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桜木先生のお話

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「お父さん!お母さん!」
「花奈!無事で良かったわ!……あら?個室でしかもホームシアターがあるの?あらやだ。なにこのティーセット。有名なブランドの製品じゃないの。……やけに豪華な病室ねえ。」
「先生がいろいろ暇つぶしにっていろいろ用意して下さったの!ほら!お兄ちゃんの好きだった刑事ドラマもあるよ!あとね……。」
「花奈。お前ちょっと落ち着け。ほら、さっさとベッドで寝てろ。」
「む。大丈夫だもん。」
「そういって小さい頃熱出してぶっ倒れてたろ!ほら。」
「うう。だって……。」
「花奈?」
「……はあい。」


普通病棟にうつった私を、家族と蓮琉くんがお見舞いに来てくれた。柴崎蓮も一緒に来るって聞いてたんだけど、姿は見えない。彼には悪いけど、少しほっとしてしまった。でもよく考えると、私は風土病にかかったことになっているので、怒られることはなさそうだ。
怒られない安心感と、久しぶりに会えた家族と蓮琉くんに、私のテンションはあがりっぱなしだ。お兄ちゃんに追いやられるようにベッドにあがると、蓮琉くんが苦笑しながら、袋を差し出してくれた。

「ほら、花奈。」
「ん?なあに?」
「暇つぶしにって思って。この作者好きだろ?新刊出てたから買ってきたよ。」
「わあ!ありがとう蓮琉くん!」
「だから興奮するなって……。」

お父さんとお母さんは、明日仕事だから今日の夕方には帰らないといけないんだけど、お兄ちゃんと蓮琉くんは数日残ってくれる。大学を休むことになってしまって申し訳ないんだけど、とっても心強い。
三田くんは、今日はモデルの事務所に顔をだしているので夕方から合流するらしい。

お父さんとお母さんと話していると、先生とお医者さんが病室に入ってきた。
今の先生は、いつものくたびれたスーツに眼鏡をかけて、丁寧な物腰で話している。
主治医として一緒に入室してきたおじいちゃん先生のヒゲがその話し方を聞く度に、ピクピクしてるのが、とっても面白い。
だっていつもクソジジイって連呼してるのに、今日はすごく丁重に先生って呼んでるんだもの。さっきから目が合う度に、こっそり笑ってる。
そのことに気がついたお兄ちゃんが、私に話しかけてきた。

「花奈?どうした?」
「んん?なんでもない。ふふふっ。」
「?変なヤツだな。」

お父さんとお母さんが病院の書類を書くために、事務室にいくことになって、病室には私とお兄ちゃんと蓮琉くんが残された。
蓮琉くんがぎゅうっと私を抱きしめてきた。
「花奈!ああ、久しぶりの花奈だ。」
「蓮琉くん、心配かけてごめんね?」
「無事で会えんたんだから、それだけでいいよ。」

蓮琉くんはちょっとやつれたみたいだ。頬が少しシャープになってる。心配をいっぱいかけたみたい。
申し訳ないな。
お兄ちゃんが、私の肩を心配そうに見た。
「腫瘍が出来たんだって?切開手術なんて大変だったな。そばにいてやれなくて悪かったな。」
「……え?あのっ。……まだ動かすと痛いけど、きっと大丈夫!学校の勉強も桜木先生がプリントアウトして下さって、頑張ってるんだよ?」
「お、本当にだな。頑張ってるな。」
お兄ちゃんが頭をなでてくれた。
子供みたいで恥ずかしいけど、なんだか嬉しいな。

しばらくすると、お父さんとお母さんが帰る時間になり、先生が駅まで車で送っていくことになった。その帰りによるところがあるらしく、病院に戻るにはしばらくかかるらしい。

久しぶりに家族に会えて興奮したからか、お父さんとお母さんが帰ったあと、お兄ちゃんの予想通り熱がでてしまった。

ベッドに横になっていると、お兄ちゃんが呆れたように話しかけてきた。
「花奈。お前興奮しすぎ。俺達は逃げねえからちょっと落ち着け。」
「う……ん。ごめんなさい。やっぱり熱が出ちゃったね。」
「一晩寝たら治るさ。ほら、手だせ。握っててやるから。」
「うん。えへへ。なんだか懐かしいね……。」

まだ私もお兄ちゃんも小さな子供だった頃。
熱をだして寝込んでいる私のそばで私が眠るまで手を握っていてくれたのだ。
熱でほてった手に、お兄ちゃんの少しひんやりした手が気持ちよくて、お兄ちゃんがいてくれるんだと思うと安心して。
今の私は小さな子供に戻ったみたいだった。
お父さんとお母さんとお兄ちゃんの家族だけがが私の世界だった頃に。

「お兄ちゃん。」
「ん?」
「お兄ちゃん。」
「なんだよ。」
「えへへ。お兄ちゃんだね。」
「ほら、熱があるんだからもう寝ろ。」
「うん。お兄ちゃん」
「なんだ?」
「お兄ちゃん、一緒にいてくれてありがとう。」
「……ばあか。さっさと寝ろ。」
私の頭を乱暴に撫でるお兄ちゃんの手の感触に私はゆっくりと目を閉じた。
どうやら私は修学旅行のため家を出発してからずっと緊張していたらしい。

でも、もうお兄ちゃんが来てくれたからもう大丈夫。
やっと安心して眠れるような気がする。

******

「花奈、寝たのか?」
「ああ。そうみたいだ。蓮琉、ちょっと花奈の布団直してやってくれ。」
「ああ。わかった。……ふふっ。ほんとによく寝てるね。……環。手つなぐの疲れただろ?少し交代しようか?」
「悪い。これは兄の特権。」
蓮琉が少し拗ねたように口を尖らせた。

「俺も花奈と手をつなぎたい。」
「蓮琉は明日花奈が起きてからつないでやってくれよ。」
「明日は三田もいるんだろ?思うように花奈をかまえないかもしれないじゃないか。」
蓮琉は肩をすくめる動作をしたかと思うと、花奈の寝ているベッドの隅にゆっくりと腰をおろした。そして、そっと花奈額に手を当てた。
「まだ少し熱いな。」
「今日はしゃぎすぎてたから、まずいなとは思ってたんだ。興奮しすぎたら熱をだすのは子供の頃から相変わらずだな。」
「ははっ。確かに。」
蓮琉はゆっくりと立ち上がると、部屋を見回した。
そして、ソファに歩み寄り腰をおろした。

「それにしてもすごいな、この部屋。調度品ばっかりじゃないか。このソファーも海外の有名ブランドだろ?座り心地がとてもいい。」
「桜木先生、気を使ってくださったんだろうけど、これはないよなあ。どこの高級ホテルかっての。あのブルーレイだって、いったい何本借りてくださったんだか。」
「ブルーレイの中身も花奈の好きそうなラインナップだしな。紅茶なんか、花奈が最近はまってるアップルティーだし。この花奈の部屋着だって、手触りが半端なく気持ちいいぜ?」

力の抜けた花奈の手をゆっくりとベッドの上におろすと、俺はソファーに座る蓮琉の横に腰をおろした。
「なあ、環。」
「ん?」
「これは夢じゃないんだよな。」
「ああ、夢じゃねえよ。現実だ。」
蓮琉の目から涙が一筋こぼれ落ちた。

「花奈に、会えなくて……気が狂うかと思った。花奈が修学旅行に行ってから会えないのも辛かったけど、しかも面会謝絶になるぐらいの病気にかかるだなんて。」
俺は少し無言になった。
両親がいたから、先生を深くは問い詰めなかったが恐らく風土病は嘘だ。
三田との電話の内容から判断して、花奈は血だらけで倒れて手術を受けた。しかも意識不明の重体で、昨日目覚めた。その件で桜木先生は、責任を感じて自分を追い詰めた。
(さっぱりわからないな。)
花奈が何かのトラブルに巻き込まれたのは間違いない。そしてそれは恐らく表沙汰にできない何かだ。
三田は知ってそうだけどここにはいない。

黙り込んだ俺を心配したのか、蓮琉が俺の頭をなでてきた。
「悪い。環だって心配なのに。俺ばっかり騒いで。」
蓮琉がはにかんだように笑った。
爽やかイケメンスマイルだ。この笑顔に何人の女共が犠牲になったことだろう。
花奈に起こったであろう真実を知った時、この男がどう動くのか、俺にも予測不能だ。
蓮琉が思いついたように俺を見た。
「そういえば柴崎は一緒に来るんじゃなかったのか?」
「お前、今頃かよ。柴崎は大学の抜けられない授業があるみたいでな、明日には来るってよ。」
「そうか……っ。環。」
「ああ。」
俺達は廊下から聞こえてくる足音に耳をすませた。
どうやら足音はこの病室に近づいているようだ。

何かを引きずるような音。

今は消灯時間もすぎ、どちらかというと深夜になろうかといった時刻だ。
(おいおい。ホラー映画じゃねえんだから。病院でこれは洒落にならねえって。)
俺はどちらかというと、ホラー映画は苦手だ。
勿論花奈も苦手なので、斎藤家のテレビでホラー映画が映ることはない。まれに特番で放送していて間違えてチャンネルを選択してしまっても、即変更される。
「環、大丈夫?こういうの苦手だよね。」
「あ、ああ。」
逆にこういったホラー映画を得意とするのは蓮琉だ。
得意というのは違うかもしれない。
好んで見ることはないが、例えグロテスクなスプラッタ映像を目にしても眉一つ動かさない。脳みそや内蔵が飛び散るシーンを見ながら、スパゲティナポリタンを平気で食べられる男だ。
だが、このような時に蓮琉ほど頼りになるヤツはいない。
(花奈寝てて良かったな。起きてたら怖がって泣きそうだ。)
蓮琉は、花奈をちらりと見ると、すっと立ち上がった。
「環は花奈のとこにいて。」
指示を出すと、蓮琉は病室のドアに向かって身構えるように立った。
俺は花奈を守るように背にすると、その場で足をぎゅっと踏みしめた。情けないが足が震えそうになる。
蓮琉がふと振り返った。

「環。」
「……なんだ?」
「後で花奈と手をつなぐの変わってくれる?」
「お前な、こんな時にそれ言うか?」
「俺にとっては最優先事項だから。」
俺はがくりと脱力しながら、ため息をついた。
「はあ。わかったよ。」
「やった!約束だね?」
蓮琉はうれしそうに笑うと前を向いた。
病室の扉が、ゆっくりと開かれた。












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