創造した物はこの世に無い物だった

ゴシック

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第2章 紡がれる希望

第15話 一期一会

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 アメリカ中央拠点クレイドル 北部

 ヨハネとの戦闘によって更地と化した大地に、二人の少年少女が立っていた。

 両者は一言も発さずに、互いの顔を見つめ合っていた。

 黒衣を身に纏った少年は優しげな微笑みを少女に向け、少年と同様に黒衣を纏った〝黒髪〟の少女は紅蓮に輝く瞳を少年に向けたまま硬直していた。

 そんな少女の頬には、止まる事のない涙が流れていた。

「ごめんね……ユウキ」

 静寂を破り少年が発した言葉に反応したユウキは、少年から目を逸らし俯いた。

 (……バカやろぅ)

 身体を震わせたユウキは、少年には届かない小さな声で唸っていた。

「嘘……なんだろ?……レン」

 その言葉を聞いたレンは、表情を曇らせると首を小さく横に振った。

「こんな残酷な嘘……君に吐く筈ないよ」

 少年は無理矢理作った笑みを、ユウキに向けた。

「お前と……殺し合える筈無いだろ」

 俯いたまま涙を流し続けたユウキに歩み寄ろうとしたレンだったが、右足を踏み出した所でピタリとその歩みを止めた。

「それは僕だって同じだよ……だから」

 レンはそう告げると、腕を大きく広げて微笑んだ。

「君の手で終わらせて欲しい」

「っ!……そんな残酷な選択肢……俺が選ぶ筈ないだろ!」

 ユウキが顔を上げると、視線の先には苦痛で顔を歪めたレンの姿があった。

「転生してしまった僕には選択肢が無いんだ。光の人間を殺す為に身体は勝手に動いてしまう、強引に止める事が出来ている現状を、維持できる時間は僅かしかない」

 レンの言葉を裏付ける様に、戻そうとしている足は少しずつユウキに向かって前進し、広げていた腕には紅蓮の炎が纏い始めていた。

「ただ……君に伝えておきたい事があるんだ……だから、少しの間だけ僕の周囲を障壁で囲んでくれないかい?」

「分かった」

 周囲を囲う事で行動範囲を限定し、レンが此方の動きを封じる事が出来ると考えたユウキは、レンに告げられた瞬間に囲い込む様に障壁を創り出した。

「ありがとうユウキ……これで僕が得た情報を君に伝えられる」

 レンが身体の力を緩めると、障壁の影響を受け身体に纏っていた属性は消滅していった。

「情報?」

 涙を拭ったユウキは、周囲を囲まれたレンの元へと歩み寄った。

「転生した僕は、転生者狩りの手で命を絶たれると思っていた……でもそうはならなかった……理由は恐らく転生先のイタリア北部にあると思う」

「イタリア北部って……確か」

災禍領域カタストロ・フィードの被害を受けた場所だよ。僕がそう思った一番の理由は、血液によって赤黒く染められた街並みが広がっていた事と、人が全く存在していなかったからなんだ」

 障壁前まで来たユウキは、障壁の向こう側に立っているレンに向けて障壁越しに手を当てた。

「勿論、それだけではイタリアだと言う根拠にはならない……イタリアだと思った理由は別にある」

 レンはそう告げてそっと右手を翳し、障壁越しにユウキの手に触れた。

「国内にはイタリアの主力達を讃える物が沢山あったんだ……他国でも見る光景ではあるけど、イタリアの主力達一色だった所を見るとイタリア以外あり得ない」

 そう告げたレンは、自身の左手に視線を向けた。

「僕が君の元へと転生されたのは、その場所にいた女の子からの指示だった」

「女の子?……そんな場所に?」

 その言葉に頷いたレンは、ユウキに視線を向けた。

「彼女の容姿は、〝ユカリ〟に良く似ていた」

「ユカリに?」

「うん、彼女は幼い頃のユカリに似ていた……そして彼女が僕の事を視認すると嬉しそうに駆け寄って来たんだ」

 そう言うとレンは、その時を思い起こす為にゆっくりと瞳を閉じた。

―*―*―*―*―

「あっ!人だー!」

 黒い薄衣に身を包んだ黒髪の少女は、腰まで流れた髪を揺らしながらレンの元まで駆け寄った。



「君は?どうしてこんな所に?」

「知らなーい」

 少女は手をヒラヒラ揺らしながら身体を回し、頭上に一本だけ跳ねた髪の毛を揺らしていた。

「ははは……」

 (身体がこの子を攻撃しようとしない……こんなに幼い女の子が闇の人間なのか?)

