まったり異世界観光 ~観光チートで異世界を楽しみつくす~

にしん

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「少し前に腰をやってしまってね」

こう話すのは、馬車に乗り合わせた初老の男。
穏やかな雰囲気の中にも、研いだ刃物のような鋭さを持っている感じ。
聞いたら、マゴットで研ぎ師をやっているらしい。
まさに現役の職人って感じだ。

「で、療養がてら妻と一緒にケーラルの温泉行こうとなりましてな」

彼の奥さんは一般人らしく、今は別の乗客と話をして盛り上がっている。
乗車中の車内は、基本的にこんな感じで他の乗客と喋っていたりする。
これは馬車旅の作法のようなもので、こうやってコミュニケーションをとることで、車内の一体感を高めている。
基本的に馬車というは、人類にとっての安全圏の外を走るものなのである。
そのためいざというときには、区分などは関係無く、乗客皆で協力して危機を乗り越えなければならない。
ほんとコミュ障には、厳しい世界である。
前世では、わりとコミュ障ぎみだったはずだか、この世界では他人との会話も全然苦にならない。
おそらく、こっちでのこれまでの人生が上手く作用しているのだろうか。
こういった何気ない会話も十分楽しめている。

「恥ずかしながら、一緒になってからはじめて、こうして二人で遠出をするわけです」
「素敵なことじゃないですか」

一般人がこうして馬車に乗って遠出するという機会はほとんどない。
自分の生まれた場所から離れることなく一生を終える人間も少なくない。
彼の奥さんも少し小綺麗な格好をして、馬車の旅を楽しんでいる。
きっと一張羅なのだろう。
二人は一般客としての乗車らしいので、戦闘義務は無い。
それでも、旦那さんの方は懐に小刀を忍ばせているし、奥さんの方は真新しいアクセサリー型魔導具を、控えめに身につけている。この日のために旦那さんがプレゼントしたのだろうか。
こういった自衛意識はこの世界の住人として、ごく当然のモノだ。

「アレも楽しんでくれているようで、よかった」

そう言って、旦那さんは奥さんの方を見て、目を細めた。
俺はチートと仕事の関係で感覚がマヒしてしまっているが、一生に一度あるかないかの特別な非日常、それが一般人にとっての旅行なのである。
願わくば、この旅行が、彼らにとって素敵な思い出となるように。

「ケーラルは仕事の関係で何度か行ってますが、いいとこですよ」
「ほう、それは楽しみですな」
「これは知人に教えてもらったんですが……」

馬車の旅は続く。
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