純喫茶カッパーロ

藤 実花

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最終章 浅川池で逢いましょう

⑩水神様の幻術

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「でも、ママさんの中でしか生きられないのなら、どうしてここにいられるんですか?」

三左は可愛らしく首を傾げて問いかけた。

「うん。良い質問ですね」

三島先生は本当の校長先生みたいに優しく言うと、プンプン怒っている四尾をまた膝に乗せた。
四尾はぶつくさ文句を言いながらも、背中を撫でられて気持ち良さそうな顔をしている。

「私は彼女の一部ですから、おいそれと外に出ることは出来ません。しかし、倒れて寝込んでしまった彼女にはある心配事がありました。その心配事は私を実体化させるほどの強い思いだった。それは……サユリさん、あなたのことだったのですよ」

「え!わ、私!?」

突拍子もない発言にびっくりして声が上擦る。
そんな私を微笑ましく見つめながら、三島先生は続けた。

「自分が倒れてから、あなたに迷惑をかけているとかなり気に病んでましたからね。私は彼女の願いで、あなたが元気かどうか、困っていないかどうか、いつも見に来ていたんです」

「……な、なるほど、そうですか。でも、どうしてこんな朝早くに?」

「私は彼女の意識が無いときにしか出て来れません。ですから、低血圧の彼女が八時過ぎまで起きないのを利用してこの時間に。もう一つ言うなら、夜に来てもサユリさんは寝ているので、元気かどうか確認しにくいですからね」

三島先生は柔和な笑みを浮かべた。
まさか、私のことを心配して水神様をお使いに出していたなんて……。
ただ者じゃないとは思っていたけど、水神様と一心同体、しかも気まで使わせるなんて大物すぎる。
あれ?でも、そのこと母本人は気付いているんだろうか?
私の疑問は、三島先生に筒抜けだった。

「彼女は、私の存在をわかっていると思います。敏い子でしたからね。ただ、気付いてもぼんやりとした感じでしょう。私達、水に関わる者達は幻惑、幻術という惑わしを得意とするので、はっきりと認識することが非常に難しいのですよ」

「幻惑、幻術……惑わし……」

そう呟いて、ハッとした。
なぜ私が三島先生のことを認識出来なかったのか!?
何度も会っていたのに、名前を聞いても特徴を聞いても、全く思い出せなかったのは、そのことが関係しているんじゃないのだろうか。

「……もしかして、私もそれで三島先生のことを覚えてなかったの?」

恐る恐る問いかけると、三島先生は申し訳無さそうに頭をかいた。

「ええ。今、サユリさんの頭の中にある私の情報は、全て私が勝手に作り上げたものです。私は浅川小学校の校長ではありませんし、本当は保護者からの人気もないですよ?」

それを聞いた瞬間、私は「怖い」と思ってしまった。
こんなに簡単に人の記憶を改ざん出来るなんて、もし乱用されたら誰も何も信用出来なくなる。
そう考えた私の心の内は、またもや三島先生に筒抜けになった。

「心配しないで下さい。私がこの術を使うのは、自分の存在を人に知られないため。決して、人に悪用したりはしません。腐っても神ですので……」

自虐的に言う三島先生の笑顔に、私は無条件に安心して頷いた。
四尾が言うように、どんな悪人でもたちまち改心する慈愛の笑みというのは事実のようだ。
あれ?そうすると、私は悪人ということにならない!?
いや、違うから!善良な一般村民だからっ!
ブンブンと首を振った私は、改めて一之丞に尋ねた。

「一之丞達はどうして知ってたの?術、効かなかったの?」

「効いてなかったというか、効きが弱かったというのが正しかろう。水神様のお力も少し弱まっていたゆえ、我らは《三島先生》という存在を覚えていたのだ」

一之丞の言葉に、次郎太と三左が頷いた。
更に一之丞は続ける。

「昨日、浅川神社で水神様の名前を知ったとき、なんとなく引っ掛かるものを感じたのだ。そして、湯ヶ浦神社で母上殿の話を聞いて……ふと、浮かんだのだ。三島先生の顔が」

「そうなの?私、何にもわからなかったなぁ……」

「で、あろうな。サユリ殿は、私が目で合図を送っても一向に気付かなかったゆえな」

それはいつのことだろう。
目で合図を送られたことなど全く覚えてな……あ!
そういえばあった!
何か言いたげにこちらを見てて、全然わからないから、ちゃんと言えって思ったことを!!
ハッとして見上げると、一之丞がじとっとこちらを見ていた。

「あはは。ごめん。あの時ね。湯ヶ浦の本宅で……」

「そうである。まぁ、サユリ殿のそんなとぼけた所も可愛いと思うのであるが……」

とぼけた所が可愛いなんて……さすが一之丞、心が広い。
私なら「早く気付きなさいよ?」くらい言ってるかもしれないわ。
寛容な一之丞と微笑み合っていると、三島先生の膝から四尾がひょっこり顔を出した。























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