彼等の一つ向こうに、井神の姿を見つけて彼を呼ぶ声を上げた。ホワイトボードの前に立ち、それに目を向けていた井神。ホワイトボードには作戦地域である凪美の町の地図が張られ、その所々にはマグネットが置かれている。マグネットは、町内で展開行動する各隊の、大まかな現在位置を示す物であった。
 掛けられた声に、井神はそれから視線を外して振り向き、そして小千谷の姿に気付く。

「あぁ、小千谷二尉。ご無事でなによりです」

 そして井神は、無事帰投した小千谷に対して、それを歓迎し労う言葉を掛けた。

「あぁ……だが申し訳ない。CHを損傷させ、航空支援の継続が不可能となってしまった……」

 対する小千谷は、CH-47Jが損傷を負い、作戦中の航空支援が無くなってしまった事に責任を感じているのだろう、険しく渋い表情で返す。

「ヘリコプターの損傷は、大きいですか?」
「いや。見た所、取り返しのつかないような物じゃなかった。今は吾妻(あがつま)空曹長始め整備員達が見てくれている。……けど、少なくとも今作戦中の再出撃は無理だと見る」

 ヘリコプターの状態状況を尋ねる井神の言葉に、小千谷は引き続きの険しい表情で回答の言葉を発する。

「そうですか――仕方がありません」
「すまない……」
「いえ。無事に帰投し、そして機体を持ち帰ってくれた事に、感謝します」

 再び謝罪の言葉を述べた小千谷に、しかし井神は説くような声色で、感謝の言葉を返した。

《――ハシント!車列が伸び切ってる、速度を落せ!》
《――ダメだ!上から狙われてる、目を付けられてる!これ以上速度は落とせないッ!》

 二人の会話の一方、長机に置かれた大型無線機からは、怒号に近い声が上がり聞こえている。現場で上がり交わされる無線のやり取りが、指揮所にも引っ切り無しに届いていた。

《――ケンタウロス3、分隊長負傷ッ!アルマジロ1-1指示をッ!》
《――誰か代行しろ!先任者、指揮を代行しろ!》
《――デリック・アンチエア、タイヤをやられた!速度が出ない、速度低下!》
《――ジャンカー6より1-1――!》

 今現在聞こえているのは、車輛隊本隊の各車各隊からの物だ。上がるはいずれも怒号。そして音声の背後には、漏れなく何らかの火器の激しい発砲音が聞こえた。

「――井神一曹、車輛隊は特に激しい攻撃に晒されているようです!」

 そこで記録のためにパッドを打ちつつ、無線音声に耳を傾けていた帆櫛が、顔を起こして井神に向けて発した。

「負傷者も多数発生しているようです。一度後退させるべきでは!?」

 そして車輛隊の被害状況を鑑み、後退させる案を進言、訴える彼女。

「呼び掛けてみる。だが、難しいかもしれん」

 井神は帆櫛の進言を、懸念を浮かべつつも受け入れる。そして無線機のマイクを取り、発し始める。

「ペンデュラムよりアルマジロ1-1、長沼さん聞こえますか?被害が大きいようであれば、一度後退を」
《――こちらアルマジロ1-1!ダメです!道は狭く、現状での回答反転は困難!近場に迂回路も無い、車輌隊はこのまま突っ切ります!それ以外無い!》

 井神の後退の呼びかけに対して、しかし車輛隊の長沼からは、ほとんど怒号での返答が返って来た。

「了解。増援として、第2車輛隊の投入を計画している。現在、出動に向けての編成を急がせている。合流まで、持ちこたえてください」
《――了解!アルマジロ1-1、終ワリ!》

 井神の説明の言葉に、長沼からは彼には珍しい荒っぽい声での返事が返され、そして通信は終えられた。

「やはり後退は難しいか」

 現場より伝えられた状況に、井神は呟き零す。

「――帆櫛、第2車輛隊の編成状況の確認を取って来てくれるか」
「は!」

 そして井神は、傍らにいる帆櫛に伝え頼む。それを受けた帆櫛は返答を返すと共に、身を跳ねるようにして駆け出し、指揮所を出て行った。

「井神一曹。第1分隊が、目標の橋に間もなく到達します」

 そこへ今度は、ノートパソコンを操る算域二士から声が掛けられた。

「あぁ」

 井神は答えながら、算域の隣に移動し、ノートパソコンのモニターに視線を落とす。小千谷もその後ろに位置取り、モニターを覗き込む。
 無人観測機より送信される、上空から見た凪美の町の全形がモニターに映し出されている。
 その一点。町を東西に走る水路沿いに、東へ動くマーカーがあった。映像は、そのマーカーの示す地点へとズームアップする――



 峨奈率いる第1分隊の10名は、引き続き水路沿いを進んでいた。
 水路を挟んで両側に人員を二分させ、警戒の視線を周囲に向けつつも、可能な限りの速さで駆け進んでいる。
 その分隊の真上。水路沿いに並ぶ家並みに、細長く区切られた上空を、風を切るような音を立てて、警備隊の箒が二機飛び抜けて行った。

「ッ、あれも車輛隊への攻撃か」

 通過して行った箒の目的を予測し、顔を顰めて呟く峨奈。
 車輛隊本隊が特に苛烈な攻撃に遭っている事は、無線上に上がる通信から、峨奈等も掌握していた。そこへさらに加わるであろう敵の姿を目撃し、峨奈はその内に車輛隊を案ずる心情を浮かべる。

「峨奈三曹、あの橋です!」

 しかしそこへ、峨奈の背後より続いていた波原から声が上がり駆けられる。
 見ればその言葉通り、進行方向には町並みが途切れて開けた一帯が見え、その中心部には橋の架かる光景が見えた。あの橋こそ、車輛隊が渡橋するために目指している目的地だ。
 これまでの警備隊側の動向、配置を見るに、高確率でまた待ち伏せがあると思われる。人の心配をしている場合ではない。峨奈は意識を切り替える。
 分隊はそこからすぐに、橋のある一帯の間近まで差し掛かる。

「接敵ッ!」

 瞬間、縦隊の戦闘を行く策頼から声が上がる。
 そして峨奈等は、水路の上流側に立つ家屋に、配置した多数の警備兵の姿を見た。

「散会ッ!」

 報告を聞き、そして目視で確認すると同時に、峨奈は散会を命じる声を発し上げた。
 分隊の10名は、正しくは東西に走る水路を挟んで、南側に峨奈を含む7名。北側に残る3名の内訳で別れている。それぞれは峨奈の指示を聞き留めると同時に散会、橋の下流側、橋のすぐ傍にある建物各所に身を隠す。
 峨奈等の側にあった建物は、角を大きく欠いて開き、そこに連ねた台に野菜果実を詰めた箱を並べた、商店施設の建物であった。縦隊先頭を行っていた策頼、町湖場の二名は、その商店内に突っ込むように踏み入り、置かれた商品台や柱に身を隠す。
 建物近辺に、複数の矢が飛び来たのは、それとほぼ同時であった。

「ッ」

 峨奈自身も、商店建物の壁に背を荒く預け、身を隠す。

「応戦しろッ!」

 そして分隊各員に向けて発し上げる。それとほとんど同時に、展開した分隊各員は各火器による攻撃行動を開始した。一帯周辺に発砲音が響き出し、銃弾と矢、鉱石の針や杭が飛び交い始める。

