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Ep.1
第7話 甲羅の下の耳飾り
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折角だから店ん中も見てってくれよとブランツィノに背中を押されて、半ば強引な形で入店させられた凪沙とアーシム。
何でも屋だと店主が称していた通り、店内には食料品や飲料から日用雑貨に衣類まで、本当に何でも揃っていた。品数では劣るものの、日本のコンビニよりも取り扱っている商品の幅は広いように思える。
その中で凪沙は、あるガラスケースの前で立ち止まった。
「この宝石、すごく綺麗ですね」
目に留まったのは緑色に煌めく宝石をあしらったジュエリー。
そのエメラルドグリーンの輝きは真夏の太陽に照らされる南の海さながらだ。
「おっ、ナギサちゃんお目が高いねぇ。そいつぁアルデアドーリスっつってな、海の底に沈んじまった鉱山でしか採れない幻の宝石なんだ。昔はこの国の名物土産だったんだが、今は仕入れ量も欲しがる観光客もめっきり減っちまってよぉ」
「それってやっぱり海異のせいですか?」
「ったりめぇよ。全く、あいつらのせいで商売上がったりだぜ。ま、アーシムがちゃっちゃと倒してくれりゃあ済む話ではあるんだがな」
顎髭の青年は冗談交じりに言って、別のコーナーにいる海伐軍大佐に視線を送る。
以前アーシムは、一刻も早く制海権を取り戻さなければこの国はいずれ保たなくなってしまうと教えてくれた。しかしそれは国家的な存続という意味合いだけではなく、このままでは一人ひとりの経済や生活すら危ういということも含んでの言葉だったのだろう。
正義感が人一倍強い彼は国を守るため、国民の期待に応えるために、それだけ大きくて重たい責任をずっと背負い続けている。そんな風に考えるとアーシムのことが余計に心配になって、凪沙はつい彼のことをじっと見つめてしまう。
そのアーシムへの眼差しを見ていたブランツィノが、対抗せんとばかりに口を開いた。
「どうだ、試しにどれか着けてみるか?」
「えっ、いやでもこれ、すごく貴重なものですよね?」
「まあそりゃそうだが、ナギサちゃんほど似合う子はいねぇだろうからさ。いいから着けてみろって」
有無を言わせずポケットから鍵を取り出すと、ガラスケースを解錠して中からイヤリングを取り出した。
「これなら頭巾外さなくても着けられんだろ?」
ほらよと差し出されて、凪沙は両手で受け取る。しばらく無言で眺めていると、店主が遠慮すんなと促してきた。
えっと、確かこんなやり方だったよね? 普段は競技に専念しているから、こういうアクセサリーを着ける経験は同年代の子と比べて少ない。うろ覚えの記憶を頼りに、とりあえず着けてみることにする。
まずは耳たぶを引っ張り、それから反対の手でイヤリングの金具を差し込む。落ちないことをしっかりと確認してから、もう片方の耳も同じように。
よし、出来た。
やってみたら案外手が動きを覚えていた。
「おお、似合ってる似合ってる。可愛いナギサちゃんがもっと可愛くなったぜ」
ブランツィノは凪沙の顔の前に手鏡を持ってきて、自分の顔を映してくれた。
銀髪碧眼の少女の耳元に、フードの下でも存在感を放つ幻の緑の宝石が燦然と光り輝いている。
これが、私?
