魔王を宿す最強の魔道士

Simon

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【第一話】出会い

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「うーん……。この経歴だと、ねぇ……」


 咥えタバコでそう言いながら首をかしげるマスター。手に持って眺めているのは、間の抜けた顔の写真が貼ってある一枚の紙だ。


「頼んますよ~、そこをなんとか……」


 姓名を記入する欄にデカデカと二文字、カイ。それが、マスターの目の前にいる男の名だ。


 年は17。なんとも冴えない風貌。今も間の抜けた顔でヘラヘラしている。


「んなこと言ったってねぇ……。聞いたよ、あんたがクビんなった理由。行く先々で女の子にちょっかい出すそうじゃないか」


「いやそいつは言いがかり――」


 マスターは彼を、登録している冒険者たちに紹介する気はない。もし女性に手を出すという行為がなかったとしても。なぜなら、ラフなTシャツとジーンズでこの場に来ているから。言い訳を聞く耳など持つわけがない。


「ま、もうちょい大人んなってから来るこったな」



      ――――――――



「っくしょー、あのオヤジめ。はなっから俺を紹介する気なかったな、あれは。……これからどーしたもんか。金はもう底をついたし、頼れるやつもいないし……」


「おーい! みんな逃げろー!!」


 町の入り口付近からひとりの男が、大声をあげながら走ってくる。


「ん? どしたの?」


「君も早く逃げるんだ! 狼のモンスターが群れをなして襲ってきたんだ!」


「へー」


 カイは恐れもなにも感じていない。……フリをした。まあ、実際に恐れを感じていなかったのは確かだ。なにせ、モンスターと戦ったことはこれまで一度もない。遠巻きに見ていただけ。それがクビになりつづける最大の原因なのだが、そんな事は知る由もない。


 ところがこの日は何を思ったか、モンスターに立ち向かってやろうという気が湧いてきた。ここでいいところを見せれば、街を救った英雄として讃えられるに違いない。比較対象がいないことによって謎の自信が生まれていたのである。


「お、おい君! そっちは危な――」


「フ、俺に任せな。こんな奴ら、秒で片付けてやるさ」


「おお! 心強い、では頼んだぞ!」

     ―

「悪い! やっぱムリだわ!!」


「チクショー、クソガキ!! 3秒ともたなかったじゃねえか!!」


 立ち向かおうとしたせいで、モンスターを余計に殺気立たせてしまった。村人もカイも全力疾走で町の奥へ逃げようとするも、猛スピードで迫りくる狼にスピードで勝てるわけがなく、あっという間に追いつかれ、カイはシャツの裾を食いちぎられてしまった。その拍子に足を滑らせ、額から地面に転んだ。村人はその音につい振り返ってしまう。一瞬の隙。気づくと四方を囲まれていた。


「こ、これはまずい……! このままでは食われてしまう……!」


「だいたいお前酒場から出てきたんだから冒険者なんだろう!?」


「冒険者がみんな戦えると思うなーっ!!」


「冒険者は戦うのが仕事だろーがっ!!!」


 逃げることも忘れ言い争っている姿を、狼たちは戦意喪失とみなしたらしく、包囲を解いて列を作りはじめた。モンスターと化した狼はそこそこの知能を持つ。獲物に群がって食するのではなく、順番に少しずつ食べていくという習慣を形成しているのだ。カイたちはその習性を知らない。逃げられる状況になったにも関わらず、カイが役に立たなかったことに対する論争が繰り広げられている。


 誰が一番になるか。狼でも揉めるのだ。そうなると、まっすぐだった列も乱れて徐々に横方向へ広がっていく。狼たちが一ヶ所に集まって争いを始めた時、轟音と共に黒煙が上がった。カイたちは突然の出来事にただ目を丸くする。


「な、なんだ……!?」


「――! あれは……!」


 村人は驚きのあまり声をつまらせた。徐々に煙が晴れていき、その向こうに人の姿が見えてくる。長い髪、砂時計のようなシルエット。やがてシルエットではなくハッキリと見えるようになった。そこには大きくて凛とした瞳と艶やかな唇、なによりもカイを魅了する絶妙なサイズ感の凸部があった。


「お!? 美人――!」


「オイ、逃げるぞ!!」


 村人は見惚れているカイの襟を掴んで、引きずるように逃げる。


「え、ちょっ……!? 味方なんじゃねーのか!?」


「お前あの女のこと知らないのか!? 訪れた場所全てが灰になるという伝説を持つ最恐の魔術師、ミアだ! もうこの町も終わりか……」


 村人は絶望の表情を浮かべる。一方、カイの脳内は希望に満ちていた。


      ――――――――――――



「お、50年モノ……! 見かけほど悪くないわね、この街」


 ミアは人のいなくなった酒場にいた。テーブルを一ヶ所に集め、珍しい酒や肉などの高級品を選びぬき、その上に並べる。あらかた店内を探し終わると、黙々と肉を頬張り酒を流し込んでいった。


(あの人ずいぶん食うなぁ……。全部あの胸にいってんのだろーか)


