ゴキブリ戦役

清水そら

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消息

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 家のなかは張りつめた静寂が場を支配していた。本棚も、ベッドも、空間も変わらず何も語ることはない。目には見えないが、確かにそこにいるはずの「かの生物」の存在感が私にじりじりとプレッシャーを与えてくる。右手に近接武器である箒、左手に飛び道具であるスプレーを構えて、遠近ともに対応可能な構えをとる。


 戦いの舞台となるのはテレビ台である。高さ、奥行きともに三十センチメートル程度、横幅一メートル程度の直方体で、上には三十二型のテレビが載せられており、テレビ台、テレビともに色は黒で統一されていて、周辺にはパソコンやテレビのコードが床をはっている。テレビ台は壁に沿って設置されているものの、後方と下には隙間がある。ともに十センチメートル程度であるため、それぞれ壁、床に顔をつければ隙間をくまなく見渡すことが可能であるが、そうした体勢では武器を構えることが困難であるため、その状態でもし「かの生物」の襲撃を受けた場合に強烈なダメージを受ける可能性がある。


 立つ、という姿勢を選択することが可能であるために比較的体勢の変更が容易であり、かつ想定される潜伏スポットから見積もられる目視位置までの襲撃ルートはより距離があるために、テレビ後方からの目視のほうが下からの目視よりも危険性が低い。左手の人差し指がスプレーのレバーにしっかりとかかっていることを確認して、慎重にテレビ台脇の壁に頭を近づけていった。


 テレビ台後方の隙間には照明の光があまり届かず、底はぼんやりとした暗闇が広がっていた。しばらく見つめていると底にあるコードの輪郭がぼんやりと見えてきたものの、「かの生物」特有のシルエットを視認することはできなかった。


 事態の進展が望めそうになかったため、目視位置を変更することにした。より危険性の高い、テレビ台の下からの目視である。「かの生物」の潜伏スポット、歩行速度、襲撃を認知してからスプレーを噴出するまでに要する時間を考慮して、テレビ台から一メートル離れた場所を目視位置に設定した。レバーに指がかかっていることを再度確認してから、より慎重に、ゆっくりと姿勢を傾けて床に顔を近づけていった。


 下の隙間は後方よりも幅が広く、はっきりと床の様子を確認することができた。緻密な作戦を立てて臨んだにもかかわらず、わずかにコードが見えるだけで突き当たりの壁までさえぎる何かを確認することはできなかった。
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