【完結】恋し堕落はループ論

シキゴウ全

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3話:僕の知らない僕のこと

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 その場ではキスだけで終わって、終業式は出た。
 図書室の鍵を借りた先生が、予鈴直前に来たからだ。
 窓際とはいえ、書架の一番奥だったから影になっていたのは、運が良かった。
 僕の手には、三学期になってから借りる筈だった本がある。
 二人で教室に戻る廊下は、明日からの休みで浮ついた生徒たちの空気が漂っている。
 先までの事を思うと、境界線のようで居心地が悪い。
みどり、まさか先生が来るの見越してた?」
「来なければ良いとは思ってた」
 碧の表情筋は常に鈍いのに、今はふてぶてしく見える。
 見越してたんだね。
千草ちぐさもだろ」
「黙秘だよ」
 どうせ、僕の答えはバレている。
 そうして高校三年生の二学期は、恙なく終わった。二度目な事以外は。

----------3

 帰るだけの教室は、いつも以上に賑やかだ。
「冬休みが俺の地元より短い。抗議したい」
「増えても俺らには関係ないから、やめておけ」
「初日の出見に行くの、何時に待ち合わせにする?」
「おーい、カラオケ組行くぞ~」
「今日はクリスマスなのに昨日振られた」
「ざまあを餌にファミレス行く奴っ」
 教室のどこかしらで誰かが叫び、盛り上がる。
 僕はこういった会話が、ずっと遠くにある、自分とは関係のない物だった。
 本を読んでいたからだ。誰も僕に声をかける事はなかったし、それで僕も問題は無かった。
 この学校に来ても、変わらないと思っていた。
九十くじゅうはもう進路決まってるから、休みがちゃんと休みで良いな」
 席が隣の同級生が、別れ際に声をかけてきた。
「来月だっけ。冬休みに範囲の全部を覚えればいいだけだよ大丈夫」
「無常なアドバイスをいたいけな受験生にするな。お前と一緒にするなよぉ」
「そうかな。どうにかなるよ」
「千草、帰るぞ」
 廊下から碧に呼ばれる。

 あれ? 碧の声が固い気がする。

 同級生は会話を遮られた形でも気にしない様子で、僕に手を振った。
鮫川さめがわもマメな奴だよな。こうやって保護者の送り迎えを見るのも、あと少しか」
 妙な言い回しでも、行動だけなら事実だ。
 伊達に3年間、本から視線をそらさない僕の悪癖と、碧の面倒見のよさを同級生たちは見てきていないらしい。
 だから、廊下に出ても碧の雰囲気は妙なままなのは、気になった。
 コートと指定鞄を持って、碧の元へ行く。
「待たせた?」
「いや」
 碧の態度は気になるけど、いつまでも寒い廊下に居るより帰りたい。
 コートを着て、歩いて十分の寮へ戻る。
 この、並んで歩いた時に見る横顔も、あと少し。
「少しだった筈なんだけどな?」

 僕は、冬三か月目だっ

「独り言にしては声が大きいが、何の話だ」
「ごめん。ええと、僕らは進路が決まってるから冬休みが休みで良いなって言われて」
「ああ」
 強引に話をそらせた気はしたが、碧に気にした素振りはない。
 むしろ合点がいったようで、纏っていた夜明け前のピリついた静けさに似た雰囲気が、霧散した。
 なんだったんだろう。でも碧の機嫌が良いなら、良いか。
「千草の事だ。さっきの奴に、範囲を全部覚えれば言いだけだと言ったんだろ」
「なんで分かるの」
「俺にも言った事がある。俺は気にしなかったが、しばらくして赤点続出だった期末試験の期間中に、寮生にも言ってブーイング受けたじゃないか」
「よく覚えてるね」
 視線を合わせると、何故かドヤ顔だった。表情筋は薄いけど、片目でくっきりドヤってる。
「なに、そのリアクション」
「あの一度だけ、千草が自主的に動いて皆に勉強を教えたから。少しぐらい情けをかけろって言われて流されたのが面白かった。珍しいもの見たなって」
 教わる奴らが羨ましかった、とも言われた。
「碧だって科目違いを教えてたよね」
「あれはお前の付き合い。誰かが居ても、そうすれば一緒にいる時間がある」
 さらっと、とんでも無い事を言われた。
 あれ? でも、それって。
「あの試験、僕が告白する今年の夏より前だよね?」
「そうだ」
 ええ、そこでまたドヤるの?なんで?
 さっきから、僕ばかり首を傾げている。
 そうこうしているうちに、寮に着いた。
 もう着いちゃうなあって、冬の間ずっと惜しんでいた事を思い出す。
 半歩先を歩いた碧の手を、ふと眺める。
 手、繋ぎたいな。
 二歩目で振り返った碧が、僕を見て目を細めた。