「なんか失礼なこと考えてるわね」


「はいッ!???」


 店の外から覗き見していたカイは、まさか気づかれていると思わず、気の抜けた声を出してしまった。


「隠れてるつもりなんでしょうけどバレバレよ。消し炭になりたくなかったら早くどっか行きなさい」


「い、いやー、その……」


「なによ?」


「俺をつれてってもらえないかなー、なんて思ってまして……」


「あいにくだけど、私は誰かと旅をする気はないの。それに――」


 ミアの手から、細く凝縮された熱線が放たれる。それはカイの顔すれすれを通るようにして、壁に穴を開けた。


「自分より弱いヤツといて何の得があるの?」


 強者の余裕と言うべきか。勝ち誇ったような見下したような笑みを浮かべるミア。カイは何も言い返せず、店から離れた。


「くそー、見かけ以上に意地の悪い女だなー。……でもなー、こんなチャンスもうないだろーしなぁ……。――っと、すみませ……」


 カイは自分より大きな誰かにぶつかり、反射的に謝ってしまった。だが、よく見るとそれは人ではない。


「……!」


     ――――――――――――


 キィッと音がして、ミアは扉の方を振り向く。


「なに? まだ私に用があるの?」


「ああ、お前に用がある――」


 その声は人のものではなかった。てっきりさっきの男が戻ってきたのだと油断していたミアは、急いで体勢を整え、魔法を放つ。しかし魔法は目の前にいる二足歩行の狼のようなモンスターの額に吸収されてしまった。


「……! 結晶石……!?」


「ご名答。俺はこれのおかげで狼の頂点に立てた。さっきは部下どもが世話になったようだ。こいつをくれてやろう!」


 モンスターは額の結晶石を光らせると、今受けたばかりの魔法をそのままの威力で反射した。予想していなかった反撃にミアは反応しきれない。


「危ない!!」

 そう声がしたかと思うと、ミアは何者かに押し倒されていた。


「なっ……!?」


 そこにいたのは先の男、カイである。


「ああッ!! 背中かすった!? 痛えーッ!!」


 服の背中が破けて、皮膚は火傷している。人生初の痛みに大人げなく泣き喚いている。


「バカなの!? なんでこんな――」


「だってほっとけないじゃないすか!? あいつなんかヤバそうだったし――どわッ!?」


 カイが弁明しようとしているところへ、モンスターは再度魔法を撃ちこんだのだが、カイはまたもや直感だけで避けてみせた。といっても今度は脇腹をかすめてしまったが。


「チッ、ちょこまかと逃げおる……」


 業を煮やしたモンスターは魔法を乱射することにした。結果、店は原型を留めないほどに崩壊してしまい、あっという間にカイたちは屋根だった木片の下敷きになってしまった。


「どーせ助けに入るならあいつ倒せる作戦でも立ててきなさいよ!」


「すんません~! なんも考えてなかったんすよ~っ!」


 カイは、助けに入ってきたとは思えないほど情けなく泣いている。


「仕方ないわね。……人に見られるのはヤなんだけど」


 見ていられなくなったミアはため息をつきながら服に忍ばせていたナイフを取り出し、自らの胸に突き刺した。


「えっ……!?」


 すると身体が光に包まれていき、外見が変化していく。そのシルエットは女性のものではなくなり、禍々しい筋肉質なまるでモンスターのようなものになる。


「ま、まさか……」


 さっきまで威勢のよかった狼のモンスターがあとずさりしている。本能的に勝ち目のないことを悟ったのだ。逃げ出そうと決心した時には、それは音も立てずに目の前に移動してきていて、左手で顔を鷲掴みにされた。


「ま、魔王様……、どうかお慈悲を――!」


 グシャッという音とともに身体が床に転がった。


(ウソだろ……、りんごみてぇに潰しやがった……!)


 魔王と呼ばれたそれは、床に落ちた結晶石をつまみ上げると、

 
『……紛い物か。くだらん』


 とだけ呟いて、粉々に砕いてしまった。そして、店の残骸の中に隠れているカイの方へ首を向け、魔力を掌に集中させた。


『……余の姿を見たのだ。生かしては帰さぬ』


 ここで消し炭になる運命だったのか、とカイが諦めかけた時、

 
『む……、ぅ……』


 と魔王は苦しみだした。魔王は頭を押さえて抵抗しようとしているようだったが、やがて身体が光に包まれた。光が消えた時、姿はミアのものに戻っていた。


「……はぁ」


 ほっとしたように息をもらすミア。


「い、今のは……?」


 カイは恐る恐る聞く。


「……魔王って聞いたことあるでしょ? あれよ。私の身体は魔王の入れ物にすぎないの」


「魔王……って、20年前に死んだはずじゃ――」


「20年前、死を目前にした魔王は一人の女の胎内に宿る子どもを依代に選んだ。それが私。この魔力もそのおかげよ」


「……」


「私の命が危険に晒された時、魔王は自身を守るために一時的に肉体の支配権を奪うの。魔王に肉体が支配されている間、私の意識は奥に閉じ込められてしまう。だからさっきみたいに、周りにいる人間を殺してしまいかねないってわけ」


「つまり自分は魔王みたいなもんで危ないから一緒にはいられない、と」


「そんなところね。わかったらとっとと――」


「てことは逆に魔王じゃなくなれば一緒にいてもいいと」


「は??」


「決めた! 俺はミアさんについていきます! そして、魔王を倒してミアさんを救い、俺と結婚して――」


「誰がアンタなんかと結婚するかーッ!!」


 ミアは魔王が放とうとした魔力と同レベルの魔法を、カイに向けてぶち込んだ。店の残骸は完全に炭になった。ミアは、カイの姿が見えなくなったとわかるや、急ぎ足でその場を去った。


(ふふふ……、俺にもよーやくチャンスが……! なんとしても魔王を倒しちゃる!)


 炭の山に埋もれながら、カイの決意は確かなものになっていたのだった。

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