とても凪沙自身の姿だとは思えないほどに、可憐な美少女の顔がそこにはあった。
「本当だ、可愛い……」
思わず呟いてしまったその一言に、顎髭の青年は愉快そうに笑った。
「はっはっは、自画自賛と来たか。でもま、この可愛さなら誰も否定はしねぇだろうな」
するとそこへアーシムが近づいてきて、ブランツィノの肩にトンと手を置いた。
「もう、あんまりナギサをからかわないでくれるかい? さっきも話したけど、ナギサは攫い波の被害者で、だから記憶が曖昧なんだ。多分自分の顔もまだ完全には思い出せてないんだよ」
「そ、そうか。ごめんナギサちゃん、悪かったな……」
それを受けてブランツィノは、凪沙のことを傷つけてしまったと感じたのか申し訳無さそうに謝罪を口にした。
「いえ、自分で自分のことを褒めたのは事実ですし、今のはブランツィノさんは悪くありませんよ」
すっかり沈んでしまった店主に対し、凪沙は優しく微笑んで声を掛けてあげる。
途端、落ち込んでいた気持ちはどこへやら。ブランツィノは一瞬にして元気を取り戻した。
「こんな俺でも受け止めてくれるなんて、ナギサちゃんは天使なの? それとも女神様? もう結婚してくれぇ~!」
「ほらナギサ、こんなのは放っておいていいから」
隣で大興奮している友人のことなど構う必要は無いとため息交じりに言ったアーシムは、不意に真剣な表情をして凪沙の顔を至近距離で見つめた。
えっ、急にどうしたの? しかもめちゃくちゃ近いんだけど……。
全く状況が飲み込めなくて、こちらはただその場で固まることしか出来ない。
やがて我に返ったアーシムが慌てて後ろに飛び退いた。
「っ、ごめんナギサ。耳飾り、すごく似合ってるね」
顔を真っ赤にしながら、聞き取れるギリギリのか細い声でイヤリングの着けこなしを褒めるアーシム。もしかして、彼は私に見惚れていた?
「私、可愛くなってます?」
先ほどブランツィノに可愛さが増したと絶賛されたが、あの店主の言葉はどこか軽いというか適当なように感じられて。だからアーシムに、改めてちゃんとした評価をしてほしい。
首を傾けて答えを待つ凪沙に、彼は耳まで赤くしながら小さく頷いた。
「うん、可愛いよ。本当に、かわいい……」
「そこまで照れられると、私まで照れちゃうじゃないですか……」
目も合わせられないくらい照れているあたり、これはもしや。いや間違いなく、アーシムは凪沙に異性として好意を抱いている。
その気持ちに気付いてしまったから、こちらも妙に意識してしまう。
だけど今まで恋をしたことすら無い凪沙は、それにどう応えてあげるべきか分からない。
「これ、もう外しますね。貴重なものだから、早くブランツィノさんに返してあげないと」
むず痒い感情を振り払うように、耳からイヤリングを外す。
そして、店の隅に一人ぽつんと放置されていたブランツィノにそれを返却した。
「すみません、わざわざ棚から出してもらっちゃって。ありがとうございました」
「いやいや、いいってことよ」
顎髭の青年は飄々とした態度でイヤリングを受け取ると、アーシムの方を気にしながら口元を隠すように手を添えて、それから凪沙にだけ聞こえる声量で囁いた。
「あいつは昔に二度、心に大きな傷を負ってるんだ。俺が直接知ってんのは二度目の、十年前のことだけだが、出会った時からあいつは一度目の後悔を引きずって他人に心を開かねぇ奴だった。だがやっと、ようやく心を開ける相手が現れたみたいで、俺はすげぇ安心した。ナギサちゃん、これからあいつのこと、よろしく頼むぜ」
ブランツィノは凪沙の肩をぽんぽんと叩くと、何事も無かったかのようにイヤリングをガラスケースに戻しに向かった。
十年前。海異が出現したのと同時期に、アーシムは心に深い傷を負った。
