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15 受験生の必需品 ⑥

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「……同じクラスの佐藤くんが、面談トップバッターで、面談前に訊いたんです。どんな内容なのか、知りたくて……。そしたら、まさか独学の現役合格って聞いて。ホームルーム前に、知ってました。何か、悔しくて。私はあんなにも」
 個人情報データには、過年度の模試成績だけではなくX塾の利用状況なども記録されている。
 玉置さんは、うちの〈現役生コース〉からの受講だった。
 高三の八月から授業コマを増やした佐藤くんとは比べ物にならないほど、玉置さんの個人情報データには、多くの通常授業や講習を受講した履歴があった。X塾を信じて使用しても、志望校の明法大学合格には届かなかった。
 予備校や塾に支払われる受講料では、合格を授けることが出来ない。
「そしたら、未亜の件があって。未亜、すっごく泣いてて。……どうせ、私みたいな浪人の気持ちは分からないんだって。出来る人は、こっちの気持ちも分からないから、未亜にも嫌な思いさせるんだって」
 気が強いけれど、友達思いで純粋なだけだ。頑張った分、報われるわけじゃない。それは浪人の今年だって同じことだ。
 支えたい。
「……チューターとして、頼りないかも知れない。だけど、玉置さんがこの大学受験に必死だってこと、伝わっているから、応援させてくれないかな。出来る限り」
 拒絶される覚悟で、私は真正面から向き合う。泣くだけ泣いた玉置さんは、釣り上がった眉毛を、くしゃりと下げる。
「……あんな必死に、ビスッコ配ってアドバイス貰ったら、もう」
 呆れたように返事をすると、玉置さんの両目からまた涙が溢れ出した。
「アドバイス、下さいませんか。私の受験に」
「……勿論!」
 泣きながら玉置さんは「つっかかって、すみませんでした」と頭を下げた。

 いつもの強気な表情に戻るのを確認して、私は玉置さんを教室へと見送った。ぺこりとお辞儀する姿は、面談の時のように礼儀正しい。
 真面目で負けず嫌いなら、大丈夫。
 教務カウンターに戻ると、講師室で中嶋さんを筆頭に坂下先生を囲む輪が目に飛び込んだ。「お前ら、ちゃんと分かってんのかぁ」とぞんざいに扱われるのに慣れっこなのか、生徒達は笑っている。その中に、佐藤くんと三好くんが仲良さげに並んでいた。
「お、チャイム鳴ったぞ。お前ら、ほら教室行った行った」
 始業ベルと同時に坂下先生が追い出す素振りをすると、蜘蛛の子を散らすように生徒が出ていく。
「坂下先生、対応ありがとうございます」
「本当に勘弁して欲しいわ。こちとら老人なんだからさ。そういや」
 次の講義へとエレベーターに乗り込む直前、坂下先生が振り返った。
「この前、岩城と飲んでたらさ、あいつしょーもないこと言ってたから叱っといたわ。今週から校舎ルール変わっただろ?」
 連絡事項のアナウンスを忘れていた。ホームルームから二日も経ってしまった、多分うちの子達だけ知らされていない。
「生徒にアナウンスそびれてました……」
「なんだ、そんなの明日でも教室来て言えばいいじゃん。授業中の『水分補給はOK』になりましたーって」
 私を蹴り飛ばすように、ガハハと笑う。
「受験生に必要なものって言ったら、花田ちゃん。分かるよなぁ?」
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