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一時的な流行りに人生をかけてはいけないと思う

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「聞いた?またらしいよ」

「え?またですか?知りませんでした。最近、お友達もお父様もお忙しいようでお手紙もあまり。……それで次はどちら?」

「ネリサ子爵の令嬢とコール侯爵の長男がクラリア公爵の令嬢に婚約破棄を言い渡したって」

「あら、マチルダ・クラリア様?格上の公爵家に?それでどうなりました?」

「宣言を聞いた公爵令嬢がティーカップを投げてキャットファイトに発展したとか」

「……腹に据えかねたのでしょう。……下から上へ破棄を宣言される方はおりませんでしたのに」

「だろうね」

「流行ってますわねぇ」

「困ったことにねぇ」

「……憚られますが、皇太子ご夫婦が切っ掛けですよね?」

「ああ、間違いなく」

「あの、皇太子妃様はそんなにお綺麗な方ですの?皇太子様が長年の婚約者より選びたくなるほど。多くの殿方が皇太子妃様を崇拝されていると聞きましたし。私は遠くからお見掛けしただけなので、お顔がはっきり分かりませんの」

「僕も」

「あら、皇太子様の側近のお一人なのに?」

「タイミングが合わなくて。皆が僕に雑用を回すから。専ら皇太子様のお側より文官の執務室に閉じ籠りっきり」

「だからとてもお忙しかったのですね。最近、お会いできなくて。さすがに心細くありました」

「んんっ、ごほっ、あの、……僕も」

「……はい」

「忙しくて。……ごめんね?」

「いえ、お顔を見せてくださるだけで嬉しゅうございます。毎日のお手紙も」

「……手紙なんて言えないよ。走り書きみたいなのばかりで。……婚約者に申し訳ないなぁ」

「お忙しいのに書いてくださっているのですね。お心がとても伝わりました」

「……そうか。……良かった。愛想をつかれるかと心配で。……逆婚約破棄も流行ってるから」

「そうらしいですねぇ。不貞の証拠を集めて逆に突きつけるとお聞きしました。女性もお強くなりましたねぇ。お調べする専門の職業の方々がいらっしゃるそうで」

「僕はしてないからね?………………なんで睨むの?」

「……すぐにそうやって否定すると怪しいそうです」

「……え?え?!そうなの?!ちょ、ちょっと、睨まないでっ、本当に何もしてないから」

「……信じていますけど。先人の知恵と申しますか。少し用心深くなります」

「僕は嫌だよ?君との婚約破棄は」 

「……してないのは私共くらいですよ?皆さんは一度や二度、当たり前に経験されますもの」

「そうだけど。……そんなに睨まれるなら僕の信用が足らないのかな?落ち込むよ」

「……会わなかった時間のせいです」

「……そうか。うーん。……なんと言うか、君ほど僕を慕ってくれる婚約者に会える気がしないし。えー、……逆に君は?僕は嫌かな?」

「嫌なんてことは全くありませんけど。……経験はしてみたいですね」

「はぁ?経験?何をバカなことを?」

「申し訳ありません。一度もないとからかわれてしまうもので」

「あぁ、分かる。僕もだよ」

「殿方の世界も?」

「うん。年配に受けは悪いけど、同世代の友人達は婚約破棄した数を競い合ってる。よくそんなに縁談を見つけられるといつも感心するだけだから、バカにされてしまうんだ」

「まぁ、そうでしたのね。こちらも似てます。女性の間では一度は経験するべきというお話になってます」

「へー、そうなんだ」

「はい。破棄されたあとにもっといいご縁に出会う方も多くて、そちらの方がロマンチックだと好まれていますし、破棄の回数が多いのも殿方に好まれる証拠だとか」

「……君もそうしたいのか?」

「あ、いいえ、滅相もない。知らない殿方とまた新しく関係を築けるか不安ですもの。皆さんに感心してばかりで、でも私は経験がないので……」

「……バカにされるんだね」

「……はい。今のままで不満はないのですけど。……年下のご令嬢にまで言われると少し。申し訳ありません」

「確かにそれはいい気持ちしないね。あっ!傷つく気持ちは分かるだけだからね?一時の流行りに婚約破棄をしようなんて流されないでくれよ?すぐにこんな馬鹿げた流行も落ち着くし、僕らは気にしないで過ごそうよ」

「……流行りが落ち着くでしょうか?」

「?」

「皇太子妃様が皆様にぜひ略奪婚をするべきとお勧めになっているそうなんです」

「え?!なんで?!」

「人は困難を乗り越えて愛する者を奪い取るからこそ輝くとご令嬢方に指南されていると聞きました。皇太子ご夫妻をお手本にされよと」

「え、困る」

「そうですよねぇ」

「と、盗られる方はたまったもんじゃないのに。その話は本当なの?」

「私も盗られたくありませんけど。男爵から皇太子妃になられた皇太子妃様のようになりたいと憧れる方が多いので、皇太子妃様の恋愛指南を求めて皇太子妃様主宰のお茶会が人気なんです。先日、参加した友人から教えていただきました」

