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6 生徒面談とあべこべチョコレート ④

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 無駄話一切無し、きっかり十五分間の面談終了後、早々に鬼頭さんに追い出された私は一階へと降りる。カウンター端の相談ブースをちらりと見れば、葉月さんが生徒とそのお母様らしき保護者と和気あいあいと談笑しているのが目に入る。すると、
「おかえり、花田さん。鬼頭さんの面談どうだった?」
 何故からんらんと目を輝かせた松野さんに迎え入れられた。
「た、大変勉強になりました……」
「うふふ。花田さんも明日から、生徒面談デビューね。でも、鬼頭さんのは型破りだから参考にしないようにね」
 自分のデスクに戻ってパソコンを立ち上げる。
 明日からは私も自分の進路面談が始まる。
 ――鬼頭さんは何で、あんな責めるように生徒と面談したんだろう。
 受験生によってはトラウマになりかねないアグレッシブな面談スタイルはやっぱり基本型じゃないらしい。奇襲よりよっぽど激しかった。
 だとしたら、理由があるはずだ。
 週末に〈新人殺し〉の難問を出題してきた坂下先生のように。
 多分、生温い覚悟で受験生をしないでほしい、と言いたかったんだと思う。昨年より実力テストの点数が低いのを懸念して、直前になって授業内容を変え、それを職員のチューター側にも共有したいからゆえ。意地悪な言葉と裏腹に、すごく受験生想いなんだろう。それは多分、五〇名も集まる新人研修で私を当ててきた鬼頭さんも同じ。
 事象には理由がある。
 出来事には原因がある、背景があるはずだ。
 それこそ、歴史の勉強をする時も同じように因果関係を理解して暗記したっけ?
 日本史、世界史の試験では、テキストの太文字を丸暗記してもなかなか満点取るのは難しい。それよりも「何でこうなったんだろう?」と考えたほうが、覚えるのが楽だった。
 例えば、昼に食べたアポロンチョコの味に、漣が語っていた「アステカ文明からスペイン経由のパリのチョコレート」なんかがいい例だ。
 国が栄えれば科学技術が発展した、と考えればなんとなく覚えられた。他にも、古代ローマが繁栄したのは、周辺国を属州にした時にその文化を迎え入れたおかげで、文化や技術が発達した。
 全ての道はローマに通ず、だ。
 それまで麦粥しかないような貧しい食文化の小さな国がワインやパン、緑黄色野菜などグルメの国になったのも、負かした国の文化を壊さずに吸収したから。あのアウグストゥス帝なんか他国から焼き窯を取り入れ、年間三〇〇以上ものパン工場を稼働させたことで、ドーナッツ型とかデニッシュとか焼き菓子のもとになるパンが定着したらしい。
 現代、美味しいパン食べられるのは食いしん坊だったおかげ。ありがとう、共和制ローマ。
 ……あれ? 相手を迎え入れるって、実は鬼頭さんの面談方法と同じ、かも……?
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