「――上流北手、南手の家屋上階にそれぞれ配置――地上にはおよそ一個分隊程か――」

 その敵味方の攻撃が飛び交う一帯へ、峨奈は視線を走らせ、敵警備隊の配置展開状況を観察する。

「これまでよりは少ないようだが――」

 推察の言葉を発する途中で、峨奈は上流側家屋の屋根に、クロスボウを構える警備兵の姿を見る。瞬間、峨奈は反射で小銃を構え突き出し、二発発砲。
 警備兵は打ち倒れ、屋根の向こうへと姿を消す。その姿を見ると同時に、身を再び隠す峨奈。そこへ、別方より鉱石針の雨が飛来し襲った。

「ッ!」

 身を掠め、建物を壁を叩き、突き刺さる鉱石針の群れ。襲い来たそれに、峨奈は顔を顰める。

「――北手上階が火点か」

 そして再び視線を出して覗き、火点らしき家屋上階の窓を見る。

(沈黙させ、踏み込み抑えなければ)

 上流側を見つつ、内心で思案する峨奈。
 これまでは分隊は、遭遇した敵警備隊をいくらか弱体化させ、隙を突き突破、行き過ぎれば良かった。しかしこの場へは、これから車輛隊が到着し、橋を渡る。おそらく橋の強度を見ながらの慎重な渡橋となるため、一時的にでも一帯を制圧し、少しでも危険を減らす必要がある。
 その上で、この場に先んじて到着した以上、自分達がそれを成して置く事が最善であった。
 すでに航空支援は無く、不安要素は多いが、選択肢は一つだ。

「各員、聞け。車輛隊到着に備えて、一帯を確保する。策頼、超保。香故、四耶。前進突入に準備――」

 まず峨奈は、分隊より四名を指名。上流側へ押し上げ突入し、各家屋を突入制圧する指示を与える。

「町湖場、上流北手上階が火点だ。継続射撃でプレッシャーを与えろッ」

 続き、分隊支援火器射手の町湖場に、警備隊側の火点への制圧射撃を指示。商店内にカバーしていた町湖場は、「了」と了解の声を返すと同時に、MINIMI軽機を商品台に据えて構え、上流側の火点家屋に向けての制圧射撃を開始した。

「波原、新好地、手榴弾ッ!」

 制圧射撃の射撃音が唸り出すのを聞くと同時に、峨奈は背後で控えカバーしている波原と新好地に、手榴弾の投擲準備を命じる。指示を受け、波原と新好地は、それぞれのサスペンダーから下がる手榴弾を掴み、身構える。

「投擲先は上流両側の家屋手前――やれッ」

 峨奈は投擲先を指示。そして今一度、一帯に視線を走らせ、そして実行を命じた。
 指示に呼応してまず波原が、サスペンダーに繋がる手榴弾を引いてピンを抜きながら、峨奈の横を抜けて影より踏み出る。そして続く動作で振りかぶり、手榴弾を投擲。
 放物線を描いて上流側の家屋のすぐ傍に投げ込まれた手榴弾は、直後に炸裂。爆風と破片が、周囲にいた警備兵達を死傷させ、怯ませた。

「次ッ!」

 それを見ながら、峨奈は即座に二投目を促す。
 引き下がる波原と入れ替わりに、新好地が前に踏み出て、その手にしていた手榴弾を投擲。手榴弾は先とは別の建物の近くに落ち、二度目の炸裂を巻き起こした。

「行けッ!突入、突入ッ!」

 二度目の炸裂を見ると同時に、峨奈はハンドサインと、そして前進突入の声を張り上げる。
 それに呼応し、先に指名された四名が、それぞれの建物遮蔽物より飛び出し駆け出した――



 水路を挟んで南側。商店の柱に身を隠していた策頼は、合図が上がると同時に飛び出した。
 同時に、同様に突入の指名を受けていた超保が飛び出し、続く。
 策頼は両腕に装着した個人防護盾を構えて駆け、上流側と下流側を隔てる町路を横断する。手榴弾攻撃と制圧射撃の効果か、敵警備隊からの攻撃は希薄だ。
 ほんの数秒で策頼と超保は路上を横断し切り、上流南手の建物へと踏み込む。その建物もまた、全面が大きく開けて、商品台の並んだ商店施設のようだ。
 そして商店前に踏み込んだ瞬間、策頼はその並ぶ商品台の上に足を掛け、そして踏み切りその向こうへと跳んだ。
 飛び越えた先。商店の売り場の内側には、先の手榴弾炸裂を受けて身を隠したのだろう、四名程の警備兵の身を屈めた姿がある。内の一名は策頼の目と鼻の先に位置し、その警備兵は目を剥きつつも、下げた剣の柄を握る。

「――ィィアアッ!!」

 しかしその剣が抜かれるよりも早く、策頼の口から奇声が如き声が上がる。
 そして同時に個人防護盾を装着したその片腕が突き出され、盾の先端がその警備兵の顔面を思い切り打った。

「ヅゥッ!?」

 命中した盾の先端は、警備兵の鼻面に直撃。警備兵は鼻を折り、鈍い悲鳴と共に仰け反り吹っ飛んだ。
 乗り込み間髪入れずに一撃を放った策頼。その姿に、別の警備兵達も目を剥く。直後には彼等の頭も、乗り込んで来た脅威に対応すべき切り替わり、剣を抜き、あるいはクロスボウを構えようとする。
 しかしそれよりも速く、策頼は続く二人目の目標を定め、そしてその懐に踏み込んでいた。
 策頼が踏み込んだのは、商店売り場の少し奥側に居た、クロスボウ装備の警備兵。その警備兵のクロスボウが上げ構えられる前に、策頼はアッパーを繰り出し、振り上げた。

「ゴゥッ!?」

 個人防護盾の先端が、今度は警備兵の下顎を思い切り打った。
 アッパーを諸に受けた警備兵は、頭部を仰け反らせると同時に、口から鈍い悲鳴を上げる。アッパーは警備兵の脳をも揺さぶったのだろう、警備兵は一歩よろめいたかと思うと、脚を折ってその場に崩れ落ちた。
 二人目を無力化した策頼だが、その身体をまだ残る二名の警備兵の、殺気の含まれた視線が刺す。そして剣の刃が振るわれ、クロスボウの矢の切っ先が策頼を向く。
 しかし瞬間、破裂音のような二度。間をおいてさらに二度、計四回続けて木霊。
 同時に残る二名の警備兵は、立て続けに何かに強打されるように、その身を打ち飛ばした。彼等は商店売り場の床に、投げ出されるように倒れて動かなくなる。
 警備兵達が打つ倒された方向の反対側を見れば、そこには小銃を構えた超保の姿があった。先行して突入した策頼に意識を取られていた警備兵達は、後続の超保にそこを狙われ、銃弾を受けて無力化されたのであった。

「――クリア」
「えぇ、クリア」

 そこから超保と策頼は商店売り場内に視線を走らせ、それ以上敵が残っていない事を確認。端的にクリアの声を交わす。

「超保さん、続き二階へ」
「了解」

 そして策頼は、売り場の片隅に設けられた階段を示しながら、超保に向けて促す。対する超保は、商品台に脚を駆けて飛び越えながらも、端的に了解の声を返す。最低限のやり取りを交わした後に、両者はそれぞれの装備を構え直し、そして階段へ脚を掛けた。
 策頼は個人防護盾を構えて先行。超保は小銃を構えながら後ろより続き、階段を慎重に上がる。上り切るのに時間はかからず、先行する策頼は上階の床を踏む。
 ――策頼が人影と鉢合わせたのは、その瞬間であった。
 その姿は警備兵。そしてすでに侵入に気付き、待ち伏せていたのであろう警備兵は、手にし振りかぶっていた剣を、策頼向けて振り下ろした。
 ――鈍い衝撃音が上がる。

