8 / 10
第8話
しおりを挟む
白い粉雪がハラハラと空から舞い落ちる。
恵美は自分の一歩を歩くまさやの白い背中を追っていた。
ついてくるのが当たり前だと思っているのだろう、斎藤家を出た後、まさやは恵美を一切振り返らずダッフルコートに両手を突っ込んだまま無言で歩き続けている。
態度こそ冷たいようだが、その歩調はゆったりとしたもので、恵美のペースに配慮していることが伺えた。
近くの児童公園に差し掛かかった時、まさやは何も言わずその中に入っていくが、そこでもそのまま恵美を振り返らずに歩いていく。
少し躊躇った恵美だが、仕方なしにその後に続いた。
クリスマスシーズンということもあり、夜中にも関わらず大勢のカップルがいる。おそらく目当ては公園中央にある時計塔。
今日だけは特別な日、深夜0時に鐘を鳴らす演出があるのだ。
まさやは噴水近くの時計塔に辿り着くと、ようやく足を止めて恵美を振り返った。
表情は読み取れない。笑っているようにも、怒っているようにも見える。
「恵美さんの願いは何?」
「え?」
「クリスマスだから。何か願いがあるのかと思って。聖夜の奇跡ってやつ」
恵美はしばらく考えた。
適当に答えようかとも思ったが、無性に疲れていた。何もかもが嫌になっていた。全て終わらせたい、そういう衝動に駆られていた。
寒さのせいで感覚が麻痺していたのかもしれない。この時は、素直に言葉が出た。
「……私の願い……本当の自分に戻りたい」
知らずに恵美の頬を涙が伝い降りていった。
体は寒いのに頬の辺りだけほんのり暖かくなっていて、なんだか妙だった。
まさやは塔のてっぺんにある時計に目を向けて「あと、3分」と微笑んで、恵美に手紙を投げて寄越した。
「それ、明日香さんのプレゼントに添えられてた手紙。さっき見つけたんだ」
渡された手紙を何気なく目にした恵美は、自分の手が震え始めたのを感じていた。
<クリスマスプレゼント。バイトして買ったから大事にしてね。 恵美>
「そのネックレスを恵美さんにプレゼントしたのって、本当はお父さんじゃないみたいだよ」
「……冗談言わないでよ。これ以上あなたに付き合いきれないわ」
恵美の頭の中は混乱していた。
この手紙によると、ネックレスは恵美から明日香に贈られたものだった。
何も知りたくない、この残酷な現実を受け止めたくない、そう感じた恵美は踵を返して公園を出ようとした。
「戻りたいんだろ? 本当の自分に」
懇願するでもなく、怒鳴るでもなく、まさやの心地の良い声はすんなり恵美の中に落ちていった。
恵美は足を止め、立ち止まった。
戻りたい? 本当の自分に?
そう戻りたい。戻れるのなら、恵美じゃなく、本当の恵美に戻りたい。
恵美は震える声で呟いた。
「……見つけて欲しいの、誰かに、本当の私を……」
まさやは何も言わなかった。
恵美も何も言わなかった。
刻一刻と時間だけが流れていく。
噴水の周りで喋っていたカップル達が、次第に時計塔の側に集まってくる。
鐘が鳴るまであと3秒。
その寸前、ざわついていた周りの音が魔法のように掻き消えた。
その瞬間を待ち詫びていたかのように、聖夜を告げる鐘の音が、厳かに、けれど涼やかに、全てを浄化するように鳴り響いた。
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
その音に耳を傾けていると、誰かが優しく恵美の手を包んだ。
「メリークリスマス。――恵美さん」
恵美は自分の一歩を歩くまさやの白い背中を追っていた。
ついてくるのが当たり前だと思っているのだろう、斎藤家を出た後、まさやは恵美を一切振り返らずダッフルコートに両手を突っ込んだまま無言で歩き続けている。
態度こそ冷たいようだが、その歩調はゆったりとしたもので、恵美のペースに配慮していることが伺えた。
近くの児童公園に差し掛かかった時、まさやは何も言わずその中に入っていくが、そこでもそのまま恵美を振り返らずに歩いていく。
少し躊躇った恵美だが、仕方なしにその後に続いた。
クリスマスシーズンということもあり、夜中にも関わらず大勢のカップルがいる。おそらく目当ては公園中央にある時計塔。
今日だけは特別な日、深夜0時に鐘を鳴らす演出があるのだ。
まさやは噴水近くの時計塔に辿り着くと、ようやく足を止めて恵美を振り返った。
表情は読み取れない。笑っているようにも、怒っているようにも見える。
「恵美さんの願いは何?」
「え?」
「クリスマスだから。何か願いがあるのかと思って。聖夜の奇跡ってやつ」
恵美はしばらく考えた。
適当に答えようかとも思ったが、無性に疲れていた。何もかもが嫌になっていた。全て終わらせたい、そういう衝動に駆られていた。
寒さのせいで感覚が麻痺していたのかもしれない。この時は、素直に言葉が出た。
「……私の願い……本当の自分に戻りたい」
知らずに恵美の頬を涙が伝い降りていった。
体は寒いのに頬の辺りだけほんのり暖かくなっていて、なんだか妙だった。
まさやは塔のてっぺんにある時計に目を向けて「あと、3分」と微笑んで、恵美に手紙を投げて寄越した。
「それ、明日香さんのプレゼントに添えられてた手紙。さっき見つけたんだ」
渡された手紙を何気なく目にした恵美は、自分の手が震え始めたのを感じていた。
<クリスマスプレゼント。バイトして買ったから大事にしてね。 恵美>
「そのネックレスを恵美さんにプレゼントしたのって、本当はお父さんじゃないみたいだよ」
「……冗談言わないでよ。これ以上あなたに付き合いきれないわ」
恵美の頭の中は混乱していた。
この手紙によると、ネックレスは恵美から明日香に贈られたものだった。
何も知りたくない、この残酷な現実を受け止めたくない、そう感じた恵美は踵を返して公園を出ようとした。
「戻りたいんだろ? 本当の自分に」
懇願するでもなく、怒鳴るでもなく、まさやの心地の良い声はすんなり恵美の中に落ちていった。
恵美は足を止め、立ち止まった。
戻りたい? 本当の自分に?
そう戻りたい。戻れるのなら、恵美じゃなく、本当の恵美に戻りたい。
恵美は震える声で呟いた。
「……見つけて欲しいの、誰かに、本当の私を……」
まさやは何も言わなかった。
恵美も何も言わなかった。
刻一刻と時間だけが流れていく。
噴水の周りで喋っていたカップル達が、次第に時計塔の側に集まってくる。
鐘が鳴るまであと3秒。
その寸前、ざわついていた周りの音が魔法のように掻き消えた。
その瞬間を待ち詫びていたかのように、聖夜を告げる鐘の音が、厳かに、けれど涼やかに、全てを浄化するように鳴り響いた。
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
その音に耳を傾けていると、誰かが優しく恵美の手を包んだ。
「メリークリスマス。――恵美さん」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
私の優しいお父さん
有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。
少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。
昔、私に何があったんだろう。
お母さんは、どうしちゃったんだろう。
お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。
いつか、思い出す日が来るのかな。
思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。
【完結】狡い人
ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。
レイラは、狡い。
レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。
双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。
口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。
そこには、人それぞれの『狡さ』があった。
そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。
恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。
2人の違いは、一体なんだったのか?
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる