【完結】恋し堕落はループ論

シキゴウ全

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1話:どうやら逆行したらしい

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 繰り返す日々は、僕にとって夢のようだった。
 それが僕の恋しい人にとっては、そうではなかっただけの、物語。 

-----1

 最初は、夢を見たのだと思った。

千草ちぐさ、起きろ。また遅くまで本を読んでいたのか」
 高校3年生の冬限定で、恋仲になった同室のみどりに体を揺すられる。
 彼に起こされるのもこれで最後なんだ、寂しいな。

 いやいや、ちょっと待って。

 僕は本を読むのがとかく好きで、はたから見れば病的だろう。
 好きな人であっても、この3年間に碧を放って読んでいたのは何度だってあった。
 相当の前科はあるが、今回の『また』は濡れ衣だ。
「読んでるってなんでだよ、昨日の碧がしつこいから……」
 今日は二月二十九日で、僕の誕生日だ。同時に、退寮日でもある。

 そして、この恋仲が終わる日。

 という諸々の理由で昨日は散々抱かれたから、案の定、寝るのも遅くなったんじゃないか。
 文句の一つでも言ったって良いと目を開ける。
「……ああ、うん、碧は相変わらず……」
 呑気に起こした男は、朝に似つかわしい爽やかイケメンの空気を漂わせていた。
「相変わらず?」碧が訝しんで僕を見ている。
 一目ぼれした時と同じキラキラだ、と言うのをこらえる。
 室内に入り込む外の明るさに反射する薄水色の細い髪と、下がり気味な緑葉の目が光っている。
 表情筋が鈍い分、常につり上がっている眉で感情が見える。今はちょっと呆れてる。
 いつも左目だけ隠れているのが勿体ないが、イケメンて片目でもバランス良いんだなあと、彼で知った。
 とはいえ、碧の周りに見えるキラキラが惚れた欲目なのは分かっている。
 特に重めに抱かれた後だし。
 そう。昨日、僕は、散々抱かれた。
 ねちっこく抱かれた。
 イケメンな朝は通常運転だけど、今日に相応しい爽やか顔はおかしい。
「千草?」
「……昨日の今日なのに湿度が低いね?」
「まだ寝ぼけてるのか」
 無理やり布団を剥がされた。
「あくまぁ」
 朝の寮部屋は寒いので、生活する生徒が一致して横暴だと叫ぶ行動をやられる。
「知るか、千草の寝坊に情けはいらん」
 これまで何度となく繰り返されたやり取り。
 君、昨日はあんなしつこかったじゃないか。
 これで最後だからって。何度も。
「顔が赤いな。風邪じゃなさそうだが」
「っ、いや、だって」
 うまくいえない僕の顔を覗き込むので、反射でそらす。
「今日が退寮だからって、碧があんな抱くなんて思ってなかったから……」
 別れる日とは言えなかった。
 まともに碧の顔も見れなくて、枕に顔をうずめる。仕方がないけど、寂しい。
 だから僕も止めなかったから、こうして腰だって重いはずで……重くないな。
「ん?」
 思わず首を傾げて、腰回りを触ってみる。
 そもそもなんで、僕は寝巻きを着ているんだろ。
 いつ寝たか記憶がない。
「ねえ、これ碧が」
 着させてくれたの?
 最後まで言えなかったのは、碧が僕に覆いかぶさってきたからだ。
 両腕の檻はさながら壁ドンならぬベッドドン。
 語呂の悪い、彼で出来た影に僕が埋まる。
 あれ? ちょっと空気が変わったぞ。
「退寮は2か月先だ。どんな夢を見ていたんだ」

 たいりょうはにかげつさき。

 漢字にならない日本語を言われた。
 ううん、変換は出来ている。
 退寮は2か月先、なんだよね。
「二か月先⁈」
「そんな夢を見るって事は……千草は俺に抱かれて良いと思っていたのか」
「ん?」
「俺が、抱いて良いんだな」
 碧の右手が、寝ぐせだらけの僕の髪を優しく撫でる。
 僕が碧の髪が好きなのは、癖っ毛な黒髪と真逆なのもあるのかも。
 そんな事を、改まっている場合じゃない。
「抱いてって、とっくに僕たちしちゃってて」
「なるほど。昨日はそういう夢を見ていたのか。夢は願望の表われっていうもんな」
「願望とか、今はフロイトの話をしてない。というか夢じゃないし」
「うん、そうだな。お前は、俺に、抱かれていたんだろ」
 跳ねる僕の髪が整えられていく。
 耳や眦や頬を触れるたび、僕の様子を伺う彼の目に、朝に似つかわしくない湿度が見えてきた。 
 撫でる手に委ねそうになっている場合じゃない。
 この手つきは知っている。
 僕から告白して、振られて、全部が落ち着いた今だけならって期限付きの恋人になって。
 お互いどうして良いか分からず、もだもだした距離感もちょっと楽しんでいた後の頃。
「付き合って1か月ぐらい経って、エッチをどうするかの押し問答で僕をなだめた時と同じ顔だぁ……」
 碧、きみ、最初からそうしたかったって事か。
 僕の脳はここで限界だった。
 僕の独り言で碧の眉根が寄っている。
「どういう意味だ」
 思い当たるふしがないのも理不尽だぁ。
 あの夢のような日々が夢な訳がないと言いたかったのに、知恵熱でも出たかのように頭が湯立ってきた。
「え、千草、おいっ」
 二度寝するなて、肩を強めに叩かれた。
 湿度が戻ったのは良いけど、健全に叩き起こされるのも理不尽。全てが酷い、なんて朝だ。
 剥がされた布団は届かないので、僕に触れる碧の手をすがるように握る。
「碧、これだけ教えて……今日は何日?」
「今日は十二月二十五日だ。終業式に遅刻する気はないぞ」
「……僕たちは付き合って?」
「一日目」
 そうか。
「ねえ碧」

 どうやら僕は、逆行したかもしれない。

 即、否定できる。
 そんな馬鹿な。
「僕、寝直すね」
 ひとまずどっちが夢か確かめたいから、二度寝させて。
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