一度目については全く不明だし、今の話だけでは詳しいことは分からないけれど。もしかしたらこの出来事がオセアーノへの負い目に繋がっているのかもしれない。
そう考えた私は、一つの思いを固めた。
アーシムのことは嫌いじゃない。けれど今はまだ好きかどうかは判断出来ない。
もし仮にこれから好きになったとしても、私は元々この世界の人間じゃなくて、見た目も差別対象の銀髪碧眼で。だから恋愛関係にはなれないだろうし、なるつもりも無い。
しかし彼の傷を癒してあげられるのは私だけ。だからきっと、これはこの世界に迷い込んでしまった私が果たすべき役割なのだ。
私は絶対に、アーシムさんの心を救ってみせる。
オリンピックで全てを奪われて絶望した私だからこそ、何か力になってあげられるはずだ。
何でも屋だと店主が称していた通り、店内には食料品や飲料から日用雑貨に衣類まで、本当に何でも揃っていた。品数では劣るものの、日本のコンビニよりも取り扱っている商品の幅は広いように思える。
その中で凪沙は、あるガラスケースの前で立ち止まった。
「この宝石、すごく綺麗ですね」
目に留まったのは緑色に煌めく宝石をあしらったジュエリー。
そのエメラルドグリーンの輝きは真夏の太陽に照らされる南の海さながらだ。
「おっ、ナギサちゃんお目が高いねぇ。そいつぁアルデアドーリスっつってな、海の底に沈んじまった鉱山でしか採れない幻の宝石なんだ。昔はこの国の名物土産だったんだが、今は仕入れ量も欲しがる観光客もめっきり減っちまってよぉ」
「それってやっぱり海異のせいですか?」
「ったりめぇよ。全く、あいつらのせいで商売上がったりだぜ。ま、アーシムがちゃっちゃと倒してくれりゃあ済む話ではあるんだがな」
顎髭の青年は冗談交じりに言って、別のコーナーにいる海伐軍大佐に視線を送る。
以前アーシムは、一刻も早く制海権を取り戻さなければこの国はいずれ保たなくなってしまうと教えてくれた。しかしそれは国家的な存続という意味合いだけではなく、このままでは一人ひとりの経済や生活すら危ういということも含んでの言葉だったのだろう。
正義感が人一倍強い彼は国を守るため、国民の期待に応えるために、それだけ大きくて重たい責任をずっと背負い続けている。そんな風に考えるとアーシムのことが余計に心配になって、凪沙はつい彼のことをじっと見つめてしまう。
そのアーシムへの眼差しを見ていたブランツィノが、対抗せんとばかりに口を開いた。
「どうだ、試しにどれか着けてみるか?」
「えっ、いやでもこれ、すごく貴重なものですよね?」
「まあそりゃそうだが、ナギサちゃんほど似合う子はいねぇだろうからさ。いいから着けてみろって」
有無を言わせずポケットから鍵を取り出すと、ガラスケースを解錠して中からイヤリングを取り出した。
「これなら頭巾外さなくても着けられんだろ?」
ほらよと差し出されて、凪沙は両手で受け取る。しばらく無言で眺めていると、店主が遠慮すんなと促してきた。
えっと、確かこんなやり方だったよね? 普段は競技に専念しているから、こういうアクセサリーを着ける経験は同年代の子と比べて少ない。うろ覚えの記憶を頼りに、とりあえず着けてみることにする。
まずは耳たぶを引っ張り、それから反対の手でイヤリングの金具を差し込む。落ちないことをしっかりと確認してから、もう片方の耳も同じように。
よし、出来た。
やってみたら案外手が動きを覚えていた。
「おお、似合ってる似合ってる。可愛いナギサちゃんがもっと可愛くなったぜ」
ブランツィノは凪沙の顔の前に手鏡を持ってきて、自分の顔を映してくれた。
銀髪碧眼の少女の耳元に、フードの下でも存在感を放つ幻の緑の宝石が燦然と光り輝いている。
これが、私?