「ヅッ――」

 幸い剣撃は、策頼の構えていた個人防護盾により阻まれ防がれる。しかし策頼の身を、少なくない衝撃が襲う。
 だが直後には、狭い空間内で破裂音が木霊した。
 そして再び剣を振りかぶろうとしていた警備兵は、その動きを止め、そして崩れ落ちる。見ればその旨には穴が開いている。
 一方、策頼の背後からは肩越しに小銃の銃身が突き出され、その銃口からはうっすらと硝煙が上がっている。後続の超保が、策頼の肩越しに警備兵を撃ち、無力化したのであった。
 現れた障害を退けた二人は、警戒を維持しつつ上階へと踏み入る。
 上階は特に壁や扉で区切られていない一間のスペースであり、そしてそれ以上の警備兵の姿は無かった。

「――クリア」
「クリア」

 互いにクリアの声を上げる二人。

「超保さん、ありがとうございました」

 そして策頼は構えの姿勢を解くと、今しがたの警備兵を無力化してくれた事についての礼を、端的に発する。

「いえ、こちらこそ」

 対して超保は、策頼が先行して襲い来た剣撃を防いでくれた事に、真顔で礼の言葉を返す。
 礼の言葉の交わし合いにしては、いささか淡々とし過ぎている、なんとも言えないやり取りを行った二人。しかし当人達に気にした様子は無く、超保は視線を一室内を見回す事に移し、そして策頼は窓際へ向かった。

「――1ヘッドへ、こちら1-2。上流南側の建物はクリア」

 そして窓より見える一帯に視線を降ろしながら、分隊長の峨奈に向けて、インカムにて報告の通信を上げた。

《1-3だ、同じく北側をクリア》

 同時に、香故の声で無線上に報告が上がる。橋を渡った向こう側の建物の制圧に向かった彼等も、建物の無力化制圧に成功したようだ。

《了解、1-2、1-3。よくやってくれた》

 それぞれから上がった報告に対して、峨奈から返答が来る。

「――車輛隊だーーッ!」

 下流側より、肉声で――波原の声で知らせる言葉が届いたのは、その時であった。
 策頼は窓より視線を出し、橋より南方向へ伸びる町路の、その先を見る。町路の先に、こちらへと向かってくる車輛隊本隊の姿が見えた。



「車輛隊だーーッ!」

 路上に出て警戒の姿勢を取っていた波原からの、知らせる声。
 それを聞き留め峨奈も、波原の視線を追って町路の先を見る。その先にある交差路。そこを曲がり現れ、こちらへと向かってくる車輛隊各車の姿を、峨奈の眼も捉えた。
 車輛隊本隊の到着合流に、峨奈は少しではあるが安堵を覚え、小さく息を零す。

「――ッ!」

 しかし近づくにつれ明確になった車輛隊のその姿に、峨奈は一転してその目を見開いた。
 ――車輛隊は、お世辞にも軽微とは言えない損耗を負っていた。
 先頭の82式指揮通信車と殿の89式装甲戦闘車には、表面に塗装の焼け焦げた跡などが見えたが、それはまだマシな方であった。
 特に酷い被害を受けている様子であったのは、3輌の大型トラックだ。キャビンを覆う幌はどの車輌も穴だらけ、焼け落ちている車輛もある。張られた増加装甲は漏れなく傷だらけ。タイヤがパンクしている車輛もあれば、挙句はキャビンのドアが欠落している車輛まであった。
 そして銃座を有する車輌は、しかしその銃座に肝心の隊員が着いていない物が散見された。
 無線に上がり聞こえていた車輛隊側の通信内容から、車輛隊が敵の注意を集めて、特に苛烈な攻撃を受けている事は知っていた。しかし改めて車輛隊の傷つきようを目の当りにし、峨奈はその顔を険しくして、皺を刻んだ。

「ボロボロじゃねぇか……!」

 同様に車輛隊の姿に少なからず驚いたのであろう、近くに居る波原からも声が上がる。

「車輛隊が特に目を引いたようだ――各員、四周警戒、一帯を維持。これよりの車輛隊の渡橋を援護する」

 峨奈は町湖場の声に返してから、インカムを用いて第1分隊の各員に、指示の声を発し上げて送る。同時に峨奈は、依然として車輛隊上空に纏わりつく数機の箒と、車輛隊より上がる対空射撃の音を、見止めあるいは聞く。

「――町湖場。お前は対空射撃に加われ、向こうの負担を少しでも減らすんだ」

 そして続けて、傍で構えていた分隊支援火器射手の町湖場に、対空攻撃への参加を命じた。

「了。良ければ誰か支えを」

 指示に了解した町湖場は、周囲の隊員に手助けを要請する言葉を発し上げる。

「あぁ、俺がやるよ」
「すんません」

 町湖場のそれには波原が応じた。波原はその場で片膝を付いて立膝の姿勢を取る。その波原の頭上――鉄帽の上に、町湖場はMINIMI軽機を構えて据える。波原はそのMINIMI軽機の二脚を両腕を上げて掴み、軽機を自らの頭上で支え安定させる。そして町湖場は、支えの助けを受けた軽機の仰角を取り、上空を舞う敵を狙って撃ち上げ撃ち上げ始めた。
 町湖場等が対空射撃を始めた所へ、その傍らに車輛隊隊列が走り込んで来て到着した。先頭の82式指揮通信車が、橋と町路の境目ギリギリの所で停車する。峨奈はその車上に敬礼を向けようとした。しかし車上でターレットの12.7mm重機関銃に着く車長の矢万は、銃口と視線を上空に向けての懸命な対空戦闘に追われている様子であったため、峨奈は敬礼を取りやめた。

《――各分隊降車。周辺防護》

 そこへ無線上に指示の声が上がり聞こえた。それは長沼の声であった。
 峨奈はそれを聞くと同時に、車列の後方、4輌目に位置する指揮車兼任のガントラックに動きを見る。その助手席ドアが丁度開かれ、そこから長沼の降りて来る姿が見えた。降車した長沼は、各車輛より降車展開して行く隊員の間を、指示の声を張り上げながら抜けて来る。そして峨奈の姿を見止め近寄って来て、両者は相対。互いに敬礼を交わした。

「長沼二曹。第1分隊、橋及び周辺の確保を完了しております」

 そして峨奈はまず、現場の状況を真っ先に報告した。

「ありがとう。――見ての通り、未だ敵の航空攻撃はしつこく仕掛けて来ている。すみやかに渡橋を開始したい」

 対して長沼は簡潔な礼の言葉を返し、そして車輛隊の渡橋作業の開始を要請した。

「は――ですが一つだけ。人員の合流、入れ替え等の必要は?」

 しかし峨奈は、急ぎである事を承知の上で、言葉を挟んだ。車輛隊の人員の被害状況を察しての、人員の交換再編成を進言する物であった。

「いや――君達はそのままの編成で、引き続き水路沿いに行って欲しい」

 しかし長沼は進言を、頼む言葉で取り下げた。

「君達の行程を軽んじるわけでは無い。しかし、どうやら徒歩のほうがまだ、奴さん達の目を引き付けないようだ」

 各車輛の様子を一瞥しながら言う長沼。少し峨奈等の気を使うように発されたそれだが、しかし峨奈もその事には同意であった。

「正直、そっちにもう一個分隊程、合流させようとも考えた。しかし車輛隊要員もこれ以上減らせない。編成は変えず、このまま行く」

 続け発する長沼。
 詳細を言えば、車輛隊本隊は各車輛の運用要員の他、2個の普通科分隊と、1個の各職種混成増強戦闘分隊を搭載。計3個分隊強の要員を有していた。しかしここまでで苛烈な攻撃に晒された結果、負傷者を多数出し、現在戦闘可能な要因は、2個分隊強にまで減少していた。車輛隊運用への支障、他を考えた上で、現編成のままが最適と長沼は考えたのであった。

「了解です」

 それに異論は無く、そもそも論議の余裕も無い。峨奈は長沼の考えを了承した。

「よし――車輛の渡橋に掛かろう。見た目堅牢そうな橋だが……早急に、しかし慎重にやらないとな」

 長沼は、視線の先に架かる、ようやくたどり着いた目的の橋を見ながら発する。
 そして各隊が警戒及び対空戦闘を行う中を、誘導の隊員が配置に付き、車輛隊各車輛の渡橋作業が開始された。



 渡橋を開始した侵入者の隊列の上空には、今も何機もの箒警備兵が飛び交っている。
 侵入者の隊列の上げる攻撃により、警備隊箒隊の側も少なくない被害を出し、その数を減じていたが、しかし彼等は尚もしつこく食らいつき、侵入者に対して攻撃行動を続けていた。
 そんな一方、警備隊箒隊の群れよりも高い高度に、様子の異なる一機の箒が旋回飛行していた。それに跨るは、露出の多い扇情的な姿をした、長身のエルフの女。リーダー格のマイリセリアが伴っていた内の一人、エイレスと言う名で呼ばれていた女エルフであった。

「警備隊は、中々に苦戦してるようですね」

 その整った麗しい顔を、しかし真顔から一切変えずに、まさに他人事と言った様子で呟きながら、眼下の様子を眺めるエイレス。
 警備隊が決死の戦いを繰り広げる一方で彼女の行動は、安全な高度に身を置いての、侵入者の各隊の観察行為に留まっていた。そこに、警備隊に手を貸そうという様子は微塵も無かった。

「飛んでいた魔獣は去ったようですが……地上の隊列も、厄介なようですね」

 今現在は、渡橋を行っている侵入者の隊列に、その目を向けているエイレス。
 今も隊列からは、どうにも鏃のような物を放つ物であるらしい攻撃が、いくつも激しく上がっている。

「ルミナのミル・ダーウも、大きな効果を与えなかった様子……」

 先んじて同胞であるエルフの少女ルミナが、浸蝕魔法を持って隊列に仕掛けたはずであった。しかし隊列が健在な所を見ると、それも失敗に終わったようだ。

「未だ得体が知れませんね……もう少し、情報が欲しい所です」

 再び眼下の侵入者の隊列を見つめ、しばし思考したエイレス。

「少し仕掛け、探ってみますか」

 やがて彼女は、そう威力偵察行動を決める言葉を発した。
 そして彼女は跨る箒を操り、その先端を大きく下げ、現高度からの降下を始めた。

「いくらか損耗を与えられれば、御の字です」

 急降下を始めた箒の上で、呟き零すエイレス。
 箒の高度はみるみる下がり、侵入者の隊列の姿がより明確になる。異質な乗り物で構成される隊列。エイレスはその中でも、殿に位置する特に大きな一つに注目した。

「魔獣、あるいはゴーレムの類なのでしょうか?」

 緑色で無骨な、見た事も無い外観。それを眼下に、推測の言葉を零す彼女。

「上に一人乗っている――騎手、あるいは獣師――」

 その魔獣、あるいはゴーレムと思しき物体の上に乗る、それを操っていると思しき一人の人間を見止めるエイレス。

「――まずはあれを、狩ります」

 彼女は、その艶やかな唇から冷たく一言発した。

「――風よ、風よ。刃となり我が手に――」

 そして彼女は、降下の速度を寄り上げる箒の上で、自らの体の前で腕を翳し、詠唱の呪文を口にし始める――



 時間は3分程戻る。
 目標の橋で合流した車輛隊、及び第1分隊は、車輛の渡橋作業を開始。
 橋の強度状態に細心の注意を払いながら、一輌ずつ慎重に、しかし可能な限りの早さで渡して行った。そして今は最後の一輌、殿を務めている89式装甲戦闘車が橋上にあった。
 砲塔上には車長の穏原と、砲手の髄菩も上がり、それぞれは左右に身を乗り出して、車体周りの異変を少しの物でも見逃さぬよう、視線を配っている。
 誘導の隊員に従っての、操縦手の藩童の慎重で丁寧な操縦により車体は運ばれ、そして89式装甲戦闘車は渡橋を終え、無事対岸へと渡り切った。

「――よし、藩童。渡り切った、完了だ」
《了》

 車体が完全に橋を抜けた事を確認し、車長の穏原は操縦手にインカム越しにその旨を告げる。

「全車、渡橋完了ーー!」

 同時に、誘導の隊員が周囲に向けて張り上げた声が、響き聞こえた。

「よぉし、各員搭乗しろ。すみやかにこの場を離脱するぞ」
「第1分隊!再編する、集合しろ!」

 そして車輛隊及び第1分隊の各長である長沼、峨奈が、行動再開に伴いそれぞれ指示の声を張り上げ、それが周囲に響く。それに呼応し、車輛の渡橋支援に当たっていた隊員や、警戒に着いていた隊員等が、慌ただしく動き始めた。車輛隊要員は各車輛に乗り込んでゆき、第1分隊の隊員等は集合する姿を見せる。

「髄菩、砲手席に戻れ。俺達は対空戦闘を再開する」

 そんな隊員等の姿を見てから、装甲戦闘車の砲塔上で、穏原は発する。
 彼が視線を前に移せば、先に渡橋を終えた各車輛で各搭載火器が仰角を取り、対空攻撃を激しく撃ち上げる様子を見せていた。その相手はもちろん、未だしつこく食らいついて来る警備隊箒隊。
 警備隊からの航空攻撃はなお激しく、装甲戦闘車もすみやかに、展開される対空攻撃に復帰する必要があった。

「了解」

 穏原の指示を受け、髄菩は返事と共に砲手用ハッチを潜り、車内に降りて行った。

「まだ折り返しってトコか……」

 対する穏原は、引き続き砲塔上に身を置き、そしてどこか少し疲れた様子で呟いた。
 しかし直後には気持ちを切り替え、上空を見上げる。その視線の先に丁度、大きく旋回行動を取る二機の箒の姿が確認できた。見るに、そこから降下攻撃に移行するのであろうと、穏原は推測。

「髄菩、2時方向、敵機。仰角50°に取れ」

 それを次なる攻撃目標と定め、穏原はインカム越しに指示。砲手の髄菩の操作により、砲塔は旋回、35㎜機関砲は仰角を取る。砲口が上空の箒編隊を狙い、そして穏原は射撃開始の号令を発しようとした。

《8時方向、一機急速接近ッ!――嘘だろ、速すぎる。銃火が――》

 しかしその時、穏原の耳が、インカム越しに切迫した誰かの声を聞く。

《――エンブリー逃げろッ!!》

 その誰かの声は直後に、エンブリー――穏原等に向けられた警告へと変わった。

「ッ――!」

 しかし穏原の耳が警告を理解した時、彼の体は逃げるより前に身を捻り、該当の方向を振り向き見上げてしまっていた。
 その穏原の眼は一瞬だけ、上空直上に迫った一機の箒を捉えた――


「――え?」


 直後――穏原の身は、立て続く異変に見舞われた。
 ――真っ先に走ったのは、何か腹が打たれ、そして冷たい物が胴を走る感覚。
 ――そして大きく揺れ、変化した視界。
 気付けば、先程まで広がる空を映していたはずの視界は、何か大きな物のシルエットに占められていた。そのシルエットが、斜め後方から見た89式装甲戦闘車である事に気付いたと同時に、穏原の背は、何か硬い物に叩き付けられる衝撃を覚えた。
 体を襲った痛み。自分が乗車していたはずの車輛が、眼前に鎮座している状況。それ等から、穏原は初めて、自分が車上より落下したのだと気付く。
 何かに襲われ、叩き落されたらしい。しかし踏ん張りも効かず落とされるなんて、気が抜けていたようだ――穏原は何か緩慢な思考で、そんな考えを浮かべる。
 敵の襲撃は続いている、すぐに起き上がって戻らなければ――そう思い、起き上がろうとした穏原。
 ――だが、なぜか踏ん張りが利かない。足の方が、起き上がる感覚が無い。
 妙に思い、どうにも先程から緩慢な思考で、顔を起こし自身の足元を見る穏原。

「――あぁ……」

 そして穏原は、そこか疲れた、そして他人事のような理由で、その理由を理解した――



 ドサリ――と。
 89式装甲戦闘車の砲手席で、砲手の髄菩は不自然な音を聞いた。
 音の発生源は、隣接する車長席。
 髄菩は覗いていた搭載火砲の照準器より眼を放し、隣へと視線を向ける。

「あ――?」

 そして髄菩、怪訝な色の声を零した。
 見えた物――そこにある車長用シートに座していたのは、1型迷彩服のズボンを纏う、人の下半身。
 そこまではいい。
 だが肝心なのは、何かが足りない事。そのシルエットが妙である事。不自然な〝赤色〟が見え、そこより上に〝あるべき物〟が無い事――

「――藩童、止まれ」

 見えた物に対する、理解が追いついていないまま。髄菩はインカム越しに操縦手の藩童に伝える。

《どうした?》

 動き出し始めていた装甲戦闘車が、再び停止する感覚が、髄菩に伝わる。
 同時に藩童より、事態を尋ねる声が寄越される。

「車長が――」

 しかし髄菩は、それに対して正しく答えを紡ぐ事はできなかった。

《車長がどうしたんだ?髄菩?詳しく伝えてくれ》

 詳細の要請の言葉を寄越す藩童。しかし髄菩はそれには答えず、バネ仕掛けの様に動き出していた。まだ見えたそれに、理解の及んでいないまま――否、見えたそれへの理解が、間違いである事を願いながら。
 髄菩、車内に備えてある、折り畳み銃床型の小銃を掴み取り、そして砲塔天井に設けられている砲手用ハッチに手を掛け、荒々しく跳ね上げ開ける。

《ッ――エンブリーより各車、異常事態発生。停止願う》

 インカムからは、異常事態を察したのであろう、各ユニットへ停止を要請する藩童の声が聞こえる。髄菩はそれを聞きながらも、ハッチを再び潜って車上に上がる。車上に上半身を繰り出し、焦る様子で右へ左へ視線を動かす髄菩。そして斜め後方へ振り向いた瞬間、そこに〝それ〟を見た。
 人影――間違いなく、穏原の身。
 それを見止めた瞬間、髄菩はハッチより這い出て、砲塔上より飛び降りた。
 装甲戦闘車の側方地面に脚を着く髄菩。それなりの高さから飛び降りたため、衝撃と痛みが足裏より伝わる。しかし構わず、髄菩はそこから車体の後方へと駆けた。
 ――そこには、残酷な現実があった。

「――ぁ」

 眼に飛び込んで来たそれに、思わず声を零す髄菩。
 そこあったのは、穏原の体の〝半分〟。
 ――臍に近い部分より真っ二つに切断された、上半身だけの穏原であった――
 衝撃的な、凄惨な光景。
 切断面より零れる臓物。流れ来る血の匂い。
 残酷な情報が、嫌が応にも髄菩に起こった現実を理解させる。

「――ッ――」

 直後、髄菩は胃の中の物を地面に吐き散らかした。
 今朝方かっ込んだ朝食が、胃液と交じり合った姿に代わって、再び体外に現れる。

「――……ッ……ぁ……あ……!」

 そしてドッと襲い来た衝撃的な情報、状況、現実。
 髄菩の心はざわめき、圧され、呼吸は意に反して荒くなる。
 ついに立っている事すら叶わなくなり、髄菩はその場に蹲り、座り込んだ。

「――ぁ……かぁ……!」

 口内に不快な酷い酸味を感じながら、荒い呼吸を繰り返す髄菩。
 苦しみに苛まれ、意識の朦朧とする彼。――そんな彼の肩が、何者かの手が置かれる間隔を覚えたのは、その時であった。

「落ち着け、陸士長」

 続き、横からそんな声が聞こえ来る。
 余裕など全くない中で、どうにかそちらを一瞥する髄菩。
 そこにあったのは、一人の隊員の姿。施設科のレンジャー隊員、ヴォーの姿であった。

「大丈夫だ、君は大丈夫だ。大きく呼吸しろ」

 周囲に警戒の視線を走らせる様子を見せながら、髄菩の肩に置いたその手に力を込め、そう声を投げかけて来るヴォー。
 回復を欲する体は、無意識の内にその言葉に習い始め呼吸を始める。
 しかし、同時に髄菩の中では、思考が蠢いていた。
 ――何が大丈夫な物かと。
 ――この惨劇を前に、どうして冷静でいられる。
 ――だから反対だった。この異世界に、首を突っ込み過ぎた。その結果がこの惨劇だ。
 呼吸の甲斐あってか身体的な不快感は微かに和らいだが、心はざわめき続ける。

「――ッぁ……」

 しかしその時、髄菩の耳は、自分とは別のか細い呼吸音を聞いた。それは間違いなく、自分のすぐ傍で横たわる人から発せられた。
 眼をやれば、穏原は半身を失った体ながらも、その身を動かそうとしていた。口は何かを紡ごうと動かし、その右腕は何かを探るように持ち上がる。

「――!穏原三曹ッ!」

 その光景に髄菩は、未だ苦しみと不快感の引かぬその身を、しかし跳ねるように動かした。そして穏原の身体に寄り、持ち上げられたその腕を掴み取る。

「……悪い、親父……帰れそうに、ない……――」

 刹那、誰かが来るのを待っていたのだろう。穏原は一言、自らの父親への詫びる言葉を、血の流れるその口から紡いだ。
 そして、最後の行いを成し遂げたかのように、その持ち上がっていた腕から力が抜けた。
 だらりと下がった腕が、それを支えていた髄菩により重量感を与える。
 そして見れば、穏原の顔は、虚空を見つめたまま、瞬き一つする事すらなくなっていた。

「……穏原三曹……――」

 最期を迎えた穏原。
 彼のその身を前に、髄菩はもはや紡ぐ言葉も思い浮かばなかった。髄菩はただ穏原の名を呼び、そして取っていたその腕を、穏原の胸の上へと置いた。
 言葉を失っていた髄菩薩、そこで周囲に気配が増えた事に気が付く。
 顔を上げれば、近くには遅れ駆け付けたのであろう、操縦手の藩童の姿が。そしてさらに向こうには、装甲戦闘車の横を抜け、こちらへ歩いて来る長沼の姿が見えた。

「なんてこった」

 藩童からは、穏原の凄惨な姿を前にしての物である、言葉が零される。
 しかし苦しみ悶えた髄菩と対比して、藩童のそれはどこか淡々としたものに思えた。

(変人、共め――)

 この凄惨な光景を前に、しかし動揺の様子をまるで見せぬヴォーや藩童。それを前に、内心で吐き捨てる髄菩。
 しかしそこへ長沼が到着して、穏原の体の前に立ち、髄菩の眼はそちらへと向く。

「……」

 ヴォーや藩童と違い、長沼の表情は悲観に満ちていた。しかし一方で、驚きの色は無く、代わりにどこか疲れた様子が見える。長沼は昨晩から、凄惨な姿と成り果てた隊員を、何名もその眼に刻んでいた。そんな彼にとっては、凄惨な光景を前に悲しみこそすれど、最早驚く段階は過ぎていた。
 長沼は片膝を付いて屈むと、虚空を見つめたままの穏原の眼を、その手で閉じる。

「……穏原三曹の体を収容しろ。装甲戦闘車の隊員スペースへ」

 そして、集まって来た隊員等に向けて告げた。

「無線を」

 それから通信機を担当する通信隊員を呼び寄せ、差し出されたマイクを受け取る。そして発し始めた。

「アルマジロ1-1よりペンデュラム、及び各ユニットへ。一名死亡。エンブリー、穏原三曹が死亡」

 無線通信により、穏原死亡の旨を、指揮所及び各ユニットに向けて発し上げる。

《――アルマジロ1-1、もう一度言え。エンブリー、穏原三曹が死亡といったか?》

 返信はすぐに来た。指揮所より、井神の声で再度の報告要請が来る。

「そうです、戦死です。穏原三曹が戦死。魔法現象攻撃により身体を切断され、ほぼ即死です。現在は、遺体の収容を急いでいます。完了次第行動を再開します」

 対して長沼は、どこか疲れた声色で、念を押すように返信を返す。そして続け、現在の状況と予定を告げた。

《――……了解。作戦は継続できるんだな?申し訳ない、頼む》
「了解です。終ワリ」

 井神はこちら現状を鑑み察したのであろう、事細かく問い尋ねる事は無く、ただ託す言葉だけを送って来た。長沼もそれに端的に返し、そして通信を終えた。
 通信の間に、駆け付けた隊員等の手に寄り、穏原の身体は担架へと移し乗せられていた。そして今まさに運び動かされる穏原を乗せた担架。
 聞こえ来る通信のやり取りや、運び出される穏原の体。髄菩はそれ等を漠然と聞き、そして見ながら未だ座り込んで、残る苦しさや心のざわめきを堪えていた。

「髄菩陸士長」

 しかしそんな所へ、長沼が髄菩に向けて声を掛けた。

「は……?」

 まだ意識動作が少し緩慢なせいか、やや不躾な物となってしまった髄菩の返事。だが長沼は特段気にした様子は無く、言葉を続ける。

「しっかりするんだ。これより君が、装甲戦闘車の車長を兼任、代行しろ」
「は――自分が?」

 長沼が発して寄越した命ずる言葉に、しかし髄菩はその顔を険しくして返した。

「そうだ。できるはずだろう」

 そんな反応を示した髄菩に、長沼は肯定の言葉を発し、そして付け加える。
 装甲戦闘車は状況によっては、車長が降車班と共に降車して、分隊を指揮する場合がある。その際には砲手が装甲戦闘車側の車長を代行する事となっているため、確かに可能ではある。実際、髄菩もそれを想定した教育訓練は受けていた。
 しかし今の、不安定な状態の自分にそれを任せようと言うのか。髄菩はあからさまな懸念と、何より忌諱の様子をその顔に浮かべる。

「現状、できるのは君しかいない。やるんだ」

 しかし髄菩のその様子に気づいてなお、長沼は命ずる言葉を押し通した。

「――ッ、了」

 どうやら現状、拒否権は無いようだ。
 髄菩はその顔に、苦い色を隠す事無く現し、そして了解の言葉を返した。

「よし、頼むぞ。――収容、行程再開を急げ!各銃座は、対空戦闘に注力!」

 長沼は立ち上がり、各隊各員に届く声を張り上げる。

「ッ……」

 そんな長沼の声を横に聞きつつ、髄菩は自身も立ち上がり、ひとまず汚れた口周りを手の甲で拭う。

「ヴォー三曹、ご迷惑を」
「あぁ」

 そして自分を介抱してくれたヴォーに、一応の礼の言葉を紡ぐ。対するヴォーは、警戒の目を走らせながら、端的な返事を寄越した。

「藩童、聞いたな?俺が代行して、戦闘運用は継続だと」
「あぁ、了解」

 続いて、操縦手の藩童に確認、指示の言葉を送る髄菩。藩童からは、どこか飄々とした返事が返される。
 風を切り裂く音と共に、頭上を一機の箒が凄まじい速さで飛び抜けたのは、その時であった。同時に、先に停車する対空大型トラックのキャビンの幌が、剥がれ飛ぶ光景が見えた。周辺の隊員が驚き身を屈める姿が見え、さらに張り上げられた声が聞こえ来る。

「ッ――あれだ」

 今飛び去った一機が、穏原を亡き者にした下手人である事は、直感で理解できた。

「藩童、戦闘車に戻るぞ」

 髄菩は藩童に促し、そして装甲戦闘車へと駆け戻った。
 履帯に脚を掛け、車体を、砲塔をよじ登り、砲手用ハッチを潜り内部へと滑るように入り込む。砲手用シートに座して収まり、射撃装置のグリップを掴み、搭載火砲用の照準器を覗く。

「――どこまでも、ふざけてる」

 そして現状の全てに対する思いを吐き捨て、その照準内に下手人を掴まえるべく、砲塔の、砲身の操作旋回を始める――



 事態発生により、進行を再開しようとしていた所を、再び停止する事となった車輛隊。そんな車輛隊、先に穏原を襲った物と同一個体と思しき箒が、再び急襲した。
 その箒は車輛隊の直上を、風を切り裂く音を立てながら凄まじい速さで飛び抜け、そして同時に魔法現象と思しき攻撃を放って行く。
 突風現象のようなそれは車輛隊の内の滞空大型トラックを襲い、そのキャビンの幌を裂いて剥ぎ、吹き飛ばした。

