碧き世界のサルバトーレ

横浜あおば

文字の大きさ
19 / 46
Ep.1

第19話 鱗で覆った本心は

しおりを挟む
「よし、こんなもんかなぁ」

 クロイの絵が完成したのは、すでに日が傾いた夕方だった。
 まさかここまで時間がかかるとは思っていなかったが、サルモーネとの会話が存外弾んだのでそれほど待たされた感じはしない。

「クロイさん、どんな絵を描いたんですか?」

 途中ちらちらと凪沙なぎさのことを見ていたので、もしかしたら私の似顔絵でも描いてくれたのだろうか。

 クロイは最後にちょいちょいっと微修正をしてから、画用紙をこちらに見せた。

「じゃじゃ~ん! どうですか?」

 するとそこに描かれていたのは。アニメキャラクターっぽくデフォルメされた凪沙(実際はこんなに可愛くない)と、隣のこの茶髪赤目のイケメン男性は……。
 驚きのあまり目を見開く凪沙に、クロイは得意げにふふんと笑う。

「ナギサちゃん、アーシム先輩と知り合いだったんですね」
「アーシムさんのこと、知ってるの?」
「うん。だって私、元々は遠洋遊撃隊所属だもん」

 そうなの!? まさかこんな可愛らしい少女が元軍人だったとは。
 でもそうなると大きな疑問が。

「えっ、クロイさんっておいくつですか?」

 パラのように若く見えるだけで本当は二十代、というパターンもあるのでは?
 しかし彼女の答えは見た目通りのものだった。

「十六歳ですよ。永遠の」

 なんか余計な付け足しがあったような気もするが、サルモーネがツッコミを入れないので十六歳というのは嘘ではなさそうだ。つまり海異かいいが現れる十年前、六歳の時にはすでに軍人だったということ……あれ?

「ってかさ、ナギサちゃん訊くべきところそこじゃなくない?」

 筆を指先でくるくると回しながらクロイが言う。

 パラのこともあって実年齢と過去の経歴に気を取られていたが、言われてみれば確かにもっと謎なことがある。
 どうして凪沙とアーシムが一緒にいる絵を描いたのか。
 サルモーネとの雑談の中でもアーシムの名前は一度も出していないので、私たちが知り合いであるとクロイは知らなかったはずなのに。

 理由を尋ねると、絵描きの少女はおもむろに筆をパレットに置いた。そして、自らの瞳を指差しながら答える。

「ユニークスキル、イマジネーションスケッチ。筆記具を持つとね、相手が頭の中で一番強く考えてることが紙に線画で浮かび上がって見えるの。つまり、ナギサちゃんの妄想してることが私にはえちゃうんですわ」

 どうだすごいだろ、とドヤ顔をしてみせるクロイ。

 前に女王に貸してもらった本に書いてあったスキルとはこういうものなのか。ただ文章で説明されるより、実際に目の当たりにした方がその凄さがよく分かる。

 でもちょっと待って。彼女のスキルが今言った通りの能力なのだとしたら。私はサルモーネと話している間も、アーシムのことを一番強く考えていたことになってしまう。それは、何だかとても恥ずかしい。

「私、そんなにアーシムさんのこと考えてました?」
「うん。めちゃめちゃはっきり線画見えたからアタリ描かんかったもん」

 そうですか、それはそれは……。
 顔が熱い。おそらく私の顔は真っ赤になっていることだろう。
 今さら誤魔化せないとは分かっていながらも、凪沙は顔面を両手で覆い隠す。

「こら、人の心を勝手に覗き見るなと何度言ったら分かる?」
「えぇ~。視えちゃうもんはしょうがないじゃ~ん」
「だとしても、それを晒すのは違うだろう」
「うるさいなぁバ~カ」

 隣ではサルモーネがクロイのことを叱っているようだったが、もはや凪沙には何も聞こえていなかった。


 クロイも満足したみたいだし今度こそ帰るか、と思い始めた頃。唐突にパラの叫び声が外で響き渡った。

「やばいやばいやばばばやばば」

 声と共に足音が近づいてきて、ドンっと勢いよく小屋の扉が開かれる。

「うわびっくりした……」

 呟いて舌打ちするクロイを気にかけることもなく、パラが口を開く。

「ナギサちゃん大変だよ! アーシムが乗った船がでっかい蛸の海異と戦ってるって! しかも結構苦戦してるっぽい」
「えっ!?」

 凪沙は思わず立ち上がった。
 アーシムが追い込まれている。そう聞いただけで胸が苦しくなった。彼は無事だろうか、怪我していないだろうか。不安と心配が津波のように押し寄せる。

 パラは耳に手を当てて、インカムから流れる情報を聞き取る。そして、その内容を掻い摘んで伝えてくれた。

「場所はここからかなり近い。私の船なら十五分もあれば行ける距離だと思う。戦ってるのは遠洋遊撃隊五隻と、王都警衛隊が一隻。全部主力の部隊。それが応援要請を出すくらいだから、かなり厳しい状況とみて間違いない」

 するとそこへ、魚が大量に入った籠を背負った銀髪碧眼の若い男性が小走りでやって来た。

「どけ青髪女」
「ちょい押すんじゃねぇ」

 男性は扉の前に佇むパラを強引に押し退けて小屋に入ると、サルモーネの前に籠を置いて報告する。

「頭領、今日は活きの良い魚がたくさん獲れました。みんなでお腹いっぱい食べられますよ。それと漁から帰る直前に、遠くの方で煙が上がっているのが見えました。方角からして蛸の縄張りかと。きっと軍の馬鹿どもがちょっかい出したんでしょう」