 なんだか、君が楽しそうだ。

「千草が物欲しげな目をしてる」
「へ? な、ななっ」
 なんてこと言うんだっ
「なんてこと言うんだっ」
 思ったまま叫んでしまった。
 入れ替わり立ち代わりで、すれ違う寮生らが僕らを見る。というか僕だ。
「どうした? 九十が叫ぶなんて珍しい」
「鮫川はよく九十に叫んでるから、逆だな」 
「おかげで本読みながら歩く九十と、あちこちでぶつからなくなった」
 帰省する彼らと碧が手を振って、簡素な挨拶をしている。僕と碧は、寮が閉鎖される大晦日から三が日までは、ここで過ごす。
 彼らが気にしなくても、見透かされた僕は気にしているのに。恥ずかしい。
「ほら、入るぞ。手を繋いで行くか?」
 手を握るかと、目の前に出された。
 こんなやり取りも前回は無かった。
 不思議だ。今が無ければ、知らなかった君がいるままだったのか。
 僕は羞恥を隠し、手を伸ばして碧の手を握った。欲求には勝てない。
「返されると思わなかった……」
「促したのはそっちじゃないか」
「そうだな」
 悪戯が成功した気分。
 寮生に見られても、先と同じように流してくれるのを期待しておく。
 短い通学路。寮部屋までの距離。
 また僕は、並んで歩けている。
 既に帰省組のほとんどが出ていたおかげで、すれ違う生徒はほとんどいなかった。
 あっという間に、部屋の前。
 そんな、僕にとっては冬の三か月目。
 でも碧にとっては始まりの冬だったのを、僕は未だ分かっていなかった。
 部屋に入るなり、碧は手を握ったまま僕を部屋のドアに押し付けてきた。
「え?、みどり、なに」
 ガタッと、ぶつかったドアが音を立てる。足元に、二人分の鞄も落ちた。
「碧、どうしたの」
「千草、ちぐさ……なあ、九十……」
 うわごとのように僕の名前を呼ぶや、碧は両手で僕の頬を両手で掴んだ。
 九十。僕の苗字。
 そういえば、君はいつから僕を名前で呼ぶようになってたっけ。
 思考を飛ばす僕を許さないかのように、無理やり視線を合わせてくる。
「こっちだ」
「いるよ。僕は君の目の前にいる」
「千草……」 
 碧から、消えたと思っていた、ピリついた静けさが戻っている。
 頬を掴みながら、顎を上げさせられた。
「この部屋なら、もう俺しか見ないだろ?」
 二か月と四日しかないと、君は言った。

「千草。お前の全部を知りたい」
 
 ねえ、最初の二か月を過ごした君は、そこにいるのかな。
 居てたらいいな。
 僕は朝の図書室の時とは違う心境で、碧の手首を上から掴む。
「……図書室で、最初からこの関係が一方的じゃないって言ったのは本当?」
「本当だ」
「そっか」
 良かった。最初の二か月で知りたかったけど、嬉しい。
 もっと深く聞きたかったけど、それよりキスしたくて、しちゃった。気持ちいいな。
 もう一回したいなってタイミングで、今度は碧からしてくれた。
 「千草、良いか?」
 逃げ道なんて無くて良いのに、ここで聞くんだもんなあ。
 まだ大半の寮生がいるから、そっちの意味では悩むけど、僕の懸念に比べたら些末なものだ。
 どうにかなるかと、頷く。

「いいよ。碧が欲しいだけ貰ってよ」

 僕、君でとうに初めてじゃなくなってるんだけど、バレないかな?
 体は新品に戻ったからセーフだよね?……ね?
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