イヴの訪問者

MARU助

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第10話【完結】

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恵美えみは全部知ってたんだね」

 まさやと噴水のへりに並んで腰かけ、恵美さとみは乾いた笑みを漏らした。

 そう考えれば全て納得がいくのだ。まるで客を招き入れるように用意されていた紅茶セット。恵美さとみに気遣い、わざと隠していた家族写真。

恵美えみがもっとイヤな奴だったら、心置きなく恨めたのになぁ」

 恵美さとみはため息混じりで、ネックレスをいじった。

「おかしいと思ったんだ、これ。父親は不倫がバレるのが怖くて、うちの家に近づこうとしなかったもん。私を認知してさえいない。なのに毎年クリスマスプレゼントなんてさ」

 小さい頃もらったビーズのネックレス。たぶんあれも恵美えみが一生懸命作ってくれたもの。次の年の折り紙で作った花飾りも、その次の年の知育玩具も図鑑も、全部恵美のしわざ。

 先月から始めたアルバイトも、きっとこのネックレスを買うためだったのだろう。
 恵美えみが羨ましくて、妬ましくて、彼女斎藤恵美のようになりたくて、ストーカーみたいに付けまわしたりもした。幸せな光の中にいる恵美(えみ)。その影にいる恵美(さとみ)。

 無性に腹立たしかった。壊れてしまえばいい。ずっとそう思っていた。
 だから今年、脅迫状にこう書いた。

<クリスマスの夜に全てを壊しに行く>と。

 恵美さとみは相手の家をむちゃくちゃに荒らしてやろうと考えていたのに、それとは逆に客人のように迎え入れてくれた。

「家に入られるのは構わないけど、火をつけられると困るって恵美えみさんが。クリスマスの日に巡回してほしいって頼まれたんです。どうせひとりで過ごすんでしょ、って。そういうわけなんで、少し前から恵美さとみさんのこと尾行させてもらってました」

 まさやは困ったように微笑んだ。
 恵美さとみもつられて微笑む。

 何も知らずヌクヌクと育ち、毎日笑顔で過ごしていた恵美と明日香、その存在が憎くて仕方なかった。
 けれど、もしかしたらそれは違っていたのかもしれない。
 幼い頃に父親の不実を知った恵美えみは、その小さな心を痛めていたのだろう。

 あれだけ几帳面な性格の人間だ、父親のことが許せなかった時期もあっただろう。
 恵美(えみ)と恵美(さとみ)――――光と影。
 
 片方がなければ、もう片方も存在しない。光があるところに必ず闇がある。それが理解できればお互いに歩み寄って上手く付き合っていくことが可能なのかもしれない。

 勝手に拒絶していたのは恵美さとみの方であって、恵美えみは歩み寄ろうとしていたのだろう。

「たぶん父親への当てつけだよ、私の名前の漢字が恵美(えみ)と同じなのは。余計虚しくなるよね。どう頑張って私は恵美えみになれないのに」

 恵美さとみはまた溢れてきた涙を、乱暴に手で拭った。
 まさやはソッと恵美さとみの背中に手を添えて、優しく諭すような声で言った。

「恵美(えみ)になる必要はないんです。あなたは恵美(さとみ)さんなんですから」
「……私は……恵美(さとみ)?」

 頭の中で何度もその言葉を反芻しながら、恵美さとみはゆっくりと立ち上がった。
 そのまま2、3歩歩を進めてから、噴水に座ったままでいるまさやを振り返る。

「そう、私は恵美。畑野はたの恵美さとみ。改めてよろしく」

 恵美はまさやに向けて、右手を突き出した。
 まさやも立ち上がって、恵美の手を握りかえした。温かくて大きな手だった。

「――初めまして恵美さとみさん。僕はわたらいまさやです。渡り来ると書いて渡来わたらい。聖なる夜と書いて聖夜まさやと読みます」

 それを聞いた恵美は、驚いて目を丸くする。

「嘘でしょ? 聖夜の奇跡って本当にあったんだ」
「ええ、僕が人工的に起こしましたけど」

 しばらく見つめ合った2人は、とんでもない奇跡の到来にたまらず笑い声を上げた。

 さっきまでの淡い粉雪は、地面に降り積もる雪へと姿を変え、聖夜の奇跡を演出するかのようにハラハラと2人の頭上に舞い降りてきた。

 握り合っている2人の手に落ちる雪だけが、熱を感じて静かに溶けていく。

 恵美はまさやの手をしっかり握りしめながら、自分の中で何かが変わりつつあるのを感じていた。

 聖夜の奇跡が心の中の悪い澱みを全て消し去ってしまったのだろう、不思議と気持ちは晴れやかだった。

 このままの状態が続けば、きっとあの子に笑顔で会いに行ける日が来るだろう。

 ――いつか。
 そう、その日を信じて。



「メリークリスマス。――恵美えみ


                                   END
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