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第三章《呪われた絵》

11、真の世界

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ヨキは、思案を巡らせる私の腕の中から飛び降りて、遠くのモニターへと歩いていく。
ドーム型になったモニターの端の方。
そちらが気になったようだ。
個別探索を始めたヨキにならい、私も反対方向のモニターへと歩を進めた。
折角向こうまで行くんだし、細かく順番に見て行こう。
何か手掛かりがあるかもしれない。
私は歩きながら、モニターをチェックした。
相変わらず、夏海メインは変わりない。
笑顔の夏海、怒る夏海、呆れる夏海、膨れっ面の夏海、夏海、夏海、夏海……。
どれだけ好きなんだろうと、怪しむほどの量である。
さすがの私も、いい加減イラッとし一瞬目を伏せた。

「わかってない」

突然背後で声がした。

「えっ!?」

振り向くと、そこには誰もいない。
どうしてヨキと別れた途端、いつも怖いことが起こるのだろう。
なんて言っても仕方ないか。
私は諦めて、怪異と対峙する態勢を整えた。
多分、セオリー通りなら、今度は背後にいる。
振り向いてビックリ!というパターンなのだろうけど、そうそう驚いていても芸がない。
私だって学習する。
幽霊や妖怪に遅れをとってなるものかーと意気込んで振り向いた。

「あ、れ?」

誰もいない。
完全な肩透かしである。
……いやいや、これは私を油断させるための罠なんじゃ……。
そう思った時、横に何かが並んだのを感じた。

「わかってないんだ」

声がした方にゆっくり顔を向けると、そこには、青白い顔の真が立っていた。

「な、何がわかってないの?」

思わず尋ねた。
すると、真は淀んだ眼でこちらを見て、それから一つのモニターを指差した。

「あれを……見ろと?」

真は何も言わなかった。
ただ、指差して凝視する、それだけだ。
彼の指差したモニターは、端の下の方にあり、言われなければ気付かない位置にある。
それは意図して『隠しておきたいもの』のようにも思えた。
でも、わざわざ出てきて、見ろと言うのだから、真にとって意味のあることに違いない。
私はモニターに近づいた。
映像は他のものと同じで、やはり夏海だ。
ただ、制服が今日見たものと同じで、髪の長さも一緒であることから、つい最近の出来事なのがわかる。
夏海はスマホを握りしめ、しきりにこちらを向いて怒っていた。
音声がないので、良くわからないけど、真に対して激しく憤っているようだ。

「何をあんなに怒っているのかな……?」

「だから……わかってないんだ」

いつの間にか、今度は背後に移動した真が、モニターを見ながら呟く。

「さっきからそればっかり。もっとわかりやすく言ってくれればいいのに」

ツンとして言い返したけど、それが叶わないのは承知している。
彼ら(霊)は、言いたいことしか言わない。
何度目かの邂逅で、私はそのことを学んだのである。

「わかってない、か。一体誰が何をわかってないんだろうね。で、君は私にどうして欲しいのかな……うーん、理解不能です……」

独り言のように呟いた途端、背中に何かがぶつかってきた。

「痛っ!」

弾力があるその何かは、私の背中を爪を立ててよじ登ると、頭の天辺で鎮座した。

「こんなところで当人とお喋りとは」

「ヨキ……もう!爪を立てないでよっ」

「おお、悪い悪い。で、何か吐いたか?」

ヨキは真を見て言った。

「それがね……『わかってない』の連発で何が何だかさっぱり」

「ふむ。わかってない……か。ん?」

ヨキはモニターに視線を移した。
私も何気なくモニターを見ると、映像の中で思わぬ出来事が起きていた。
憤る夏海がリビングのドアを出ていった後、グラッと映像が揺れた。
そして、ストンと視線が下に落ちると、やがて、床しか写さなくなったのである。
撮影しているカメラが落ちた……見ているとそんな感じだけど、そうじゃない。
これは真の視点なのだ。
つまり、この瞬間に真は倒れたということに……。

「ヨキ!もしかしたら、この言い争いが原因で、真は亡くなったんじゃない?ショックで発作がおきて……」

「可能性は高い。つい最近の映像のようだしな……これを見ろと教えたのなら、重要なものがここにあるんだろうよ」

「でも、わかってないってどういうことだろうね?夏海さんとの言い争いが原因で死んだのに、それを本人なつみがわかってない……てことかな?だから、許さないとか?」

とは言ったものの、とてもそうは思えない。
夏海メインのメモリアル映像館を作り上げるほどの真が、例え間接的に夏海に死の原因があったとしても、それで許さないなんて憎むだろうか?

「筋は通る……だが、単純すぎるな」

「私もそう思う。わかってない、って言うのは、別のことを指してる気がするんだよね」

私とヨキの見解はほぼ一致した。
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