とても凪沙自身の姿だとは思えないほどに、可憐な美少女の顔がそこにはあった。
「本当だ、可愛い……」
思わず呟いてしまったその一言に、顎髭の青年は愉快そうに笑った。
「はっはっは、自画自賛と来たか。でもま、この可愛さなら誰も否定はしねぇだろうな」
するとそこへアーシムが近づいてきて、ブランツィノの肩にトンと手を置いた。
「もう、あんまりナギサをからかわないでくれるかい? さっきも話したけど、ナギサは攫い波の被害者で、だから記憶が曖昧なんだ。多分自分の顔もまだ完全には思い出せてないんだよ」
「そ、そうか。ごめんナギサちゃん、悪かったな……」
それを受けてブランツィノは、凪沙のことを傷つけてしまったと感じたのか申し訳無さそうに謝罪を口にした。
「いえ、自分で自分のことを褒めたのは事実ですし、今のはブランツィノさんは悪くありませんよ」
すっかり沈んでしまった店主に対し、凪沙は優しく微笑んで声を掛けてあげる。
途端、落ち込んでいた気持ちはどこへやら。ブランツィノは一瞬にして元気を取り戻した。
「こんな俺でも受け止めてくれるなんて、ナギサちゃんは天使なの? それとも女神様? もう結婚してくれぇ~!」
「ほらナギサ、こんなのは放っておいていいから」
隣で大興奮している友人のことなど構う必要は無いとため息交じりに言ったアーシムは、不意に真剣な表情をして凪沙の顔を至近距離で見つめた。
えっ、急にどうしたの? しかもめちゃくちゃ近いんだけど……。
全く状況が飲み込めなくて、こちらはただその場で固まることしか出来ない。
やがて我に返ったアーシムが慌てて後ろに飛び退いた。
「っ、ごめんナギサ。耳飾り、すごく似合ってるね」
顔を真っ赤にしながら、聞き取れるギリギリのか細い声でイヤリングの着けこなしを褒めるアーシム。もしかして、彼は私に見惚れていた?
「私、可愛くなってます?」
先ほどブランツィノに可愛さが増したと絶賛されたが、あの店主の言葉はどこか軽いというか適当なように感じられて。だからアーシムに、改めてちゃんとした評価をしてほしい。
首を傾けて答えを待つ凪沙に、彼は耳まで赤くしながら小さく頷いた。
「うん、可愛いよ。本当に、かわいい……」
「そこまで照れられると、私まで照れちゃうじゃないですか……」
目も合わせられないくらい照れているあたり、これはもしや。いや間違いなく、アーシムは凪沙に異性として好意を抱いている。
その気持ちに気付いてしまったから、こちらも妙に意識してしまう。
だけど今まで恋をしたことすら無い凪沙は、それにどう応えてあげるべきか分からない。
「これ、もう外しますね。貴重なものだから、早くブランツィノさんに返してあげないと」
むず痒い感情を振り払うように、耳からイヤリングを外す。
そして、店の隅に一人ぽつんと放置されていたブランツィノにそれを返却した。
「すみません、わざわざ棚から出してもらっちゃって。ありがとうございました」
「いやいや、いいってことよ」
顎髭の青年は飄々とした態度でイヤリングを受け取ると、アーシムの方を気にしながら口元を隠すように手を添えて、それから凪沙にだけ聞こえる声量で囁いた。
「あいつは昔に二度、心に大きな傷を負ってるんだ。俺が直接知ってんのは二度目の、十年前のことだけだが、出会った時からあいつは一度目の後悔を引きずって他人に心を開かねぇ奴だった。だがやっと、ようやく心を開ける相手が現れたみたいで、俺はすげぇ安心した。ナギサちゃん、これからあいつのこと、よろしく頼むぜ」
ブランツィノは凪沙の肩をぽんぽんと叩くと、何事も無かったかのようにイヤリングをガラスケースに戻しに向かった。
十年前。海異が出現したのと同時期に、アーシムは心に深い傷を負った。
一度目については全く不明だし、今の話だけでは詳しいことは分からないけれど。もしかしたらこの出来事がオセアーノへの負い目に繋がっているのかもしれない。
そう考えた私は、一つの思いを固めた。
アーシムのことは嫌いじゃない。けれど今はまだ好きかどうかは判断出来ない。
もし仮にこれから好きになったとしても、私は元々この世界の人間じゃなくて、見た目も差別対象の銀髪碧眼で。だから恋愛関係にはなれないだろうし、なるつもりも無い。
しかし彼の傷を癒してあげられるのは私だけ。だからきっと、これはこの世界に迷い込んでしまった私が果たすべき役割なのだ。
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