婚約破棄された公爵令嬢と変身の魔女

うめまつ

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本編:ミアとアレス

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「ああ、目が覚めたね」

目を薄く開けると目の前に年配の女性。

藁にシーツをかけたベッドと農具の置かれた室内は納屋です。

それと女性の身なりから農村で働く方だと分かりました。

口許が濡れていることに気づいて、喉が乾いたと伝えました。

「いたた、」

「無理しなさんな。落馬したってんだから」

体の激痛に顔をしかめながらも、私ががっついて水を飲む姿を見て驚いています。

「飲み食いしてなかったのかい?」

「はい、水も食料もなかったもので。三日?四日ほどですね」

「そんなに?」

口許が濡れていたのはこの女性が顔の汚れを拭ってくれたからだと分かりました。

「……連れはあんたの旦那か何かかい?」

あの執事の身なりをこっそり囁くので首を振りました。

「違います。人拐いです」

どいつもこいつも糞です。

目を伏せていら立ちを隠しました。

「だろうね、こんな顔を腫らして」

それはタルロスから叩かれたせいですけど。

「逃がしてやりたいけど貴族よね。剣も持ってるし」

「爵位はありませんけどね。あの男は今はどこに?」

「うちの嫁が食事に母屋へ案内したよ。起きたら連れていくと言っていたから死んだふりしときな。自警団か私兵団に連絡しとくから」

「……ここはマッケンジー家の領地ですか?」

兵団ではなく私兵団。

それを聞いてがっくりしました。

「そうだよ」

「あの男はマッケンジー家の勤め人です。上の命により私を連れて行こうとしてるので、私兵団に伝えても無駄ですね」

驚いていますが、執事の身なりに納得してます。

「あの男はどっかの金持ちとは思ったけど。何だってあんたなんかに目をつけたんだろう」

背が高いだけの普通の娘です。

「言葉に品があるし、あんたはどっかの貴族か何かかい?」

「ただの勤め人です」

「そうかい。傷を見るから脱がすよ」

包帯と薬草をいくつか用意してるので大人しく服を脱ぎました。

頭にこぶがあるし、背中と肩は痛くて呻きました。

その間もご婦人の質問はやみません。

どこの誰から始まって根掘り葉掘り。

おかしなことは国はどこと争うのかとしつこく聞くこと。

あり得ないと何度も答えるとやっと黙って考えてこんでいます。

「……あんたに王都に詳しいんだね?」

「住んでますからね」

そう答えると舜巡して小声をもっと小さくして囁きます。

「……逃がしてやるから私達家族を連れていってくれないか」

「……どういうことですか?」

「……もうすぐ戦が始めるって噂なんだよ。領主様が兵を集めてる。旦那も息子も連れていかれた」

残った嫁と孫を連れて逃げたいと頼まれました。

「どこと戦う気ですか?」

「分からないんだよ。でも村の男達は全員連れていかれて、連れていった私兵団は徴兵だって言っていた」

ここだけでなく近隣の農村でも徴兵されて男手がないそうです。

「……荷馬車があれば朝に出て夕方には着きます」

自分の勤勉さを誉めたい。

ルギスタ家のみならず、王家や取り巻きであったマッケンジー家の領内も学びました。

国内の地理は全体を把握してます。

でも私の怪我と女ばかりの道程に不安がありました。

執事の監視も。

それを伝えると婦人も納得して頷きます。

「荷馬車の支度なら私らで出来るよ」

こそこそと二人で密談を続けます。

私もですが、危機感からこのご婦人も焦ってます。

国外への出兵ではなくここが戦場になると言葉の端々から不安が溢れていました。

そうしているとガラッと引き戸の納屋が開きました。

「起きられましたね」

ノックもなしに現れたのはやはり執事。

こっちは包帯を巻いただけの半裸だと言うのに。

ご婦人が急いでまともに動けない私のためにシーツをかけて隠してくれました。

馬に乗れと急かされるのをご婦人と嫁らしき女性が二人で止めてくれました。

「服を用意しなくて。それにまだフラフラしているし、また落馬するかもしれません。もう少し休ませてあげてください」

「水も飲まずに四日も過ごしたらしいからもう少し休ませないと死んでしまいます」

せめて1日は寝かせてあげた方がいいと言われて私も傷の痛みと具合の悪さを訴えました。

「これから雇うのに死んだらもとも子もありませんよ」

そう言うと仕方ないと諦めて剣を片手に納屋を出ていきました。

でもすぐに戻ってきて幼い子供を引きずって現れたから私達三人は叫びました。

「逃がすつもりはありません」

「ひ、お、お母さん!おばあちゃん!」

お孫さんと思われる女の子の首を捕まえて納屋の隅に腰かけます。

監視している間に女性二人に私兵団へ迎えのために伝言を指示していました。

年配のご婦人は一瞬悔しそうに顔を歪めましたが、この農村から離れたところにある私兵団へ伝言を伝えに出ていきました。

婦人と私の計画は無駄だったようです。

背が高すぎる私に合う服はなく婦人の息子の服を借りることになりました。

「……そうしていると本当に男にしか見えません」

執事の視線に蔑みと憎しみが混ざります。

この男もタルロスの失態は私のせいと感じてるようです。

「恨まれてますね。なのに私を雇うのですか?」

「……あなたの暗躍でしょう。王子やタルロス様の失脚を図ったのは。ルギスタの魔女と呼ばれて、その正体は暗部か何かの懐刀。こちらは分かっているのですよ」

子供に向けていた剣先を私の方へ。

「たかが侍女ですのに」

「私は騙されません。あなたにもあの女にも」

「……男爵令嬢ですか?」

「私共の大事なお坊ちゃんに、あの女は」

恨みのこもった声に頷きました。

ひっぱたいて顎で使っていたのを思い出して同情しました。

ヒスティアスお嬢様が男にそんな扱いをされるのは私も我慢なりません。

「……なんと言っても魅了の魔女ですからね」

ヒスティアスお嬢様も最初は見目や態度の良さに騙されて気に入っておりました。

「……魅了の魔女。そうですね、その通りの女でした。ですが、もう二度とお坊ちゃまにあんな態度を取れないようにいたしました」

歪んだ笑みに何かしたことは分かりました。

「全てをやり直すのです。そのためにもあちらにあなたがいるのは都合が悪い」

命が惜しければマッケンジー家に尽力するようにと呟いて足元に座る子供の肩を剣で軽く叩いています。

「ひ、ひぃ、」

怯えてぼろぼろと涙を流して震えています。

「小さな子供を虐めないでくださいませ。手当てをしてくださった方のお孫様ですし、可哀想になりますから」

どうせ剣を置くならここへどうぞと自分の肩を指でさしました。

「潔い。あの下品な女より度胸はありますね」

「ルギスタ家の使用人ですから」

「これからはマッケンジーの者です」

「かしこまりました。ではマッケンジーの魔女と名乗りましょう」

どすっと首の横に剣を刺していつでも切断できるように柄を掴んだまま。

側に腰かけてじっとされていました。

子供は母親のもとに返しました。

外から子供の無事に号泣している母親の声が聞こえます。
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