好きな人に好きな人がいるとしたら

小貝川リン子

文字の大きさ
11 / 14

11 初恋の終わり。あるいは始まり。

 果たして、狂宴は何時間続いたのか。気づけば外は真っ暗で、開け放した窓から入る風は火照った体を鎮めた。窓の正面には池があり、その真上に三日月が光っている。
 
「……叡仁、先輩……おれの気持ち、知ってたんですね」
 
 武道場には二人きり。灯りもつけず、隣に座る先輩に尋ねる。
 
「ああ……。気づいていて、気づかないふりをしていた」
「そんなにわかりやすかったですか?」
「毎日あんなに熱っぽい視線で見られて、気づかない方がおかしい」
 
 自分では隠せていると思っていただけに、恥ずかしい。
 
「だが……俺はお前との将来を約束できない。責任の取れないことをしてしまった。すまなかった」
 
 先輩の実家は、歴史のある古い家だと聞いている。一般に名家とか良家とか呼ばれるやつだ。祖父の代からは病院を経営していて、先輩はその跡取りとしての期待を一身に背負っている。
 
「古臭い慣習だと思うかもしれないが、俺は俺の両親を裏切るようなことはできない。それに……」
 
 何か言いかけて俺の顔を見、微笑んで首を振った。
 
「いや、何でもない。こんな形になってしまって、今更何を言っても嘘っぽくなってしまうが、俺は君の好意が嬉しかった。これだけは本当だ。君には幸せになってほしい」
 
 俺だって。たった一度でも先輩に求められて、狂おしいほど愛されて、本当に嬉しかった。幸せでした。けれど口にすることはない。
 
「……一色先輩も、幸せになってください」
 
 鉛のように重たい体を持ち上げて、俺は立ち上がる。
 
「彼なら外の自販機だ」
 
 先輩が言った。
 
「……愛しているのか?」
「……わかりません。でも……なんだか、放っておけないんです」
「そうか」
 
 さようなら、と心の中で呟いた。
 
 街灯がある分、中よりも外の方がいくらか明るい。自動販売機のそばの青いベンチに人影があり、俺はその隣に腰掛けた。
 
「伊吹ちゃん……」
「うん」
「何しに来たの」
 
 拗ねたような声音だ。
 
「何って……」
「あの人といちゃいちゃしてればいいじゃないか。オレのことなんか放っておいてさ」
 
 ぐしゃ、とコーヒーの空き缶を潰す。ベンチには既に二本、潰れた空き缶が並んでいた。
 
「俺がどうしてここへ来たのか、わからないからお前はいつまで経っても牧野なんだ」
「何だい、それ。なぞかけなんてやめてくれよ」
「お前、俺が好きなんだろ」
 
 メキ、と潰れた空き缶に追い打ちをかける。
 
「好きだろ、俺が」
「馬鹿なこと言わないでくれ。嫌いだって、前にも言っただろう」
「言葉が足りないな。オレを好きにならない伊吹ちゃんなんか嫌いだ、の略だろ」
「っ! 何なんだよ、さっきっから!」
 
 握りしめていた空き缶を地面に叩き付けた。甲高い音が響き渡る。牧野は俺の胸倉を乱暴に掴んで迫る。
 
「嫌いと言ったら嫌いだ! 伊吹ちゃんだってオレを嫌いじゃないか!」
「……嫌い、だった」
「そうだろう? 伊吹ちゃんはあの人が好きで、オレのことなんて眼中になくて、どうでもいいと思っていて、そういうところが嫌いだって言ってるんだ!」
 
 早口で捲し立てた牧野の声が、暗い夜空に木霊する。俺は胸倉を掴む牧野の手を外し、両手で優しく握りしめた。
 
「俺も、ずっとそう思っていた。俺は叡仁先輩が好きだし、お前も女が好きなのに、どうして俺なんかに執着するんだろうと、ずっと考えていた」
「……っ」
「だけど、難しく考える必要はなかったんだ。単純に考えればすぐにわかることだった。なのに、随分と遠回りをしてしまった。……お前も、俺と同じだったんだよな。気づかなくて悪かった」
 