「そうだよ?」

 声に出していないレンの言葉に返答した少女は、先程まで瞳に灯っていた光を失っていた。

「っ!……心の中まで読む事が出来るんだね」

「凄いでしょ!私もなんで聞こえるか知らないけど」

 再び光を浴びた瞳をレンに向けた少女は、純粋な微笑みをレンに向けると遠くに見える離島を指差した。

「私はあそこから来たの!」

「あそこからって……周りは海に囲まれているじゃないか……どうやってここまで来たんだい?」

 海を渡って来たにしては、少女の衣服は濡れている様には見えなかった。

「そんなの簡単だよ?……空を飛べば良いんだから」

「……え?」

 (空を飛ぶ?……ユウトやユカリと同じ事が出来るのか)

「ユウト!」

 レンの心を読んだ少女は、目を輝かせてレンの纏っていた黒衣を掴んだ。

「えっ!……ユウトの事を知っているのかい?」

「うん、知ってる!私はユウトを〝殺す〟為に生まれて来たの!」

「なんだって……」

 満面の笑みを浮かべる少女とは反対に、レンは驚きの表情を浮かべていた。

「でもまだ駄目なんだって!あの男が言ってた……」

「……あの男?」

 レンが首を傾げていると、徐ろにレンの左手を掴んだ少女はある物を渡して微笑んだ。

「これあげる!」

「……?これは?」

「知らなーい……あの男が置いていった手紙と一緒に置いてたから持って来ちゃった!」

 少女から渡された物は〝赤黒い手紙〟と古ぼけた転移端末だった。

「……」

 少女から手紙を受け取ったレンは、手紙を読み進んで行くと静かに目を閉じた。

「泣いてるの?……あの男に嫌な事言われたの?」

 黒髪の少女は頭上の髪を揺らす様に、レンの顔を覗き込んだ。

 覗き込まれた少女は、心配そうな表情を浮かべていた。

「……はは、君は闇の人間なのにユカリやユウトと似ているね」

 少女の言葉とは裏腹に涙は流していなかったレンは、沈んだ心を紛らわせる様に少女の頭を撫でた。

「ふゃぁ……そろそろ戻らないと心配かけちゃう」

 撫でられていた少女は、背後の離島に目を向けると不安げな表情を浮かべた。

「僕もそろそろ行かないと……大切な人の元へ」

「私も行きたいなー。でも心配はかけたくないから行かなーい」

 少女はそう言うと、背中から〝青黒い炎の翼〟を創り出し空中に浮かび始めた。

「それじゃあまたね〝レン〟!ユウトにも私の事教えてねー」

 少女は笑顔で手を振ると、離島に向けて高速で飛び去って行った。

「……あれ?僕、名前言ってたかな」

 首を傾げたレンだったが、手元にある手紙を見つめると転移端末による転移を開始した。

 (死ぬ前に伝えられる情報は伝えておけ……か、転生した僕に出来る道は一つしかない様だね)