「ヅッ、野郎ッ!」
「被害報告しろッ!」

 身を屈め、襲い来たそれ等を凌いだ隊員等から、声が上がる。

《デリック・アンチエア、幌を持ってかれたが、人員に被害無し……!》

 無線上には対空大型トラックからの報告の声が上がる。幸いにも今の襲撃での、人的被害は発生していなかった。

「……また厄介な物が出て来た」

 各員から声や通信が上がる中、一方で82式指揮通信車の後部には、そこにカバーし声を零す峨奈の姿があった。他にも近くの車輛や家屋の影には、同様に身を隠した第1分隊各員の姿が見える。第1分隊も車輛隊同様に、突然の襲撃から、進行の中断を余儀なくされていた。
 峨奈始め第1分隊各員の視線は、今しがた飛び抜けて行った箒を追う。該当の箒は車輛隊を離れ、再上昇していく姿を見せている。
 各車輛の搭載火器もまた、銃口と照準でその姿を追い、撃墜すべく激しい対空砲火を撃ち上げていた。
 しかし驚くべきことにその箒は、クン、クン、と鋭角的にその軌道を変える、恐るべき機動運動を見せ、上がる銃火をことごとく回避して見せた。

「命中弾発生せず!畜生がッ!」

 こちらを翻弄するようなその動きに、指揮通信車上で12.7mm重機関銃に着き、攻撃を行っていた矢万から悪態の声が上がる。

「アレは放置しておくとやばいぞ、なんとか墜としておかないと!」
「あんなん、どうやって墜とせって言うんだよ!?」

 続け、明らかな脅威である存在を上空に見ながら、各隊員から声が上がり飛び交う。

「ッ、忌々しい」

 そして峨奈も、箒の姿を追いつつ声を零した。
 そんな折、上空の一定の行動まで上昇した箒は、反転効果を開始する姿を見せた。三度目の攻撃を敢行する気であろう。

「また来るぞーッ!」

 誰かの警告が響く。同時に、各車輛の搭載火器が、再び激しく唸り、銃火を上空に形成する。しかし箒は降下しながらも、またも鋭敏な回避行動を見せ、火線を翻弄する。

「各員!弾幕を形成しろ!」

 峨奈は第1分隊の各員に命じる。それに呼応し、周辺に身を隠していた分隊各員も、各火器を構えて発報を開始。弾幕形成に加わる。

「――軌道は道に沿ってる――いくらか高度は下げて来る」

 しかしそんな中、一人火器を構える様子を見せない分隊隊員の姿があった。
 策頼だ。峨奈の傍らでカバー態勢を取っている彼は、そこから上空より迫る箒に観察の目を向け、そして何かを呟いている。

「策頼、どうした」

 そんな様子を見せている策頼を、峨奈は不審に思い問いかける声を掛ける。

「――峨奈三曹、自分は高所に上がります」
「何?」

 しかし対する策頼は、峨奈の質問には答えずに、そんな言葉を返して来た。唐突に発された意図不明の進言に、峨奈はその顔に怪訝の色を浮かべて、策頼を見る。

「建物の上からなら、降下して来たアレを、横から狙えるかもしれません。行ってきます」

 だが峨奈のそんな様子を策頼は気にも留めず、そんな案を口にして見せた策頼、そして策頼は峨奈の許可も得ずに、その場から駆け出して行ってしまった。

「おい、策頼!――まったく」

 峨奈はそんな策頼の姿に戸惑ったものの、それ以上追う事はしなかった。
 昨晩。自身が危機にあった所を、策頼の異質な力により救われていた峨奈は、その事を思い返し、今もまた策頼の考えに任せる事にした――



 時間は十数秒戻る。
 エイレスは、上空へ一度退避し、そこから眼下を観察していた。
 まず最初の攻撃で、殿に位置する魔獣らしき物に座上していた、獣師らしき者は仕留めることが出来た。操る者がいなくなった影響だろう、魔獣は嘴のような物を明後日の向けたまま、その動きを止めていた。近くには、地面に落下した獣師の亡骸を取り巻く、他の者達の姿が見える。

「しかし――ッ。この攻撃は、いささか忌々しいですね」

 観察していた所へ、鏃のような物が撃ち上がり自身の傍を掠めて行き、エイレスその整った顔を顰めた。
 この攻撃は、いざ相対してみると中々に厄介であった。
 一つ一つが強力で、なおかつ無数に襲い来るそれ等は、回避するだけで集中を要した。そして二撃目の馬の無い馬車を狙った攻撃は、鏃の雨に妨げられて手元が狂い、効果を上げずに終わった。

(こうなると、〝矢避けの加護〟が惜しく感じる所です)

 そして内心でエイレスは、そんな思いを浮かべる。
 矢避けの加護とは、本来のエルフ族の多くが持つ魔法の一種である。その効果は文字道理、加護を受けた者に襲う矢の類を、風の力を持って退け、護るものであった。
 しかし、エルフの象徴の一つと言えるその力の庇護下に、今のエイレスやマイリセリア達は無かった。
 矢避けの加護は、基礎的な風魔法とはまた異なっていた。単純に魔力により風現象に影響を与え操る者が、基礎的な風魔法。対して矢避けの加護は、〝精霊〟と呼ばれる意志ある存在と疎通し、契りを交わすことにより、始めてその加護を得られる物であった。
 そして、その加護を彼女達が得られぬ理由。それは、彼女達が〝堕ちた〟身であるからだ。
 事の経緯は不明であるが、魔王の軍勢の軍門に下り、邪な力と価値観に魅入られ、堕落したのが今のマイリセリアやエイレス達である。そんな彼女達は、風の精霊達から忌諱され、そしてその加護を失ったのであった。

(新たな世界、新たな価値観を得た、代償という事ですか……ッ)

 自らがすでに精霊の庇護下の元になく、その力の恩恵を得られない理由を思い返し、内心で苦い言葉を零すエイレス。

(……仕方のない事です。未練がましい事は、言ってはいられません)

 しかしすぐに彼女は思い直し、そして意識を入り替え再び眼下を見る。

(なかなかに厄介な敵。ここで引くべきでしょうか――いえ。この町や警備隊がどうなろうと構いませんが、姫様に近づく脅威は、少しでも削っておきたい所です)

 一度、ここで引き下がる事を思案したエイレス。しかし使えるマイリセリアへ、少しでも貢献すべきとの考えが、彼女にさらなる追撃を仕掛ける事を決断させた。

「――あの先頭の物の、獣師を仕留めましょう」

 エイレスは、侵入者の隊列の先頭に位置する、車輪を持ちながらも魔獣にも似た外観を持つ物体の、その上に座上する獣師らしき者を、次なる目標と定める。そして彼女は跨る箒を操り、三度目の急降下を開始した。
 想定道理、効果を開始した彼女に対して、侵入者の隊列より無数の鏃が上がり始める。しかし彼女は箒を巧みに操り、鋭角的な軌道変更を繰り返して、それ等を翻弄する。

「――風よ、風よ。刃と成り我が手に」

 そして彼女は、降下、機動運動を行いながら、腕を翳して詠唱の呪文を紡ぎ始める。すると彼女の手先に、ぼんやりと発光する刃が出現する。基礎的な風魔法による、風の刃。先程、二度に渡り侵入者の隊列を襲い、そして殿の魔獣の獣師を仕留めて見せたのも、この風の刃。エイレスはこれを、三度侵入者達に向けて放つ腹積もりであった。
 彼女の跨る箒の高度は、瞬く間に下がり、侵入者の異質な隊列の姿が明確になる。狙うは先頭の魔獣に座上する獣師。その姿を目に収め、そして彼女は手先に発現させた風の刃を、獲物目がけて放つ――
 ――しかし直前、彼女は隊列の後方から殺気を覚えた。
 その元は、先に獣師を仕留め、動きを止めたはずの、隊列の殿に鎮座していた異質な魔獣。それの、明後日を向いていた嘴のような物が、しかし今はエイレスの方向を向き睨んでいる。
 ――彼女の肌に、裂くような感覚が走ったのは次の瞬間であった。

「ッ――!?」

 顔を顰めるエイレス。
 襲い来たのは、おそらく今までと同じ鏃。エイレスのその身に、直接の命中弾は無かった。しかし彼女の腕や肩には、裂いたような傷が出来、血が滲んでいた。おそらく魔獣の嘴から吐き出されたであろう鏃は、掠めるだけでエイレスの身を傷つけたのだ。

(まだ、動いて――ッ!いけないッ!)