 牧野の手にそっと口づける。驚いたように、ピク、と指が動く。
 
「いい加減、お前も腹を括れ」
「……伊吹ちゃん……」
「どうなんだ。俺が嫌いか?」
 
 牧野は眉間に皺を刻み、唇を噛みしめる。街灯がそばにあるせいか、瞳が潤んでいるように見えた。そして、目が合った。次の瞬間、力いっぱい抱きしめられる。牧野の両腕が背中に回り、苦しいくらいにぎゅうっと抱きしめられる。俺は、ゼロ距離で震える眩い金髪に頬をすり寄せた。
 
「伊吹ちゃん……ずるいぜ、こんなの……」
「ずるいのはお互い様だろ」
 
 牧野の大きな背中に、ゆっくりと腕を回す。するとますます強い力で抱きしめられる。
 
「まきの……くるし……」
「ずっとずっと、好きだった。きっと一目惚れだったんだ。なのにオレ……好きな子に優しくできないなんて、オレは本当に愚かだった。ごめんよ、伊吹ちゃん」
「もう怒ってない、から……謝るな」
「でも、いいのかい。せっかくあの人と思いが通じたんだろう? 大好きだってずっと言っていたのに。オレよりも、あの人の方が……」
 
 そのことなら、もういいんだ。元々、俺には不釣り合いな相手だった。いくら手を伸ばしても届かない、夜空に光る星のような人だった。彼女がいようがいまいが、最初から俺に可能性はなかった。そのことを俺は、好きになった当初からずっとわかっていた。
 
「……フラれたから」
「はぁ!? ウソだろ?! だってあんなに……」
「いいんだ、もう……すっぱり諦めがついて、むしろ晴れやかな気分だ」
「で、でもなぁ……」
 
 狼狽えたように離れていく牧野の体を、今度は俺が抱き寄せる。あの人のものとはまた違うが、それなりに堅くて厚みのある大きな胸に顔を埋める。
 
「離れるな。俺だけに集中しろ」
「い、伊吹ちゃん……!」
 
 牧野は感極まったような声を上げる。
 
「キス、してもいいかい?」
 
 顔を上げ、目を瞑った。尖らせた唇に、ふわりと甘い感触がある。
 
「……次からは、いちいち訊くなよ」
 
 と言うと、噛み付くようなキスをされた。
 
 
 
 それから俺達は、所謂恋人同士というやつに収まった。ただ、正直あまり実感はない。ほとんど今まで通りだ。大学へ行けば必ず顔を合わせ、昼は一緒に食堂へ行き、テスト前は勉強会をし、研究発表の準備を手伝ってやり、時間があれば飲みに行ったり遊びに行ったり、たまには遠出もしてみたり。
 
 そんな中でも、一応変わったことはある。牧野が女遊びをやめたこと。ごくごく稀に、朝一緒に登校すること。今日も仲がいいなと同級生に揶揄われても、以前より腹が立たなくなったこと。それから……あとは、恥ずかしいので俺の口からはとても言えない。
感想 1

あなたにおすすめの小説

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

ネガティブなΩがスパダリαから逃げる

ミカン
BL
オメガバース

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

落ちこぼれオオカミ、種族違いのため群れを抜けます

椿
BL
とあるオオカミ獣人の村で、いつも虐げられている落ちこぼれの受けが村を出ようと決意したら、村をあげての一大緊急会議が開催される話。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

好きな人が嬢を身請けするのが辛くて逃げたら捕まりました~黒服の私は執着騎士に囲われる~

こじまき
恋愛
騎士が集う高級酒場「夜香楼」で女性黒服として働くソフィアは、客である寡黙な騎士ゼインに恋していた。けれど彼が指名するのはいつも人気花嬢イサナで、身請けも近いと予想されていた。 ソフィアは、叶わない想いにと嫉妬に耐えきれず、衝動的に店を去る。 もう二度と会うことはないはずだったのに、身請けした嬢と幸せに暮らしているはずの彼が追ってきて―― 「お前への愛は焼き印のように刻まれていて、もう消えない」 ――失恋したと思い込んで逃げた黒服が、執着系騎士様に捕まって囲われる話。 ※小説家になろうにも投稿しています