 レンはゆっくりと瞳を閉じると、〝黒い渦〟へと呑み込まれていった。

―*―*―*―*―

「……そいつがレンを差し向けたのか」

 話を聞いていたユウキは、腕を震わせて怒りを露わにしていた。

「あの子は悪くないよ。僕に対して敵意を向けてこなかった……あの子と出会っていなければ転生者狩りの手で殺されていただろう。確実にそうだったとは、言えないけどね」

 レンはそう言うと黒衣のポケットから、少女から渡された手紙を取り出した。

「もう一つ伝えておきたいのは、僕を殺したのが〝黄金色こがねいろの髪〟をした女性だと言う事だ」

「黄金色?……でもヨハネは、自分が殺したって」

 ユウキの言葉を聞いたレンは、小さく首を横に振った。

「転移中に聴き慣れない声が聴こえたんだ、〝貴方の死因について伝えて欲しい〟ってね……真意は分からないけど、ユウキが勘違いしていたなら教えて正解だったね」

「でも何で、そんな事をレンに話したんだ」

 そう聞かれたレンは、小さく首を横に振った。

「分からない……でも、もしかしたらその人は他の人を傷付ける事を望んでいない人間なのかもしれない」

「闇の人間なのにか?」

「ユウの事がある……可能性は、ゼロでは無いと思うよ」

 レンが手紙を地面に落とすと、手紙は紅蓮の炎に燃やされた。

「僕の得た情報は全て伝えた……もう、終わりの時間だね」

「っ!…………本当に、こんな結末しかないのか?」

 その言葉に再び涙を溢したユウキは、障壁に触れていた手を離した。

「僕が光に戻る可能性は……有る」

 レンの発した言葉に、ユウキは瞳を輝かせた。

「……あるのか?……本当に」

「でも、僕からは教えられない」

「……え?……なんで」

「僕一人の為に、君が死んでしまう可能性があるからさ」

 言葉の意味が理解出来ないユウキは、輝かせていた瞳を再び曇らせていた。

「俺なんか、どうなったって良い……お前が生きてくれよ」

「……通信機越しにも伝えた事なんだけどね、僕は君の事が好きなんだ。僕の事を好きだと言ってくれた君を……好きな女の子を犠牲にしてまで生きようとする様な男になるつもりは無い。ユウトの記憶がある君なら分かる筈だよ……そんなクズ野郎には成り下がりたくないんだ」

 通信機での記憶を思い出したユウキは、涙と共に頬を微かに赤く染めていた。

「確かに男の頃の俺はそう言った……でも、今の俺は女なんだろ?す、好きな相手に生きて欲しいんだよ。だから頼む……お前を救う方法を教えてくれ」

「駄目だ……それだけは、僕自身が許さない」

「お願いだ!」

「……」

 障壁越しに涙を流しながら懇願するユウキを見たレンは、俯きながら腕を震わせていた。

「……ユカリなら、知っている」

「……ユカリが?」

「でも、ユカリも僕と同じ様に教えてくれない可能性が高い……ユカリ自身が過去に辛い想いをしているからね」

 レンの言葉を聞いたユウキの脳裏には、自身の誕生と日本での死闘が過った。

「まさか……」

「知識を得た君なら……それがどれだけ不可能な事か理解できる筈だよ」

 全てを理解したユウキの曇った表情を見たレンは、優しい口調でユウキを諭した。

「例え……無に等しい確率だとしても、俺はやる……絶対に……こんな残酷な結末で終わりたくないから」

 俯いたユウキの髪は、負の感情の影響で黒髪から徐々に白髪へと変化し始めていた。

「時間が無い……終わりにしよう」

 顔を上げたユウキに、レンは優しく微笑んでいた。

「約束だ……必ず生き返らせる……それまで、待っていてくれ」

 ユウキはそう言うと、小指を立ててレンに向けた。

「約束するよ……だけど、もし戻れなかった時は僕の事を全て忘れて欲しい」

 レンが小指を立てながらユウキに告げると、差し出していた指をピクリと動いたが、ユウキはそのまま障壁越しに約束を交わした。

 障壁に背を向け離れていくユウキの髪は、再び黒い髪へと戻り始めていた。

 (ユウキを闇に堕とさない為に約束をしたけど、僕が君の元へと戻る可能性は無いだろう。君に巡り会えた事が、僕にとっては十分過ぎる程の奇跡だった。ユウキ、奇跡は何度も起きるものじゃないよ)