 船から煙が……。ますますアーシムのことが心配になる。

「そうか、報告ありがとう。お前はこれを料理担当の所へ持って行って、ついでに夕飯の準備を手伝ってあげてくれ」
「分かりました」

 再び籠を背負って小屋を去っていく男性。
 それを見送ったサルモーネは何か思い悩んでいるような、難しい顔をしていた。彼の立場からすれば大漁を喜ぶべきところなのに。

 そんな彼の様子を不思議に思っていると、いつの間にか筆を持ち真っ白な画用紙を見つめていたクロイが一言。

「素直に協力すればいいじゃん」

 最初、凪沙には彼女の言わんとしていることが理解出来なかった。
 だがサルモーネはその言葉に過剰なほど強く反応した。睨みつけながら詰め寄ると、クロイを壁に押し付ける。

「そんな簡単な問題じゃないんだ! 俺がいなくなったら、この島の仲間はどうなる? お前がまとめてくれるのか? 無理だろう。根暗なお前に頭領など出来るはずがないもんな。人の気持ちを軽々しく考えるのはやめろ!」

 怖いくらいに声を荒らげ、罵倒するサルモーネ。
 けれどクロイは怯むどころか真っ向から反論した。

「いやいや簡単でしょうよ。あなたは内地の人のようにはなりたくなくて、だから嫌いな人であっても見捨てる真似はしたくない。ならそれでいいじゃん。しかも何で死ぬ前提な訳? 勝ちゃあいい話だろうが」
「俺が一人であの蛸に勝てるとでも?」

 そうか、クロイはスキルを使ってサルモーネの本心を読んだんだ。
 そして彼は、アーシムたちを助けたいと思ってくれていた。

「まあ確かに? 誰にも頼ろうとせずに全部一人で抱え込んじゃうあなたには無理かもしれませんけど?」
「どういう意味だ?」
「とにかく、つよつよ神絵師の私も一緒に戦ってあげるって言ってんの。しかも軍の人がいるんだからそもそも一人ではないやろ」

 聞いているうちに、言い争いが段々と漫才の掛け合いに近くなってきたような。

「だが危険なことに変わりはない。死ぬかもしれない戦いにお前を巻き込みたくない」
「はぁ? 私死なないが? ナメてんのか?」
「そんなつもりはない」
「なら決まりね。一緒に蛸をやっつけに行こう! やるぞやるぞ~」

 どうやら話の決着がついたらしい。
 クロイは立ち上がると小屋の収納から細身の剣を取り出した。それを腰に差しつつ、小屋のすぐ外でインカムに耳を傾けていたパラの方へと歩み寄る。

「船出して。私とサルモーネで蛸やっつけるから」
「は?」

 オセアーノ二人によるやり取りを知らないパラは、急すぎる展開に面食らった表情をして素っ頓狂な声を漏らした。しかしすぐに状況を飲み込んで大きく頷いた。

「了解。今すぐエンジンかけるね」

 パラが一足先にクルーザーに乗り込み、出航準備を始める。
 次いでクロイも乗船し、浜辺には凪沙とサルモーネの二人だけ。

「ナギサ。お前には感謝しないとな」

 不意に話しかけられて、振り向いた凪沙はきょとんとしてしまう。

「俺はオセアーノの居場所なんて王都からはとっくに無くなったものだと思っていた。だけどお前の話を聞いているうちに、まだ希望はあると、帰れる未来があるのかもしれないと。少しだけ光が見えた。それに、こうしていがみ合っていても何も始まらない。現状を変えたければ自分から新しいことをするべきだと、お前には教えられた。だから軍の奴らに協力すると決心出来たのはお前のおかげだ。ありがとうな」
「いえっ、私は別に、何も……!」

 王都での生活について軽く話した記憶はあれど、現状を変える方法などというそんな大層なことを言った覚えはない。
 私はふるふると首を横に振る。

「フンッ、人は記憶が無くなると謙虚になるのか? 全く、ナギサはオセアーノらしくない。だがお前はそれでいい。己の信念を曲げずに、そのまま真っ直ぐ進んでいけ。女王に、軍の奴らに、国民どもに、お前のそのオセアーノの矜持を見せつけてやれ」

 この時、ずっと怖い顔をしていたサルモーネが初めて微笑んだ。
 信念と呼べるほどの強い意志は私には無いかもしれないが、これでようやくオセアーノの一員になれた気がして何だか嬉しかった。

「ナギサちゃ~ん、置いてっちゃうぞ~!」
「おじさ~ん、何してんの~?」

 クルーザーの窓からパラとクロイが大声を上げる。気が付けば出航の準備はすでに終わっていた。
 ここからは時間との勝負。一刻も早くアーシムたちのところへ行かなければ。
 凪沙とサルモーネが急いで船に乗り込むと、パラはすぐさま抜錨し離岸すべく舵を切った。

 四人を乗せた船は夕闇に包まれつつある海を波を立てながら進んでいく。

「待っててください、アーシムさん」

 祈るように見つめる針路の先。太陽が沈んだばかりのまだ茜色の残る空に、巨大な化け物の影が姿を現した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

処理中です...