「本当なんだね。はぁぁ、なんてことを仰るんだ。皇太子妃は。こんな風潮を先導していたなんて。……そう言えば」

「何でございますか?」

「……皇太子も、同じようなことを仰っていた。婚前まえにお互いの熱い情熱が必要だと。婚約を破棄するほどの」

「まぁ」

「……正直、情熱とは違うけどね。……あれは婚前交渉で籠落されただけだ」

「え?何と仰いました?聞き取れなくて申し訳ありません」

「今のは失言だから聞かれなくて良かった。それより僕らは僕らのペースで行こう?それでいいかな?」

「はい。私も皇太子様のお話で反省しました。情熱が足らないのですね」

「え?」

「情熱的に頑張ります。盗られたくないので」

「ええ?え?盗られたくないって、そう思われるのは嬉しいけど。でも僕は今のままの君でいいんだよ?皇太子ご夫妻を手本に婚前交渉なんかまだいいからね?結婚後の楽しみに取ってるんだから」

「……婚前交渉?……何をするんですか?」

「あ……、分かってなかったならそれでいいよ。気持ちは分かったから、む、無理しないでね?」

「待ってください。婚前交渉というものが情熱の秘訣ですか?ぜひ、」

「違う違うっ。食いつかないでっ。何でもいいから結婚後の楽しみなのっ、今はダメ」

「知りたいですっ」

「ダメってば」

「……分かりまし、」

「調べるのもダメだからね!やめてくれよ?」

「むぅぅ」

「け、結婚後に僕が教えるんだから。それまでダメだよ?」

「……はい。でも少しくらい予習をしたいのですけど。分からないと不安ですし。ご存じなら教えてほしいです。少しだけ、だめでしょうか?」

「ううっ、誘惑だよぉ、それは。ううっ、ねだらないで。………ああ、もう。す、少しだけだよ?耳を貸して?大きな声では言えないから」

「はい」

「あのね、結婚したら、最初に、ヒソヒソ……だから、二人で、ヒソヒソ……………それで、婚前交渉というのは、ヒソヒソ…………」

「………え?…………………そ、そんな!ま、まぁぁっ、私ったら、は、はしたないことをお、お願いして、申し訳ありませんっ」

「だ、大丈夫だよ。泣かないでいいから。すごい緊張したけど、これはこれで楽しかったし」

「ううっ、恥ずかしいです」

「大丈夫だってば。………あのね、ここだけの話。略奪愛を皇太子ご夫妻がどんなに推奨されてもそのうち破綻するから。真似た人達も同じだよ」

「………?」

********************




「以前のお話は本当でしたね」

「まあね」

「まさか一粒種の皇太子様が嫡廃されるなんて」

「略奪愛を推奨するからだよ。皇太子妃は恋多き女と異名を取るほど相手を取っ替え引っ替え。皇太子様は妻を御せない寝盗られ男と有名になるし、緩んだ貴族令嬢に囲まれて放蕩三昧。そのくせお互いの浮気をひと目を憚らずに罵り合う。歪んだ倫理観に他国からの信頼は地の底だ」

「………ご成婚後、たった1年でしたね。婚約破棄の流行りに乗った方々も」

「信頼をなくすからねぇ。だいたい親の情があるんだ。我が子を蔑ろにされて黙る筈がない」

「破棄をされた令嬢は平和なようですね」

「………破棄返しをした令嬢は特にね。概ねそうらしいけど。……でもやはり心の傷になるようだ。少ないけど立ち直れないご令嬢の話も聞くよ。ご息女のことで悩まれる方が職場に多いから」

「時間が癒してくれますでしょうか」

「そうだと思うよ。もう今はそういう健気な女性が人気だからいい縁談も多いって聞いた。前皇太子妃とは真逆だから」

「まあ、殿方の世界ではそうですのね」

「うん。それのことでまた忙しいんだ。年配の方から適齢期の男を聞かれるし、逆に若い奴からも仲立ちを頼まれるし。本当に両方から。………俺だけいつも年配の中で仕事してたからだよねぇ」

「皆さんに頼られてますのね。嬉しいですわ。でもまたお忙しくなってしまいましたね。陛下の側近のお仕事もお忙しくされてますのに。喜ばしいけどお体が心配です」

「気にかけてくれるんだね。ありがとう。側近とはいえ文官の下っぱが意外だよね。生真面目さが買われて、陛下の側近になるとは思わなかった。昨日、次の皇太子が決まったら側近として派遣するように言われたよ」

「まあ、また皇太子様の側近と選ばれるなんて。他の方は皆さん、離職されたのに。ご栄進おめでとうございます」

「………君のおかげだと思う。ありがとう、僕を慕ってくれて」

「………いえ、私の方こそ、ありがとうございます」







~終~
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