 一定の距離を取ったユウキは、振り向くと同時にレンの周囲を覆っていた障壁を解除した。

「この感じ……懐かしいね、ユキと戦った時以来かな」

 レンは腰に差していた刀を抜くと、刀身に紅蓮の炎が纏われ始めた。

「そうだな……俺とは戦った事ないならな」

「勿論、君を攻撃する筈ないよ。僕は初めて君を見たその瞬間から……君に惚れていたんだから」

「なっ!」

 その言葉を聞いたユウキは、顔を赤面させると目線を逸らした。

「この一撃で終わりだねユウキ……さよ——」

「別れの言葉は言うなよ?」

 言葉を遮ったユウキは、不機嫌そうな表情をレンに向けていた。

「そうだね……行くよ……ユウキっ!!」

「ああ、必ず生き返らせると誓う!……俺の全てに賭けて!!」

 ユウキは右手に創り出した結晶刀クリスタリアを片手で構えた。

 紅蓮の炎を纏い爆発の激しくなった刀身からは、結晶の粒が舞っていた。

導きの炎氷結ラディアーテ・フレイス

 ユウキの振われた刃から、紅蓮に染まった斬撃が放たれた。

 その斬撃は地面を切り裂きながら、正面のレンに進み続けた。

「ユウキ……転生した僕が君を傷付けることは、世界が滅びようとも有り得ない」

真価の灯ヴァーガズ・リヒト!』

 レンの携えていた紅蓮に染まった刀身から、ユウキと同じ様に紅蓮の斬撃が放たれた。

 ユウキに向けて放たれた真価の灯ヴァーガズ・リヒトは、ユウキの斬撃に接触すると同時に瞬時に結晶化して砕け散った。

 (僕は斬撃に殆ど属性を含んでいなかった……こんな事をしなくても、君なら僕に勝つ筈だけどね)

 斬撃の直撃を食らったレンは、身体の半分を結晶化させると地面に倒れ込んだ。

「レンっ!!」

 倒れたレンに急いで駆け寄ったユウキに向けて、レンは優しく微笑んだ。

「君の存在が……僕に全てをくれたんだ、君と出会えた事が僕の人生で一番の奇跡だった。ありがとうの一言では収まらない程の感謝しか、今の僕には残っていないよ」

「そんな事言うな……最後の言葉に聞こえるぞ」

「ごめんね……僕は自分が生き返れるとは、思っていないから」

 レンの言葉を聞いたユウキの瞳からは、涙が溢れていた。

「そんな事無い……生き返れるさ」

「僕はもう奇跡に出会えたんだよ……奇跡なんて何度も起きないから奇跡なんだ。例え死ぬ事になっても後悔は無い……僕は君に出会えて幸せだったからね」

 微笑みかけるレンに膝枕をしながら、ユウキは涙を流し続けていた。

「俺だって同じだよ……だから頼む……お願いだから……死ぬなんて言わないでくれよ……俺を、一人にしないでくれ」

 涙を流し続けているユウキの頬を、レンは結晶化を免れた左手で優しく撫でた。

「君は人々から信頼される存在になったんだ、君は一人じゃない。君を信じて、共に歩んでくれる存在はいるんだ」

 上半身まで達していた結晶化は頬を撫でる左腕も、結晶化し始めていた。

「こんな形ではあったけど、僕は君とまた出会えた事を幸せに思っている。例え残酷な結末になると分かっていても、もう一度会いたかった。僕が一目惚れした女の子に……世界で一番〝綺麗〟な君に」

「……レン」

 遂にレンの左手は全てが結晶化し、首元まで結晶化の進行したレンは涙を流したユウキに向けて微笑み続けていた。

「僕が最初に感じた事は間違っていなかった、やっぱり君は……世界で一番優しくて、暖かい……天使の様な女の子だった」

 涙を流しながらも、ユウキは瞬きする事なくレンの事を見つめ続けていた。

「ありがとう……ユウキ。僕を心から信じてくれた、この世で最も大切な……僕の大好きなユウキ」

 その言葉を最後にレンの身体は結晶に包まれ、粉々に砕け散った。

「……」

 ユウキは膝の上に残った結晶の破片を手に取ると歯を食いしばりながら涙を流し、破片となったレンを握り締め額に押し当てていた。

 (必ず創造して見せる……俺の命がどうなろうとも、お前だけは……絶対に)

 強固な決意を胸に秘め、ユウキが立ち上がったと同時に周囲を覆っていた障壁は音を立てて砕け散り、晴天の光がユウキとレンを照らしていた。
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