 獣師を仕留めたはずの魔獣が、再び動きを見せ攻撃を放ってきた事に、驚いたエイレス。しかし直後に彼女は、思いがけぬ攻撃に気取られ、自らが高度を下げ過ぎている事に気付いた。攻撃行動を中断し、慌て箒を引き起こす彼女。

(ッ……よくも、この身に――)

 箒の姿勢は、地面と水平になるまで回復。
 同時にエイレスは、不意を打ち自分を傷つけた攻撃に、怒りの感情を覚えながらも、一度離脱し高度を取り直そうと、前を見る。

「――え?」

 しかしその彼女の目に、自身の眼前に迫る、黒い棒が映った――



 時間は再び、数分戻る。
 分隊の元を一度離れた策頼。
 車輛隊の近場には外階段を有する建物が一軒あり、策頼はその階段を駆け上がっていた。そうかからずに階段を駆け上がり切り、建物の屋上を踏む策頼。そして同時にショットガンの銃口と、その視線を上げる。その視線が照準越しに、まさに車輛隊に向けて急降下攻撃を仕掛けんとする、箒の姿を捉えた。
 ――〝それ〟が発現したのは、その瞬間であった。
 箒の降下速度が、まるでスローモーション効果を掛けたように、急激に遅く緩慢な物へと変貌したのだ。それだけではない。眼下に見える隊員等の動きや、聞こえ来る声や射撃音。その全てが、間延びした緩慢な物と成り替わっていた。
 それは、昨晩の作業着の異質な人間との会合以来、策頼の周りで巻き起こるようになった超常現象。それが今、またも策頼に寄与する形で発現したのだ。しかし策頼当人は、驚く様子を微塵も見せずに、緩慢に降下運動を続ける箒を観察し続ける。箒は降下を続け、車輛隊の直上まで迫る。
 重々しい咆哮がスローな音色で響いたのは、その瞬間であった。そして策頼の肉眼が車列真上を飛ぶ影を捉え、それは箒に跨る者へと到達。その傍を掠め飛んだ。
 一度策頼は視線を車列後方に向け、そしてそこに装甲戦闘車の姿を見止め、今の現象が装甲戦闘車の機関砲攻撃である事を理解する。そして視線を戻せば、機関砲に掠められた影響か、箒がその体勢をわずかに崩す姿が見えた。

「――行ける」

 それがチャンスである事を、策頼は見逃さなかった。
 瞬間、策頼は屋上空間を駆け出した。
 駆け出した直後、策頼は構えていたショットガンを降ろし放す。そして流れる動作で、弾帯に装着された得物を――四段式の伸縮式警棒を、掴みホルダーより引き抜いた。掴んだ警棒を強く振るい、伸ばし展開させる。
 その動作の間に、策頼の身は屋上空間を駆け切り、その縁へと達する。その先には、機関砲攻撃を受けて体勢を崩した影響であろう、車輛隊の真上、建物屋上と同じ高さまでそこ高度を落した、箒と跨る者の姿があった。
 ――そして策頼は、屋上の端を踏み切り、宙空へ飛んだ。
 スローモーションに支配された世界。全てが緩慢な動きを見せる中を、策頼だけが本来あるべき速さで、飛ぶ。先に見えるは、体勢をどうにか立て直したらしい、箒に跨る者。策頼の身は、その者の目と鼻の先まで、飛び到達する。
 そして策頼は、得物の警棒を持ったその腕を、思い切り振るい、そして放つ――
 ――その瞬間、世界は本来あるべき時間の流れを、取り戻した。

「――え?」

 同時に、策頼の耳眼が捉えたのは、箒に跨る人物――整った顔と長い耳を持つ女の、呆けた声と、顔。

「――ぎぇびぇッ!?」

 直後に、えげつないまでの悲鳴が。そして鉄と肉の衝突する、鈍く痛烈な音が響き上がった。
 策頼の繰り出し放った警棒が、その女――エイリスの顔面を、思い切り打ったのだ。
 その麗しいまでの鼻先は、見るも無残に折れ凹み、鼻の穴から血が噴き出て飛ぶ。端麗な物であったはずのその整った顔は、あってはならない程に崩れ歪む。そして真正面からの打撃を受けたエイレスの体は、箒上より反対方向に退け飛ばされた。箒は主を置いて飛び去ってしまう。
 そして打撃を放った策頼は、そのまま流れる動きでその身を回転させながら。エイレスは潰れた顔で天を仰ぎ、手足を突き出しながら宙空を降下。

「――ぎょけぇッ」

 先に地面に落ち、叩き付けられたのはエイレス。運の悪い事に頭から落ちた彼女は、頭を強打しそして首を折り、その口から掠れた妙な悲鳴を上げた。そして投げ捨てられた人形のように、五体を不規則に投げ出し、動かなくなる。――即死であった。
 一拍遅れ、策頼がその近くに、ズダンと音を立てて着地。そして立ち上がり、エイレスの体を振り向き見降ろし、その無力化を確認する策頼。見下ろす彼のその眼は、ただただ淡々とした物であった。

「策頼!」

 そんな策頼へ、声が掛かる。振り向き見れば、こちらに駆け寄って来る峨奈の姿があった。
 策頼等の着地地点は、82式指揮通信車の停車位置からすぐ先の所であり、峨奈の他にも、周辺の車輛や家屋に澪隠していた隊員等が出てきて、周囲へ展開する。

「峨奈三曹。脅威、排除しました」

 策頼は、自分の傍まで駆け寄って来た、端的に報告を発した。

「ッ――そうか、よくやってくれた」

 峨奈は、傍で転がるエルフ女の慣れ果てた姿をチラと見て、わずかに困惑の色を見せながらも、策頼に賞する言葉を掛ける。

「装甲戦闘車が、相手の態勢を崩してくれたおかげです」

 対する策頼は、それに特段誇る様子も無く、装甲戦闘車からの攻撃が、脅威の排除成功に寄与した事実を、淡々と述べた。

「そうか――ともかく、脅威が排除されたのは良かった。――皆、集合しろ。再編成だ」

 ストイックな姿勢を崩さぬ策頼を前に、峨奈もそれに合わせて、そこで話をまとめて切り上げる。そして周囲の各員に向けて、発し上げた。
 脅威の急襲により犠牲者を出したが、作戦はまだ途中なのだ。
 ――それから穏原三曹の遺体収容を終え、車輛隊と第1分隊は再編成、再調整を実施。

「――よし。車輛隊、移動だー!」
「第1分隊!再開だ、行くぞ!」

 車輛隊要員は各車に乗り込み、そして各車は動き出し、隊伍を組み直す。第1分隊は引き続き、水路沿いの通路を進行する。
 多くの者が傷を負い、疲弊した状態にある中で、しかし作戦を完遂させるべく、行程は再開された。
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